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第三十四話


 ◇


「ヲルカ様。お待たせ致しました」


 案の定、ハヴァは報告を兼ねて俺の部屋に現れた。ノックもなく、ドアを開けた様な気配も一切ないので、いきなり声をかけられるとビクッと反応してしまった。


 サーシャ達にまとめてもらっていた読みかけの資料を机に置くと、俺は声のした方へと向き直ると、もう一度驚いてしまった。


「あれ? 着替えたの?」

「はい。無用かとは思いましたが、私共の正装です」


 つい、まじまじと彼女の恰好を見てしまった。


 似合っているけど……黒い。いや黒いからこそ似合ってるのか…?


 余計な装飾や模様が全くない黒いドレスは、ハヴァの腕も足も覆い隠している。手には手袋、足はタイツを履いており、その上更に黒のヴェールを被っているので彼女の肌はどこも空気に触れていなかった。


 印象的だったのは靴を履いていない点だったが、地面に足を付けることがないのだから元々必要ではないのだろう。


「えっと…どこで話をしようか?」

「ご迷惑でなければ、こちらのお部屋で結構です」

「あ、そう」

「ご不満がおありでしたか?」

「いや、基本的にみんな自分の部屋に来てって言ってたからさ…あれ? そう言えばハヴァの部屋ってどこにあるの?」

「私共はどこにもおりませんが、どこにでもおります」


 出た、ハヴァの代名詞。


部屋の場所を隠しているのかも知れないし、本当にどこにもないのかも知れないと思った。


「…もうその一言だけで『ハバッカス社』の事が分かった気がする」

「それは最大級の賛辞でございます」


 ハヴァは丁寧にお辞儀をしてきた。そして顔を上げると、無表情ながら、それでいて満足そうな雰囲気を醸し出して、


「今後ともご入用の際はどこででも声をおかけくださいませ」


 と言って、踵を返してしまった。


 俺は慌てて出て行こうとしている彼女を呼び止める。


「え? 終わり?」

「はい。以上でございます。」

「だって何も聞いてないし」


 俺の持ってるイメージとか、聞いたりしないの?


 するとハヴァはくるりと向き直り言った。


「ヲルカ様は今しがた『ハバッカス社』の事が分かった気がすると仰いました。それで十分でございます。もし私共のギルドに何かしらの風聞をお聞き及んでいたとしても、どう解釈なされるかはヲルカ様のご判断にお任せいたします。『情報』とはそういうモノでございますので」

「いや、けど…」


 俺は食い下がった。何か申し訳ないような気になったからだ。ひょっとして、こうやって俺に気を持たせる作戦だったりするのかな? そうだとしたら見事にはまってしまっている訳だけれど。


 しかし、ハヴァはそんな様子はまるで見せずに、冷たい声で続けた。


「強いて申し上げるのであれば『ハバッカス社』の本質は《謎》にございます。ギルド員の私共でさえ、『ハバッカス社』の全容は分かりません。それこそが『ハバッカス社』なのだとご理解いただければ幸いです」

「…わかった」


 本当か? わかったなんて返事しちゃったけど。


 けどハヴァ自身がこう言っている以上、あまり引き留めるのは返って申し訳ない。


「ありがとうございます。それでは失礼いたします」

「うん。そう言えばさっき伝言をお願いした時、ナグワーはどうだった? すんなり終わったから次に話を聞こうと思ってたんだけど」

「ナグワー様とお会いになる場合は、今夜よりも明朝の方がよろしいかと。彼女は『ナゴルデム団』の所属です。朝の訓練は欠かさずに行うはずです」

「そっか。ありがとう」


 思えばもう夜更けと言って差し支えない時刻になっている。明日の朝に会えるのならそれで十分だ。今更ながら女の人の部屋を夜に尋ねるのは気が引けるしね。


 これで残すところは『ナゴルデム団』と『サモン議会』と『ヤウェンチカ大学校』の三つに絞られた。この調子ならば明日の内に全員から話を聞くことができるだろう。ウィアードにも対応する準備もしなければならないし、皆がまとめてくれた報告書と俺の調査記録の照合作業もこなさなくては。


 そんな雑務の事を考えると、途端に眠気の虫が騒ぎ始めた。回復しているとはいえ、限界は迎えてしまったようだ。いや、むしろ回復というよりも千疋狼を取り込んだことでハイになっていただけかも知れない。


 欠伸を噛み殺そうと顎に力を入れると、出て行きかけたハヴァが最後にこんな事を言ってきた。


「それから、明日からの事なのですが?」

「え?」

「私共もお食事の席を同じくしたいと思います」

「ホント? 待ってるよ」

「ありがとうございます」


 その時、俺は三度目の驚きを得た。


 黒いヴェールの下にあるハヴァの顔は確かに笑顔だったからだ。俺は慌てて立ち上がって再びまじまじと彼女に視線を送った。しかし、ハヴァはいつの間にか消え失せてしまっていた。


 ヴェールの下にあった少女の笑みは心に棘を残す様な儚く憂いを帯びており、石が水に沈むようにこちらを引き込む魅力を孕んでいた。


 何故か胸が高鳴り、すっかり目が覚めてしまった俺は眠くなるまでの間に事務的な作業を終わらせることにした。


読んで頂きありがとうございます


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