第35話 トラベルシンの宣言
敗北の予感が、頭を埋める。そしてそれは、更なる悪い未来をゴドバンに、まざまざと思い描かせた。
戦争状態だった第1と第2の分王国で、手を結んでまで国運を賭けた遠征に乗り出した挙句、その部隊が全滅したとあっては「トラウィ」王国そのものも、無事では済まない。
当然「北ホッサム」族も、この機を逃しはしないだろう。「ハグイ」族を背後で操っていたとしたら尚のこと、この機会に乗じて攻勢を仕掛けてくるはずだ。
王国を守れない。故郷も滅ぼされるだろう。ムニ一族も、彼の家族も、ようやく手にしたささやかな安寧を「北ホッサム」族に叩きつぶされ、蹂躙されることになる。奴隷として強制労働に就かされたり慰みものにされたりする兄や姉の姿も、ゴドバンの脳裏にはよぎった。
「やっぱり、隠れてやり過ごそうとなんて、してる場合では・・」
「いや、1艦でも多く生きて帰って、『北ホッサム』への抗戦力にならなければ。出て行っても、確実に無駄死にするんだ。辛くても、今は隠れているしかない。」
味方の訃報を聞かされ続けながら、ただ隠れているだけの苦しい時間を長く過ごした。
戦場泥棒のごときは、「シェルミティ」族だけではなかった。他にも複数の航宙民族が、手負いの「トラウィ」族に襲い掛かって来る。「ハグイ」族にあらかじめ、こうなる可能性を通知されていたのだろう。あまりにもタイミングの良い航宙民族どもの集結は、全てが計算ずくの罠だったことを暗示している。
「まんまと引っかかってしまったんだな、裏で『北ホッサム』が手を引く罠に、俺たちは。くそっ!」
絶望の色をますます濃くして、ホスニーは悔しがる。全滅の予感も、逃れられぬ現実へと姿を変えつつある。
「や・・やばいぞ!」
かつてないくらい緊迫した声を、ホスニーが出した。「この小惑星群に、真っすぐに向かってくる一団がある。『シャグアラン』族の一派だな、この艦種は。戦場泥棒の常連みたいなやつらだぜ。どうやって嗅ぎ付けたか分からないが、俺たちがここにいるのを知っているような動きだぜ。」
「6艦か」
ゴドバンも、モニター上の絶望を直視した。「俺たちの艦だけでは、まあまず勝ち目のない数だな。だけど、小隊全部で連携できれば、あるいは・・」
「できれば・・な。だけど、他の艦との距離を考えると・・・」
「時間くらいは、稼げないか?この数なら、うまく動き回れば、ある程度の時間は・・・」
「ああ、可能性は、無くはないか・・でも、それでは、他の敵に確実に見つかる。もっと多くの敵が、集まって来るだろうぜ。」
考えても考えても、絶望だけが付きつけられる。死を覚悟したゴドバンたちが、肩を落とした、その瞬間、
「えっ!? ええぇっ!て・・敵艦・・全艦が、同時に被弾・・全艦に、無秩序な熱源多数・・分裂・・崩壊・・ええっ!? 『シャグアラン』族の部隊が、一瞬で全滅しちまったぞ。な・・何だ?通信?」
「おーいっ!『トラウィ』の戦闘艦、そこら辺に隠れているのか?聞こえてたら、返事しろ。おーいっ!」
通信機から、突如の呼びかけの声が喚きたてる。
「援軍?まさか・・どこから・・誰が・・?。」
首をかしげるホスニー。何かに思い当たった顔のゴドバン。
「この声・・・ティミムか?『ザキ』族が、来たのか?」
「おお、もしかしてその声、ゴドバンか?お前『トラウィ』王国の軍に、入隊していたのか。こいつは驚きだぜ。こっちは『ザキ』族のティミムだ。『トラウィ』族の『ハグイ』族掃討に手を貸そうと駆け付けたんだが、なかなかに良いタイミングで参上できたみたいだな。」
ティミムが今所属しているのは、「ザキ」族軍の本隊ではなく、支援部隊らしい。彼の艦から、他の宙域の戦況が伝えられて来た。
