第16話 民衆の困惑
トラベルシンたち「ザキ族」に期待することに、否定的な声に続き、
「責任を取れなんて言い草も、無茶な話だぜ。あいつらが自衛軍を倒さなかったら、俺たちはずっと捕虜のままだったし、殺されていたかもしれねえんだからな。やつらは『ザキ』族の仲間を始めとした、自衛軍に拘束されていた者たちを解放するために、戦ってくれたんだ。その結果自衛軍が壊滅したからって、責任を取って『セロラルゴ』管区の肩代わりをしてくれ、なんて要求はできねえな。」
という意見も出てくると、『ザキ』族による統治を主張し続ける者はいなくなった。
「肩代わりとまでは言わなくても、『ザキ』族の直轄領に移住させてくれるだけでも、良いんだがな。せめて、『北ホッサム』族などの脅威に怯えなくても良い環境で、暮らしたいんだ。」
といった願望も出たが、
「そんなもの、受け入れられる人数には、限界があるだう。『モスタルダス』星団の全住人なんて、受け入れられるわけがない。だがもし一人を受け入れてしまったら、後から後から俺も俺もと、とんでもない数が受け入れを希望して殺到するに決まっている。だから『ザキ』族としては、移住は誰に対しても、簡単には認めるわけにいかないはずだ。」
との理屈を前にすると、沈黙するしかなかった。
ゴドバンに対して、
「お前のところの国で、移民を受け入れてはくれないのか?」
と、質問をぶつけてくる手合いもいた。「今この星団で、軍事力に関してなら2番目に強力な集団は、おそらく『トラウィ』王国のはずだ。勢力下に住まっている人口で言えば、『ザキ』族をも上回っているって聞くしな。銀河連邦から、それだけの規模の集団を運営するための行政手法も、伝授されているはずだ。『ザキ』族と『トラウィ』王国で手分けすれば、かなり多くの移民の受け入れが、できるはずだろ?」
「え・・さあ、どうかな?」
国の運営など、良く知るわけのないゴドバンが返答に窮していると、すかさずベンバレクが割って入って来た。ゴドバンを守り抜くという決意に燃える彼が、いつでもゴドバンの近くにいるのは当然だった。
「我らが『トラウィ』王国でも、そんなに多くの移民は受け入れられない。『ザキ』族と協力したところで『モスタルダス』星団の全移民希望者を受け入れ切るなど、できるはずがない。何より『トラウィ』族には、従来からの住民のために防衛と行政を遂行する責務があるのだ。銀河連邦から様々な教示を受けたのも、住民への奉仕を実現するためなのだからな。」
「何だよ。『トラウィ』王国も、自分たちのことしか考えないってことか?自分たちだけで航宙民族を、いつまでも撃退し続けられるとでも、思っているのか?」
そんな反論には、ヤヒアが対応した。
「そんなことはない。星団の防衛に関しては、『ザキ』族などと協力して積極的に役割を果たしていくさ。『モスタルダス』星団全体の防衛をおろそかにしては、『トラウィ』王国の平穏もあり得ないことくらいは、われらも認識しているのだからな。」
アブトレイカも、そこに口を添えた。
「防衛などの軍事的な役割だけでなく、財政面での協力や技術者の派遣などで、可能な限り星団内の各集団を、我が『トラウィ』王国は支援するだろう。移民を受け入れられないからといっても、われらを身勝手だなどと、誰にも言わせないぞ。」
ゴドバンに心労をかけさせまいとする彼らの語気を前にすれば、それ以上は誰も何も言えなかった。
だが、「ザキ」族と「トラウィ」族が協力したところで、エドレッド・ヴェルビルスが健在だった頃のような抜け目のない星団防衛が可能だとは、誰にも思えなかった。
更に民政面となると、全く当てにならない。「ザキ」族も「トラウィ」族も、それぞれの直轄領内や王国内では民政的な役割を果たしてはいるのだが、星団全域といった巨大な規模となると、何の実績もノウハウも持ってはいないのだから。
一方で星団内の各集団が、これまでのような暮らしを維持していくには、タキオントンネル網を始めとした交通インフラの整備や、犯罪の取り締まりや、商取引における規範の設定・監視・指導など、民政部門での役割を誰かに果たしてもらわなければならない。
エドレッド・ヴェルビルスが、かなりの高いレベルで実施して来たそれらを、後を継いだ息子のエドリーが台無しにしてしまい、更には、自衛軍を壊滅に導いた挙句に自身は処刑されてしまった。「セロラルゴ」管区の役人も、上層部はほとんどが軍の将官も兼務していたので、自衛軍が壊滅し将官が星団各地に散り散りに逃げ去ってしまえば、名目上は存続していたとしても、管区の機能は維持されるはずがないのだ。
そんなわけで「モスタルダス」星団の住民たちには、戸惑いが後を絶たないし、今後の身の振り方にも悩みは尽きないのだった。
