第32話 北ホッサムの脅威
エセディリ艦長の鋭い叫びの直後に、鋭い衝撃が、来なかった。敵の撃ち放ったプロトン粒子は、大半が磁場シールに拡散させられ、ゴドバンの乗る中型艦を傷付けられなかったのだ。
(何だよ、あっちにとっても、射程外じゃないか・・って、もしかして、あの戦術を、敵も?)
モニターに映る「急速転進を下令した、衝撃に備えろ」の表示が、艦長も同じ判断をしたことを告げている。衝撃は与えられなかったが、敵のプロトンレーザーはゴドバンの乗る中型艦に、一瞬でほんの一部だけの索敵障害を与えている。それを突いた攻撃に備え、艦長は急速転進を命じたのだ。
ググっと右方向に体を持って行こうとする強い遠心力に抗い、ゴドバンは両足を踏ん張った。シートの手すりを手でつかみ、腕でも踏ん張らないと耐え切れなかった。ホスニーは、力みのない飄々とした身のこなしで、遠心力を苦も無く受け流している。身体能力の差を、ゴドバンは思い知らされる。
だが、転進による遠心力以外には、何事も起こらなかった。ただ単に、射程外からプロトンレーザーを撃ってきただけだったようだ。
「こっちの磁場シールドの出力を、分かってなかったんだ、あっちは。」
「・・・だな。」
ゴドバンの見解に、ホスニーも同意した。
「大した敵じゃ、ないんじゃないか。このまま一気に肉薄して・・」
「いや、離脱軌道に入るって、艦長命令だ。」
「え、に・・逃げるの・・・?」
「いや、ダメージを負ったふりをして、食いつかせて、小隊全艦で取り囲む算段だろうぜ。」
ホスニーの言った通りの展開となった。離脱していくゴドバンたちの艦を見て敵は、さっきの砲撃が有効だったものと思ったらしく、無防備な突撃を仕掛けてきた。
夢中でゴドバンたちの艦への接近を図った敵は、回り込んで背後をとった3つの戦闘艦に、気付くのが遅れた。敵がそれに気づいて数分後に、小隊の全艦が、敵めがけてミサイルを放った。
全弾が散開弾だった。無数の金属片が異なる四つの方向から押し寄せ、敵艦の位置で立体交差した。
爆圧弾による迎撃で、懸命に金属片の除去に努めた敵艦だったが、大量でかつ4つもの方向から押し寄せる金属片は、除去し切れるものではなかった。複数方向からの攻撃を1点で交差させて威力を高める戦術が、目論見通りの結果を出した。
「クロスファイア・アタック、成功っ!」
ホスニーの報告にも、してやったりの満足感が漂っている。
表面構造物を薙ぎ払われ、索敵も航行も満足にはできなくなった敵に、ゴドバンたちの中型戦闘艦が突進して行った。
さっき受けた敵艦の砲撃が無効であったことを見せびらかすように、上下左右へと元気いっぱいの転進を繰り返し、十分ににじり寄ったところで、プロトンレーザーを放った。
だが、狙いは少し外れた。いや、わざと外した。
敵艦の砲塔の、2門ある内の1門をこそげ取るようにして、ゴドバンの放ったプロトンレーザーは飛び去って行った。そんな器用ことが可能になるほどにまで肉薄しての砲撃であったし、こちらの砲撃精度を見せつける一撃にもなっていた。
ゴドバンの砲撃の直前に、敵艦は戦闘艇を射出していたが、それらも簡単に片づけられていた。ゴドバンたちの小隊が全艦で食らわせた散開弾による飽和攻撃で7割を、残る3割をブムニジェルたちの駆る戦闘艇が、血祭りにあげたのだった。
「敵艦の降伏宣言を受理」
ホスニーは喜ぶ風もなく、淡々とした口ぶりだ。「非武装のシャトルに全乗員を乗せて、出てくるよう指示を発した。」
「もっと苦戦するかと思ったけど、思いの外に圧勝だったな。敵がこちらを甘く見てくれていたことが、最大の勝因かな。」
