第36話 ティミムの招待
「これまでずっと、『ザキ』族が銀河連邦と共に戦って来た事実も、その銀河連邦がどれだけ圧倒的な強さを誇っていたかも、どの航宙民族も十分に知っているんだ。決して忘れられない記憶として、全ての航宙民族において伝承されていることなのさ。」
「だから、確認も取れない、一方的な主張でしかない、連邦派遣軍として承認されたという宣言でも、航宙民族たちに信頼され、『ザキ』族の側に付いた方が得だとの考えに誘導できたのか。」
「そうだ。まあ、強さだけじゃないけどな。『ザキ』族も、連邦軍に負けた後に許され、様々な支援を受けたのだが、それは他の航宙民族も同じだ。連邦への畏怖と恩義を、多くの航宙民族が骨身に刻み込んでいるのさ。」
「連邦派遣軍に承認されるっていうのは、航宙民族たちが感じている連邦への畏怖と恩義を、『ザキ』族がその身に纏うってことになるのか。直接、銀河連邦が軍を差し向けて来るわけではないと分かっていても、『ザキ』族に特別な権威が備わるっていうのか。」
ゴドバンの年齢や立場では、銀河連邦という存在の重みは良く分からないのだが、「モスタルダス」周辺の航宙民族、特にその上層部を占めるであろう長老たちには、逆らい難いネームバリューがあるものらしかった。
航宙民族たちに連邦軍の力を見せつけた最後の人物と言えば、エドレッド・ヴェルビルスだった。連邦から直接派遣されてこの星団にやって来た司令官としても最後であり、星団の漂流で距離が大きくなったことにより、彼の後を継ぐ者を銀河連邦は、「モスタルダス」星団に送り込めなくなってしまった。
援軍を得られない状況でもエドレッド・ヴェルビルスは、「モスタルダス」星団を脅かす航宙民族を、ことごとく打ち負かした。それだけでなく、倒した航宙民族に対し、あるものは懐柔し、あるものは講和を結び、その上で再建を支援したり文明化を手助けしたりして、少なからぬ航宙民族から友好と信頼を勝ち取ることにも成功していた。
彼が突然、死去してしまい、その息子のエドリーが傍若無人な支配を展開したために、多くの航宙民族が再び「モスタルダス」星団を脅かす動きを活発化させるようになっていたのだが、今ここで銀河連邦と共に戦った経歴が知れ渡っている「ザキ」族の長が、連邦派遣軍の総司令長官を宣言したことで、航宙民族たちも再度、方針を改めざるを得なくなったというわけだった。
ゴドバンがモニター上で垣間見た、敵部隊の大半が寝返ってこちらに付くという異常事態は、こうして現出されたものだった。
「おっ、とうとう『ハグイ』族からも、降参の宣言が出されたな。今となっては、こちらの戦力があちらの十倍くらいだ。勝ち目なんて、あるわけないものな。」
得意気な顔で、ティミムが教えた。
「でも、人質をとられているんじゃなかったのか、『ハグイ』の幹部たちは『北ホッサム』族に?」
「それなんだけどな、ゴドバン」
モニター上のデーターを読み解きながら、ティミムが答える。「人質は、解放されたらしいな。」
「え?解放?ほんとに?何で?」
「本当なんだぜ。『北ホッサム』族内部からも、『ザキ』族に寝返る支族がいくつか出て来たらしい。銀河連邦派遣軍の称号は、やつらの内部にまで神通力を行き渡らせるほどのものだったんだな。で、その寝返った支族が、人質になっていた『ハグイ』の人々を、連れ出してくれたそうだ。」
「そうなれば『ハグイ』族も、トラベルシンに降伏することに、迷う必要はなくなるわけか。」
更にその数時間後にもたらされた続報も、ゴドバンの気持ちを捕らえた。
「武装解除と侵略の放棄を約束させることで、『ハグイ』族のこれまでの略奪などは、不問に付してやってほしいと、われらの族長が『トラウィ』軍の総司令部に伝えたらしい。『トラウィ』側も助けてもらった恩義がある以上、拒否はできないだろう。本国にいる各分王国の王たちに確認をとってからだろうけど、われらの族長の要請は受け入れられるはずだ。」
「相変わらず、倒した相手を許すんだな、トラベルシンは。」
「そうさ。そして『ハグイ』族の生活基盤の再建にも、可能な限りの支援をするさ。この戦いで破壊されてしまった彼らの集落などを、『ザキ』族の負担で復旧してやるなどの形でな。」
「ただ倒すだけじゃなく、『モスタルダス』を脅かす集団との融和を進めていくというのが、トラベルシンのやり方なのか?」
「かつて『ザキ』族も、銀河連邦にそうしてもらったおかげで、今の勢力にまで発展できた。その記憶は代々の『ザキ』族の長に、脈々と受け継がれている。だから、他の航宙民族に対してもトラベルシンは、族長として同じことをやって行くつもりなんだ。」
「それで、裏切られて痛い目を見たりすることも、あるんだろ?」
「あるどころか、痛い目を見まくっているさ、もちろん。それも、かつての銀河連邦と同じなんだぜ。許して、再建を支援した相手に裏切られ、噛みつかれた。それを何度も繰り返した。多くの連邦軍兵士が血を流し、命を散らせたんだとさ。
それでも銀河連邦は、相手を許し続けた。当然ながら、各集団において反乱を指導した主犯格の人物には、それなりの厳しい処罰はあっただろうけど、部族全体としては何度でも許して、再建の支援を続けた。そんな銀河連邦の辛抱強い活動があったからこそ、多くの航宙民族を仲間に取り込む形で、『モスタルダス』星団は発展して来られたんだ。」
「それを、これからは『ザキ』族が、やって行こうとしているわけだな。ソフラナ王女を妻に迎えたのも、それに向けて統治の能力を、向上させるためだったんだな。」
「銀河連邦派遣軍を名乗ったからには、それをやらなければいけないし、そうしてもらえると期待したからこそ、多くの航宙民族が『ザキ』族の側に寝返って来たんだからな。連邦派遣軍を宣言したことは、権威を纏った以上に、責任を負うって誓ったことになるんだ。」
(トラベルシンを始めとする「ザキ」族の歴代の長たちが、銀河連邦から学んだ“ 許す力”が、この戦いでの勝利につながったということなのか?許すことが、こんなにも大きな力になるものなのか?)