こんな状況の中、ゴドバンに対しては、驚きのオファーがもたらされた。直轄領への移民の受け入れを、きっぱりと「ザキ」族が拒絶したとのうわさを聞き及んでいたので、彼には我が耳を疑わずにはいられなかった。
「おまえも、『ザキ』族の軍団に入らないか?」
うわさ話に耳を傾ける以外には、特にやることとてなく、ただ退屈して帰還準備が整うのを待つしかなかった彼に、ティミムがそう言い放って来たのだ。
かつては拘束された状態で過ごした場所だが、今では自由に出歩くことが許されるようになった、巨大円筒形宙空建造物の中でのことだ。緑あふれる空間で過ごす時間は、退屈ではあっても快適なものだったのだが。
「い・・良いのか?そんな簡単に、入れるものなのか?あれだけ大勢の、熱烈な移住の申し込みを断ったのに。俺みたいな、この前まで赤の他人で、たった数人の『ザキ』族の兵と、たった一度の戦いを共にしたってだけの奴が。」
あまりに気軽な誘い文句に、ゴドバンは首をかしげて応じた。
「前にも言ったけど『ザキ』族ってのは、もとから寄せ集めの集団なんだ。戦いで打ち負かされたのがきっかけで、仲間に加わった集団もあるし、個人で飛び入り参加してきた奴もいる。多すぎる移民は無理だけどお前だったら、兵士として入りたいって一言いえば、いつだって入れるぜ。俺の戦友なんだから、誰も反対なんかする訳ねえ。」
「そうか。『ザキ』族の戦士と言えば、かなり名誉な立場だな。今となっては、この『モスタルダス』星団を守る戦力の、中心的な存在だものな。『北ホッサム』族を始めとした航宙民族の脅威に、皆が怯えおののいている現状では、その存在価値はとんでもなく大きいよな。」
「おうっ、最高の名誉だぜ。たいていの航宙民族は、『ザキ』族の名前を聞くだけで、逃げ出しちまうくらいだからな。これまでの勇猛な戦いぶりも、星団内の誰もが知っているんだ!」
ゴドバンにも、胸を熱くさせる選択肢ではあった。「モスタルダス」星団を守る最強集団の一員として、航宙民族どもを相手に勇猛な戦いをくり返す日々。それは、男と生まれたからには、憧れずにいられないものがある。
「良い話じゃねえか、坊ちゃん。」
ベンバレクも、ティミムの提案を好意的に受け取った。「勢いに乗っている『ザキ』族と、負け犬根性の浸み込んだ『トラウィ』族じゃ、天と地だぜ。なあ、ヤヒア。」
「俺もそう思う。自衛軍から守り抜けなかったから言うわけじゃないが、今の時勢じゃ、『トラウィ』族を頼るよりも『ザキ』族を当てにしたほうが、確実だろうさ。」
やや自虐的な、「トラウィ」兵たちの評価だった。
「そんな・・別に俺は、『トラウィ』族にもその兵士たちにも、何も不満はないぞ。『セロラルゴ』管区自衛軍みたいな汚い手を使う相手はともかくとして、『アルティガス』区域で暮らして来た人々に関しては、ちゃんと航宙民族などから守ってくれているんだ。
勢いでは『ザキ』族にかなわなくても、『トラウィ』王国に住む者にとっては、『トラウィ』族の方が断然頼もしい存在なんだぜ。」
「そう言われると、なおさら恐縮しちまうぜ、坊ちゃんよ。交易のために『アルティガス』区域を出た商船などを、無事に連れ帰れてこそ、守り抜いているって言えるんだからな。」
アブトレイカもいまだに、ジャジリを生きて連れ帰れないことを、気に病んでいるようだ。
「まあ、俺たち『トラウィ』兵がどうこうというのは置いといても、『ザキ』族に加わるってのは、将来性のある選択だぜ。うわさに聞くところじゃ、連中の勢力下にいる庶民の生活も、かなり平穏で良好なものがあるそうだからな。かつて教わった銀河連邦のやり方を維持して、公正で行き届いた統治が行われてるって話だ。」
うわさとは言っても、「トラウィ」王国政府による精査を経た情報なのだろうから、信じるに足りるアドバイスだと思えた。
だがゴドバンは、故郷に帰る道を選んだ。まずは少しでも早く、ジャジリの死と自分の無事を故郷の者たちに報告したい。彼の雇い主であるムニ一族にとっては、大切な取引相手であるジャジリの消息は重大関心事であるはずだし、彼の家族にとっては、彼は大黒柱である。
もちろん彼自身で報告しなくても、「トラウィ」兵たちがちゃんと彼の代わりに伝えてくれるはずではあったが、やはり自分の口でジャジリの訃報を伝え、自身の元気な姿を、家族の前に見せたい思いが強かった。
「そうか。故郷に帰るか。残念だけど、それも前向きな選択だな。もし気が変わったら、『ザキ』族にはいつでも入れてやれるから、とりあえずは故郷に戻って、そこで充実した暮らしを目指す方が良いのかもな。」
そんな言葉で、ティミムは納得を示してくれた。
故郷に帰ると決めてみると、別の思いが、ゴドバンの胸中に沸き上がって来た。