ゴドバンの感想を裏付ける調査結果が、敵艦に乗り込んだ技術要員によって明らかにされた。放棄されて無人となっていた敵艦が、彼らによって詳しく調べられたのだ。
敵艦の性能は、加速能力や砲撃の射程など、多くの点でゴドバンたちを上回っており、普通にやり合えば分が悪かったかもしれなかった。
しかし、敵艦のコンピューターに残るこちらの軍に関する情報は、相当に古いものだった。十年くらい前に使っていた艦と同程度の性能であると決めつけて、今回の戦いに臨んでいたのだと分かった。
「我が軍の能力をこの程度だと見積もった上で、『北ホッサム』の連中はこちらの付け入る隙を伺う行動に出ていたわけだ。この戦いでこちらの実力の一端を知れば、『トラウィ』の統治下にある領域を侵略の第1ターゲットにしようとは、まず思わないだろう。」
「そのために、あいつらを生かして帰してやるわけだな。俺たちの実力をちゃんと伝えてもらって、侵略なんか成功しないって『北ホッサム』のやつらに、思い知ってもらうために。」
艦長からの全乗員に向けたメッセージに対する、彼なりの注釈を、ホスニーにぶつけてみたゴドバンだった。
「そうだ。ここで全員を捕虜にしてしまったり、殺してしまったりしたら、こちらの実力が敵に伝わらないからな。侵略を諦めさせるなら、あいつらを帰してやった方が得策だ。だがそれ以上に、恨みや報復の連鎖になることを、艦長は避けようとしているのかもしれないけれどな。」
「なるほど・・。あいつらを殺しちまったら、それを恨んだあいつらの遺族などを始めとした『北ホッサム』の連中が、死に物狂いの復讐戦に打って出る可能性があるってわけか。」
「まあ、あんな威力偵察みたいな戦闘艦1艦を葬ったくらいで、部族を上げての復讐戦にまでは至らないだろうけど、人を殺したことへの恨みなんてのは、極力買わない方が将来のためってことさ。」
復讐が復讐を呼び、恨みがさらなる恨みの原因になり、抜き差しならない泥沼的な戦争へと発展する実例は、ゴドバンの知識の中にもいくつもある。捕虜にしたり撃破したり、しようとすればできる敵を帰してやるとの艦長の判断も、理解すべきだとゴドバンは思った。
かつて降伏を宣言した敵を、ジャジリを殺された怒りに任せて虐殺してしまった自分は、なんと愚かで無思慮だったのだろうか。当時は民間人だったことを考慮しても、ゴドバンは、我が身を恥じる気分から逃れられない。
「今回のことで、ある程度の時間稼ぎはできるだろう。だが、『北ホッサム』族による『モスタルダス』への大攻勢そのものは、やはり、避けることはできないだろう。」
しばらく後の、ダイニングエリアでの食事の場面で、大勢の兵士を前にした艦長はそんな見通しを語った。たまたま近くの席に陣取っていたゴドバンたちは、思わず耳を傾けた。
「われらの王国ではなく、『モスタルダス』星団の別の宙域を侵略の対象に選ぶ、という判断をさせる効果は、あったのではないでしょうか?」
艦長の隣にいた仕官の1人が、そんな問いで応じた。
「そうかもしれん。最初の標的が『トラウィ』王国になることは、避けられたかもしれん。だが、『モスタルダス』星団の各勢力との通商などが、我が国の存続と繁栄に不可欠である現状を鑑みれば、『モスタルダス』星団のどこを『北ホッサム』が狙ってきたとしても、やはり我々は、無傷では済まない。われらと『北ホッサム』族との対決は、いずれにせよ不可避なものと心得るべきだ。」
「我が王国だけでなく、『モスタルダス』星団のどの勢力も、『北ホッサム』が決めつけているよりは高い実力を持っているのじゃないかと思いますが、それでも、やつらは来ますか?」
別の仕官も問いかけた。
