第18話 ゴドバンの帰路
王女との握手にのぼせ上ってしまったゴドバンは、どこをどう通ってこのラウンジに至ったかも、覚えていなかった。宇宙船の最も深い中心部付近にいるのは、なんとなく分かるが、一人では今通って来た出入り口までの道を、辿ることもできそうにない。
だが、出入り口を見つけるのに限らず、王女付き兵士の案内で、船内での行動に不自由はなかった。1人1人に個室が与えられる厚遇で、室内も簡素ながら清潔感があり、居心地が良かった。
食事は、重力のある食堂でとることができた。スペースポートに停泊中の宇宙船だが、船外に突き出てぐるぐると回転するセクションがあり、その中では、遠心力による疑似重力が提供される。快適な食事も、可能としてくれる。
「本当に『トラウィ』の王族っていうのは、兵や王国民に対して低姿勢なんだな。支配しているというより、統治というサービスを提供している、商人みたいだな。」
何故か、ティミムたち「ザキ」族の兵たちも船内に招かれていて、食事などを共にしていた。出航の時には船を降りて、ここに残るのだろうが、出航までは自由に出入りして良いらしい。すでに済ませた別れの宴も、ここでもう一度やることになりそうだ。
「国王って言っても、王が力で征服して得た称号ではなく、防衛や行政を担うことで『アルティガス』区域での定住を、従来の住民から許され、統治者の座に祭り上げてもらったわけだからな、俺たち『トラウィ』族の長は。それまでは、航宙民族どうしでの戦いに敗れて、宇宙を当てもなく彷徨うしかなかった我らなんだ。王国民には、丁重に接しないとな。」
ベンバレクの説明を受けても、ティミムには疑問が残るようだ。
「王族が王国民に低姿勢な理由は分かったが、『トラウィ』族の兵士にまで、王女が、あんなにも低姿勢に振舞うなんてな。」
「うむ・・そうだな。今我が王国は、第1から第3の分王国に分かれて、対立している。前王の息子3人が元の王国を3分割したことで、こうなっている。伝統的に『トラウィ』族では、族長の複数の子が集団を割って対立した場合に、どれに就くかは、各兵士の自由とされている。そんな中で自分たちを選んだってことで、感謝の気持ちをもって頂いているのかな、王女様には。」
「なるほどな。より長としての適性を認められた者が、多くの兵士を獲得し、対立を勝ち抜いて一族を再統一するわけだな。それをくり返してきたし、そうすることが、一族をより強靭にして行くのだと、あんたたち『トラウィ』族は信じているのだな。
まあ、そのあたりの事情は、俺たち『ザキ』族も変わらないんだがな。施政者っていうのは、力づくの支配で人々を抑え込む存在ではなく、統治というサービスを提供して人々に奉仕する存在だとも、考えられている。それは、銀河連邦によって『モスタルダス』星団に持ち込まれ、実践され、住民たちの意識に根付かせられたものだからな。だが『ザキ』族では、そこまで族長やその家族が低姿勢になりはしないぞ。」
「だとすれば、手痛い敗戦の影響があるのかな。百年ほど前に航宙民族どうしでの戦いに敗れ、それまでの住処を追い出されるという辛酸を、『トラウィ』族は味わった。それは族長の失態であり、本来なら長の地位を追われるべき状況だった。それでも、敗れた族長を見限らずについて行った者たちが、今の『トラウィ』族を成している。今の王家が、一族の兵に低姿勢に振舞うのには、そんな経緯があるからじゃないかな。」
「王がそんな弱腰で、一族がまとまるのか?」
「低姿勢って言っても、王家の責任で兵や一族の者に、危難が降りかかった場合だけだぜ。普段は毅然としているし、命令違反や反抗的な言動には、厳しい態度で接することもあるさ。」
