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第三十五話


 明朝。


 俺は中立の家の敷地内にある鍛練場へと向かった。改めて思うけど広い家だ。元々は十のギルドから大勢が派遣されてくることが前提の建物だから仕方がない。十一人程度で暮らす方がおかしいのだ。


鍛練場は半分は屋内、半分は屋外のような造りになっていた。今日は朝靄が立ち込める天気だったので、そこに行くまでの渡り廊下も少し先は白い闇に飲まれた様だった。


 ナグワーと話がしたかったので当たりを付けて鍛練場に来たものの、些か早かったかもしれない。まるで人の気配が感じられなかった。仕方がないので確実に通り道になるであろう場所で立ち止まって待つことにした。この時間に話ができれば一番ベストなんだけど…。


 昨日は遅く寝た上に朝が早かったものだから、気を抜くと欠伸と眠気がタッグを組んで襲ってきた。


くあっとマヌケな息を漏らしながら伸びをする。思いっきり気を抜いていたので、俺は誰かが近づいてきている気配に気が付けなかった。


 そして次の瞬間、俺は壁に身体ごと叩きつけられていた。


「誰だ!?」


 ナグワーの声で一喝される。


…何が起きたんだ……?


 背後から首を押さえ付けられ、そして金的を的確に握られている。下手に動くと大惨事になる事だけは反射的に脳みそが理解していた。壁に押し当てられながらも何とか首だけを動かす。それが抵抗だと判断されたみたいで、ナグワーの手に余計に力が入った。


「何者だ? ここで何をし…っ失礼しましたっ!」


 パッとナグワーは飛び退いた。首の拘束が解かれたよりも、股間の圧力が消えた事の方がよっぽどの安心感があった。くるりと身を翻すと俺は自分のモノが無事なのかどうか確かめた。


 それからはお互いに混乱して、見つめ合ったまま動けなくなってしまった。


「も、申し訳ありません。不審者かと思いまして…それに急所を押えるのは拘束術の基礎でして」

「いや、それはいいんだけど」


 そうか、理由はどうあれ女の人に…いや、よそう。変に意識しそうだ。


 ナグワーは俺と同じくらいバツが悪そうにして、何とか話題を変えようとしていた。


「その・・・なぜ、こちらに…?」

「ナグワーがここで朝の訓練をしてるって聞いたから、どんなことしてるのか気になってさ。『ナゴルデム団』のことも聞きたかったし」

「そうでしたか。自分が答えられる事であれば何なりとお尋ねください」


 背筋を伸ばし、胸を張り如何にも軍人のような口調で答えた。身に着けた『ナゴルデム団』の象徴とも言える赤と白が基調となったアーマーと同じく、本人の性格も堅そうだった。


「そう思ってきたんだけど…ナグワーの事をよく知らないからさ、ナグワーのことを教えてくれない?」

「自分の事でありますか…了解であります。しかし、すみません。団での生活が長いせいで世俗的な事には疎く、任務以外で男性と話すこともほとんどないので、ヲセット殿を楽しませるようなことが話せるかどうか…」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃないんだ」


 ナグワーは目に見えて狼狽して、困ったような顔つきになった。さっきまでの機敏な対応が嘘のようだ。こと身体を使うことは得意だが、それ以外の事は不得手なのだろう。そして得意が勝っている分、不得手な事は余計に苦手に見えるタイプだ。


 なら、打ち解けやすくするためにもいっそのこと最初は相手の土俵に上がってしまった方が手っ取り早いかもしれない。


「なら一対一で戦わない?」

「え?」

「模擬戦ってヤツ? 元々自主訓練のつもりで出てきたんだったら」

「自分は構いませんが…」

「じゃあそうしよう。色々なウィアードを見てきたけど、戦いにならない方がマレだし。ナグワーの実力も知りたいしね」


ウィアード退治に戦闘が付き物なのは紛れもない事実だ。この世界の魔法はどういう理屈か妖怪相手には通用しない。物理に訴えた方がまだ効き目があるくらいだ。そして直接的な戦闘だったらきっとナグワーが今のメンバーの中では頭一つ抜けてると思う。なんたって軍人だし。彼女の存在は絶対に必要になってくる機会があるはずだ。


