第六話
明日も更新します。
「あ、そうか。昨日から引っ越したんだった」
昨晩の雷獣退治の後、俺たちは徒歩で中立の家に戻ると、行きと同じようにこそこそとラトネッカリの部屋の隠し通路から中に入った。お互いに労いの言葉を交わして別れ部屋に戻ると、俺は疲れからシャワーすら浴びずに丸太のように寝入ってしまったのだ。
そんなものだから朝起きて、普段と違う様相の部屋に少し戸惑ってしまった。
時刻は7時。疲弊した上、深夜に寝入ってしまったというのに、結局はいつもと同じ時間に目を覚ましてしまった。習慣というのは恐ろしい。ま、十代という若い身体のせいもあるのかも知れないが。
部屋に備え付けのシャワーを浴びて汗を流す。
そろそろ朝食だろうと思って部屋を出ると、こちらに向かってくるヤーリンの姿が目に入った。
「ヲルカ」
「あ、ヤーリン。お早う」
「・・・お早う」
「? どうかした?」
どういう訳かヤーリンの様子がおかしい。
目に見えて沈んでいるというか、元気がない。けれども覇気がないわけではない。むしろ隠しているが内包されている気迫はいつもよりも満ち満ちている気がしてならない。早い話が、何故か怒っているような雰囲気だ。
「今呼びに行こうとしてたの。食堂にみんな集まってるから」
「・・・なんか怒ってない?」
「別に」
そのままぷいっと踵を返すとそそくさと食堂に向かって行ってしまった。いつもだったら一緒に行こうと、誘ってきそうなものなのに。
俺はヤーリンの後ろ姿をただただ呆然と眺めている。その時初めて、ヤーリンの下半身が見慣れた蛇のそれに戻っている事に気が付いたのだった。
◆
「お、きたきた」
俺が食堂に顔を出すと、まずラトネッカリの声が聞こえた。
ラトネッカリは飄々としているものの、一人だけ椅子に座らされ、周りを他の九人に取り囲まれている。さながら海賊に捕らわれた人質のようだった。
九人の関心は、俺が食堂に入ってきたところで全部がこっちを向いた。ヤーリンと同じく、表に出さないようにしてはいるが、全員が明らかに怒気を孕んでいる。何と言うか、浮気がばれた彼氏の心境だ。
いや、浮気がばれた事も、そもそも誰かと付き合った経験もないのだけれど。
逃げる訳にも行かず、俺は唯一味方になってくれそうなラトネッカリの元に歩み寄って、事情を尋ねてみた。
「何? どういう状況?」
「要約するとだね、ボクと少年が昨晩どこで何をしていたのかが気になる、ということらしい」
「あー。そういうことか・・・」
そこで全て納得した。
つまり昨日の事が全部ばれていて、それで皆さんはご立腹という事ですね…やばい、どうしよう?
「説明してくれる?」
「ラトネッカリはどこまで言ったのさ?」
「何も言っていないよ。ボクが説明したんじゃ拗れるかなと思ったからね」
「それでヲルカくん。昨晩はどちらに?」
あくまで平静を保ったままサーシャの声が食堂にこだました。心なしか声の温度が低いような気になった。下手な嘘は逆効果だし、そもそもウィアード退治は俺達の正式な仕事のはずだ。疚しいことはないと腹をくくって、ありのままを正直に話すことにした。
「ディキャンにウィアード退治に行ってた・・・」
「…ディキャン、というと『サンダーボルト』事件か」
「そう。それ」
「何故ラトネッカリ殿には声をかけて、自分達には待機の命令もなく、無断の外出を?」
ナグワーが、実に軍人らしい意見を述べてきた。サーシャとナグワーは特に詰問になれているせいか、本人たちにそのつもりがなくても泣きそうなくらいの迫力がある。いや、案外本気で尋問しているのかも知れない。
男の意地で何とか涙を堪える。
「調査だけのつもりだった・・・って言うのは違うな。一つ心配事があったから、さ」
「というと?」
「事件を概要だけしか知らなかったからさ・・・みんなは『サンダーボルト』事件はどこまで知ってる?」
「ヱデンキアの噂になるレベルの事でしたら」
天気に関係なく稲妻が鳴ったり、落雷が起こったりするなど。全員の認識は、確かにヱデンキアで噂される程度のモノであった。
俺は昨日のラトネッカリの受け売りをさも自分のモノのように仕立て上げてから吐露した。ラトネッカリが何も言わずに黙っていてくれたという事は、つまりはそういう事なのだろう。この前途多難なギルドをまとめるのに、丁度いい機会かもしれなかった。
「ホントは皆で行こうと思ってたんだけどさ…噂だけならひょっとすると『ランプラー組』の実験とかの可能性もあるだろ?」
「・・・まあ、言われてみれば」
「ラトネッカリなら同じギルドの動向について意見をくれるかと思って部屋を訪ねたんだ。そしたら確証はないって言うから、偵察しに行くって話になってさ…仮に全員で出向いて行って、もしも『ランプラー組』の仕業だったとしたら、現場に居合わせた時に少なくともサーシャとナグワーは止めに入るんじゃないかと思ってさ」
二人は少し視線を落として、それでもその場に居合わせたであろう自分を想像して答えてくれた。
「そうすると・・・思います」
「てことは、その二人を止めようとラトネッカリが『ランプラー組』の一員として動くことになる。もしも現場に他のギルドの構成員がいて危険に巻き込まれていたり、ギルドの建物とかを破損する恐れがあったりしたら、多分全員が何かしらの行動を起こすだろ? そうなったら対策室の二の舞になる。みんなはそこそこの地位や経験のあるギルド員だからうまく熟してるけど、今だって多少ピリピリしてる気がするしさ。」
「「・・・」」
全員が思い当たる節があるような表情を一瞬だけ浮かべると、そのまま押し黙って俺の話を遮ろうともしなくなった。このまま行けば、乗り切れるか・・・?
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