プロローグ
今回で9作品目の投稿となります。「戦國史」のシリーズタイトル通り、戦闘シーンやミリタリー要素を詰めた作品を中心に投稿していますが、間を縫うように、趣向を変えた作品も出しています。ですが、ここ3作品ほど「戦國史」としては亜流みたいな、世界観の表現に偏った感じのものを連ねたので、ここらへんでスカッと戦闘シーンを楽しめる、エンターテイメント性の高い(と作者が勝手に思い込んでいる)物語を発出(この言葉使いたかった)します。
前作に至っては恋愛要素すら皆無だったのですが、今回は、盛大でも中心的でもないですが、主人公の前にスタイル抜群の美女が登場します(実はこういうのが一番パンチのある宣伝文句なのだろうか・・)。
作品のサイズも、直近3作品が短編と呼ぶべきものだったのに対し、今回は長編と言って良いサイズだと思いますので、たっぷりと楽しんで頂きたいと願っています。
これまでのこのシリーズ作品同様に、毎週土曜日17時に投稿し、半年以上1年未満で完結にたどり着きます。1回の投稿ボリュームとしては、前作の「・・転転転」と同じくらいですが、プロローグだけ少し長め(2倍くらい)です。
そして、これもこれまで通り、プロローグでは恒久平和が実現された銀河世界が描かれ、エリスという名の少年が登場します。少年が歴史探索へと旅出つシーンがプロローグとして描かれた後に、物語の視点が時間をさかのぼり、本編として今回の物語がスタートします。最後にはエピローグとして、再びエリス少年の時代に舞い戻りますので、是非そこまで、お付き合い頂きたいと切に願います。
天穹に座した2つの光源が、人工とは思えないほどの温かな陽光を与えている。豊かな彩で反射させて、人々はそれの恵みを寿いでいる。たっぷりの日差しの中、カーニバルはたけなわだ。遠くから眺めているエリス少年の頬も緩む。
色も形も、個性を競うかのように様々である巨大な人形は、この星団国家の過去に登場した数々の英雄を、伝説の提督を、悲運の王女を、有能な巡察使を表している。いかに膨大なドラマの堆積を礎として、かれらの星団国家が築かれているのかを、自慢気に確かめ合っている。
祖国への愛や誇りを、民衆の融和や団結を、先人への尊敬や畏怖を胸に刻み直すために、カーニバルは毎年同じ時期に、盛大な規模で催される。数百体の人形を数千人が連れ回し、それを数十万人が見物するという、この星団国家の伝統的なイベントだった。
国の歴史に登場した有名人たちを、巨大な人形としてよみがえらせているのだ。
あっちでは、5百年前に現れた英邁な星系群統治者が、3百年前に現れた稀代の宇宙盗賊と会釈を交わしている。こっちでは、2百年前の天才的星間交通開発者が、7百年前の惑星探検家とダンスしている。お世辞にも上手に仕上がっているとは言えない人形が、庶民による手作りの味を出している。
歴史好きのエリス少年は、人形たちの登場した歴史物語を全てそらんじている。人物の正確な姿を、画像で見て覚えていたりもするのだが、今目にしている人形とは、似ても似つかない場合が多い。でも、作り手のぬくもりが伝わるそれらの人形に、言葉では表せない愛嬌を感じていた。
人々に親しまれるカーニバルで、人々に親しまれる歴史上の人物たちが、彩ゆたかな手作りの巨大人形になって楽し気にその姿を躍らせている光景が、愛しくて仕方ないのだ。
エリス少年がカーニバルを遠望しているこの都市は、テラフォーミングの成功例としては珍しい、衛星の上に建設されたものだ。岩石惑星がテラフォーミングされた例はたくさんあるのだが、少年は今、ガス惑星を周回している衛星の上にある都市で、カーニバルを眺めているのだった。
もう少しで恒星になれそうだった巨大なガス惑星には、重水素が大量に含まれていて、核融合のための資源を無尽蔵に供給してくれる。重水素以外を核融合に利用する技術もある時代だが、経済的に有利な重水素をいくらでも手に入れられる環境は、すこぶる好都合なのだ。