「そうか。その点は、航宙民族どうしでの戦いに勝ち続けている『ザキ』族と、事情は違ってくるわけだな。」
宇宙船内で提供された料理を楽しみながら、ティミムがベンバレクの話に何度もうなずいた。「トラウィ」の兵や王国民の、戦友や恩人であると認識されているので、彼らは好きなだけ船内で飲み食いすることが許されている。
みんなの会話を上の空で聞きつつ、ゴドバンは乗船以来ずっと、ぼーっとしがちだった。出航の時を迎え、ティミムたちに別れを告げる場面になっても、心ここにあらずといった感じで手を振っただけだった。
「必ず、また会おうな、ゴドバン。この『セロラルゴ』管区は『トラウィ』王国からは遠いけど、往来は頻繁なのだから、またここに来る機会くらいはあるだろう。俺たち『ザキ』族の軍は、当分ここを拠点とする予定だし、その期間が終わってしまっても、俺たちの直轄領は、ここからはそう遠くない。ここに来る機会が巡ってきたら、絶対に俺たちを探してみてくれよ。必ず会える機会は、訪れるはずだからな。」
ティミムの熱心な語りかけは、頭では理解できていたが、心に響いて来るのは、少し先のことになりそうだった。
ソフラナ王女の秀麗な姿が、手を握られた瞬間の衝撃が、頭から離れないのだ。「ピニェラ」星系という、限られた空間だけに閉じ込められてきた彼の人生の中では、一度も見たことのない、美しく着飾った高貴な女性だった。思春期真っただ中の彼が心を奪われるのも、自然なことだ。
「あれまあ、王女様に、どっぷりと惚れちまったんじゃねえか、坊ちゃん。」
ゴドバンが上の空でいるのに気付いたヤヒアが、鋭く見抜いた指摘を告げてきた。
「な・・何言ってるんだよ。そんなんじゃ、ねえよ。そりゃ、ちょっとは、感心したっていうか、あんまりきれいな格好してるんで、目を奪われたっていうか、そんな感じは、あったかもしれないけど・・」
「あはは・・赤くなってるじゃねえか、坊ちゃん。こりゃあ、かなりの重症みてえだな。あはははは・・」
と、アブトレイカも、喜色満面にはやし立てた。
「王国に帰る航宙の間には、何度も王女様と言葉を交わす機会があるだろうから、上手く行けば、王女様の気を引くことも、できるかもしれねえぜ。我が王国じゃあ、王族と一般の王国民の結婚だって、禁じられたりはしてねえ。ことと次第によっちゃ、坊ちゃんがソフラナ王女を妻とすることだって、ありえない話じゃんえんだぜ。まあ、嫁にもらうのは無理だから、婿に入る形には、なるだろうけどな。」
ベンバレクによって一足飛びに拡大してしまった恋話に、ゴドバンは顔から火を噴きそうになってまくしたてた。
「な・・何で、急に、そんな話になるんだっ!べ・・べべ・・別に、惚れてなんかないし、け・・けけっけ・・結婚なんか、考えるわけ、ないだろぅっ!一度会っただけの、立場も生活も、何もかも全然違う、異世界の人みたいな王女に、そんなこと・・」
「あっはっは・・ちょっとした冗談で言っただけなのに、そんなにムキになること、ないじゃねえか、坊ちゃん。」
「そうだぜ。王女様へのお熱が重症だって、自白してるようなもんだぜ、あっははははは・・」
ヤヒアとアブトレイカのヤジに、言葉を継げなくなったゴドバンだった。
ベンバレクの予想した通り、ソフラナと近づく機会は、出航の日の夜に早くも訪れた。もちろん夜といっても、人工的な時間区分でしかないが、船内には統一された時間と昼夜の別が定められている。
「皆様、王国への到着まで、ゆっくりとおくつろぎになって、当船での旅をお楽しみください。食事も、ご覧のような豪華なものを、毎晩ご用意させていただきます。皆様の安全を守り切れなかった王家からの、謝罪の気持ちと、エドリー・ヴェルビルスのような無法者を退治して下さった功績への、感謝の気持ちでございます。ですから、ご遠慮なさらず、心行くまでお召し上がりになってください。」
