第三十三話
おやすみ、と挨拶をしてからタネモネの部屋を出た俺は自室に向かって歩き出した。その途中でギルドの話を聞く順番を記したメモをもう一度見てみる。『タールポーネ局』の下には『ハバッカス社』と書かれていた。つまり、次に話を聞くのはハヴァということになる。
彼女の名前を思い出すと、いつも思う事が一つある。
どこにでもいるし、どこにもいない。
ハヴァのよく言う言葉だが、その意味はよく分かっていない。ただ言えるのは呼べばすぐに姿を見せてくれるという事だけ。こんな時間の、ぽっと思い付いただけでも来てくれるのだろうか。試さない理由もないので、空に向かって呼びかけてみる。
「ハヴァ、いる?」
「お呼びでしょうか?」
そんな声が背後から聞こえた。改めて思うけど忍者みたいだ。
これも普通の人間の反応なら、驚いたり不気味に思ったりもするのだろうか。特にハヴァっていわゆるところの幽霊だし。
「全員に今日は休んでって伝えてくれるかな。特に『パック・オブ・ウルブズ』退治にきてくれたヤーリン達にはゆっくり休んでって」
「承知いたしました。他に言伝はございますか?」
「そうだな…ハヴァって飛べるよね?」
「え?」
まるで想定していなかった質問だったようで、珍しく面食らったような表情を見せてくれた。とは言っても、普段の彼女の顔を知っているからこそ気が付けた微妙な変化だけども。
一瞬の間をおいてハヴァはつらつらと俺の質問に対する答えを教えてくれた。
「飛行能力ということでしたら、ございます。尤も正確に言えば浮遊に近いのですが」
「ウチのメンバーの中で他に飛べるのは?」
「このギルド内ですと、私共のほかにはサーシャ様、ナグワー様、タネモネ様の三名が確実な飛行能力を有しております。その他のギルド員に関しては物理、魔法の両点から飛行は不可能かと」
「そっか、ありがとう…」
目新しい情報はなく。俺が知っている通りだった。
次に対応を試みようとしているウィアードは空を飛ぶ妖怪だ。十中八九が空中での戦闘を強いられるだろう。俺自身が空中を飛べないとなると、少なくとも自分は飛べるようなメンバーを募った方が心強い。
四人という事は今回の出動と同じ人数だし、指揮教導の心得がないうちはあまり大人数で動きたくもないしで理想的といえる。
「その飛べるメンバーにだけ、内緒で伝えてくれるかな。明日に力を貸してもらうかもって。ハヴァも含めてね」
「承知しました。伝言に向かいます」
「あ、それとさ」
「なんでしょうか?」
真っすぐで生気のない瞳でじっとこちらを見据えてくる。
「それが終わったら、『ハバッカス社』のことを聞かせてもらってもいい?」
「勿論でございます。心待ちにしておりました」
「じゃあよろしく」
「畏まりました」
そう返事をしたハヴァはほのかに青鈍色に光ったかと思うと、徐々に風景に溶けるように消えていった。
レイスとはつまりは幽霊だ。という事は、彼女は一度何かの理由で死んでいるという事になる。何で亡くなったのか、どうしてレイスになってまで『ハバッカス社』に従事しているのか、気になることは幾つかあったが、流石にそれを聞くのは憚られる。
…。
あれ? そう言えばどこで話をするのか決めていなかった。まあ、ハヴァの事だからきっと俺がどこにいても関係ないだろうけど。
そう思った俺は廊下で立ち尽くしている理由もないので、もう一度自室に向かって歩き出した。
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