第12話 ジャジリの最期
「そりゃ、逆だろ、ゴドバン、ははは・・。」
ゴドバンの涙声を、励ますように努めた明るい返答。「俺がお前を、絶対に危険なんて無いって言って、連れ出したんだ。エドリー・ヴェルビルスの本性を、俺が見誤っていたがために、こんな悪の巣窟にお前を連れて来ちまった。」
死の淵にあって、己の命よりゴドバンを気づかう声と言葉に、彼の心はなお引き裂かれる。
「違うっ!そうじゃないだろ、ジャジリ。俺がずっと、連れ出して欲しいって、あんたに頼み続けていたんだ。退屈な暮らしから抜け出したい、もっと広い世界を見てみたいって、ガキの頃から、ずっとあんたにせがみ続けて来たんじゃないか。
あんたは、俺の夢をかなえてくれたんだ。エドリーの野郎の、あんなにもの性の悪さなんて、分からなかったのはしょうがないさ。あんたは何も悪くない。俺はあんたに感謝してる。連れ出してくれたことを、心から嬉しく思ってるんだ。なのに、あんただけが、こんな目にあって・・」
「ありがとよ、ゴドバン。そう言ってもらえたら、もう、思い残すことはねえや。俺はもう、十分楽しんだ。商人として宇宙を渡り歩いて、満足のいく人生を送れた。お前も無事だったし、満点の人生だったぜ。」
「ジャジリ殿!護衛の任を全うできず、あなたの命を失わせることになってしまった。我ら『トラウィ』兵は、慙愧に耐えない。伏してお詫び申し上げる!」
通信に割り込んできた声にも、ジャジリは穏やかな声で応じた。とっくに艦に収容されているが、パイロットは乗り込んだままの、戦闘艇からの通信だ。
「ベンバレクか。お詫びなんて、言ってくれるな。ゴドバンを死なせなかったんだから、あんたたちは役割を果たしたさ。俺のことは、自己責任だ。自業自得だ。一人前のベテラン商人が、てめえの判断ミスで戦争に巻き込まれて死ぬだけだ。俺のことなんて何も気にしなくて良いから、ゴドバンのこと、頼むぜ。故郷の親父さんやお袋さんのもとに、間違いなく連れて帰ってやってくれ。絶対安全だと言って、連れて来たんだ。無事に戻してやらなきゃ、俺は、死んでも死にきれねえ。頼んだぜ。」
「安心して、お任せ頂きたい。必ずゴドバンは、無事に『トラウィ』へと連れ帰る。」
答えたのは、ヤヒアだった。アブトレイカも後に続いた。
「ジャジリ殿、あんたも守り抜きたかった。護衛の任を果し得ず、残念だ。だが、その分、ゴドバンは絶対に守り抜く。今度こそ、信用を裏切らないと約束する。」
「ああ、安心しているさ、勇敢なる『トラウィ』の戦士たちよ。悪辣なエドリー・ヴェルビルスの罠にまんまとかかった、間抜けな商人のことなどに気を病むことはない。ゴドバンさえ守り抜けば、あんたたちの大任は果たされる。それさえ・・・」
言葉の途中で通信が切れた訳は、ゴドバンを始め誰もが、沈痛を伴って理解した。
「爆発と消滅を、確認した。」
無機質な声に乗せることで、言い辛いはずの報告を、索敵担当がどうにか絞り出した。
「ジャジリ・・・」
うつむいたまま動きを止めたゴドバンに、一同の視線が集まっていた。
ほろ酔い加減で酒をあおり、口の端からぼたぼたとそれをこぼしている。何年も前に目にしたそんなジャジリの剽軽な姿が、ゴドバンの脳裏に浮かんでいた。
宇宙の広さを教えてくれたジャジリ。商人として宇宙を渡った経験を、面白おかしい旅物語にしてゴドバンにたっぷりと聞かせてくれた。視界を広げ、飛び出す勇気を、羽ばたく気力を与えてくれた。
実際に、彼の宇宙商船に乗せてもらうはるか以前から、ゴドバンはジャジリに育てられ、知識も技能も夢も、磨き上げて来たのだった。
