第34話 トラウィの暗雲
居並ぶ兵士の一人が、突然の発表への驚きと疑問を告げた。
「これまでずっと戦闘を繰り広げてきた第2分王国軍と、共同作戦だって!? 」
ゴドバンを含め、ほとんどの兵士も異口同音の声を上げる。前例のないことではないとは知っていても、やはり異常な事態ではあるのだ。
「背に腹は代えられない状況なのだ。どちらの分王国も、航宙民族の脅威から王国民を守るという意志は共有していて、共同で取り組まなければ掃討できない航宙民族の存在が、先頃確認されたのだ。こうなれば、一時は争いの矛を収めて、とりあえずはこの航宙民族の掃討に、手を組んで臨むしかない。」
「そんな航宙民族が、いるのか?『北ホッサム』族以外に?」
小勢の航宙民族を掃討する作戦ばかりに取り組んで来たゴドバンには、それほど手強い航宙民族など、思い当たらなかった、南北の「ホッサム」族だけがずば抜けていて、あとはすべて弱小だとの認識を持ち始めていた。
「最新の情報によると、『モスタルダス』星団の外側ではあるが、比較的わが『トラウィ』王国に近い宙域に、『ハグイ』族を中核とする大規模勢力が集結しているらしいと分かったのだ。」
「ええ?『ハグイ』族なんて、これまで何度も追い払って来た一族じゃないか。苦戦なんて一度もしたこともない、たいした実力のない一族だと思っていたけどな。」
「あれは『ハグイ』の一支族が、単独で『トラウィ』王国内に侵入していただけだ。あれを簡単に追い払えたからって『ハグイ』族そのものを、甘く見ちゃだめだぜ、ゴドバン。なんたって、大昔に『トラウィ』族を拠点から追い払ったのは、『ハグイ』族なのだからな。我が王族たちにも苦く恐ろしい記憶として、その名は受け継がれているんだ。」
「そうなのか・・!知らなかったぜ、ホスニー。」
「あの一族が構えている拠点は、『モスタルダス』星団から少し離れた宙域にあるんだが、『トラウィ』族が昔に拠点としていた場所でもある。俺たちから奪い取ったその拠点を使って、勢力の拡大を図っているんだ。
その一方で、俺たちが何度も追い散らしているくらいの分派を、『モスタルダス』星団のあちこちに侵入させて暴れ回らせている。そこから得た略奪物資を吸い上げることで、徐々に力をつけているらしい。近隣諸部族にも次々に攻撃を仕掛け、配下に従える動きを見せたりもしている。」
「その結果、第2分王国軍と手を組まなくちゃいけないほどの勢力に、『ハグイ』族は拡大してしまったってことか。南北の『ホッサム』族だけじゃないんだな。警戒しなくちゃいけない航宙民族というのは。」
「ああ。そして『ハグイ』族の勢力伸長の背後には、もしかしたら『北ホッサム』があるのかもしれない。『ハグイ』族に俺たちと戦わせることで、俺たちの実力のほどを図ろうとしているのかもしれないな。この前、奴らの戦闘艦が俺たちに撃退されたのを受けて、こちらの実力を計る必要を感じたのかもしれない。」
「それで、背後から『ハグイ』を操って、勢力が拡大しているのを見極めた上で、俺たちにぶつけてくるのか。計算高いんだな、『北ホッサム』ってのは。」
「もともとは、野蛮で計画性に乏しい一族だったけどな、長らく『モスタルダス』への侵略をくり返す中で、どんどん知恵を付けて行きやがったんだろう。その成長力こそが、奴らの一番恐ろしい武器かもしれない。」
第1と第2の分王国合同軍は、「ハグイ」族の拠点を攻撃するための遠征部隊を編成することになった。
「兵力20万超、戦闘艦も軽く千を上回る部隊か。国を遠く離れて遠征に出向く部隊としては、異例なくらいに大規模だな。ここまでしないと掃討できないのか、『ハグイ』族ってのは。」
「これでもまだ、だいぶ不安を抱えているらしいぜ、上層部は。」
ゴドバンとホスニーが、驚きの顔と心配の顔を向け合った。
「これまでの戦いよりはるかに苦しいものになることを、覚悟しておいた方が良さそうだな。」
「ゴドバンは、今回は不参加でも良いって、艦長から伝言を頼まれているぜ。こんなのは、『トラウィ』族だけでやるのが筋だ。一時的にこの艦を離れたいって申請してやった方が、たぶん艦長は安心すると思うぜ。」