ティミムたち支援部隊が、寄せ集まっていた多くの航宙民族たちを蹴散らしている間に、トラベルシンの率いる「ザキ」族軍本隊は、「ハグイ」族の大部隊へと対決を挑んでいた。
「す・・すごいぞ、やっぱり、トラベルシンの直轄部隊は!あっちこっちで航宙民族を討伐している最中だから、ここには一部の兵力しか率いて来られなかったって、ティミムは言ってたけど、そんなのは全く関係ないみたいだな。」
ティミムの乗っている艦に中継してもらうことで、ゴドバンたちも「ザキ」族対「ハグイ」族の激突を、リアルタイムに近い形で観戦した。
未だに70艦ほどで活動している大隊規模の「ハグイ」族部隊に対し、2個中隊程度の規模でしかないトラベルシン直轄部隊約40艦が、一方的に押しまくっていた。
艦の性能には、それほど差があるわけではないらしいのに、どう見ても「ザキ」族の艦の方が速い。その速い動きで、密集と分散を巧みに繰り返して「ハグイ」族を翻弄している。「ハグイ」族の各戦闘艦は、「ザキ」族のどの戦闘艦を狙うべきかすら決められず、右往左往に加え、三次元の宇宙だから、上往下往もしている。
一方で「ザキ」族の艦は、密集した際には常に「ハグイ」族の一艦を、迷うことなく複数の艦で攻め立てている。連携や統率の面で、決定的な差があるようだ。
見る見る撃ち減らされる「ハグイ」族の大隊は、残存数がトラベルシン部隊を下回ったあたりで、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。蜘蛛なんて生き物を知らないゴドバンが、そんな言葉で敵の様を描写することはあり得ないが。
残り3つの「ハグイ」大隊も、撃破された大隊の惨状を知って恐れをなしたものか、戦いもせずに離脱して行った。
「まさか『ザキ』族が、救援に駆けつけてくれるなんて、想像もしてなかったぞ。」
戦闘が終結し、一息ついたところで、改めてゴドバンはティミムに通信を送った。
「俺たち『ザキ』族の情報網を、甘く見るなよ。このあたりの小規模航宙民族の中には、俺たちの息のかかった連中がいくつもあるんだ。『トラウィ』が『ハグイ』掃討に向かったことも、『ハグイ』が罠を巡らせて待ち構えていることも、そしてその裏では『北ホッサム』が糸を引いていることも、全てお見通しだったのさ。」
「そうだったのか。長年『モスタルダス』星団周辺の航宙民族どもと戦ってきた『ザキ』族だからこそ、そんな情報網があるんだな。」
「それに、トラベルシンの寛容政策も、功を奏しているさ。倒した後の航宙民族を、常に許してきたからな、俺たちの長は。根絶やしにしようと思えばできる相手でも、はるか遠くに追い払うことができたケースでも、トラベルシンはその航宙民族の『モスタルダス』星団周辺での残留や、場合によっては内部での居住でさえをも認めてやって来たんだ。」
「その恩があるから、有益な情報を提供してくれるわけか、この辺りの航宙民族たちは。」
トラベルシンの“ 許す力”というものを、ゴドバンはまたしても実感させられた。ジャジリやベンバレクたちを殺されたことを、許せなかった自分との格差を感じる。ソフラナを妻にできた彼と話しかけることもできなかった自分の差以上に、こちらの格差こそが大きいのだと思った。
「それにしても、戦闘での強さも一級品だよな、トラベルシンは。数的な不利を、全く感じさせない戦いだったぜ。」
「だが、まだ油断はできないぞ。あいつら、もう一度態勢を立て直して、攻めかかって来るはずだ。」
「まさか、まだ向かって来るっていうのか?あれだけやられたのに。」