「分かりました。自分もその意見には賛成であります」


 ナグワーは溌剌した顔と声で答えてくれた。やっぱり小手先じゃなくて身体を動かしてコミュニケーションを取る方が好きなんだろう。


 鍛練場は土の匂いがこもり、少し肌寒く感じた。


 俺は軽く準備体操をして体をほぐし、ナグワーは訓練用の木剣を持ち簡単な素振りをしていた。


 やがて準備が整った俺達は少し距離を置き戦闘態勢に入った。


「俺はウィアードを使っていくから、そのつもりで」


 予め断るとナグワーは力強く頷いた。


「むしろそうしてください。自分も何であれウィアードに対する経験を積んでおきたいです」


 一発、気合いを発生すると右手に魔力を込めた。それは蟹坊主の腕になりナグワーを左右から挟み込むように襲う。


 完全に逃げ場を封じて捉えられたと確信した。しかし、俺の思惑は完全に当てが外れたのである。ハサミの先にちょこんとした衝撃を感じたかと思うと、次の瞬間には木剣が首に据えられていた。


 木の冷たさを感じたところで、ようやく俺はナグワーに踏み込まれて剣を当てられているのだと気が付くことができたのだ。


 冷や汗が背中を伝った。貸与術を解くと、後ずさりしてもう一本の勝負を頼む。


「も、もう一本」

「了解であります」


 実力差を推し量れぬうちに接近戦を持ち込んだのが今の敗因だ。日頃から戦闘訓練を行っている『ナゴルデム団』のギルド員が相手となれば尚更の事。


 俺は開始の合図と同時に大きく退いて距離を取った。今度は左腕を鎌鼬に貸与する。鉤付きロープとなった腕は蛇のようなしなりを見せて一気にナグワーを襲う。ただの投擲とは違い俺の身体の一部なのである程度は自分の意思で動かすことができる。ナグワーにとってはそれが誤算だったようで、予期せぬ動きに一瞬の戸惑いを見せた。付け入らない理由はない。


 ナグワーは右腕がからめとられる瞬間、木剣を左手に持ち替えた。けれども、木剣で切れるような柔い材質ではない。俺は巻き付けた左腕を思いきり引っ張り叩きつける策に打って出た。


 しかし、今度は俺にとって予想外の事態が起こる。


 俺の投げ飛ばす動作にピッタリと合わせて、ナグワーが軽やかに跳躍したのだ。


 想定した手応えや抵抗感がなかったので俺はバランスを崩す。力んでいた分、より顕著だった。ナグワーは陸上の三段跳びの要領で瞬く間に間合いを詰めた。鋭い一声ともに剣を振り下ろし、また寸止めにて止めを刺された。


「ぐぅ」


 地面に倒れたものだから蛙がつぶれたような、そんな声で呻いてしまう。


 勝てはしないだろうとは思っていたが、こうも立て続けにあっさり制されると流石にくやしい…。俺は泣きのもう一戦を申し込む。


 再び立ち合いから始める。


もう出し惜しみはしない。魔法も貸与術も全力で使ってやる。


 開始の合図と同時にまたしても距離を取る。ナグワーの接近を許してはいけないのは前提条件だ。アレだ、敵いっこない。


 実力差を嫌というほどに見せつけられた後だったから恥や外分などはまるで気にせず、千疋狼を繰り出した。個の性能で劣るなら数で勝負してやる。両腕から無数の狼がナグワーを襲う。


四方八方に群がる狼が彼女の逃げ道を封じる。タイミングを見計らい、今度は右足に魔力を込める。それをサッカーボールを蹴る要領で踏み込むと、貸与した金槌坊を発射した。ラトネッカリと雷獣を討伐した時に見せた技だが、ナグワーにとっては初見だ。反応できないはず。


 しかし。


 またしても俺の目論見は外れてしまった。


 狼たちが唯一塞ぐことのできなかった、上方に飛び上がったナグワーは一瞬のうちに黒龍の姿に変わった。黒龍は外観からは想像できないような真っ赤に滾る口内をさらけ出すように大口を開け、俺に飛び掛かってきた。


 その風圧と威圧とに押されて俺は大きくのけ反った。するとまたしても人型に変身したナグワーが俺に馬乗りになって拳を眼前で寸止めした。篭手の冷たい感触が抑えられた腕を通して伝わってきた。


「…駄目だ。参った」


 ・・・強え。ここまですごいのは計算外だよ。


 ナグワーは顔色どころか、息づかいすら変えずに俺を助け起こしてくれた。差し伸べられた手を、俺は素直に握り返す。


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