「嫌だぜ、俺は、そんなこと。逃げるわけになんて、行くもんか。今更この艦の戦いから離れるなんて、あり得ねえ。どれだけ危険な戦いだろうが、命の保証がなかろうがな。『トラウィ』王国を守る戦いなんだし、俺はもう完全に、この小隊の一部なのだし。」
命がけで臨む気迫のゴドバンだったが、やはり彼らの小隊は、比較的にも安全な役回りを与えられた。本当に危険な役割は、「トラウィ」族だけで編成されたた他の部隊に託されたようだ。
まず先遣隊が送り込まれ、後続の大部隊のための進路を切り開く。当然、「ハグイ」族の熾烈な妨害が加えられる。体を張って大部隊の進路を確保し続ける部隊こそが、最も危険な役回りだと言えた。
かなりの損害を出しながら、一時は全滅の危機にも陥りながら、どうにかその役目は果たされた模様だ。かつて拠点にしていたこともあって、そこの地理に明かるかったのが幸いしたらしい。
詳しい戦況はゴドバンには知らされなかったが、ともかく大遠征部隊は「ハグイ」族の拠点にたどり着けた。遠征開始からなら約3か月、ゴドバンの小隊の移動時間だけでも約1か月を要した行軍だった。
拠点を直接攻撃する部隊が、先遣部隊の次に危険の大きな役回りだが、そこにもゴドバンの小隊は呼ばれなかった。攻撃部隊への補給物資の輸送経路確保というのが、彼らの役回りだった。
「第43輜重部隊の、無事の通過を確認した。付近に敵影はなし。最全面にいる攻撃部隊との合流まで、支障はないものとみられる。」
ホスニーが報告するのを、退屈顔でゴドバンは見つめていた。
「気合いを入れて乗り込んでは来たけれど、拍子抜けだな。危険どころか、俺たちには戦闘の機会なんて、ちっともないじゃないか。圧倒的な戦力による包囲攻撃を受けて、敵は守り一辺倒になっちまってるんだからな。厳しい反撃なんて、先遣部隊の時だけで打ち止めだったじゃないか。」
「味方が優勢なのだから、もっと嬉しそうな顔をしろよ、ゴドバン。気迫が空回りになって退屈な遠征に終わったとしても、無事に掃討を完了して帰れるのなら、それに越したことはないんだからな。」
「まあ、もちろん、そうなんだけど・・なあ・・」
敵の拠点と見られている、かつては「トラウィ」族が生活の足場としていた名も無き遊離星系の、最外殻を周回している惑星周辺から、「ハグイ」族の軍勢は散り散りとなって逃げ出し始めているらしい。
惑星そのものはガスの塊なので拠点にはできないが、惑星を周回する衛星や付近にある小惑星群などには岩石が主体の天体が沢山あるから、人が利用可能な施設を据え付けられるのだ。
それらに軍事基地を多数作り込んで要塞化していた「ハグイ」族なのだが、そこから小規模部隊ごとに無秩序に飛び出しては、一目散に逃げ去って行っている。そんなのが繰り返されているとの報告を、ゴドバンたちの小隊は受け取っていた。
「敵拠点の各施設を、順番に制圧していく段階に進んだようだぜ。」
「いよいよ、仕上げの行程か。敵だった軍勢どうしで手を結んでまで繰り出した大遠征だったけど、思いの外にあっけなかったな。『トラウィ』に戻るのは、いつ頃になるかな、ホスニー?」
ゴドバンが、帰りのことを気にする余裕を見せていた頃に、風雲急を告げる報せが舞い込んだ。
「た・・大変だぞっ!小惑星群に築かれていた基地の制圧に向かった部隊の1つが、全滅したそうだ。中隊規模の約20艦が、瞬く間に撃破されて・・」
「ええっ、どういうことだ!? 仕上げの段階じゃ、なかったのか?」
「い・・いや、それが、逃げたと見せかけた敵が、エッジワース・カイパーベルト天体を隠れ蓑にして再集結し、制圧のために分散傾向にあったこちらの戦力に、各個撃破を仕掛けて来たらしい。」
星系の最外郭を周回する惑星の更に外側には、惑星の形成には参加できなかった微小天体が、無数に漂っているものだった。星系の群集している星団内では、複雑な重力の絡み合いに影響されてそれが消滅してしまっている場合が多く、ゴドバンも、エッジワース・カイパーベルトの存在は頭にはなかった。
