第23話 ゴドバンの決意
仕事に専念すべき時の合間に訪れる余暇には、だからゴドバンは頭の中で、ソフラナの妖艶な姿にデレデレしているか、トラベルシンに不満をぶちまけているかのどちらかになってしまっているのだった。
そんな風にして過ごしていた彼のもとに、第3分王国が第1分王国に壊滅させられたというニュースが届いたのは、故郷に帰って来てから数えれば、およそ半年後のことだった。
「今後は第1分王国が、第3に成り代わってこの辺りを統治するそうだ。税も第1に納めることとなるらしい。税の納付先以外については、特に変化は起こらないようにすると、第1分王国の政府は言って来ている。」
ムナリ・ムニが、数十人の作業者を集めた場でそう告げた。
ムナリはムニ一族の中でもゴドバンも所属している、「ピニェラ」星系の第3と第4惑星における事業を担当している監督官だ。ムニ一族は経営している3つの星系を、十個の小領域に分けて、それぞれに一族の者を、監督官として常駐させている。
「支払った後の税の行き先なんぞ、どこでも構いやしないさ。」
ゴドバンの上役プサイデオが、抑揚のない声を上げた。「結局、何も変わらないってことだな。『トラウィ』王家の誰が、わしらの支配者になったところで。」
「そうだな。この辺り一帯の防衛や行政を受け持っているのが、第3分王国から第1分王国に代わったっていうだけで、わしたちの日々の暮らしには、何の影響もない。」
「まあ、王国の統一が進めば、航宙民族の侵略に対する防衛力は、より強固になるとは思うけど。」
ムナリやプサイデオよりは、やや熱を帯びた声でゴドバンは言った。
「防衛ね。そうかもしれねえが、あまり実感を伴う変化は、俺たちには無いような気がするな。」
そうつぶやくムナリに、プサイデオも続く。
「今、事業を展開している宙域には、これまでもずっと航宙民族の侵入は許してなかったし、それ以外の、かつてムニ一族が領有していた星系を取り返すほどの成果は、王国が統一したとしても、成し遂げられるとは思えない。王国が分割していようが、統一されようが、今の3つの星系を王国軍に守り抜いてもらって、俺たちはその経営を続けていくっていう状況には、変化はなさそうだよな。」
「いや、今の分割されたままの王国じゃ、航宙民族の侵略から3つの星系だけであっても、守り抜いてもらえない可能性が高いんだぞ。」
上役二人の甘い認識に、ゴドバンは警鐘を鳴らした。
「もう何十年も、一度も侵略を許していないのにか?」
プサイデオには、理解できないようだ。
「ここ最近では『北ホッサム』族が、そうとうに勢力を伸ばして、いつ攻めて来ても不思議じゃないくらいになっているんだ。かつてみたいに、ちょっと力を付けたらすぐに『モスタルダス』星団に侵略してくるっていうのはやめて、ある程度しっかりとした力を蓄えてから、十分に勝算をもって侵略するって知恵も、奴らは身に着けているらしいんだから、次の侵略が始まったら、被害は生半可なものじゃすまないらしいぜ。それまでに王国が統一されていなかったら、きっと『トラウィ』王国は『北ホッサム』族に蹂躙され尽くしてしまうよ。」
「お・・おいおい、ゴドバン、本当か、それ?いつ攻めて来ても不思議ではない、だなんて・・」
「恐ろしいことを言うな、お前は。『北ホッサム』が勢力を伸ばしているのは分かっていたが、そんなすぐに攻めて来るとは、俺は・・・。お前、どこで、そんな情報をしいれた?」
ムナリとプサイデオが、相次いで疑問をぶつける。
「もちろん『セロラルゴ』管区に、商旅行で行った時さ。自衛軍に監禁された後に、『ザキ』族を中心とした仲間と戦った話はしただろ。その時知り合った連中が教えてくれたし、自衛軍の話を盗み聞いた中にもあったんだ。いくつもの航宙民族が力を増強しているけど、特に『北ホッサム』族の侵攻が間近だって。
