第24話 戦士の心中
「お前がいなくなったら、ここの仕事はどうなっちまうんだ。」
という切実な訴えを、プサイデオは口にした。
「せっかく危険な『セロラルゴ』への旅から無事で帰って来たと思ったら、またそんな危険なことに首を突っ込むのか。」
という嘆きを、彼の両親は告げてきた。
しばらくの間は、それらがゴドバンを足止めしていた。ゴドバン自身には、それを無理やり振り払ってまで飛び出して行くほどの、強い気持ちがあったわけでもなかったから。だが、
「どうしても行きたいというのなら、いや、行くしかないと思うのなら、こっちのことは、わしが何とかしよう。プサイデオやお前の両親への説得は、わしの方でやっておいてやるよ。」
ムナリ・ムニが、そんな言葉でゴドバンの背中を押した。
第1分王国政府の役人が使者として、ムニ一族のもとに頻繁に訪れていたらしいのはゴドバンも耳にしていた。そして、王国のおかれている厳しい現実を伝え、どうにか兵員に応募してくれる者が出てくるように協力してくれと、繰り返し嘆願されたそうだ。
航宙民族の戦闘能力が日増しに高まっていること、その中でも「北ホッサム」族の戦力増強は目を見張るものがあること、それ以外にも「南ホッサム」族をはじめ数多くの航宙民族が、戦力だけでなく様々に巧妙な戦略を巡らせて「トラウィ」王国を含めた「モスタルダス」星団住民から、略奪や搾取を成し遂げようとしていることなどを、切々と説いたそうだ。
あちこちにスパイを放つなどして精力的に情報を収集しているガラケル王は、「トラウィ」王国が置かれている現状がいかに切迫しているかを、誰よりも正確に理解しているというのだ。
自分たち「トラウィ」族だけで防衛を担い切れないことへの力不足を認め、羞恥と慙愧の念を表し、負担を王国民に押し付けることを真摯に詫びた上での、熱心な嘆願だったそうだとも聞いた。
更に、兵員を拠出した後のムニ一族に対する、租税の上での優遇などといった現実的な対応措置も提案され、ムニ一族も要請に応じないわけにはいかないと感じたのだろう。
領主一族に名を連ねるムナリ・ムニに説得されると、プサイデオもゴドバンの両親も、強く反論はできなかった。
「じゃあ、行ってくるよ。第1分王国の兵士になって、王国を守るために戦ってくる。」
「お・・おお、ゴドバン。必ず・・必ず無事に帰って来てくれ。ムニ一族からは、お前がいなくてもわしらの生活には影響が出ないようにする、とは言ってもらっているが、生活がどうなろうが、お前がいない日々など考えられん。大事な息子なのだからな。」
「そうよ、ゴドバン。無理しないでね。危ないと思ったら、逃げるのよ。あなたの命こそが、私たちには一番大切なのだからね。」
「作業要員の方は、ムナリ・ムニがどうにか手当を付けてくれるらしいが、俺は、これからもずっと、お前と一緒に仕事がしてえんだ。絶対に、無事で帰って来いよな。」
両親とプサイデオにそんな言葉で送られて、ゴドバンは兵士となるべく旅立った。
レーダー用のモニターに映る、敵を示す光点が消滅した。単純な反応だが、数十の人命の消滅を意味している。「セロラルゴ」管区自衛軍との戦いでも味わった感覚だが、今回のは、あの時以上に心にずしんと来るものがある。
敵戦闘艦に乗っていたのも、同じ「トラウィ」王国の人たちだ。第2分王国の兵士だ。
第1分王国軍に入隊したゴドバンは、戦闘艦の砲撃管制要員として訓練を受けた。不慣れな機器の難しい操作を身に着けるにあたっては、苦しい場面も沢山あったが、第1分王国の兵士たちは常に紳士的に、親切にレクチャーしてくれた。
与えられた課題をクリアーするまで、何度も休みなく繰り返し練習させられ、ゴドバンも気が遠くなりそうな疲労を何度も味わった。だが、声を荒げるとか、人格や能力を否定するような言葉を放つとか、そういった粗野な態度を第1分王国兵たちは、誰1人として1度たりとも見せなかった。