だが、周囲に大きな重力源のない遊離星系となると、かなり広大な微小天体の密集域が外縁部分に形成されているものだ。人類発祥の惑星も、そういった遊離星系に含まれていたと、ゴドバンは聞いたことはあったのだが。
天体が無数に漂っているエッジワース・カイパーベルトではあるが、人の感覚で捕らえれば、隙間だらけだ。巨大ガス惑星を何十個も並べられるくらいの間隔を開けて、小惑星から微惑星くらいの天体が、ぽつりぽつりと漂っているだけだ。
それでも、超光速移動を可能とするタキオントンネルを網目のように張り巡らせて待ち構えていた軍勢にとってみれば、身を隠しながら集結したり敵に接近したりするのに、利用可能な天体群となるのだ。
よく考えれば予測できそうな策略ではあったが、散り散りに逃げていく敵の様から、「トラウィ」の軍勢には敵がそこで再集結して向かってくるなど、考えの及ぶところではなかった。
「罠だったんだ!わざと劣勢なふりをして、散り散りに逃げ出して見せて、エッジワース・カイパーベルト天体の背後で再集結して突如の逆襲を仕掛けるのが、最初からの計画だったんだ。航宙民族らしからぬ、巧妙な策略だ。」
「もしかしたら『北ホッサム』族が、入れ知恵をしたのかな?」
「す・・鋭いな、ゴドバン。そうかもしれない。『ハグイ』族にこんな策略を弄する知性があるなんて、信じられないからな。裏で『北ホッサム』が糸を引いている可能性は、高いな。いずれにせよ、一気にこちら側が危機に陥るぜ、これは。」
ホスニーの心配通り、その後次々に「トラウィ」の部隊が、各個撃破の餌食になっていった。
惑星を周回している衛星や周辺を漂う小惑星群へと、制圧のために小隊や中隊ごとに距離を置いて散らばっていた「トラウィ」の部隊に対して、大隊規模の70艦ほどで再集結し密集隊形を成した4組ほどの「ハグイ」部隊が、それぞれに手あたり次第の突撃を仕掛けたのだ。
「第3大隊所属の第2中隊、壊滅っ!半数以上が撃破され、残りも全て損傷を負った上に、ばらばらになって戦域を離脱。敵はすかさず、最も近くにいる第2大隊第1中隊に狙いを定め、突撃を敢行する構え。」
「くそっ!そっちも、やられちまいそうだな。制圧戦に向けて部隊を広く展開している状態だから、逃げるにしても時間がかかる。張り巡らせているタキオントンネル網も、ホームである敵側の方が圧倒的に密で広大だ。アウェーのこちらはわずかな数の、即席のタキオントンネルしか使えない。移動は、圧倒的に敵側が有利だ!」
ホスニーが絶望視した第2大隊第1中隊がやられてみると、ゴドバンたちの小隊こそが、敵大隊に最も近接している「トラウィ」部隊となっていた。直前になるまでそれに気づかないほどに、味方の連絡網は寸断され、情報は錯綜していた。
「やばいな。まともにやりあったら、あっという間に蹴散らされる。ゴドバンが発案した戦術も、こうなったら使い物にならないな。」
1艦や2艦が相手なら、プロトンレーザーによる目つぶしを活用する戦術も有効だが、約70艦の大隊に4艦だけの小隊が囲まれた状況では、効果などあるはずがない。
「方位42-11に、小惑星群があるはずだ。そこに身を隠そう。直ちに移動開始だ。」
エセディリ艦長の、落ち着いた声が届く。
「え?・・レーダーには、そんな小惑星は・・」
困惑のホスニーに、艦長の説明が続く。
「現在の本艦の索敵圏からは、少し外側になる。そこに、小惑星群があった。こういう事態も起こり得ると思って、はるか昔に我らの祖先がここを拠点としていた頃の資料を、引っ張り出してきて調べておいたのだ。この艦が隠れ潜める小惑星群だって、あらかじめ探し出しておいた。方位42-11に、それがある。」
「お・・おお、艦長、さすがだ。筋金入りに用意周到だぜ。」
少し時間が経つと、レーダーにもその小惑星が捕らえられた。ホスニーが、確認の連絡を艦長にあげる。敵の拠点があるのとは別の遊離星系に属しているので、見つかる可能性は低いと期待できる小惑星群だった。小隊からも離れ、ゴドバンたちの艦だけで、単独でそこに隠れて敵をやり過ごし、難を逃れる算段だ。