それと、『南ホッサム』族も力はつけているらしいのだけど、こちらの方は侵略を開始する気配はないらしい。でも、それも不気味な状態なんだってさ。単純な侵略以上にやっかいなやり方で、『モスタルダス』星団に災いをもたらすかもしれないから。」
「厄介なやり方・・なんだよ、それ?」
ムナリは、一気に不安が膨らんだようだ。
「例えば、通商妨害だよ。『モスタルダス』星団に乗り込んで来るより、『モスタルダス』星団の住民が外の勢力と貿易などをするのを妨害したり、通行関税を分捕ったりした方が、末永く楽にたくさん稼げるって、『南ホッサム』の連中は計算しているっていう話なんだ。」
「おお・・そうなのか。それは確かに、単純な侵略や略奪よりはるかにタチの悪いやり口だな。航宙民族も知恵を付けて、そんな厄介なことを・・・」
プサイデオも、あえぐような不安の声になった。
王国にこもって、王国に防衛を丸投げしたままでは知ることのない「モスタルダス」星団の置かれた現実を、彼らは今になって知るに至ったのだった。漠然とした不安は抱えていても、情報不足のために差し迫った危機感を持つには至っていなかった彼らだったが、ゴドバンの話を聞いて考えを改めたようだ。
とはいいながら、統治者が第3から第1の分王国に代わって数日が経ってみても、やはりゴドバンの日常には何の変化もなかった。いつも通りの作業を、いつも通りにこなすだけだった。
だが、5日後にもたらされた情報は、ゴドバンの心を暗転させた。
第3分王国の滅亡につながった決戦の模様が、詳しく伝えられて来たのだ。第3分王国の王都に、意表を突いた奇襲を仕掛けた第1分王国軍によって、防衛側の軍は壊滅させられてしまったらしい。第3分王国の王とその家族も、殺されるか捕虜とされるかしたそうだ。
さらに、戦闘における死亡兵のリストも公表され、第3王国側の死亡兵リストの中に、彼の知る3人の名前があったのだ。
「そ・・そんな、畜生っ!ベンバレクも、ヤヒアも、アブトレイカも、戦死者リストに、名前が載っちまっているじゃないかっ!なぜだっ!なぜこんなことに・・・」
彼らの見せた笑顔が、その瞬間には思い出された。それが炎と爆発に包まれて行く様子も、同時に脳裏に浮かんでくる。彼らの笑顔を引き裂く爆発。彼らの笑顔を燃やす炎。それを引き起こしたであろう第1分王国軍の猛烈な攻撃、それを実施した第1分王国軍の兵士たち。
次々にイメージが沸き上がり、それは最後には、第1分王国への怒りや恨みに結実した。
「あいつらが、殺したんだ。第1分王国の奴らが、ベンバレクを、ヤヒアを、アブトレイカを・・。そして俺は、そいつらの統治を受け入れなくちゃいけないんだ。ベンバレクたちを殺した奴に税を納めるために、俺は、働かなくちゃいけないんだ。」
「おいおい、ゴドバン、そんな風に考えるもんじゃねえぜ。俺たちは、俺たち自身の防衛や生活維持のために、税を払うんだ。それをやってくれるのが、今となっちゃ第1分王国しかないってだけだ。恨みの相手を肥えさせるための税だなんて考えちまったら、辛くなるばかりじゃねえか。」
プサイデオの言葉は、ゴドバンには十分に理解できる。言われなくても分かっている。だが、沸き上がる怒りや憎悪は、簡単には抑えられない。ベンバレクたちを殺した連中が彼の統治者であるなんて、受け入れられなかった。
追い打ちをかけるように、ゴドバンには胸を痛めずにいられない情報が続いた。
捕虜となっていた第3分王国の王家一族の身柄が、第1分王国軍における戦功者たちに、奴隷として引き渡されたというのだ。それは「トラウィ」族としては、昔からの伝統に則った処遇でしかないらしいが、ゴドバンには心痛を伴った。
ソフラナ王女も、奴隷にさせられてしまったということだ。