軍隊での訓練なのだから、多少は荒々しい物言いや暴力的な対応もあるかと身構えていたゴドバンだったが、拍子抜けするほど居心地は良かった。ベンバレクたちを殺した仇だとして第1分王国そのものを恨む気持ちとは裏腹に、身近にいる同僚の兵士たちには、親しみを強くして行くばかりだった。
兵員養成所での模擬戦闘においては、ゴドバンは周囲に抜きに出た好成績を収め、頭角を現していった。とんとん拍子で3か月後には、実戦に投入されるに至り、教育担当の兵士に見守られながらではあるが、敵艦を砲撃で粉砕するという戦績も収めたのだった。
「命中率が、かなり上がって来たじゃないか、ゴドバン。一般王国民から募集した兵に、ここまでの力量を見せてもらえたら、俺たちもずいぶん助かるぜ。」
「いや・・でも、5発も撃ってようやくの撃破だぜ。他の『トラウィ』族の兵と比べたら、俺の砲撃の命中率なんて、かなり低い。まだまだ腕を上げて行かないと、王国を守る力になれない。」
「あははは、真面目だな、ゴドバンは。いやあ、頼もしいぜ。」
ホスニーという名の「トラウィ」族兵士が、ゴドバンの教育担当としてずっとそばについている。立場としては上官に当たるわけだが、こんな口の利き方が許されており、というか求められていて、すっかり友達感覚だった。肩を叩きながら笑いかけてくる様を見れば、ベンバレクたちの仇だなんて気持ちは沸いて来る隙も無かった。
顔の輪郭も体つきも、どことなくベンバレクに似ている。同じ「トラウィ」族なのだからそれは当たり前のことなのだが、その彼がベンバレクたちを殺した仇なのだとは、なんだか信じられなくなる。
「俺のかつての戦友には、お前よりもっと物覚えの悪い奴だっていたぜ。『トラウィ』族の兵士だったんだけどな、一般王国民のお前の方が、はるかにあいつより筋が良いさ。そいつだって結局は、一人前の兵士になってバリバリ戦っていた時期があった。だからゴドバン、大丈夫だ。お前も立派な、一人前の兵士になれるに違いない。」
「ほんとかよ、ホスニー。そんなことって。俺を慰めようとして、無理矢理に話をでっちあげているんじゃないのか?俺より物覚えの悪い『トラウィ』族の兵士だなんて。」
「本当だとも。入隊して2年目くらいまでは、明らかに今のお前より出来が悪かった。だけどその後は、確かに一人前の優秀な兵士になったんだ。兵としてだけでなく、戦友としても最高の奴だった。」
「そいつは、今は別の部隊に配属になっているのか?」
「いや、半年くらい前に、第3分王国軍による奇襲で戦死しちまった。休暇をもらって近くの宿場星系に遊びに行ってやがったんだが、その帰りに、待ち伏せを食らってやられちまったんだ。いくら一人前の兵士と言っても、非武装のシャトルでの移動中を狙われちゃ、どうしようもなかったな。」
「非武装のシャトルを・・卑怯なことをする奴も、居るんだな。俺の知っている第3分王国の兵は、そんなこと、絶対にしそうになかったんだけどな。」
「卑怯ってことは、ねえさ。戦争なんだ。お互いに、相手を殺すために知恵を絞りあってるんだ。俺だって第3分王国の兵士を、色んな策略の末に沢山殺してきたさ。今さっきお前のやった攻撃だって、本隊からはぐれた1個の小型戦闘艦を、中型2艦を含む4艦で取り囲んで撃破したわけだからな。かなり一方的な殺戮だとも言える。第2分王国の側に立てば、卑怯なやり方で殺された、とも受け取れるだろうさ。」
心底にわだかまっていた、ベンバレクたちを殺されたという恨みが、不思議な色に染めなおされた。ゴドバンは、自分の胸に内に渦巻く未知の感情に、戸惑いを覚える。
ベンバレクたちも、第1分王国の兵士を沢山殺しただろう。両分王国が戦争状態であって、それぞれの軍隊が全力でぶつかり合っていたのだから、それは当然だ。
そして、第3分王国軍に戦友を殺されたホスニーには、第3分王国を恨む気持ちは見られない。その上ゴドバンだって、たった今第2分王国の兵士を何十人も殺害したのだ。小型戦闘艦がたいていは、おそよ50人くらいの兵を載せているものだからそう考えられるのだが、実際に撃破した敵艦に何人が乗っていたのかは、正確には分からない。
