第14話 族長の食卓
ティミムが少し通信で旗艦とやり取りをすると、そちらへの乗艦許可はすぐに出たらしい。2日ほどの休息の後に、彼らはシャトルでトラベルシン座上艦に向かうことになった。
ゴドバンは、気持ちにおいてはすぐにでも直談判に向かいたがったが、身体の疲労がそれを許さなかった。焦る気持ちと裏腹に、2日間の休息は、激戦直後の彼らには必須だった。それどころか2日の休息も充分ではなく、ややだるさの残る体を引きずるようにして、ゴドバンはティミムに同行したのだった。
あっさりと族長への謁見がかなったところからしても、ティミムの「ザキ」族軍における立ち位置というのは、ゴドバンが思っていたよりも高いものだったらしい。シャトルが旗艦へのアプローチを図っている際の、ティミムと旗艦の通信担当とのやり取りからも、ティミムの立場の意外な高さが垣間見られた。
「族長様は、食事中だ!」
旗艦に乗り付けて、最初に聞いた言葉はそれだった。トラベルシン付きの衛兵らしき男が、シャトルから降りたゴドバンや警護のため彼に同伴して来たベンバレクたちに、まだ10mくらい離れているうちから叫んできた。
「なんだよ。はるばるやって来たのに、メシが終わるまで待たされるのか。」
「え、待つ?何で?」
ゴドバンから自然に漏れたつぶやきに、ティミムが首をかしげた。
衛兵に案内されるものと思っていたのに、ティミムは、誰にも先導されずにずんずん歩いて行く。衛兵は、いつの間にか姿を消していた。
エレベーターでの移動なども経た上に、いくつかの角を曲がって通路を歩き、ある部屋の前にたどり着いた。進んできた方角などから考えると、艦の最も深い部分だと思われる一室だ。歩くという移動が可能であるからには、艦は今加速していて、重力を発生させている。
艦体の深い部分であり、最も安全な位置でもあるらしいから、そこが族長の居室だとみて間違いないだろう。
「ここで、族長のメシが終わるのを待つのか?」
というゴドバンの発言が終わるのも待たずに、ティミムはいきなり扉を開けた。ノックもしない性急さだ。
「よう、トラベルシン!今戻ったぜ。」
「はぁ?族長だろ?食事中だろ?いいのか、その態度、その口の利き方?」
驚くゴドバンを後に残し、ティミムは歩を止めない。
ティミムの肩越しに、初めてゴドバンが目に留めたトラベルシンは、あんぐりと開けた口に、フォークで刺した肉の巨大な塊を、やや強引にねじ込もうとしているところだった。座っているから良く分からないが、ティミムよりずいぶん小柄で、ほっそりしている印象だ。無鉄砲で豪快な戦いぶりからは、意外に思えるくらいに華奢な印象だった。
落ちくぼんだ頬のラインが、眼をぎょろりと飛び出した感じに見えさせているのだが、眼光は鋭いというより、神経質といった方が適切だと思える。
「ああああ、ああ、ティミムか。大変だったな。騙されて、とっ捕まって、敵軍兵として働かされていたんだってなあああん、んん、うんまい。」
自分の発言の終了を待つこともせず、トラベルシンは、でかい肉を咀嚼し始めていた。
「いや、まったく、参ったぜ。奴隷さながらにこき使われて、小突き回されて、怒鳴り散らされて。でも、その待遇こそが管理レベルの低さを露呈してたから、艦の乗っ取りなんて大胆な作戦を、成功させられたんだがな。」
言いながら、ティミムは族長の近くの席に腰を下ろす。
「お前たちも、適当な席について食え。早くしないと、無くなるぞ。この量でも、我は一人で食い切る自信があるんだからな。」
肉の塊を飲み込んだ直後の、族長の言葉だ。ゴドバンや、彼の背後に居並んでいるベンバレクたちに向けたものだった。
「え・・そ・・そんな感じ?一族の長だろ?面識もねえ奴を、いきなり食事時に招き入れるのさえも滅茶苦茶に思えるのに、一緒に食べろっていうのか?族長の食事を、どこの誰とも知れねえ奴に分け与えるのか?」
「どこの誰かは、知っている。ティミムと共に、戦ってくれた者たちであろう。ならば、我の友人だ。遠慮はいらぬ。腹が減っていないのなら、無理にとは言わんがな。」
そう言われると、途端に空腹を感じ始めたゴドバン。だが、見ると、決して豪華とも見えない料理しか並んでいない。