そのおかげで、環を成してガス惑星を囲んだ2百基以上の核融合施設を、首都の置かれている衛星にとっての人工の太陽に仕立てる、なんてことが可能となるわけだ。
ガス惑星を周回する衛星は、2百基余りの環を成して並んでいる核融合施設のどれかから、常に光と熱を与えられている。これらの核融合施設にしても衛星であることは同じで、2百基で環を成してガス惑星を周回する人工のそれらの外側の軌道を、エリスのいる衛星も周回しているわけだ。
核融合による人工の日差しは、天然の恒星と比べれば貧弱に過ぎるエネルギーだが、近距離からピンポイントで放たれる光と熱なので、衛星に十分な明るさと温かさをもたらしていた。
疑似的な陽光が燦々と降り注ぐ心地良い都市の上で、人々がカーニバルを楽しめているのも、人工的な核融合のおかげなのだった。
最も近い1つの核融合施設だけが、衛星から仰ぐ天穹に見えている時もあるが、カーニバルが催されているこの時には、2つの核融合施設が天然の太陽さながらに大空で輝いていた。
エリス少年は、カーニバルの会場から2kmほど離れた、小高い丘の上にいた。そこからカーニバルの全景を見渡すことができて、今も目を楽しませていたのだが、少年にはもっと見たいものがあった。
カーニバルの人形たちとは対照的に、彩のない、温もりも感じられない銅像なのだが、少年はこちらの方に、より強く好奇心を引かれていた。
「あった。見つけたぞ。」
丘の上を数分ほど探索したら、それが出てきた。「この国の創始者である英傑、トラベルシンの銅像だ。すっごいなぁ。かっこいいなぁ。」
暗い褐色だけの、愛嬌も愛想も無い銅像だ。表情もムスッとしたもので、近寄りがたい雰囲気に造られている。しかも、トラベルシンの顔形に関しては手掛かりになる史料はわずかにしか残されていないので、銅像のそれは、製作者が自分勝手に膨らませた想像上のものでしかない。
エリスが父から教わった最新の史料に、少しは参考になる記載があるのだが、銅像が造られた頃には見つかっていなかった史料だから、この銅像の顔形には反映されていない。
レーザー銃を肩に担いだポージングが、勇猛さや戦闘における無敵ぶりで知られる彼の人となりを表現していて、少年には格好良いとも感じさせているが、カーニバルの人形のような親しみは、誰も感じないだろう。
それでも、この国の歴史におけるトラベルシンの重要性を知るエリス少年には、見つめるだけで感慨深い気持ちにさせられる銅像なのだった。
カーニバルでは、トラベルシンの人形は、滅多に見られない。この国が豊かに発展して全人類的に有名となり、銀河中の注目を集めるようになった後の史実や、その中に登場する人物の方が、この国の民衆には気に入られている。カーニバルの人形としても、頻繁に登場する。
カーニバルを見物するために、少年の両親は家族旅行の目的地として、この都市を選んだのだ。なのに少年は、カーニバルにあまり登場しないトラベルシンに、より大きな関心を寄せている。旅の目的だったはずのものから2kmも離れた丘の上を1人で歩いているのは、そんな理由からだ。
少し汗ばむ額を拭いながらでも、トラベルシンの銅像が見たかったのだ。温暖多雨で四季の変化が明確であるよう気候がチューニングされている衛星上の都市において、初夏に設定されている時期に催されるカーニバルを訪れたのだから、丘の上への散歩では、ハンカチが手放せないくらいの発汗は避けられないのだ。
タキオントレインで5時間、ワームホールジャンプで4時間、更にもう一度タキオントレインで6時間という、手間暇のかかった旅路だった。いずれもエリスの時代の銀河で用いられている、超光速の移動手段だ。
質量虚数の素粒子タキオンで満たされた空間の中では、光速をはるかに上回るスピードでの移動が可能だった。それを応用して、タキオントンネルという超光速の通路を作り出すことができる。
