第三十七話
「お早う」
「あ、ヲルカ。おはよう」
「おはよう、ヲルカ君」
食堂の横にある調理場では溌剌とした様子のヤーリンとアルルが朝食の支度をしていた。こうして仲良く語らいながら調理をしている姿を見ると、肩の荷が軽くなったように感じる。
ギルド同士の溝は、個人のレベルにまで落とし込めば少しは浅くなるのかも知れない。
「二人とも調子はどう?」
「ウチは平気。昨日の夜、ゆっくり休ませてもらったから」
「私もすっかり良くなった」
「よかった」
俺はほっと胸をなで下ろした。
その言葉に嘘はないようで、テキパキと箱詰めの弁当と食堂で食べる用の料理とが盛りつけられ、運ばれていく。何となく二人の事が姉妹のように見えてしまうと、つい見惚れてしまった。
アレだ、二人ともやっぱり顔が整ってる。アルルに至っては服装のせいか、胸周りの主張度が高い。俺は邪念を打ち消す意味でも隣の部屋に逃げるように移動した。
テーブルの上には既にヤーリンがいくつかの料理を運んできていた。その内の一つの皿に、俺は目を奪われてしまった。
皿に盛られていたのは『ボンブル』……俺の大好物だ。とある木の実を乾燥させて砕いたもので、シリアルのように牛乳と砂糖をかけて甘くして食べたりする。俺はそれとは逆に水と塩で味を付けて食べるのが好きだった。それは幼馴染のヤーリンは心得てくれていたようで、水差しと塩の容器が用意されていた。
やがて粗方の配膳が終わった頃。
冷たい声と共に壁をすり抜けてくる影があった。
「皆さま、おはようございます」
ハヴァが突如現れた事ではなく、そもそもこの場に現れたことにヤーリンとアルルは少々驚いていた。自分の分として用意されていた分の料理を持つと、二人の反応はまるで意に介さないハヴァは椅子や机などの障害物をすり抜けて自分の席に腰かけた。
「今日からご一緒させて頂きます」
ハヴァのために用意されていた弁当はとても小さく、コーヒーを入れる様な丸みのあるマグカップのようだった。それを両手で可愛らしく持つと、まるで香を聞くようにしずかに香りを吸い込んでいた。
それから少しの間、朝食の時間を楽しんだ。俺がボンブルが好きだという話題に始まってそれぞれの好物の話になっていたはずなのに、気が付くとアルルのオススメの酒場の話にすり替わり、そして最後にはハヴァがイチオシしているアンティーク雑貨屋の話になっていた。
やがて食事が済むと、どこから取り出したのかハヴァが新聞と手紙が山となった袋を持ってきた。
「ヲルカ様。ハバッカス新聞と依頼書でございます」
「依頼書?」
「はい。ヲルカ様の事務所がこの中立の家に移転したことは既に周知されております。十のギルドから私共が派遣されたということもあり、宣伝効果がかなりございました」
「え、なんでみんな知ってるの?」
「…こちらをご覧ください」
ピクリと、ハヴァの顔が動いた。何かまずいこと言った?
俺は言われるがままに新聞に目を通した。そこには大きく、『中立の家にてウィアード専門のギルドが誕生』と一面に報じられていたのだ。ハヴァの言う通り、各ギルドから誰が派遣されているのかと、各人のプロフィールや経歴が簡単に記されている。そりゃ依頼書だって洪水のように押し寄せるというものだ…。
「いつの間に…」
「より効率的にウィアードの情報を集められるように『ハバッカス社』が全面協力のもと情報拡散すると、事務所でお見せした書簡に明記してあったはずですが…特に停止命令などがございませんでしたので」
…やばい。先日もそうだったけど、流し読みしただけだから結構見落としがあるかも知れない。あとで熟読しなければ。
それにこれだって考えによっては別に困るような事じゃない。タダで新聞に載せてもらったんだから。
問題はこちらに山となった依頼書の数々。アレだ、妖怪ポストにぎゅうぎゅうに詰め込まれた手紙のシーンを思い出す。ウィアードについての手紙をもらえるのは嬉しいのだが、厄介なこともある。
「けどこれだと信憑性が怪しいよね」
「ヲルカって一人でいる時はどうやってたの?」
手紙の山にうんざりしたような様子のヤーリンとアルルがそんな事を聞いてきた。
「基本的に話を聞いて思い当たるウィアードがいたら調査して、それ以外は三回同じ現象が起こるまで待ってたかな。勘違いって事も多かったし、なによりこっちは身一つだったしね」
「そっかー。ならまた一通ずつ確認していくの?」
「そうだね。でも今回はハヴァ達に調べてもらった別のデータもあるし…実を言うと一つだけ目星をつけてるウィアードもいるし」
「え、そうなの? なんのウィアード?」
その場にいた三人に少しだけ緊張が走ったのが分かった。特にヤーリンとアルルは昨日の千疋狼のことがあるから不意に身構えてしまうのも無理はない。けど、今回のウィアード退治はハヴァに確認した通り飛行能力があるかどうかが重要になってくる。
俺は今気になっている事件の名を告げた。
「ミグ通りの『グライダー』事件だよ」
比較的に名の通った事件だったせいか、その場の全員が何かしらピンと来たような表情になる。
「ああ、ミグ通りを歩いてると急に襲われるってやつだね」
「そうそう」
「じゃあまた分かれるの? それとも全員で?」
「いや今回も選抜してあるから」
俺がそう言うと、ヤーリンはドキリと目を見開いた。途端にしおらしく、不安げな様子になって尋ねてくる。
千疋狼の事件のあった翌日のことだ、色々と不安になっているのかも知れない。
「誰と一緒に…?」
「今度の相手が空を飛ぶタイプのウィアードだからさ、こっちも飛べる人を連れて行くつもり」
「飛べる人って言うと…」
ヤーリンが今のメンバーを順繰りに思い浮かべていると、すかさずハヴァが答えを教えてくれた。
「私共以外にですと、サーシャ様、タネモネ様、ナグワー様の四人が該当しています」
「なら、ウチらは今度は留守番か」
聞き分けよく、アルルはそう呟いた。今回ばかりは仕方がない。
「まだ調査したい事件は山ほどあるからちょっと整理を頼むよ」
「気をつけてね、ヲルカ」
「うん。行くとなったら、その前に会議やるから」
俺はアルルの出してくれた食後の紅茶をすする。早くの朗らかさが中立の家にくまなく広がってくれるといいのだけれど。
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