だが今、ゴドバンの脳裏に浮かんでいるのは、恩人としてのジャジリではなく、ただ食卓を共にしただけの、何の変哲もない日常の一コマでの彼だった。一緒にものを食べ、笑い合った、そんな瞬間だ。いつのことかも詳しくは分からないし、似たような場面は何百回とあっただろう。
思いのほかに深く、彼が心の底に浸み込んでいたことに驚きつつ、ゴドバンは、その喪失がもたらす悲しみの重さにも、圧倒されていた。
「ジャジリの商船を破壊した敵艦が、もうすぐこっちの攻撃圏に入るぜ。」
索敵担当からそう声をかけられた瞬間、深い悲しみは、刃のような憎悪に化身した。自身の胸をも切り裂きそうな恨みの刃の鋭さは、眼光を通して、周囲の者たちにも突き刺さるほどだった。
「殺ろうぜっ!」
ゴドバンが何か言う前に、ティミムが叫んだ。
「許すな、あいつを!あの艦だけは、絶対にぶっ潰せ!」
ジャジリとは会ったこともない連中が、ジャジリの弔い合戦に一致団結した。
真っ先に敵艦への突撃を敢行したのは「トラウィ」の戦士たちだった。ベンバレクとヤヒアとアブトレイカの駆る戦闘艇が、一直線に敵艦へと突き進んでいく。
「だ・・大丈夫なのか、こんな滅茶苦茶な加速をして・・・」
「いくら強靭な『トラウィ』族の身体でも、この加速は無茶だろう。死んじまうぜ。」
そんな声が、ゴドバンの周囲からあがる。ゴドバンも思わず手を握りしめ、彼らの身を案じた。
だが、止めようとは思わなかった。命を危機にさらすくらいにその身を追い込まなければ、彼らも自分で自分を許せないのだろう。ベンバレクたちのそんな気持ちが、痛いほどにゴドバンには分かった。
「敵艦、散開弾で防御を図る模様・・が、遅い・・いや、あいつら、速いっ!速すぎるっ!」
敵が判断を誤るほど、「トラウィ」兵たちの加速は激しかった。
散開弾は、ある程度広がってこそ戦闘艇の行く手を阻む壁となり得る。隙間の無い金属片群が、回避できないほどの広範囲に展開するからこそ、すばしっこい戦闘艇を撃破できるのだ。
射出が遅れれば、肝心のタイミングで展開範囲が十分な大きさにならず、戦闘艇を捕らえられない。「トラウィ」兵士たちの捨て身の加速は、敵の判断を誤らせ、散開弾の射出を遅れさせ、金属片群が広がり切る前に通過されてしまうという結果をもたらした。
展開不足の金属片群をひらりと躱して、「トラウィ」兵たちの戦闘艇は突き進む。必中距離にまで肉薄してからのプラズマ弾攻撃が、敵艦に叩き付けられた。
「散開弾、撃て!」
ティミムの叫びは、ベストなタイミングだった。敵の撃ったそれとは違い、十分に展開した金属片群が、プラズマ弾で麻痺状態に陥れられた敵艦に襲い掛かる。
表面構造物が、薙ぎ払われていく。重装甲の奥深くにまでは届かないが、レーダーの照射と受信のためのアンテナや、レーザー攻撃のための銃座などが、ことごとく破壊される。
「敵艦から、降参のメッセージが送られてきたぜ。散開弾攻撃で、丸腰同然になっちまったから、もう抵抗はしない、だから、攻撃しないでくれ、だとさ。」
「今更、降参だと。ゴドバンの恩人を殺したんだ。許す謂れなんぞ、あるわけねえぞ。」
誰かが叫んだ。
「殺るだけ殺っといて、降参さえすれば、自分たちは生き永らえられるなんて思っていやがるなら、胸糞悪い連中だぜ。構わねえから、殺っちまおう。」
そんな言葉で応じる者もあった。
「降参を宣言した相手を、殺すのか?」
通信を割り込ませてきたベンバレクは、少し戸惑った声だ。生真面目な「トラウィ」兵の心には、ジャジリを殺された憎悪に勝る何かがあるらしい。
「ジャジリの商船には、武装なんて、無かったはずだ。捕虜になる前には、少しの武装はあったけど、それらは全て除去されていたはずだから、すっかり丸腰だったんだ。」