エリスの時代には、タキオントンネルを使って定期的な往還をくり返す、それのみに特化された専用の公共交通手段が存在して、タキオントレインと呼ばれている。だがそれは、比較的最近のものだ。以前にはタキオントンネルの中を、別途用意された汎用の宇宙船等が駆け抜けていた。
ワームホールジャンプも、タキオントレインよりは古いが、比較的新しい超光速の移動手段だ。第2次銀河大戦の後に実用化され、銀河帝国の台頭と銀河暗黒時代の到来を招く結果をもたらした。
ブラックホールを改造したのがワームホールなのだが、銀河の中のどれだけ離れた場所であっても、2つのワームホールで結びつけることができる。短時間での、全銀河スケールでの行き来が可能となる。光速の数千倍を出せるタキオントレインでも、十万光年もある銀河系の端から端まで移動するには何十年もかかってしまうのだが、ワームホールジャンプならばあっという間だ。
だが、2つのワームホールの片方が、銀河中心にある巨大ブラックホール由来のそれである必要は、ある。中心のそれが銀河活動の核となっていることにより、そんな条件が生じているらしい。
だがら、銀河中心以外のブラックホールが由来のワームホール間を移動する場合、いったん銀河中心を経由してからでないと、お目当てのワームホールには向かえない。ひとっ飛びでは行けない、ということだ。
エリス少年の家族も、彼らの自宅がある「エウロパ」星系の最寄りのワームホールにタキオントレインで向かい、そこから銀河中心を経て、この都市のある星団が持つワームホールに出て来た。その後は、星団内のタキオントレインに乗り換えて移動し、カーニバル会場に到着した次第だ。
乗り換えると言っても、シャトルごと乗り換えるので、エリス少年の家族はずっと同じシャトルの中にいればよかった。「エウロパ」星系第3惑星の衛星軌道上で乗り込んだ自家用シャトルの中に、ずっと居座ったままで、シャトルごとでの乗り換えを繰り返し、タキオントレインとワームホールジャンプを利用した旅を終えたのだ。
6万3千光年という途方もない旅路だったのだが、エリスの時代には、実に楽で快適に踏破できてしまうのだった。
そうは言っても、15時間の旅路だ。その末に訪れた一番の目的であるカーニバルをそっちのけで、丘の上の不愛想な銅像を目指すのだから、エリス少年の歴史好きは筋金入りだった。
「この国の人たちは、歴史上の他の人物がお気に入りみたいだけど、やっぱ僕には、トラベルシンこそが最高の英雄なんだよな。漂流にともないスペースコームから離れてしまい、銀河連邦との連携が薄れてしまった星団に、統一王国を樹立して見せたんだからなあ。」
超光速の移動手段は、タキオントンネルやワームホールジャンプ以外に、もう一つあった。それこそが、人類が最初に見つけた超光速移動の手段なのだが、スペースコームジャンプと呼ばれている。
スペースコームとは、著しく時空の歪んだ宙域のことだ。それが、とてつもない長さの筋状に伸びている。銀河中のあちこちに、様々な長さで分布している。最大長が一万光年以上のスペースコームもあるし、百光年程度のものもある。
スペースコームの中では、遠く離れた2点を、簡単に繋げることができた。ワープができるということだ。スペースコームを利用したワープが、スペースコームジャンプだ。
1回のジャンプで移動できる距離は、時代によって異なる。エリスの時代には、5百光年くらいを1回でジャンプできるが、トラベルシンの時代には百光年くらいだったと考えられている。1度のジャンプを終えてから次のジャンプができるまでの間隔も、1時間と5時間という差が、両者の時代にはある。