半分近くは、ケミカルプロセスフードのようだ。生物の関与が全くないところで、宇宙で採取した元素から化学的に合成されたものだ。時代が異なれば、それを食べ物だなどと誰も認識しないかもしれない、ペースト状の物体だ。
3から4割が、バイオプロセスフードと見られる。異なる時代には、バイオテクノロジーと呼ばれたであろう技術で作られた、人工的な食べ物だ。生物は関与するが、完全な生物体は登場しない。細胞培養で特定の組織だけを成長させるとか、遺伝子や遺伝情報だけを使って、特定の物質を生産するとかいったことを、実施した結果出来上がったものだ。
今しがた族長が食べた巨大な塊も、時代によっては培養肉とも呼ばれたりした、バイオプロセスフードらしかった。
1から2割を、バイオオリジンフードが占めている。完成された生物体から得られた食べ物で、異なる時代には、それ以外には食材などほとんど存在しなかったであろう代物が、この時代には高級で希少な食材となっている。
ゴドバンの故郷では、ケミカルプロセスフードが8割で、バイオプロセスフードが2割、バイオオリジンフードについては、ほぼゼロだ。約17年の彼の人生において、3回くらいしか口にしたことがない。ジャジリが異国から仕入れて来た、ジャガイモとかいう歪な丸い塊の1つを家族7人で分けて食べたのは、そのうちの1回だった。
ケミカルプロセスフードに慣れた彼の舌は、ジャガイモとやらを特別おいしいと感じた訳でもなかったが、ふっくらと蒸しあげられたそれから漂う香りには、複雑で重層的で形容しがたい感動が沸き上がったものだった。
そんなゴドバンの日常と比べれば、トラベルシンが今口にしている料理は、それなりに豪華なものではあった。だが、うわさに聞く“ 高貴な人たち ”の食事のイメージと比べれば、かなり質素だ。エドリー・ヴェルビルスに至っては、バイオオリジンフードしか食べたことがないなどと、巷間ではささやかれているのだから。
「じ・・じゃあ、遠慮なく・・って、いや、その前に、どうしてエドリー・ヴェルビルスを追いかけないんだ。『ザキ』族にとっての仇だろ。俺にとっても仇なんだ。追いかけて息の根を止めなきゃ、いけねえだろ。」
ティミムにつられて、友人を相手にしたような砕けた口ぶりとなってしまっているが、ゴドバンはそれを自覚していない。
「ああ・・まあ、そういう気持ちも、分かる・・むんぐぐ・・がな、仇を打ったって、死んだ奴が生き返るわけでな・・わあああん・・し、こっちだって人・・うむむん・・は、大量に殺してるんだし、とりあえずの戦闘目標は達成したんだから、それで良しとしようじゃね・・んぐっ・・か。」
ゴドバンの熱を受け流すように、トラベルシンは料理から視線をそらさない。食べることの方に強く気持ちを置いた、上の空のような言葉が淡々と紡がれた。そして、食べながらでも淀みのない口ぶりは、同じセリフを何度も繰り返した過去をうかがわせる。
「そんな理由で、仇討ちを諦めるのか!『ザキ』族の仲間が、大勢殺されたり、奴隷みたいに働かされたりしたのに。族長として、それで面子が保てるのか。勇猛で名高い『ザキ』族の評判に、傷がつくんじゃないのか。」
「直轄軍団の戦い方を、見ただろ、ゴドバンも。あの戦いを見て、『ザキ』族の勇猛さを認めない奴なんて、いると思うか?」
ティミムが、トラベルシンとは違って、ゴドバンを真っすぐに見て応じた。
「あ・・ま・・まあ、あれを見れば・・」
「勇猛さは、向かってくる敵を撃破する戦いで、示せばいい。今エドリー・ヴェルビルスを追いかけて殺したって、示せるのは獰猛さだけだ。
それに、仇討ちを諦める、なんて言い草も、筋が通ってないぜ。われらは初めから、仇討ちなどは目論んでもいなかったからな。エドリーの悪政から『セロラルゴ』管区を解放するのが第1目標で、『ザキ』族の生き残りを1人でも多く救い出すのが、第2目標だった。それ以外には、目標なんて無かったんだ。」
視線は変わらず料理に注がれていたが、今度の言葉には、さっきより力が込められていた。
説得するというより、説明するというより、自分自身に言い聞かせている。そう感じさせるつぶやきだ。彼自身も決断をする上で、様々な感情を飲み込んだのだと、知らしめるものがある。