一度も話しかけることのなかったソフラナだが、彼女に関心がなかったわけではない。それどころか、帰って来た日からずっと頭から離れないくらい、ゴドバンは彼女に惹かれていた。あまりに強く惹かれていたからこそ、一度も話しかけられなかったのだ。彼女に、デレデレしただらしのない顔を見られたくない、などと思ってしまったから。
話しかけなかったが、「セロラルゴ」管区からの帰りでの食事時には、ずっと彼女を見ていた。少し遠くの席から、デレデレの男たちに囲まれ彼らに穏やかな笑顔を振りまくソフラナを、ずっと目の片隅に捕らえていた。
今でも、鮮明に浮かんでくる笑顔だ。思い出すだけで軽いめまいを感じてしまうほどに、美しく艶やかな笑顔だ。そんな笑顔を持ったソフラナが、どこの誰かも知らぬ何者かに、奴隷として引き渡されてしまったというのだ。
その何者かは、ベンバレクたちを殺した軍の幹部だろう。第1分王国軍の中枢に、座を占める男なのだろう。ゴドバンにとっては仇と言っても良い者が、ゴドバンの心惹かれた女性を、奴隷として思うがままにしているということだ。想像を巡らせると、頭の中のどこかが焼き切れそうになるほどに、強烈な熱が発生した。
「おい、ゴドバン。何をそんなに鬱ぎ込んでいるんだ?『トラウィ』王族のお家騒動なんて、俺たちみたいなただの王国民が、それほど気に病むようなことじゃねえぞ。さあ、元気出して作業を頑張ろうじゃねえか。お前が作業に精を出してくれねえと、回らなくなっちまう仕事が沢山あるんだからな。」
長く作業を共にしてきたプサイデオが心配するくらい、ゴドバンは怒りと悲しみのやり場に苦慮していた。ベンバレクとヤヒアとアブトレイカと、そしてソフラナ王女の笑顔が、頭から離れない。そしてそれらが引き裂かれたり踏みにじられたりする様が、彼の頭の中でグルグルと回り続ける。
「おい、また1つ、ビッグニュースだ。」
ムナリ・ムニが、そんな風に声をかけてきたのは第3分王国崩壊のニュースを告げてから、20日ほどたってからだった。
「何だ?今度は第1分王国が、ぶっ潰されちまったか?」
冗談とも本気とも取れない声で、プサイデオが問い返した。
「いやいや、第1分王国は健在さ。」
答えた側も、冗談だか本気だかわからない。「その第1から、兵員募集の報せが来たんだ。」
「へ・・兵員募集、だって?俺たちに・・か?『トラウィ』族でない俺たちにまで、兵士になってくれっていうのか?そういえば第1は、そんな禁じ手に打って出ていたっけな・・『トラウィ』族の矜持を捨てて。」
「ああ、そうなんだ。むろん自主的に志願する者がいればってことで、強制的な徴兵なんかではないがな。」
これまで彼らの統治者であった第3分王国は、「トラウィ」族以外から兵員を得ようなどとはしなかった。先代までのどの王も、軍隊はあくまで「トラウィ」族だけで固めて来た。防衛は「トラウィ」族だけで完全に請け負い、それ以外の王国民の手は決して煩わせない。そんな矜持が、これまでの王族にはあったのだ。
「第1分王国の王・・・確か、ガラケルとかって言ったかな?これまで『トラウィ』族が守ってきた伝統と矜持を破って、一般王国民からも兵員を募るなんてマネをしているのは。」
「戦争なんて恐ろしいことに、一般王国民を駆り出そうとするようじゃ、第1分王国っていうのはあまり良いもんじゃねえかもな。ガラケルって王は、長年の王と王国民の信頼関係をぶち壊し、俺たちを圧政のもとに踏みつけるつもりなんじゃないか?」
第1分王国からの通達に、ムナリ・ムニやプサイデオは不安や憤りを感じているようだ。だがゴドバンには、すでに承知していたことでもあったので、驚きはなかった。
それどころかこの通達に関しては、彼は納得を持って受け入れることができた。一般王国民からも兵を募ることで第1は、戦力的には優位に立っている。第3を倒せたのも、それが一因であるだろう。統一を速めるためにも、航宙民族に対抗するためにも、これまでの矜持を捨てて兵力増強を最優先にする第1分王国の方針には、彼は賛成できるのだった。