「星団がスペースコームに近かった時代には、銀河連邦から最新の技術などを簡単に取り入れることができて、平穏で安定した暮らしが、この星団では営まれていたんだよな。全ての庶民に気を配った統治が目指されていて、民主政の導入も、遠くはないところまで来ていたって説もある。
でもこの星団は、漂流していた。銀河系のほとんどの天体が、同じ円盤の上を同じ方向に周回運動しているのに、この星団は、全く異なる動きをしているから、位置関係がどんどん変わって行ってしまったんだ。そのせいで、安定した暮らしの基盤だった銀河連邦との繋がりが、途切れてしまった。」
そういった漂流天体は、銀河系の中にいくつもある。銀河系の外から飛び込んできた天体が、内部を突き抜けて移動しているのだとも考えられている。単一の遊離星系だったりもするが、複数の星系を有する星団が、銀河系の中で漂流状態になっていることもある。
エリスが今いる「モスタルダス」星団も、最大長が百光年以上にもなり、万を軽く上回る数の星系を有している巨大星団なのだが、銀河系のほとんどの天体とは全く異なった動きをしている、漂流天体だった。
「今ではワームホールジャンプによって、銀河系のどこからでも簡単に行き来できるようになったけど、ワームホールが発明される以前には、スペースコームと離れたことによって、外部との交流がものすごく難しくなってしまったんだよな。」
エリスの時代には、ブラックホールも人工的に作り出せるようになっていた。それをワームホールに改造することで、銀河のどこにでもワームホールジャンプによる移動ができる。
だが、スペースコームという天然の創造物を利用するしかなかった時代には、ワープ航法での超光速移動はできる場所が限定されていた。スペースコームが存在する場所でしか、ワープでの超光速移動はできなかったのだ。
先進の文明を持つ銀河連邦とスペースコームで結ばれ、技術や知識を取り入れることができていた人々が、星団の移動にともなってスペースコームから遠ざかり、先進文明から切り離されてしまったわけだ。その苦難は、計り知れないものがある。
「しかも、星団が漂流によって移動して行った先が、最悪だったんだ。『航宙型宇宙系人類』の集団が沢山住み着いている、暴力の巣窟みたいな場所に、『モスタルダス』星団は住民たちを抱えたまま飛び込んでしまったんだ。」
エリスの時代から見て約1万年前に、人類発祥の惑星「地球」で、全面核戦争が勃発した。その際に「地球」をあきらめて脱出し、一か八かで宇宙に活路を求めた人々の末裔を「宇宙系人類」と呼ぶ。他方で「地球」に居残り、全面核戦争の後の、5百年に及ぶ荒廃の時代から立ち直り、その後に宇宙へと進出した人々の末裔が「地球系人類」と呼ばれている。
数百から数千人くらいといった小規模集団で、長らく宇宙をさすらう生活を送った「宇宙系人類」は、政治体制や科学文明などの水準において、大幅な退行を余儀なくされた。宇宙の暗黒の中で、貧しく苦しい生活を送らなければならなかった。
それでも、定住先を見つけられた集団の暮らしぶりは、比較的にもマシだった。
万を超える数の宇宙船に乗って、ばらばらに「地球」から脱出して行った数千万の人々のほとんどは、宇宙のどこかで命脈を途絶えさせてしまったらしい。およそ2%だけが生き残り、宇宙での繁栄の途に着いたと考えられているが、腰を落ち着ける先を見つけられた「定住型宇宙系人類」と呼ばれる人々は、その中でも半分くらいだっただろうというのが定説だ。
定住先を見つけられなかった集団は、絶えず宇宙船で、無限に広がる漆黒の中を移動し続ける暮らしを送らなければならなかった。何千年にもわたって宇宙を移動し続けた人々が、「航宙型宇宙系人類」と呼ばれるのだ。
「極限に貧しくて、先の見えない日々だったのだろうな、この頃の『航宙型宇宙系人類』の暮らしは。」