ゴドバンが、唸るようなつぶやきで語る。「非武装の商船を、抵抗できないと分かっているジャジリを、面白半分のなぶり殺しみたいにして、死なせた奴らだぞ、あいつらは。降参したからって、許す理由になるのか・・・」
「気持ちは・・分かるがよう、坊ちゃん・・」
「いや、坊ちゃんの言う通り、こいつだけは・・・」
ヤヒアとアブトレイカも、戸惑いを隠せない。それぞれが一致しない意見を、遠慮がちに伝えてくる。
「殺っちまおう!ゴドバンの恩人の仇なんだ、迷うことはねえ!」
「そうだ!非武装の商船を撃破した敵になんぞ、降参する権利はねえ!」
「殺れ、殺れ、仇を打つんだ!」
航宙指揮室に沸き上がった勢いに、ベンバレクも沈黙した。積極的に反対する熱意は、彼にもないようだ。
「殺るぞ、ゴドバン。」
ティミムの問いかけに、ゴドバンはうなずいた。
「うん。仇をとろう、ジャジリの。」
「主砲、プロトンレーザー、撃てっ!」
ゴドバンの答えを聞くや否や、ティミムが下令した。
「了解!」
砲撃管制担当も、航宙指揮室にいる。艦内の通信系に支障が出た場合などには、艦体装甲に外付けされている砲塔でも、射撃管制はできる。だが基本的には、航宙指揮室で一括管理されるのが、この時代の、この宙域での戦闘艦の標準だった。
レーダーや熱源探知の結果でしか、航宙指揮室の面々は戦闘の様子を知覚できない。射出されたプロトンレーザーの放つ光彩も、敵艦から吹き上がる火柱も、反物質動力炉の暴発が生んだ光球が敵艦を飲み込む様子も、モニター上の単純で模式的な図形としてしか、認知できない。
乗組員の生身の肢体が砕かれ焼かれる悲惨な光景も、飛び散る血潮も、断末魔の悲鳴も、ゴドバンたちには見えも聞こえもしない。大量虐殺を実感する刺激は、何一つもたらされない。
しかし、確かに、降伏を申し入れ無抵抗だった数百の人命に対する殺戮が、ゴドバンたちの手によってなされた。降参した敵を、彼らは虐殺した。
ゴドバンの胸の内に、小さな痛みと影が生まれた。罪の意識か、後悔の念か。しかし、ジャジリを殺された怒りを上回る存在感は、それにはなかった。憤怒は、虐殺を、十分に正当化していた。
「もう、敵は残ってねえみてえだな、このあたりの宙域には。」
虐殺から1時間ほどして、索敵担当が告げた。ベンバレク始め「トラウィ」兵士の3人も、この時には中央指揮室に詰めていて、当然そこが居場所だと言い張るような顔で、副艦長の背後に陣取っていた。
「無抵抗なジャジリを深追いしてたヤツが、置いてきぼりを食っていたってことかな、アブトレイカ。」
「そのようだな、ヤヒア。味方がことごとく逃げ出したのにも気づかずに、非武装の商船への攻撃に熱中してたなんて、馬鹿なヤツだぜ。」
敵が見当たらなくなると、差し当たって目指すべき場所もなくなった。それは、戦闘艦に乗っている者たちには、重力からの解放をもたらした。
どこかを目指している間は、そこに速やかにたどり着き、かつそこで、停船もしくは十分に速度を落とすために、加速なり減速なりが行われる。それがさっきまで艦内に、重力を生じ続けていた。
中央指揮室は部屋ごと上下が反転する仕組みだから、ゴドバンたちにとっては一つの方向が床であり続けたのだが、加速から減速に切り替わる瞬間に、無重力が何度も生じた。しかしそれは、数秒のことだ。加速時には “ 上 ”だった進行方向が、その数秒の間に “ 下 ”に変わっているわけだ。
宇宙育ちで無重力に慣れているゴドバンの体には、そんな長時間の重力はきつかった。艦を乗っ取る前までは、気持ちが張り詰めていたために実感がわかなかったが、その後は、重力をつらく感じていたのだ。数秒の無重力では回復しない疲労が、ゴドバンの体に蓄積していた。