トラベルシンの考え方に関心を持ち始めた様子のゴドバンに対し、ティミムが誘いの言葉をかけてくれた。
「本当に良いのか、ティミム?しばらく、こっちの軍に滞在していて。」
「ああ。こっちは全く構わない。『トラウィ』の側で、問題がないのだったらな。」
ゴドバンが通信で送った、『ザキ』族軍にしばらく留まりたいという要望を、エセディリ艦長は快く認めてくれた。
「今回の戦いで、『ザキ』族との友好を深めることが『トラウィ』王国にとって、どれだけ重要かが示されたのだから、第1分王国のガラケル王もこういった交流を、大いに奨励してくれるはずだ。私が責任をもって事後承認を取り付けるから、お前は気のすむまで『ザキ』族軍に滞在していろ。」
といった内容の返信を、ゴドバンは受け取ったのだった。
トラベルシンとの面会の場も、前回と同様に、ティミムがセッティングしてくれた。前回よりは落ち着いた会食のテーブルに、ゴドバンも同席が許されたのだった。
トラベルシン座上艦において催された宴の会場に、一歩足を踏み入れた瞬間にゴドバンの目を奪ったのは、もう「トラウィ」の王女ではなくなっているソフラナだった。
王女の肩書を無くそうとも、あの時と変わることのない自然な笑顔で、周囲の者どもに慈愛を振りまいていた。彼女の姿を目に留めた男たちは、一人を除いて漏れなく、デレデレの顔になってしまっているのも前回と同じだった。
それらのデレデレの顔を見るにつけ、自分だけはそういう風にはなりたくないと思うのも、前回と同じだったが、デレデレになる者たちに加わらない男が一人いるところは、前回とは違っていた。
その一人は無論、トラベルシンだった。
彼も、屈託のない笑顔を浮かべてはいる。だが、デレデレといった締まりのない、だらしのない顔ではない。引き締まった精悍な顔つきを保った、爽やかな笑顔だ。ゴドバンには、そう見えた。
ソフラナの美貌を前にして、そのような表情でいられる。それだけでも、手の届きそうにない格差を感じてしまう。ソフラナの隣に陣取り、誰よりも近い距離からソフラナを見ているのに、なぜデレデレにならずにいられるのか、ゴドバンには不思議だった。
「前回お会いした時には、その・・何か、失礼な態度をとってしまいまして・・」
場の雰囲気の違いは、ゴドバンに、前回とは違う言葉遣いを強要していた。
「わはははは、何だその、面倒臭い口の利き方は。前と同じで良い。余計な気を遣うな。それに、失礼とは何のことだ?自由に意見を述べることを失礼だなどと、我は思いもせぬわ。」
「そ・・そうか。普通にしゃべって、良いのか。」
隣にいるティミムの顔を、ゴドバンはちらりと窺った。
「そうさ。我らが族長には、そんな堅苦しい言葉遣いは不要だ。」
「じ・・じゃあ、お言葉に甘えるけど、前回、強硬にエドリーの追撃を主張したことは、今では反省しているんだ。自分たちも多くの敵を殺しておきながら、自分の知り合いを殺されたことに激高するなんて・・」
「あの時のお前は、一介の商人見習いだったのだろう?民間人の立場で、生まれて初めて戦闘というものを経験して、大切な者の命を奪われた。それで激昂もしなかったら、それこそ異常というものだ。あれからお前も軍に入隊して、いろんな経験を重ねて来たようだな。」
「戦争で、多くの親しい者が命を奪われたけど、それで相手を恨んだり憤っていたりしたんじゃ、憎しみの連鎖が際限なく広がるだけだってのは、よく分かった。殺した相手をずっと弔っている兵士も『トラウィ』軍の中にはいて、考えさせられることが多かった。」
「この短期間でそれだけ学べれば、十分さ。俺たち『ザキ』族は、銀河連邦に歯向かっては敗れ、許され、また反抗して敗れ、許されってのを、何十回も繰り返して、ようやく戦った相手を恨まないって姿勢を学んだんだ。その後の、連邦と同盟を結び、『モスタルダス』を守る戦いを共に繰り広げた時代も、2百年を超える長きに渡るのだが、それだけの時間をかけて、今の寛容な姿勢を身に着けるけることができたんだ。それに比べれば、お前が寛容の大切さに気付くのは、早すぎるってものだぜ。」