遠い時代の人の暮らしに、エリス少年は心を寄せる。「行き当たりばったりのその日暮らしみたいな生活が、何千年にもわたって続いたんだ。宇宙で偶然に有用な資源とかに巡り合うのを期待して、出鱈目に動き回るしかなかったのだから、野蛮で獰猛な性格になってしまうのも仕方のないことだったんだ。」
その日を生きるのが精一杯だった「航宙型宇宙系人類」が「定住型宇宙系人類」や「地球系人類」と広い銀河で再会を果たした際には、ほとんどの場合、盗賊と化したのだった。その日の糧を略奪で得ることしか、「航宙型宇宙系人類」には考えられなかった。
「銀河系の特定の宙域においては、野蛮で獰猛な『航宙型宇宙系人類』の集団がたくさん跳梁跋扈するようになっていた。そんな場所に、漂流している『モスタルダス』星団は、突入してしまったんだ。」
略奪でしか生活できなかった人々にも、そんな集団にとり囲まれることになってしまった人々にも、エリス少年は等しく想いを馳せる。
「奪う側も、必死だっただろうな。略奪でしか、生きる術が無いのだから、遠慮も手加減も情け容赦も、あるはずがない。『モスタルダス』星団の人々が感じていた恐怖は、だから、生半可なものじゃなかったんだろうなあ。」
それでも、銀河連邦との繋がりがわずかにでも残っている間は、連邦が派遣した軍隊によって、どうにか「航宙型宇宙系人類」の「モスタルダス」星団への侵入は防がれていた。局所的で散発的な被害はあるものの、ほとんどの星団住民は、平和で安定した暮らしを続けていけた。
だが、星団の漂流は止まらず、連邦との繋がりも、それに伴って日々薄れて行く。連邦との行き来を可能とするスペースコームが、離れて行く一方なのだから。星団とスペースコームの間を遮蔽するかのように徘徊する「航宙型宇宙系人類」も増えて行き、連邦との繋がりは、なお一層切断されて行く。
そしてある時、とうとう堰は切れた。ついに銀河連邦にも押し留められなくなった「航宙型宇宙系人類」が、大挙して星団内に侵入したのだ。
「当時のこの星団の人々は、侵入して来た人々を『航宙民族』って呼んでいたんだよな。自分たちも『宇宙系人類』だったから、今の僕たちと同じ呼び方を、彼らがするはずがない。そしてこの出来事は『航宙民族の大侵攻』という呼称で、今でもこの星団の人々の記憶に強く刻み込まれている。それくらいに深刻な、歴史的大事件だったんだ。」
破壊と殺戮と略奪の嵐が、数年という長きに渡って「モスタルダス」星団の中を吹き荒れた。人口は半分以下にまで激減したと言われるし、生活基盤となるもののほとんどが失われた星団には、荒廃や貧困という地獄が残された。
しかし、生き延びた星団内の人々も、少しずつ知恵や勇気を身に付けて行く。巧みに隠れおおせたり逃げ延びたりする人々も出て来るし、団結して立ち向かう猛者も現れて来る。略奪し尽くしたと思って星団を去って行く「航宙民族」も少なくなかったので、徐々に星団内は、平穏を回復していった。
そこへ、銀河連邦からも救援の手が伸びた。エドレッド・ヴェルビルスという銀河連邦の役人が、遠く離れてしまったスペースコームと星団の間を押し渡り、行く手を阻む数多の「航宙民族」も掻き分け、命を脅かす危機をいくつも乗り越えて、「モスタルダス」星団にやって来たのだ。
星団の中心付近にある「セロラルゴ」管区と呼ばれた場所にまで到達し、そこを拠点に、到着するや否やで彼は、星団防衛の任を着実にこなした。その戦いぶりは勇ましく、巧妙で、抜け目が無かった。知恵と勇気を身に付けて復興を遂げつつあった住民と協力し、星団を再び、繁栄への途に着かせた。
大規模侵攻の前と同等にまでは、容易には回復しないまでも、星団復興の歩みは着実だった。
「だけどエドレッド・ヴェルビルスは、『航宙民族』との戦いの中で命を落としてしまう。そして、エドレッド亡き後の『モスタルダス』星団には、再び暗雲が立ち込めてしまうことになった。『航宙民族』への恐怖が、人々の心を支配した。再び大規模侵攻を許し、荒廃と貧困の地獄が再来してしまうと、誰もが危惧した。破滅や絶望が、復興途上の星団に舞い戻って来るのではないか、と。