勇猛な戦いを見せつけた強戦士の、自身に向けた抑制の言葉だったのだと思うと、ゴドバンもそれに気圧されずにはいられなかった。
それに、彼の眼の奥に深い悲しみがあることにも、ゴドバンは気づかされた。一見淡々と振舞っている彼の心の奥に、戦闘の犠牲者への底知れぬ哀悼があるのだと分かった。淡々と振舞っているからこそ、ひとたび気づかされたその感情の強さが、ゴドバンの心に響いたのかもしれない。
だから、のどまで出かかった反論は、この瞬間には、そこから先には上らなかった。悲しみに苛まれつつ、それを懸命に抑制している『ザキ』族の長の姿が、ゴドバンから発言の意欲を一瞬だが奪ったのだった。
とはいえ、納得できたわけでも、怒りが治まったわけでもない。鋭い鼻息でそれを発散し、不機嫌をあらわにした勢いでティミムの隣に腰を落とした。
「まあ食え。腹が減っているから、感情が高ぶるんだ。そんなんじゃ、冷静に考えたり正しい判断を下したりすることは、できねえぜ。しっかり食って、たっぷり寝て、考えるのはそれからにしろ。エドリーへの怒りは、消えはしねえだろうが、仇討ちをしなきゃ済まねえほどの熱は、たぶん、冷めるだろうさ。」
その言葉は、正しかった。まず初めに、口にねじ込んだ料理の味と香りが、とてつもない強制力で彼の意識を食欲だけに縛り付けた。奪った敵艦に残っていた乏しい食材を細々と分け合っていただけのこの数日が、思いの外にゴドバンを、飢餓状態にしていたようだ。
食べなれぬバイオオリジンとみられる食材は避け、ゴドバンは、なじみのあるケミカルプロセスやバイオプロセスが中心とみられる料理を、選んで食べた。だが、その味わいは、彼がこれまでに味わったどの料理よりも、深くて豊かなものだった。
「納得できないぞ、それでも!やっぱり、仇は討つべきなんだ!」
食べる合間に、何回か思いを口に出し、それを繰り返しもしたが、視線は料理に釘付けのままだ。
「分かったよ。納得できないのは、承知した。だが、何を言っても結論は変わらねえから、とにかく今は、ひたすらに食ってろ。」
言われる以前に、ゴドバンの意識は料理へと連れ戻されていた。苦労がもたらした空腹は、怒りや恨みの感情を、易々と忘れさせた。
彼に同伴して来た「トラウィ」兵士たちも、トラベルシンに視線だけで促されて、ゴドバンの隣で食事にありついた。彼の護衛のために付いて来ただけの「トラウィ」兵士たちは、交渉に口をはさむつもりはなく沈黙を貫いていたのだが、ゴドバンの食べっぷりを前に、食欲までをも黙らせる必要はないと判断したらしかった。
夢中で食べ、いつしか食べること以外には何も考えられなくなり、食べ終えて満腹を感じるや否や、次には、激烈な睡魔に襲われた。
「やれやれ、よっこらせ。」
舟をこぎ出した彼を、ベンバレクが肩に担いだ。「うちの坊っちゃんが、ちょいと失礼な言い草をしちまったかな?『ザキ』族の長殿よ。安全だと思って付いて来た商旅行の先で、大事な人を失うって辛い体験をしたばかりだったんでな、大目に見てやってくれや。」
「失礼な言い草?そんなものを聞いた覚えは、我の記憶には無いぞ、『トラウィ』の戦士よ。我の親友の恩人と、親しく食事を共にしただけだ。」
旧知の友に見せるような視線を、初対面のはずのベンバレクとトラベルシンが交わした。
「そうかい。『ザキ』族の長の為人、しかと見届けさせてもらったぜ。あの勇猛な戦いぶりにも感心したが、敵にも味方にも寛大に接するその態度には、もっと感心させられた。我が『トラウィ』王国と『ザキ』族が、末永く友好的であることを願うぜ。」
「そちらの先王とは、長らく友好関係を結んでいた。その息子に3分割されている状況が収束し、統一新王を頂いた『トラウィ』王国とも、我はそれを継続することを望んでいる。お前たちの分王国の王にも、そう伝えておいてもらいたい。」
「承知した。我が『トラウィ』第3分王国の王ゴアフマに、確かにそう伝えよう。」
「じゃあ、戻ろうか、『トラウィ』の戦士たちよ。」
ティミムのその発言に、ヤヒアが驚いた顔で振り返る。
「何だよ、ティミム。報告に来たのじゃなかったのか?まだ何も、報告の言葉を聞いてはいないと思うけどな。」