「航宙民族への警戒って、思っていた以上に深刻で急を要する課題なんだな。うちの王国も『トラウィ』族だけに頼っている状況で、大丈夫なのかと思えて来たぜ、ベンバレク。なんだか俺も、王国を守るために何かをしなくちゃいけないんじゃないかって、気分にさせられた。
戦闘艦に乗って自衛軍との戦いに参加する、なんて経験を初めてしたことも、そんな気分になる原因かもしれないけど。」
「おう、坊ちゃん、勇ましいこと言うな。まあ、自分の国を自分の手で守りたいって気持ちは分かるがよう、俺たちの『トラウィ』第3分王国では、『トラウィ』族以外の者は兵士にしないことになっている。一般の王国民は決して戦闘に巻き込まないって矜持を、堅持している国なんだ。」
「我が分王国の民である限りは、国の防衛に坊ちゃんが参加するのは、無理だろうな。第1分王国なら、話は別だけどな。」
「そうなのか、ヤヒア?」
ゴドバンに、意外をあらわにした顔で問いかけられた人物を差し置いて、アブトレイカが答えた。
「第2と第3では、一般王国民を兵士にしないって矜持が貫かれているが、第1分王国では、『トラウィ』族以外の一般王国民からも兵士を募集しているな。やつらにしても、できるだけ一般王国民は巻き込みたくなかったのだろうが、王国を守り切れなかったら話にならないってことで、背に腹は代えられないという判断を下したようだ。」
「わが王国も、3つに分割されている状況を一刻も早く解消して、航宙民の襲来に備える体制の構築を急がなくてはならない。王国再統一を速やかに成し遂げるためにも、強大化しつつある『北ホッサム』族のような航宙民族から王国を守り抜けるようにするためにも、兵士は『トラウィ』族に限るなんてこだわりを、いつまでも抱えてはいられない。そんな第1分王国の判断にも、一理はあるというものだな。」
「なるほどな、ベンバレク。『トラウィ』族の間でも、判断が分かれているんだな。一般王国民を巻き込むべきではないと考える第2・第3分王国に対して、それにこだわってはいられないと第1分王国は、方針を変えたんだな。じゃあ俺も第1分王国でなら、兵士を目指せるわけか。」
「そうだな」
ヤヒアは、丸い顔に複雑な感情を浮かべた。「どの分王国の支配域に住むかは、一般王国民においては、自由だ。俺たちは第3分王国に仕えると誓いを立てちまったから、今更第1には行けないが、坊ちゃんは自分の意志だけで、いつでも第1に行くことはできる。そっちで住む場所や生活の糧を稼ぐ手段を、見つけられればの話だが。」
「坊ちゃんの移住を止める権利は、俺たちには無いな。でも、できれば第1には行ってほしくないし、兵士なんて危険なことにも、坊ちゃんには首を突っ込んでほしくはないな。これは俺たちの、身勝手な願望ってもんだけどな。」
「あはははは」
深刻な彼らの表情に、思わず吹き出すゴドバン。「何だよアブトレイカ。本気で第1に行って、兵士になろうって考えているわけじゃないよ。ちょっとだけ、なんとなく、王国を守る戦いを『トラウィ』族ばかりに押し付けているのが心苦しく思えて、第1に行けば、自分の手で王国を守れる可能性があるんだなって考えを、浮かべてみただけさ。俺も、アブトレイカたちの守る第3分王国を離れたくなんてないし、皆に心配かけてまで、兵士をやろうとは思わないさ。」
「あはは、そうだよな。ちょっと、そんな可能性に思いが至ったってだけの話だったよな。俺も、アブトレイカと同じく、勝手に気持ちを先走らせて、坊ちゃんに思いとどまってほしいって気分に、なっちまってたぜ。」
頭を掻いて笑うヤヒアを目に、ゴドバンは、もう二度と兵士になりたいという発言は、しないでおこうと決めた。心の底では、兵士になってみたい思い、自分自身の手で王国を守りたい気持ちが堆積していたが、「トラウィ」兵の3人にこれ以上の気苦労などは、かけたくなかった。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/1/16 です。
引き続き、混乱する「モスタルダス」星団の人々の様子でした。リーダーとなるべき人が腐敗や横暴を極めたから、打倒してみたらまとめ役がいなくなった。横暴を受け入れるのとリーダーが不在なのと、どちらがマシなのだろう。こんな状況は、現実にもあるかもしれません。世界のリーダーだった国が、だんだん自国ファーストを主張して横暴に振舞うようになったけど、それ以外にリーダーになれる国も見当たらないし、というかリーダーにしたら怖いことになりそうな国もいっぱいあるし、でもリーダー不在だと解決しない問題が山積みになってるし・・。我が国のリーダーも、なんだか公平さも決断力も感じられないけど、他に適任者が見当たるわけでもないし・・。信頼できるリーダーというのは、いつの時代にも、そして架空の世界でも現実世界でも、なかなか得られるものじゃないということですね。