そんな時に立ち上がったのが、トラベルシンだったんだ。そしてこの星団に、統一王国を樹立するという偉業を成した。ここから『モスタルダス』星団は、自分たちの力だけで『航宙民族』を退けつつ着実な発展をも継続していける、自主独立の大国へと飛躍するんだ。
それを考えるとトラベルシンは、やっぱり偉大だよな。救世の英雄だよな。今の時代の多くの人は、もっと発展した後のこの国の出来事に注目するし、『航宙民族』にやられっぱなしだった時代のことは話題にしたがらないけど、僕にとってはトラベルシンこそが、この星団国家において最も注目すべき、歴史上の偉人なんだよな。」
沸き上がる熱い想いを込めて、少年は銅像を見つめる。ムスッとした表情に造ってあるはずの銅像の顔に穿たれている眼窩に、さっきまではなかった光が宿ったかもしれない。
「この前、父さんに教えてもらった、最新のこの時代に関する研究成果も、すごく興味深かったよな。」
歴史学者である父の言葉は、少年にとっては最大の、知の源泉だ。父の話を聞くたびに、少年の好奇心は膨らみ続ける。歴史の中の出来事や、そこに生きた人々への情熱が、猛烈に高められていくのだ。
「トラベルシン本人や、その身内だった人々の残した記録は、これまでもいくつも研究対象になっていた。けど、つい最近、彼とは少し離れた立場の、だけれど友人関係だった人の手記が、新たに研究対象になったんだよな。」
エリスの心は、更に加熱された。こんな最新の歴史学における知見を、父から教えてもらえる自分の立場が、少年には素晴らしく恵まれた特権だと思われてくる。こんな父の子に生まれて、本当に幸せだと感じる。
「宇宙を当ても無くさまよっていた、銀河史における中世初期のものと思われる遺跡から、電子ファイルが見つかったんだ。発見されたのはずいぶん前だったけど、保存状態が良くなくて、これまでは読み込みができなかったんだ。
でも最近、ようやくそれの閲覧を可能とするドライバーが開発された。数千年前の電子ファイルが判読可能になって、トラベルシンの実像が、更に詳しく分かるようになったんだ!
身内っていう立場の人の記録より、離れた立場の人が残した記録の方が、より信憑性があるって父さんも言ってたもんな。それはそうだよな。権力者の身内は、その人をより良く見せるために、美化した像を描きたがるもんだもんな。それよりは、離れた立場の人の記録の方が、より正直にありのままに、トラベルシンの実像を伝えているって思えるよな。
だから今回、手記の判読が可能になったことは、歴史解明における重大な進歩なんだ。」
もともとは、人にとって意味のある軌道を巡っていた施設が、人の手を離れたことであらぬ軌道に遷移して行くことは、よくある。人為的な軌道修正を定期的に実施しないと、施設を意味のある軌道に留めることは、たいていはできないものだ。
古い時代に使われていて、その時代の情報が沢山詰め込まれた状態で、今は無人となってあらぬ軌道を飛翔している施設が、エリスの時代には遺跡として扱われる。
天然の漂流天体とは違う理由で漂流している、人工の天体だ。
広大な宇宙でそういったものが発見されるというのは、とてつもなく確率の低いことだ。昔には、この星団国家の首都はその内部に営まれていたという円筒形の宙空人工建造物だって、今ではどこに行ったか分からないのだ。
そんなわけで、見つかった遺跡は、歴史の解明にはとても貴重だ。
エリスの父のような歴史学者も、エリスのような歴史好きも、遺跡の発見には胸を躍らせる。その遺跡内のコンピューターなどに残された電子ファイルといった史料は、遠い昔の出来事や暮らしぶりを、彼らの前に詳らかにしてくれるのだから。
「貧しい一家の、居住施設だった遺跡なんだよな。手記の収められた、電子ファイルが見つかったのは。