「無事な顔を見た。これ以上、何の報告が必要なんだ?」
問われたティミムを差し置いて、トラベルシンが答えた。
「・・そういうことか。無事な顔さえ見れば、充分か」
アブトレイカの見せる笑みには、納得が現れていた。「それが『ザキ』族の流儀なのだな。見事と言っておくぜ。」
「しかしティミムよ、お前はこのまま、ここに残っていても良いんじゃないのか。お前の本来の居場所は、自衛軍から奪った戦闘艦ではなく、『ザキ』族の長のもとなのじゃないのか?」
「ティミムは、即席とはいえ艦長の座についているのだろう。乗員の全てが次の段階に安全に進んで行くのを見届けるまでが、艦長の責任だ。我の親友は、その責任を放棄するような男ではない。」
「というわけで」
セリフを全部族長に奪われてしまい、苦笑のティミム。「奪った戦闘艦に、いや、ともに戦った仲間の待つ戦闘艦に、戻ろうぜ、お前らの大切な坊ちゃんを連れてな。」
「へへへっ、了解だ。よし、帰るか、坊ちゃん。」
「なんだよ。下ろせよ、ベンバレク。自分で、歩け・・か・・。」
そう抗議したのが、ゴドバンの最後の記憶だった。次に気が付いた時には、見たこともないようなふかふかのベッドの上で、気持ち良く横になっていた。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/1/2 です。
三が日も休まず投稿します。活動自粛で我慢の年末年始に、タダで読める小説はもってこい・・とか都合のいいこと言ってみます。
宇宙時代の食料事情について、過去に書いたものとほぼ同じ内容をくり返しました。シリーズの他の作を読んでくださっている方は、飽き飽きされておられるかもしれません。そうは承知で、でも、この作品しか読まれていない方もいるかもしれないと思うと、書かずにはいられないのです。
過去の作品ですでにご承知の方にも、改めて、未来の宇宙の食料事情に想像を巡らせていただきたいです。今の国際宇宙ステーションでは、地球から運び上げた食料で賄っていますし、火星移住計画として、現地に農場を作ろうなんて企みも語られているようですが、もし宇宙への進出が活発化するのなら、元素から化学合成した食品というものが、どこかで注目されるのではないかと、作者には思えるのです。
地球上では、生物を使った食料生産の方が圧倒的に低コストで、一部の食品添加物以外では、合成だけで食料を作ろうとする動きも、ほとんど無いように見受けられます。でもそれは、人間が何もしなくても生物が勝手に育っていく“きわめて特殊な環境”の中での話で、一歩宇宙に出れば(歩いては出れませんが、言葉の綾です)、生物を使うより化学合成の方が低コストなはず。一旦合成技術が確立されてしまえば、農場や牧場や生け簀などを宇宙や他の天体上に造るより、そこで調達できる元素から化学的に合成する方が、主流になるに違いない、と信じています。
ただ、化学合成の食品が生物由来のそれより、人にとって快適な代物である可能性は低く(要するに美味しくない)、よほどの気合と覚悟を持って、それなりの訓練も受けて宇宙に乗り出す人が食べることになるでしょう。そうでない一般人が宇宙に乗り出す段階になれば、やはり生物由来の食品を供給できる状態になっていなければならないでしょう。
ただ本作品においては、地球規模の全面核戦争から逃れて宇宙に旅立った人が大勢いる設定になっていて、そういう場合は、一般庶民であっても選択の余地なく、化学合成の食品を食べることになるわけです。人類の7割が死滅する“終末戦争”なわけですから、宇宙に逃げなければ死んでいた可能性が高かった人たちとなり、食べ物の味なんて構ってはいられないのです。
そんな人たちの末裔が、何千年もの宇宙での放浪を経た末に、この物語の舞台に至るわけですから、ゴドバンにとってケミカルプロセスフードが当たり前の食材になっているのも、当たり前なのです。
実際の宇宙開発において、作者の予想したように化学合成食材が登場するのか、しないのか、本作品の読者様には是非、“答え合わせ”をして頂きたいです。我々が生きている間に、“答え合わせ”ができるかどうかは、分かりませんが。




