第三十六話
「ビックリするぐらい強いな」
「光栄であります、ヲセット殿」
「けど」
「けど?」
「何か堅くない? 喋り方とか」
俺の言葉が全く想定外のモノだったようで、キョトンとした表情になった。その顔は垢抜けて可愛らしく思えたのだが、すぐに引き締めて元通りになってしまう。
「申し訳ありません。団での規律が身に染みついておりましたので…自分はいわゆるところの女性らしさとはかけ離れております」
「いや、べつに女らしくない訳じゃなくてさ…この前も言ったけど、俺の方が年下でキャリアも何もかもしたな訳だし、ナグワーだって部下とには砕けた言い方するんでしょ?」
「そうでありますが…いくら垣根を取り払おうと、やはりここでの立場はギルドマスターとギルド員ですので…」
「ならせめて俺の呼び方くらいはさ。『ヲセット殿』は身体が痒くなる」
「…そう言われましても、一体何とお呼びすれば」
「ヲルカでいいよ」
ナグワーは困ったように狼狽えて、眉間に皺を寄せた。尤も眉間の部分は兜で隠れているのだけれど。数秒の葛藤の末、折り合いをつけたのかもじもじとしながら俺を見て言った。
「……ヲルカ」
「そうそう」
「殿」
お笑い芸人のようなズッコケが自然と出てきてしまった。ナグワー本人は至って真剣なのが余計に質が悪いけど。
「違う、ヲルカ」
「ヲルカ…様」
「様もいらない」
「ヲルカ…隊長」
「隊長!?」
まさかの呼称に目を見開いて驚いた。そして、俺のその反応を見てナグワーもビクリと身体を跳ねさせた。失言だと思ったようで、彼女は慌てて謝罪の弁を述べてくる。
けれども、俺の心の中にはちょっとした高揚感が芽生えていた。堪らず俺は立ち上がり、物思いに耽る。
「も、申し訳ありません。つい」
「いや、いいなソレ」
「え?」
「男はやっぱり一生に一度くらいは隊長って呼ばれたいじゃんか」
「それは自分には分かりませんが…」
「少なくともヲルカ様とか言われるよりよっぽどいいよ。うん、隊長で」
「り、了解であります。隊長」
多分だけれど、ナグワーにそう語りかける俺の瞳はキラキラとしていたと思う。どう切り返していいか分からない彼女はしどろもどろになっていた。
けれども口慣れた言い方なのは見て取れて、ナグワーの堅苦しさは多少は和らいだ印象を持った。
気を取り直し、俺はもう一度ナグワーの横に腰かけた。
ナグワーの鍛練場での雰囲気や戦闘モードに入った気迫を知ってしまうと、今の彼女は別人にすら思える。本人は女らしくないとは言ってはいるが、平常時のナグワーを包むオーラはとても穏やかだ。どうしても立場が隔たりになってしまっているようだけれど、この堅さも彼女の魅力の一つなのだろう。
「ね、もしよかったらこのまま『ナゴルデム団』のことを聞かせてもらってもいい?」
「勿論であります。何からお話すればよろしいのでありますか?」
「これまでだと、俺がそのギルドに対して持っているイメージを話してみて、ズレを直すみたいなことをしてたんだけどさ。みんな誤解が多いって言うからさ」
「なるほど。では隊長は自分たち『ナゴルデム団』にどのような印象をお持ちですか?」
思った通りの質問が飛んできて嬉しくなった。
そしてその嬉しさの勢いのまま、俺は歯に衣着せず普段から抱いている『ナゴルデム団』の印象を吐き出してしまった。
「乱暴、横暴、強暴なのを正義と言い切って好き勝手やる喧嘩好き」
「…確かにかなりの誤解があるようです」
ナグワーは立ち上がると俺の前に立った。コホンッと一つの咳払いをしてから教員よろしく『ナゴルデム団』について語り始めた…だが、初めてまじまじとナグワーの人型の姿を目の当たりにしたせいで、鎧のせいで気が付かなかったボディラインや、意外に胸が大きいなどと余計な所に目が行ってしまっていた。
俺がそんな邪な念に捕らわれている事など露ほども感じていなかったナグワーからは、ピリッとした気迫のようなものが感じられた。
「仰る通り一般市民からすれば暴力的に見える側面があるとは認めますが、それも治安維持兼警察組織としての機能を保つためであります。ヱデンキアは広く、犯罪やギルド同士の対立、事故、災害などが起きない日は一日たりとも存在しておりません。どのような事態にも対応できるように訓練を積むうちに精神面も鍛えられ、勝気になる者が多いのは事実であります…元々荒くれ事が好きな連中が集いやすいという側面もありますが…」
「だよね。俺の同級生で『ナゴルデム団』に志望してた奴らもそんなだった」
ふと、学生時代の思い出がよみがえる。よく言えば熱血漢、悪く言えば荒くれ者が多かった記憶しかないが、それは伏せておくことにした。
「そうでしょう。自分たちのギルドの門を叩くのは、大なり小なり腕っぷしに自信のある者です。しかし、人災天災に関わらず市民を守るためには最低限の力は必要不可欠ですし、自分たちの行動原理の根本は正義感からくるものであります。事実、治安維持活動や災害派遣にてヱデンキアに大きく貢献しております」
彼女の弁には次第に熱が入り、語り終わる頃には頬は少々紅潮していた。それには自分自身でも気が付いた様子で、小さな咳払いをすると迫ってきていた身体を立て直して照れ隠しのように呟く。
そんなちょっとした仕草が、堅苦しいオーラとのギャップのせいで可愛らしく見えたりもした。
「すみません。熱くなりすぎました」
「そんなことないよ。俺だって『ナゴルデム団』に憧れていた時期もあるし」
「それは本当でありますか?」
「やっぱりヱデンキアの男だったら一度くらいは思うもんじゃないかな。子供心には一番カッコイイと思ってたギルドだしね」
それは嘘じゃない。日本人の少年が、警察官や消防士に憧れを抱くような感覚と一緒だ。身体を張って誰かを助けているような人たちをかっこいいと思うのは自然な流れだろう。
すると、ナグワーは今日一番の輝きをその両目に宿して手を差し伸べてきた。
「是非、その情熱が再び湧き出しましたら自分に一報をください。歓迎いたします」
「うん。ありがとう」
俺達二人は、まるで熱血スポーツ漫画のワンシーンのように固い握手を交わした。それから数分程度、他愛もない話をすると、ナグワーは引き続き訓練をするということだったのでその場で別れることになった。
当然のように訓練に誘われたが、彼女がこなすようなレベルの運動量を受け止められる自信がなかったのでうまい事を言って本館に戻ることにした。
けれども、確かに個人的な強さを鍛えておいて損をするシチュエーションは存在しないだろう。俺自身も昨日の千疋狼との苦戦を受けて、基礎的な戦闘能力の底上げをしておきたいと思っているところだ。
他にもナグワーとやったような模擬戦を全員とやってみたり、いい加減に俺の持っているウィアードに対する知識を共有したりと、チームの強化も図りたい。が…その前にやるべきは、やはり全員が抱いている異なるギルドに対しての確執をどうにかすることだろう。
ただ、これは非常にデリケートで繊細な問題だ。うっかり藪蛇のような状況にする訳にはいかない。
ぽっと思い付いてのご飯をみんなで食べよう作戦が一体どれほどの効き目があるのだろうか…。
そんな事を考えながら本館へと辿り着くと、何とも食欲をそそるいい香りが廊下に満ち満ちていたのだった。
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