いや、もともとは、資源採取用の無人施設だったって、父さんは言ってたっけ。連邦との繋がりが密で、繁栄を極めていた時代の人が、作った施設だったって。
その施設に、時々メンテナンスなどに訪れた人が、短い期間を過ごすための休憩スペースみたいなものがあった。本来は1日か2日を過ごすためだけに設けられたスペースに、ずっと後の時代を生きた手記の作者は、一家で住み込まなければならなかったんだ。『航宙民族の大侵攻』後の荒廃のただ中にあった人にとっては、無人施設の休憩スペースくらいしか、居住が可能な場所を見つけられなかったのだろうとも、父さんは言ってたな。」
エリスから見れば、はるか昔の中世初期と呼ばれる時代でも、元素さえそろえられれば生活に必要な食糧や資材は、ほとんど全て化学合成によって作り出すことができた。資源採取が専門の施設にも、少しは食料や資材を作りだす機能が備わっていて、数人であれば半永久的に、そこでの居住が可能だった。
「でもその一家は、施設の機能の一部しか、使いこなせなかったらしいんだよな。銀河連邦と繋がりが密だった頃の設備や技術の多くは、『航宙民族の大侵攻』後の荒廃の時代には、使い方や原理が分からなくなってしまっていたから。
この一家に限らず、荒廃の時代の人々には使い方が分からなくなった施設や、存在する座標を見失ってしまった施設や、メンテナンスのための資材が手に入らなくなってしまった施設などが、沢山あった。復興が容易でなかった理由の、1つなんだよな。」
いかに苦しい時代だったかを、少年の豊かな想像力が鮮やかに描き出す。手記を残した人の暮らしぶりが詳らかになることは、手記に言及されているトラベルシンという英雄のイメージにも、大きな影響を与える。どれだけ重たいものを背負ってトラベルシンが立ち上がったのかを、エリス少年に知らしめる。
「暮らしの苦しさに加え『航宙民族』への恐怖が、この時代の人々の心をとらえていたはずだ。無数の『航宙民族』がこの星団を、東西南北上下から立体的に、包囲していたというのだから。」
銀河時代にも、東西南北という方位は設定されていた。銀河中心に向かう方向が北、外縁に向かう方向が南、という具合だ。銀河系円盤の回転して行く方向を東、回転に逆らう方向を西、と設定してもいる。
更に三次元の広がりを持つ宇宙では、上下も設定しておかないと位置関係を語れない。そして上下は、北を正面に、東を右に見る姿勢をとった場合が基準となって、設定されている。「地球」時代の「北」が銀河時代の「上」になっていて紛らわしいが、宇宙に生きる者には「地球」における南北など、知ったことではなかった。
「特にこの時代には『北ホッサム』族と呼ばれた『航宙民族』が、もっとも恐れられていたんだよな。」
少年らしからぬ豊富な知識が、エリスの脳裏に沸き上がる。「漂流に従って、銀河連邦との行き来を可能とするスペースコームから、北に向かって離れて行っている『モスタルダス』星団を、もとは1つの集団だった『北ホッサム』族と『南ホッサム』族が、南北から挟撃していた。そして、より強く侵略の兆候を見せていた『北ホッサム』族を、この時代の『モスタルダス』星団の人々は、一番に警戒していたんだ。
それは以前から知られていたことだけど、今回の手記の判読によって、彼らの『北ホッサム』族に対する恐怖や警戒の根深さも、良く分かったんだよな。」
銅像のトラベルシンを眺めることで、エリス少年の頭には、ありったけの知識が沸き上がってくるようだ。新たに判読された手記の内容も追加されたそれらは、古い時代に対する鮮明なイメージとして、少年の胸中に具体化する。何回か通読しただけでしかない手記にあった情報も、驚くほど詳細に、少年の脳裏には取り込まれているから。