トラベルシンとゴドバンの会話を、ソフラナが隣の席から穏やかな笑顔で見つめていた。彼女の笑顔は、宴の会場全体にまで穏やかさを振りまいたので、そこには落ち着いた空気が漂い続けた。
思わず頬が、必要以上に緩んでいくのを、ゴドバンはこらえるのに必死だった。彼とは少し離れた席からでも、デレデレを強要してくるソフラナの微笑の神通力は、ゴドバンには抗いがたいものがあるのだった。
ソフラナに気を引かれっぱなしのゴドバンには構わずに、トラベルシンの話は「北ホッサム」族の脅威に関することに移っていった。
「これでとりあえず、『ハグイ』族は静かにさせられるだろうが、いよいよ連中が前面に出ての大侵攻が始まるだろうぜ。」
トラベルシンの意見には、ゴドバンもさすがに顔が引き締まる。
「この前、俺たちの軍で奴らの偵察部隊みたいなのを追い返したことや、今回『ザキ』族が奴らの手先だった『ハグイ』族を叩きのめしたことで、『モスタルダス』を防衛する側の戦力の大きさは、奴らも認識したはずなんだ。だけど、それでも、攻めて来るのか?」
「ここを侵略して居場所を確保する以外に、この銀河で生き残る術はないと、奴らは決め込んでいるのだろうぜ。銀河のあちこちで、定住と放浪をくり返してきた民族だからな。その経験の上で、ここ以外に安住の場所はないと見定めたのなら、全てを捨てる覚悟で向かって来るはずさ。」
「友好的な共存なんてことは、奴らに求めるのは、無理なのかな。」
残念そうに、ゴドバンはつぶやいた。
「民族の独立を求める精神や、略奪を基軸にした生活スタイルは、航宙民族どうしでの長きにわたる血みどろの闘争の果てに、奴らの骨身に染み付いてしまった性格だからな。そう簡単には、変わるはずがないさ。他の民族と友好を結ぶとか、共存するなんてことは、受け入れがたいのだろうな。奴らの族長も、『モスタルダス』への侵略を成功させると一族の者たちに約束することで、族長としての権威を保っているのだろうから、引くわけにはいかねえのだろうぜ。」
「じゃあ、こちらの戦力を知った上で、それに勝てると思えるだけの戦力を蓄えられた頃に、奴らは侵略の軍を起こすってことか?」
「そうだな。昔のやつらなら彼我の戦力差など考えず、闇雲に打ち掛かって来たものだったから、まだ扱いやすかったが、今では知恵を付けて、戦力差を冷静に見極めた上でかかってきやがる。」
「だからこちらも、『北ホッサム』の見積もりを上回る戦力を、奴らが攻めかかって来る前に構築しておかなくちゃいけないわけだな。」
「そのためには、『ザキ』族と『トラウィ』族の同盟が不可欠だ。俺の見たところでも、この2つの集団が星団内では、最も大きな戦力を持っている。まずはこの2集団の連合軍が、星団防衛の核とならねばならぬだろう。」
「そのために、『トラウィ』の王女を妻に迎えたのか。」
少し聞きにくそうにしつつも、ゴドバンは聞かずにはいられなかった。
「それとこれは、関係ない。我が、こいつを必要としただけだ。公私両面でな。」
普通ならこそばゆく感じるはずの、こんな発言を隣で聞きながらでも、泰然自若とした微笑みを維持できる能力は、女性にだけ与えられた特典ではないだろうか。ゴドバンはソフラナを横目で見ながら、そんな風に思った。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/6/5 です。
銀河連邦派遣軍の称号だけで敵の大半が寝返ってくる、なんて展開は非現実劇だと思われた読者様も、おられるでしょうか。
物語だから少しでき過ぎな部分はあるにしても、征夷大将軍の称号を得て鎌倉幕府を作った源頼朝とか、綸旨を得て大軍の集結に成功した足利尊氏とか、ちょっとしたことでの勢力逆転みたいなことは、けっこう史実の中にもあると作者は思っています。この物語のモチーフは、頼朝や尊氏とは別ですが。
リアリティーを重視しつつ読者の意表を突く展開というものに、作者としては挑んでいるつもりなのです。全然できていないかもしれませんが。