正確には知ることもかなわない人数を、自分は殺害したのだ。その事実を脇にやって、ベンバレクたちを殺されたことに恨みを抱き続けるなんてことは、もうゴドバンにはできそうにない心境だった。
だがそれでも、ベンバレクたちの笑顔を思い起こせば、それが永遠に失われたことへの激しい悲しみや怒りが胸の内で激流を成す。第1分王国を恨むという行き場を失ったそれらは、ゴドバンの中で不気味な螺旋を描いていた。
苦しい気持ちだった。誰かを無思慮に恨んでいられた時の方が、心はずっと軽かったような気がする。
「戦争だから、命の取り合いをしているんだから、友人を殺されたからって相手の軍や兵を恨み続けている奴なんて、おかしいんだろうな。」
つぶやいたゴドバンに、ホスニーは複雑な表情で応えた。
「まあ、同じ『トラウィ』族どうしの戦いだからってのも、あるかもな。新王を決めるのに、名乗りを上げた候補者相互がその支持者を率いてぶつかり合って、殺し合って、潰し合うってプロセスを経るのは、『トラウィ』族には昔からの伝統なんだ。その中で友人が殺されたとしても、相手を恨むのは筋違いだ。それは、俺たちには容易に受け入れることができる。」
「相手が『トラウィ』族以外だったら、また別の感情になるのか、ホスニー?」
ゴドバンは、同年配でも彼よりずっと背の高い「トラウィ」兵士を振り仰いだ。
「別の航宙民族に戦友を殺されたら、その民族を根絶やしにしてやらなくちゃ、気が治まらないかな。でも、どの航宙民族かにも、よるかな。いくつかの航宙民族には、俺も知り合いがいる。特に『ザキ』族には知り合いが多い。もし『ザキ』族の一派に戦友を殺されても、それほどの恨みは抱かないかもしれないな。戦争の内容によっては、『トラウィ』族どうしでの殺し合いと同じくらいの割切りが、できてしまうかもしれない。身勝手なものだな、あははは・・」
「・・俺も『ザキ』族には、何人か知り合いがいるんだ。『ザキ』族ってのは、顔が広いのかな?」
「そりゃあ、そうだろうさ、ゴドバン。銀河連邦から、最も早く同盟者として認められ、『モスタルダス』星団を他の航宙民族から守る戦いを、連邦と一緒にずっと繰り広げて来たのが『ザキ』族だからな。顔が広くなるのも、当然だ。」
「それに、良い奴が多い気がするな、『ザキ』族には。だからもし、『ザキ』族の一派に仲間を殺されたとしても、『ザキ』族全体を恨む気持ちになんかなりそうに思えないな。」
「そんなもんだよな。良い奴もいるとわかっている集団なら、そこと戦争して仲間が死んだとしても、それは戦争が悪いんであって、集団自体やそれに含まれる人たちを恨むべきじゃないって、思えるよな。戦争の原因を突き止めて、二度と戦争にならないようになんてことは考えても、その集団を根絶やしにしてしまえなんて気持ちには、なるはずがねえ。」
根絶やしにとまでは思わなかったが、彼はずっと、第1分王国を恨んできた。だが、こうやってホスニーという友人を第1分王国兵士の中から得てみると、その気持ちにも変化が現れる。ジャジリを殺された恨みなどもそうやって、状況次第で変わって行くものなのだろうか。ゴドバンは、複雑な気分だった。
エドリー・ヴェルビルスを恨んでいないと、ジャジリを失った悲しみを、どこに持って行けば良いか分からなくなる。ジャジリに対しても、裏切ってしまったような、何だか申し訳ないような気持ちになってしまう。戦争だから仕方なかったと、ジャジリの死を割り切ることができたとして、それでゴドバンは何を得て、何を失うのだろう。
考えているうちにゴドバンは、理由は良く分からないが、トラベルシンの顔を思い出していた。彼は、顔の広い「ザキ」族の長であるからには、なお飛び抜けて顔が広いことだろう。「セロラルゴ」管区をはじめ、航宙民族も含めた全ての集団においても、何人かは親しい間柄の者がいるのかもしれない。