「来るだろうな。20年以上にわたって戦力の充実に専念してきた奴等が、こうして現実的に侵略の機会を窺う動きに出たのだ。少々の困難を予測したところで、諦めるという選択肢は取れないはずだ。あれだけ巨大な集団が、一度付いた勢いを止めることなどは、できないものだ。『北ホッサム』による『モスタルダス』への侵略は、多少の遅延はあっても、中止はあり得ない。」
きっぱりと言い切るエセディリ艦長の声に、ダイニングエリアの一同は表情を硬くした。ゴドバンにも、改めて不安や緊張が襲ってきた。
これまで追い払ってきた航宙民族とは、次元の違う巨大集団である『北ホッサム』族との全面対決が、どんな熾烈なものになるのか、想像もつかなかった。
第2分王国との戦いも過酷なものがあるが、しょせん同族どうしでの戦いだから、どこかに規律やマナーというものがあった。たとえ敗れたとしても、一般王国民出身のゴドバンが処刑されたり奴隷にされたりといった、非人道的な処分を受ける心配はないだろう。戦死してしまえばそれまでだが、戦いを生き残りさえすれば、それほどひどい扱いを受けないとは信頼できる。おそらく、直ちに故郷に送還されるというくらいが、関の山だ。
そんな甘い見通しなど、『北ホッサム』族との戦いには、望むべくもないだろう。
今までにない血みどろの戦いになるだろうし、それに敗れれば、彼だけでなく彼の家族や知り合い等をも含め、「トラウィ」王国に暮らす全員が、さらには「モスタルダス」星団に息づくすべての人々が、略奪や虐殺や奴隷化の試練に見舞われることだろう。
「敵艦で見つかったデーターからすると、『北ホッサム』族の総兵力は百万を軽く上回り、戦闘艦も6千にのぼる数を保有しているようだ。その全てが、今回出くわした戦闘艦並みの能力を有しているのかどうかは分からんが、とにかく、とんでもない巨大戦力だ。」
「そ・・そんなにですか、艦長・・・・!それは、我が第1分王国軍の、十倍に迫る規模ではないですかっ!『トラウィ』王国の総力を結集できたとしても、敵の半分に遠く及ばない。とてもではないが、われらだけで押し返せる勢力ではない、ということなのですか。」
「つまりは、奴らの大攻勢より前に『トラウィ』王国を再統一することは、絶対に必須の課題だと言えるわけだ。再統一が成ったとしても、こちらの戦力は奴らの3割程度にしかならないのだがな。少なくとも分裂した今のままでは、話にもならない。」
「我が王国どころか、『モスタルダス』星団の住民全体が一致結束して対応しなければ、『北ホッサム』族を撃退することなど、できないのかもしれませんね。」
「だが、誰がその中心に座るんだ?中心に座る者がいなければ、一致結束などあり得ない。集団が1つの勢力としてまとまって行動するならば、どうしたって指導者が、中心に座って勢力をまとめ上げる者が、必要となるんだ。」
「そうだな。我が第1分王国のガラケル王は、再統一された『トラウィ』王国の中心に座ることはできるだろうが、『モスタルダス』星団全体となると、あまり求心力や人望といったものは持てないかもしれない。所詮は、航宙民族内での敗北者集団と侮られているのが、『トラウィ』族の現実だからな。」
「本来はエドリー・ヴェルビルスが、その任に就かなければならないはずだったんだ。銀河連邦から派遣された軍の総司令官として、『モスタルダス』星団の防衛を任されているのだから。『セロラルゴ』管区を中核として『モスタルダス』星団の各集団をまとめ上げ、一大勢力を作り上げなければならなかったはずなんだ。だが奴は、与えられた権力を私利私欲のためだけに使い、無辜の民から財産を巻き上げたり奴隷的に扱ったりなど、好き放題にふるまっていた。挙句に、『ザキ』族との戦いに敗れ、再起を期して身を寄せた『北ホッサム』族の一支族の領域で、処刑されてしまう有様だ。『モスタルダス』はすっかり、中心に座り得る人物を失ってしまったわけだな。」