その点第2と第3の分王国は、見通しが甘かったのではないかと、ゴドバンには感じられていた。一般王国民を戦争に巻き込まないなんて綺麗事に、こだわっていられないくらいに航宙民族の脅威が増大している現実を、第2と第3は見誤っていたのではないか、と。
王国領内に侵入した航宙民族を追い払えていることで満足して、その外側に巨大戦力を築き上げつつある「北ホッサム」族などの動静に、十分な注意を払っていなかったのだろう。脅威の大きさを正しく理解できていたのは、第1分王国だけだった。だからこそ第1は、一般王国民への兵員募集という苦渋の決断に踏み切ったのだ。
恨みの感情はあっても、この件においてはゴドバンには、第1のやり方に賛同できた、だけでなく、
「お・・俺、応募してみようかな、兵士に・・」
なんてことを、口にした。
「ご・・ゴドバン!何を言い出すんだ。兵士だぞ。戦争に駆り出されるんだぞ。殺されるかもしれねえんだぞ。」
「航宙民族に侵略を許してしまっても、やっぱり殺される。殺される人数も、殺され方の惨たらしさも、たぶんそっちの方が、兵士として戦死するよりはるかに酷いものになるだろうさ。」
「ご・・ゴドバン。お前、第1分王国を、恨んでいたんじゃないのか?『セロラルゴ』への旅を共にした、ベン・・なんとかって奴らを、殺されたから。」
「ああ、その通りさ、プサイデオ。そのことについては、第1分王国を許せない気持ちはあるさ。でも、今『トラウィ』王国が置かれている現実も、考えなくちゃな。俺個人の感情でしかない恨みと、確かに存在して皆を脅かしている現実の危機とでは、重みが違うだろ。」
「お前が兵士にならないと、航宙民族の侵略から王国を守り抜けねえってことか?『トラウィ』族の軍に任せていたんじゃ、ダメだって思っているのか?」
「そりゃ・・俺1人が兵士になるかならないかなんてことで、大した違いは生じないだろうさ。だけど、多分もう、『トラウィ』兵にだけ任せておいて大丈夫って状況では、無くなって来ていると思う。本当に深刻で取り返しのつかない悲劇を避けるためには、ある程度のリスクは、一王国民であっても背負わなくちゃいけない状況なんだ。」
自分でも不思議な心境だったが、恨み募る第1分王国であっても、航宙民族の侵略から王国を守るという目的なら、命を懸けて共に戦うことを受け入れられる気持ちになれた。許せないという感情と、戦うしかない現実では、圧倒的に後者が重要に決まっている。そんなクールな割切りが、ゴドバンにはあった。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 2021/3/6 です。
ゴドバンの割り切り方はクールすぎるように見えるかもしれませんが、嫌いな上司とでも協力して責任を果たすよう努めている標準的なサラリーマンを思えば、そうでもないかも・・。個人の感情は脇において、担った役割はしっかりこなすのが大人というものでしょう、ゴドバンは未成年ですが。ソフラナを奴隷にした誰かとも協力しなければならなくなりますが、お気に入りの同僚女子にセクハラまがいのことをやってるドスケベ上司からの指示でも、やらなくちゃ色んな人に迷惑かかるからと、多くのサラリーマンは真面目に取り組むものなので、ゴドバンの考え方も現実的なのです。
命の危険を伴うこと、手を血で汚す可能性のあること、そういうのは誰かに丸投げして任せ切ってしまえば良いという考えも馴染みのあるものだし、そんなことではダメだと自ら危険に身を投じる者がいるのも、現実を踏まえた発想でしょう。
はるか未来の宇宙の彼方の、現代の現実とはかけ離れた環境を描いているようで、目の前のリアルもしっかり織り込まれている、そんなSFを目指しているつもりの作者なのですが、読者様にはご納得頂けているでしょうか?