その一方で、航宙民族との戦いにおいて失った親しい人間の数も、ゴドバンとは比べ物にならないだろう。ゴドバン以上に沢山の怒りや悲しみを抱いているのに、それを恨みに変えてどこかにぶつけるにしても、親しい人間のいる集団が相手では、勢いは削がれるだろう。
沢山の仲間を殺されたのに、加害集団に対しては怒りや恨みを抱きにくいとしたら、戦いに明け暮れるトラベルシンの胸中とはいかなるものなのだろうか。ゴドバンには計りかねた。
戦いに勝った後には、トラベルシンは誰よりも、相手に対して許しを与えている。ティミムも言っていたし、うわさにも何度も聞く。エドリー・ヴェルビルスも、追撃して殺害することは容易であったと思われるのに、許してやった。そのエドリーが「北ホッサム」族の力を借りて「ザキ」族への復讐戦に挑もうとしたときには、かつてトラベルシンや前代までの族長に許された経験のある「北ホッサム」族内部の一分派が、エドリーを処刑することでその恩に報いたという。
ゴドバンには、「ザキ」族の歴代の長たちが「北ホッサム」族を許した時に、見返りを期待していたなどとは思えない。「セロラルゴ」管区の住民や兵士の中に親しい者がいるから、トラベルシンがエドリーを恨む気になれずに許してやった、というのも違う気がする。もっと別の理由で、歴代の長やトラベルシンは敵を許し続けている気がするのだ。
だが、それでも、あちこちに親しい者がいるということが、トラベルシンの〝許す“という行為の原動力には、なっているのではないか、とも思う。
(どんな気持ちで”許す “という決断や行動に至っているのだろう、トラベルシンは・・)
第1分王国の兵士にホスニーのような友人を得てもなお、第1分王国を許すということに何やら拭い切れぬわだかまりを感じている自分自身を顧みると、トラベルシンの胸中は一層計り知れないものと感じられる。
ジャジリを殺されたことでエドリーを、ベンバレクたちを殺されたことで第1分王国を、単純に恨んでいられた時間がとても楽だったように思え、戻りたいような気にもなり、しかし、その頃の自分を幼稚で浅はかなものにも感じ、恥じ入ってしまう心持ちにもなるのだった。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/3/13 です。
プサイディオやムナリ・ムニとゴドバンとの関係性や口の利き方などをどうしようかは、結構迷いました。主従であり上司と部下である関係からすれば、プサイディオたちはもっと高圧的に、ゴドバンの側は敬語で、という選択肢もあったかと思いますが、相当に対等な関係として描きました。
ムニ一族が人手不足で困っているところにゴドバンが働き手としてやって来たわけだから、ゴドバンが一方的にへりくだる関係にもならないかな、という想像です。この関係性のまま世代をいくつかまたぐことになったとしたら、ゴドバンの子孫はムニ一族の子孫に、もっとへりくだっていそうな気がします。自分たちで選び取った関係性と、先祖から代々受け継いで来た関係性では、同じ主従であっても違って来るのでは、と。更にムニ一族が勢力を拡大し、働き手の人数が増えていたとしたら、使用者側にはもっと大きな権威みたいなのが求められ、上下関係を厳しくするようになるでしょう。
日本の中世くらいの領主と領民となれば、決定的な上下関係があり、上は下に忠誠と服従を強要したし、下は上に逆らえなかったでしょう。でも世界の歴史のどこかには、ムナリ・ムニとゴドバンに近い主従関係もあったのでは?お互いがお互いの必要性を認識し、自分たちの選択として結びついた関係であり、集団規模も比較的小さいものならば、対等に近い主従関係もあったのでは・・?
国王と国民の関係も、「トラウィ」王国においては対等に近いものがあります。あくまで統治というサービスを提供しているのが国王という認識なので。命令系統としての上下はあっても、身分としての上下はない、そんなイメージの「トラウィ」王国なのですが、それが現実的なのか非現実的なのか、その辺の判断は読者様各位にお願いすることにします。