「こうなったからには、やはり『ザキ』族を、当てにするしかないか。『モスタルダス』星団における最大戦力と言えば、今や『ザキ』族だし、エドリーを破ったのが連中なのだったら、エドリーの代わりも奴らに努めてもらわなくちゃ。」
「でも『ザキ族』は、侵略してくる航宙民族や『モスタルダス』星団内で反乱や略奪を繰り広げる勢力を蹴散らしはするが、打ち破った奴らを配下に従えるとか、統一した勢力を作ろうとするとか、そんな動きは一切見せていないじゃないか。『ザキ』族の長であるトラベルシンが、倒した敵を片端から許してやったり解放してやったりしてばかりで、それらを抑え込む動きを見せないのだから。」
「この星団内の各集団から兵員を徴発するとか、支援物資などを拠出させるとかといった動きも見せない。この星団を『北ホッサム』族に対抗できる体制に仕立てようなんて意志は、ちっとも感じられないぞ。」
「とりあえずわれらは、『トラウィ』王国の再統一を成し遂げて、『トラウィ』王国内に住む人々だけでも守り抜けるように、努力するしかない。広い『モスタルダス』星団の他の宙域を差し置いて、ここだけに連中が戦力を集中して来るはずもないのだ。だから『北ホッサム』の全戦力に対抗できないからと言って、悲観する必要はない。実際にどれくらいの軍勢をわれらが迎え撃つことになるのかは分からんが、とにかく『トラウィ』王国を脅かす者を追い払えれば、われらの役割は果たされるのだ。」
艦長の発言に、全員が一応は頷いて見せた。
だが、不安の残るプランだと、ゴドバンには思えた。「モスタルダス」全体の平穏も「トラウィ」の発展には必須なのでは、との疑問が浮かんでしまう。それでも今は、エセディリ艦長の言葉に納得しておくしか、彼らにはなさそうだった。
将来に決定付けられている「北ホッサム」族との決戦への不安を他所に、ゴドバンたちは、目の前に現れる航宙民族を掃討するという任務や、第2分王国軍を押し返すという課題を、日々こなさなくてはならなかった。1つ1つは小勢で簡単に始末が付くのだが、3日と空けずに発見されるそれらに、ゴドバンの小隊は忙殺され切っていた。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/5/8 です。
戦闘の規模(参加人数)をどのくらいにしようかというのも、結構悩みます。未来の宇宙だから地球時代より人類全体の人数は増えているだろうけど、それは銀河全体の話で、一つの星団の中の人数はかなり絞られるはず・・・・・・と言っても、星団一つでも地球と比べれば何兆倍の更に何兆倍くらいに広い・・・・・・でも、人が住める場所の広さだけを考えれば、地球よりもずっとずっと狭いだろうし・・・・・・。
史実から拾ってみ見ると、関ケ原の戦いでは東軍10万で西軍8万、アレキサンダーがペルシアを攻めたガウガメラの戦いでは4.7万のマケドニア軍を20万のペルシア軍が迎え撃って敗れた、オスマン帝国がコンスタンティノープルを陥落させた戦いではメフメト2世は20万を率いた(単位は人でウィキペディアの情報を、幅があったり諸説あったりする中から適当に拾っています)といった感じです。これらの数字と未来の宇宙という条件を勘案して、「トラウィ」族軍や「北ホッサム」族軍の人数は妥当でしょうか?そんなの作者の匙加減だとのご意見もあろうかと思いますが、でもやはり、客観的に妥当な人数というのもありそうな気がするし、悩みは尽きません。