いつしか少年は、手記を残した過日の誰かの半生を、心の中で辿り始めていた。それぞれは断片的なものでしかない情報や知識から、一本につながった人生のストーリーを、少年は驚くほどに明瞭なイメージとして、紡ぎ出しているのだった。
金属の塊でしかない銅像が、何かを少年に語り掛けた。
そんなことは、あるはずがない。
しかし、そうとでも考えなければ、あり得ない現象が・・・。
歴史学上の知見や、手記に刻まれた情報には無いはずのことまでが、なぜか少年の脳裏に、ありありと思い描かれているのだ。
それは、少年のたくましすぎる想像力が作り出した、幻影かもしれない。だが、手記の作者の両手を戒めた手枷の、重く冷たい感触なんてものまでをも少年が感じ取っているとしたら、想像力だけでは説明がつかない。
さらに、手枷の感触以上に、手記の作者の心を占めた憤りや悔しさ誰かを案じる気持ち、そんな手記に残されてすらいない感情までが、共有されているとしたら・・・・・・。
好奇心に満ちた少年に見つめられ、もはやただの銅像ではなくなった過日の英雄の眼から、もしかしたら、遠い日の時空が漏れ出し始めてしまっている、なんてことが、ある・・・・いや、まさか。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、2020/9/26 です。
「もう少しで恒星になれそうだった巨大なガス惑星」との記述に、首を傾げられた読者様もおられるかもしれません。質量によって天体の運命は決まります。太陽の8%、木星の75~80倍の質量を獲得できたならば天体は、核融合を始めて光り輝くことができ、それ以下なら、ガスの塊として地味に生きて(?)行くしかなくなると考えられています(ウィキペディア見ながら書いてます)。核融合に必要な圧力が生じるほどの重力を、獲得できるくらいにガスが集まって来るかどうか、が運命の分かれ道なのです。
太陽系でも、太陽の質量の何割か分でも、ガスが木星の方に集まっていれば、恒星が2つの星系になっていたのでしょう。その場合は連星となります。実際の宇宙では、連星となっている星系の方が多数派で、恒星1個の星系は少数派らしいです。我々の暮らす太陽系は、案外変わり種みたいですね。
そんな巨大ガス惑星の衛星に関する記述が、どのくらい正確に読者様に伝えられているかが不安ですが、独創的で、かつリアルティ―のある未来宇宙の姿には、なっているのではないかと、独りよがりに自負しています。
超光速の移動手段も、本シリーズで何度も出て来て、「また同じ説明か」との声も、「相変わらず分かりにくい」との声もあろうかと、覚悟しております。ですが、条件の違う複数の移動手段を設定することで、地球上における空路・海路・陸路のような多様性を演出し、宇宙空間に地政学的構造体を出現させたかったのです。このことで、従来の宇宙SF作品とは一線を画する物語になっていると作者は信じているので、この描写や説明は、このシリーズが続く限り何度も登場します。
簡単にワープできるけど、スペースコームの中という限られた場所でしか使えない、スペースコームジャンプ。どこでも使えるけど、大規模な施設を作り出し、膨大なエネルギーを供給しなければならない、タキオントンネル。最も離れた距離を最も簡単に移動でき、銀河系全体の一体性を大きく増進したワームホールジャンプ。これらの関係性は、是非頭に置いておいてほしいです。
更に、スペースコームジャンプ、タキオントンネル、ワームホールジャンプの順に発見・発明され、銀河での歴史の展開や発展に寄与したことも、抑えておいて頂けると嬉しいです。
こんな風に1万年をかけて銀河での歩みを続け、エリスの時代の平和や繁栄にたどり着いたのだというのを背景に感じ取りつつ、次週以降の本編を読んでもらえるように、作者としては書いたつもりでいます。もしそれが成功しているなら、後書きでのかような説明は、いらないはずなのですが・・。