全員そろっての食事の席で、かくの如くに挨拶するソフラナ王女から、わずか3mほどのところに、ゴドバンは席をあてがわれていた。間に2人を挟んだだけの、彼女と同じ丸テーブルを囲む席だ。話しかけようと思えば、気軽にそうできる位置だった。
少し遠巻きになったベンバレクたち3人が、話しかけるようにとけしかける眼差しを射込んで来る。ベンバレクが勝手に広げた想像を、すっかり既定路線とみなしているようで、彼らはゴドバンの背中を押すつもりでいるようだ。
だがゴドバンは結局、一言もソフラナとは言葉を交わさずに食事を終えた。一目散に食べ終え、終えるや否や、そそくさとラウンジを後にし、自室へと引き返してしまう始末だった。
「どうした、坊ちゃん?何をそんなに、気後れしてんだ?」
「恥ずかしくって話しかけられないんだったら、俺たちが間を取り持ってやろうか?」
「うるさいよ、ベンバレク、ヤヒア。別に、気後れしてるとか、恥ずかしがってるとか、そんなんじゃないんだよ。そんなんじゃなく、ただ、気が進まなかったから、話しかけなかっただけだ。」
自室に押しかけてきた「トラウィ」兵たちに、真っ赤な顔のゴドバンが筋の通らない言い訳を返した。
「気が進まないわけ、ないじゃねえか、坊ちゃん。あれだけ恋焦がれたソフラナ王女様が、あんなに近くにいたんだ。話をしたくって、仕方なかったはずだぜ。」
「い・・いつ俺が、王女に恋焦がれたんだぁっ!そんなこと、ひとことも言ってねえぞ!それに、見ただろ、王女の周りにいた奴らが、ニタニタとだらしない笑いを浮かべて、デレデレの表情で、王女とのおしゃべりに舞い上がってる無様な姿を。あれを見たら、話しかける気分なんて、ちっとも沸いては来ないさ。」
「そりゃあ、王女様を前にしたら、ニタニタにもデレデレにもならずにはいられねえだろう。男なら、誰だってそうさ。美女の前ではデレデレするのが、男の性ってものさ。そんなことを気にして話しかけられなくなってたんじゃ、百年の恋も成就しねえぜ、坊ちゃん。」
「何が百年の恋だよ!3日前に、会ったばかりだろ。」
アブトレイカに反論を喚くと、急に声を落とした。「王女に、ニタニタやデレデレになるのは、当然のことだとは思うさ。だから俺だって、話しかけちまったら、絶対にそうなる。あの連中のあの顔を見せつけられて、自分もそうなるのだって自覚させられたら、話しかける気分になんてなれないよ。みっともない姿を晒すハメになるって分かってて、話しかけるなんて、できるわけないよ。」
「見栄っ張りだな、坊ちゃんは。王女様の前では、クールな男でいたいってか。目いっぱい格好つけた姿しか、晒したくないってことか。」
「何だよ、うるさいな、ヤヒア。格好つけるってことじゃないだろ。あの連中みたいな、あんなにも情けない、みっともない、デレデレの顔にだけは、なりたくないってだけだよ。あんな風になっちまうんだったら、もう王女なんてどうでも良いよ。所詮、会ってから3日しかたってない、別世界の人なんだから。」
「どうでも良いわけないだろ。すっかり惚れ込んじまってるくせに。1回話しかけるくらいはやっておかなかったら、後悔するぜ。」
「しねえよ、ベンバレク!デレデレのみっともない顔を晒す方が、後悔するんだよ、俺は。」
帰路には、20日間ほどの航行を要した。秒速30万kmという光の速度を、およそ千倍したくらいという嘘みたいなスピードで移動できるタキオントンネル航法での帰路なのだが、それでも20日間もかかるほど、「セロラルゴ」管区と「トラウィ」王国は離れている。
長く長く時間のかかった帰路だったのだが、結局ゴドバンは一度も、ソフラナ王女とは口を利かなかった。