「しつこく探されれば、見つかってしまうだろうが、たった1艦の中型戦闘艦を、そこまでしつこく探す場面ではないからな。他に狙うべき『トラウィ』部隊が、沢山いるのだから。」
「しかし、仲間の『トラウィ』部隊がやられるのを、隠れてじっと見ていることになるな。俺たちも、命を懸けてでも戦うべきなような気もするぜ。もしかして『トラウィ』族じゃない俺がいるから、仲間を見殺しにする方を選択したのかな。」
「そんなこと考えるな。もう味方は、連携を失ってばらばらの状態だ。こうなったら、それぞれの隊や艦が、自分たちの生き残りだけに専念するしかない。俺たちは小隊レベルでは、何とかそれぞれの居場所はつかんでいるし連絡の取りようがあるけど、それ以外については、居場所も分からなければ連絡手段もない。だからこの小隊の生き残りだけに、頭を集中させるしかないんだ。」
正確な居場所が分からなくなった味方でも、撃破や壊滅の情報だけは伝わってきたりする。
「また小隊が1個、始末されちまった。どの小隊なのかも確かめられないけど、敵の通信の傍受から、こちらの小隊の1個が、全滅したことだけは分かった。」
ホスニーも、苦し気に伝えている。仲間が殺されているのに、じっと隠れているしかない苦痛が、表情に現れている。
「何だ、これ?敵が、増えている。これは『ハグイ』族じゃないな。『シェルミティ』族だ。『トラウィ』族の苦境に付け込んで、自分たちもおこぼれにあずかろうと、駆け寄って来やがったんだ。戦場泥棒的な行動だぜ、畜生っ!」
「しかし、これぞまさしく、航宙民族のやり口だよな。楽に確実に略奪できる機会を、虎視眈々と窺っていたんだろう。」
「そうだな。『モスタルダス』星団の外に繰り出しての航宙民族掃討では、こういう危険が大きくなるんだった。標的以外の航宙民族も、状況一つで敵に回る。弱みを見せたが最期、あちこちの航宙民族に、寄って集って攻撃されてしまう。ちょっとした作戦ミスが、とんでもない被害になってしまうんだった。」
歯ぎしりするような、ホスニーの言葉だ。
「俺たち、全滅させられちまうのかな。」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は 2021/5/22 です。
小惑星の大きさや、小惑星と小惑星の間隔というのは千差万別でしょうが、それでも人間の感覚からすればスカスカなのだと思います。どれくらいスカスカなのか・・はやぶさ1号の標的だった小惑星イトカワは直径約330m、はやぶさ2号の標的リュウグウは約700mということなので、学校のグラウンドくらいでしょうか。カリクローという環を持つことで話題となった小惑星は直径約260kmで四国くらいにもなる巨体だから小惑星の大きさの違いは物凄いわけですが、それらが、多分ですが、地球を間に何十個とか何百個とか挟めるくらいの空間を置いて散らばっている・・くらいにスカスカなわけです。もう何もない空間と言って良いくらいのスカスカっぷりですが、そんな空間が宇宙全体の平均から言うと天体が“過密に”存在する場所ということになってしまうのだろう、といのが作者の認識(要確認デス)。
で、そんなスカスカにしかない天体でも背後に隠れることは可能なわけです。地球から小惑星を発見する場合でも、小惑星そのものを直接見つけるのではなく、背後の天体が隠されたことで間接的に存在が明らかになる場合もあるわけですから、小惑星の背後というのは馬鹿に出来ないのです。
小惑星の背後に隠れることで、敵に気付かれずに集結したり接近したり、そんなことが、もし宇宙を舞台に戦争が起これば、行われることになるのではないか。最新の宇宙に関する科学的な知識に基づいて未来の宇宙の戦争を想像すれば、こんな風になるのではないのか。「銀河戦國史」を書く最大の目的がこういった想像の表現なので、今回のような場面を楽しんで読んでくださる読者様がおられることを、作者は切に期待しているのです。でも、こんなのに興味がない人にも楽しんでもらう努力も、一応はしているつもりですが。




