第八話
しばらくキャラとギルドの説明が続きます。
「い、いらっしゃいませ」
「いや、お店じゃないんだから」
「そうだけどさ・・・」
宣言通り、俺は朝食を再び弁当で済ませた後、片付けが終わったであろう頃合いを見計らってアルルの部屋を尋ねた。ドイツのディアンドルのような服を身に纏い、くるぶしの少し上くらいまで伸びたスカートの裾と、狼の耳を隠すかのように被った緑色のバンダナには彼女の所属する『アネルマ連』のギルド員が施されていた。
ガチガチに緊張したアルルに部屋の中へと通される。作りはラトネッカリや俺の使っている部屋と同じであったが、印象は大分違う。可愛らしい小物や植物の緑が映え、小洒落た雑貨屋か喫茶店のような内装だ。
「えと・・・お茶で良い?」
「うん。ありがとう」
これまたレトロ調な丸テーブルと椅子に座らされ、お茶が出てくるのを待った。女性の部屋をキョロキョロと眺めるのは憚られたが、やることがないのでどうしても目線があちこちに移ろいでしまう。
「あ、お茶請けがない」
「いいよ。そこまでしてもらわなくても」
「でも・・・」
「なんで、そんな余所余所しいと言うか、慌ててるの?」
俺は部屋を訪ねた時から感じていた疑問を直接ぶつけた。すると、
「そりゃそうなるでしょ!」
という、魂の叫びのような声が帰ってきた。驚いてちょっと泣きそう。
「男の子を自分の部屋に入れるなんて初めてだし、二人っきりだし、しかもウチの新しいギルドマスターだし。そもそも出会ってから三日しか経ってないから何話していいか分かんないし・・・」
「そ、それもそうか」
俺の素っ頓狂な返事が幸いにも功を制したのか、アルルはふうっと息を抜き、ついでに肩の荷を下ろしたかのようにうな垂れて自然な笑顔になった。
「なんかウチだけ緊張してバカみたい」
その純朴な姿に、少しだけドキッとしてしまったのは内緒だ。
俺は照れ隠しの意味も込めて、出された紅茶に手を出した。何の気なしに飲んだ紅茶だったが、今まで飲んだどの紅茶よりも鮮烈に香り立つそれに思わず唸ってしまう。
「あ、この紅茶、美味しい」
「よかった」
紅茶の品評でアルルは更に安堵した雰囲気に変わった。ようやくお互いの呼吸があって、まともに話をできる空気が整ったような気がした。
それはアルルも感じ取ったようで、向こうから一番の話題を振ってきたのだった。
「で、本題だけど。狼が原因のウィアードってどういうこと?」
折角アルルがそのように話題を切りだしてきてくれたのに、俺は前々から感じていた疑問を払拭するために、少しだけ話を変えてアルルに尋ねた。
「俺もその前に確認したいんだけど、アルルって人狼なんだよね」
「うん」
「人狼って狼になるときに、人っぽさが残るもんじゃないの? 完全な狼じゃなくてさ」
少なくとも学校にいた頃の人狼は皆、そういうタイプの変身をしていた。
込み入った事情でもあるのかと勝手に一人で盛り上がっていたが、教えられた真実は実に呆気ないモノだった。
「あ、それ? 半獣人っぽくなるのは男の人狼だよ。女の人狼はおっきい狼になるの」
「ああ、性別の違いなんだ」
「そう。なんでそうなるのかはよくわからないんだけどね」
ようやく長らくの疑問が解けた。確かに今思えば学校生活を送っていた頃にできた人狼の知り合いは全て男だった。
もやもやとしたモノが晴れた後、俺は話題を今度は自分から戻した。
「・・・俺が気になっているウィアードってのが『パック・オブ・ウルヴズ』って事件って呼ばれてるんだけど、聞いた事ある?」
「『パック・オブ・ウルヴズ』? いえ・・・初めて聞いたわ」
「正確にはまだ事件は起こしてないんだけどね。だから知名度もそんな高くない・・・けど」
「けど?」
「もし動きだして、それがオレの思っているウィアードだったら、人が死ぬ」
「っ」
脅かすつもりはなかったが、話の成り行き上仕方がない。それでもアルルの顔を不必要に青ざめさせてしまったことは申し訳なくなった。
けれども、やはりアルルも熟練のギルド員の一人であった。
すぐにきりっとした顔つきに変わり、瞳は使命感と責任感に燃えていた。狼の時と同じ銀にも見える白い髪が窓から入る日光に照らされては、キラキラとイルミネーションの様に光っている。
「詳しく聞かせて」
「ああ」
俺は噂から推察し得た、『千疋狼』という妖怪についてゆっくりと話し始める。
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