「連中の上層部は、家族や親類縁者を裏で糸を引いている『北ホッサム』に、人質として取られているからな。この戦いで『北ホッサム』の『モスタルダス』侵略の、障害になりそうな集団に決定的なダメージを与えなきゃ、人質の命がないんだ。」
「人質まで・・。『北ホッサム』のやり口も、徹底しているな。そうなったら『ハグイ』族も、死に物狂いで挑んで来るわけだな。」
「ああ。『ハグイ』族だけでなく、その他にも多くの弱小航宙民族が、『ハグイ』族と共同で向かって来るだろう。この戦いで『北ホッサム』の勢力が躍進すると見込みをつけて、奴らに気に入られておくために、この戦いで功績をあげたがっている。寄せ集めとはいえ『ハグイ』族単独の軍の5倍から十倍の戦力を、今から俺たちは相手にしなくちゃいけなくなりそうなんだぜ。」
「何てことだ。『北ホッサム』の仕掛けた罠は、『ハグイ』族が劣勢を装うってだけのものじゃなくて、『北ホッサム』の息のかかった航宙民族がたくさんいる場所に、『トラウィ』を誘き出すことでもあったのか。」
ティミムの言葉通りその数日後には、「ハグイ」族がものすごい数の航宙民族を従え、態勢を立て直した上で引き返してきた。
戦闘艦の総数では、2千を大きく上回りそうだ。一方で「トラウィ」族と」「ザキ」族の連合部隊は、合わせても千をかなり下回る。当初は「トラウィ」軍だけで千以上を擁した遠征隊だったが、今では大きく数を減らされている。「ザキ」族にしても、星団を離れた遠方に派遣できる戦力は、百艦弱が精一杯だったようだ。
「しかし、この前のトラベルシン直轄部隊の戦いを見ていたら、数で上回る相手でも、負けそうな気はしないな。」
そうティミムに話しかけたゴドバンは、「ザキ」族の戦闘艦の航宙指揮室にいた。ティミムがトラベルシンに許可をとった上で、彼を自分の乗る戦闘艦に招待したのだった。
支援部隊が合流した上でも、「ザキ」族軍は百艦近くにしかならない陣容なのだが、それが最前面に出て2千の敵を待ち受けた。数は多くとも損害の著しい「トラウィ」軍は、後方に引っ込んでいる。トラベルシンが、そうするように要請したのだった。
「いや、前回の戦闘では、『ハグイ』族の虚を突く形で始まったから優勢に戦えたが、今回は、全く同じというわけには行かないだろうな。」
「それなのにあの2千艦を超える敵を、自分の手勢の百艦弱だけで引き受けるつもりなのか、トラベルシンは?無謀すぎるぞ。」
「さあ、どうかな?もしかしたら、一戦も交えることなく勝つかもしれねえぜ。」
「ええ、何で?人質を取られているから、遮二無二に向かって来るんだろ『ハグイ』は?」
首をかしげるゴドバンが見つめる中、両陣営が接近して行った。モニター上の模式化された図で確認するしかない出来事だが、戦端の開かれる瞬間は、刻一刻と近づいていると思われた。
その時、トラベルシンが敵艦へとメッセージを送った。敵艦だけでなくそれは、「モスタルダス」星団の全宙域に向けて放たれたメッセージでもあった。
通常の電波で目の前の敵に送られると同時に、タキオン粒子を用いた超光速通信によっても発信されていて、星団内の全ての集団へと伝達されたのだ。だから、ゴドバンの乗っている艦でも、そのメッセージは確認することができた。
「我、『ザキ』族の長であるトラベルシンは、銀河連邦派遣軍の総司令長官に、正式に就任した。銀河連邦本部より受け取った任命通達を、ここに示す。」
銀河連邦本部の認証コードが添付された通達を、トラベルシンは通信で敵に示した。
それは、銀河連邦に確認をとらないと本物かどうかなど分からないもので、「ハグイ」族などにそんなことをする術はないだろう。「北ホッサム」族ならできるかもしれないが、かなり時間がかかる。