ベンバレクたちにけしかけられ、少し話しかけてみようかな、という気になった瞬間はあったが、やはり、他の誰かが彼女に話しかけている場面に行き当たり、彼らの緩み切ったデレデレの顔を見せられてしまうと、その気はすぐに失せた。
自分は絶対に、あんな風にはなりたくない。王女の前にあんな醜態を晒すことだけは、絶対にしたくない。ゴドバンはどうしても、そう思ってしまうのだった。
航宙の大半は、タキオントンネルを使っての移動だったので、景色を楽しむ機会もなかった。戦闘に特化した宇宙船である航宙戦闘艦とは違って、一般の宇宙船にはたいてい展望テラスが設けてある。通常空間を航行している時であれば、星々のきらめく宇宙の風景を楽しめるのだが、タキオントンネルでの航行中は、展望テラスは閉鎖されてしまうのだ。
ゴドバンは、読書をして時間を過ごすことが多かった。電子化されたコンテンツをモニター上で見るのが、この時代の一般的な読書だ。ゴドバンは、「セロラルゴ」管区で入手したコンテンツをハンディーな端末のモニターに表示して、航宙の間中読みふけっていたわけだ。
故郷の「ピニェラ」星系にこもっているころには、知る機会もなかった「モスタルダス」星団の歴史や、星団の外の世界の実情などについて、ゴドバンはいろいろと知識を広げることができた。
2百年も時をさかのぼれば、彼らの星団が、銀河連邦の本部とどれほど緊密に結ばれていたかということも、良く分かった。「H-45」と名付けられたスペースコームを使って、ワープ航法で移動することで、数日のうちに行って帰って来ることができたというのだから。
星団が漂流し、「H-45」コームはどんどん遠ざかってしまっている。距離だけでなく、星団とスペースコームの間の宙域に、いくつもの航宙民族が入り込んで住み着くようになったことが、連邦との往来を困難にしている最大の原因であることも学べた。
連邦が遠くなるに従い、「モスタルダス」星団では色々な技術や制度やインフラなどが劣化し、退行し、弱体化してしまった。防衛力の低下もその一つであり、航宙民族による大規模侵攻を許すことになったのだ。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 2021/1/30 です。
盗賊の集団だった部族が用心棒として雇われて国王の地位に祭り上げられ献身的に低姿勢に統治というサービスを提供する、という「トラウィ」王国の設定でした。そんなこと、あり得るのか?との疑問を持たれた読者様も、おられるでしょうか。作品の設定と全く同じことがあり得るかどうかは、作者にも良く分かりませんが、日本にいた将軍とかっていうのも、もとは貴族のそばに侍っていた盗賊まがいの荒くれ者の用心棒たちが、治安の悪化という世相のなかで権限や立場を強化して行って、気づいたら国王的な(?)地位に登り詰めていた、という解釈もあり得るかもしれないし、王や皇帝という地位は民衆に奉仕するためにあると考えていた君主というのも、啓蒙思想期のヨーロッパにはいたみたいだし、古代ローマ皇帝の中にだってアウグストゥスとかは民衆に奉仕しているって意識があったかもしれないのです。全部作者の浅い知識からの思い込みかもしれませんが、これらの君主像からの延長線で、「トラウィ」王国の設定は出来上がっています。根も葉もない、全く荒唐無稽なことを書いてるわけじゃないってことを、意固地に主張しているわけです。もしかしたら、本当にこんな未来が来るのかも、ということをほんの少しくらいは意識してもらえる物語にしたい、と思って書いてる作品なのです。超光速での移動技術だけは、掛け値なしの荒唐無稽ですが・・。