「ふうっ」
深いため息が漏れた。「やれやれだ。正直、もう限界だったよ、重力に耐えているのは。」
「俺もだ。もう少し暴れたい気分もあったが、無重力の快適さを実感しちまえば、それも吹っ飛んじまったぜ。」
ティミムが、疲労を感じさせる薄い笑顔でゴドバンに応じた。
「そうなのか?航宙民族の出身なんだろ、ティミムは。だったら、重力への耐久力も、強いのじゃないのか?」
「そりゃまあ、定住民族の連中よりは強いだろうさ。けど、俺たちだって、普段は無重力で生活してるんだ。長時間の重力はこたえるぜ。」
「それにだ」
同じく航宙民族のベンバレクが、背後から話に加わった。「強烈な重力に短時間耐えるのには、航宙民族は定住民族よりかなり適性が高いが、ゆるいものでも長時間重力に耐えるって話になれば、あまり差はないのさ。戦闘艇で数分間20G以上を食らっても平気だが、3G程度でも十時間以上となると、こたえるさ。」
「そんなもんなんか。」
感心したかのような口ぶりでいて、実はそれどころではなく、疲労のためにすっかり上の空で、ゴドバンは応じていた。
ベンバレクの方でも、気に留めた風はない。皆が疲労困憊だった。戦いが終わってみて初めて気が付いた疲労に、誰もが言葉少なになっていた。
と、そこへ、通信が届く。コンソールの告げるそれに、通信担当が重たそうな身を起こしてスイッチを叩いた。無重力だから、実際には重さはないはずだが。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 2020/12/19 です。
重力に関する記述が、後半にしつこく続きました。ご興味のない方には、面倒臭い文章だったでしょう。そして、これらの記述は全て、眉に唾して話半分に受け止めておいてください。このような重力変化など、未だ誰も経験していないのではないかと思いますし、少なくとも作者には、皆無なのですから。
ですが、従来の有名なSFにおいて、宇宙では当然あるはずの重力変化に関する表現が、少なすぎると思えるので、作者としてはこだわりたいのです。加速に関する重力の表現は、少しは見られる気がしますが、減速に関する表現、つまり進行方向に向かって体が押し付けらえる形の重力についての表現が、ほとんどないように思えるのです(作者の知識不足かもしれませんが)。
宇宙においてどこかに“急行”しようと思ったら、そこまでの中間地点までは全力で加速し、中間地点からは全力で減速しなければなりません。減速しなかったら、超高速で目的地を通り過ぎてしまいます。戦闘における移動なら、戦いに参加できないくらいの速度で戦場を通過してしまうことになるわけです。加速しただけでは移動は成就せず、必ず減速行程も必要なのだという理屈が、顧みられていないSFが多いのではと、作者には思えているわけです。
それで、自分なりに重力変化の様子を描いてみましたが、実体験がないので正しいかどうかは・・。部屋ごと回転する設定がありましたが、回転に伴う揺さぶりの影響など、細かいところまでは手が回りませんでした。人体への影響も、根拠の無い想像にすぎません。
稚拙や不正確は承知ですが、こうやって未来の宇宙をあれこれ想像することには、意味はあると思っています。一般人の宇宙への好奇心が膨らめば、宇宙開発も進みやすくなるでしょうし。天下のトヨタが月面走行車を開発する時代なのですから、一般人の我々も、宇宙生活のディテールに想像を巡らせて、宇宙開発を後押ししたいものです・・って、たかがSF小説書いてるくらいで、風呂敷を広げ過ぎました。