「そんなものを示して、何の意味があるんだ?銀河連邦なんて、何か月もかけなきゃ連絡も取れないくらいに、遠くにある存在じゃないか。だいたい、その通達って、本物なのか?」
「ああ、本物さ。ソフラナ王女の勧めで、我がトラベルシン王はずっと前から、銀河連邦本部との連絡を試みて来たんだ。星団の漂流に伴って遠くに離れてしまった銀河連邦本部だけど、複数のルートから小規模艦隊を送りこんで、何とか通信だけでのやり取りならば、できる場所にたどりつけたんだ。」
「通信だけのやり取りで銀河連邦は、『ザキ』族を正規の連邦派遣軍として認めたのか?」
「そうだとも。それだけの関係が、『ザキ』族と銀河連邦の間にはあったんだ。かつては航宙民族として『モスタルダス』星団を荒らし回っていて、連邦軍にこてんぱんにやられてしまった『ザキ』族だったが、その後に連邦軍に許され、再建や発展のための支援を与えてもらい、更には連邦軍の補佐役として取り立てられ、ともに『モスタルダス』を守る戦いを繰り広げた。連邦と手を取り合った時期だって、2百年の長きにわたって持ったのが『ザキ』族なんだ。連邦から信頼されているのは、当然なのさ。」
「それで、通信で連絡を取っただけで、正規の連邦派遣軍としての称号を得られたのか?」
「エドレッドの死や、その後を継いだエドリーの腐敗に関しては、連邦も情報を得ていただろう。エドレッドの事業を引き継ぎ、エドリーの失態を穴埋めする方法を、連邦も考えていたはずだ。しかし彼我の距離が、新たな連邦役人や軍隊の派遣を不可能としているんだ。この状況では、長らく同盟関係にあった『ザキ』族を、正規の派遣軍として承認するしか、連邦には取り得る術はなかったのさ。」
「でも、そんな称号が、航宙民族に通じるのか?本物かどうかの確認だけでも、『北ホッサム』族の力を借りて何か月もの時をかけてでなくちゃ、成し得ないことなのだろう?」
「まあ、見ていろって。」
ティミムが自信満々にそういった数時間後、敵側から、投降を申し入れる通信が相次いだ。「ハグイ」に同調して接近していた航宙民族の部隊が、続々とこちらの軍に寝返ってくる。あっという間に彼我の戦力は逆転し、それでも更に航宙民族の投降と寝返りは相次いだ。
気が付くと、敵は「ハグイ」族の中核部隊だけとなっていた。それ以外の全ての航宙民族が、「ザキ」族側に付いてしまった。
「こ・・こんなことに、なるなんて。」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/5/29 です。
ティミムやザキ族の再登場は、どの程度読者様の意表を突けていたでしょうか?「トラウィ」がピンチに陥るや否やほとんどの読者に「ザキ族が助けにくるんでしょ」とバレてしまっているようでは、失敗と言わざるを得ません。逆に、「ティミムって誰だっけ?」と多くの読者様に思い出してもらえないようでも、作者の書き方に問題アリとなってしまいます。
トラベルシンによる王国樹立の物語なのだから、そのトラベルシンが属する「ザキ」族から物語の視点が一旦離れた時点で「意表を突く再登場があるのだろう」とまで予測してしまう鋭い読者様もおられるかもしれず、そこまで行くと作者としてはお手上げなのですが、意表を突く再登場をさせることで「ザキ」族の存在感をアピールするのが、この物語の基本構想でした。
意表を突くために一旦「トラウィ」のことに読者の関心を移して、主人公たちが自力で何でも切り抜けて行けそうな雰囲気を醸し出しておいて、突如絶体絶命のピンチが訪れて、そんなタイミングですかさず「ザキ」族再登場、とすれば意表を突けると踏んだ作者の判断が正しかったのかどうか、読者様に評価をゆだねるしかありません。




