第三十二話
その斜に構えて、目に入るもの全部を軽蔑しているような目をしているのは、まさか…
「タ、タックス!?」
「弟を知っているのか?」
「同級生だった…一応」
一応、という部分に無意識に力が入ってしまう。それはタネモネにも伝わったのか、如何にも悩む風に眉間に指を添えた。
「…そうか。その反応を見るに彼奴の瘋癲さに巻き込まれたのだろう。許してやってくれ」
いくらタックスの事が苦手とは言っても、流石に身内の前であの態度はなかっただろうか。しかしタネモネの反応を見るに、彼女にも何か思う事があるようだ。要するにこれ以上深入りするのはお互いの為ではないという事だろう。
「気を取り直して、『タールポーネ局』について話をしようか」
「…そうしよう」
タネモネは気分を変えるつもりでグラスに注がれていた血をぐいっと呷った。そして「さて」と前置きを置いて喋りはじめた。
「貴殿は『タールポーネ局』についての噂は知っているか」
「噂?」
「うむ。強欲、成金、守銭奴、吝嗇、拝金主義、金の亡者などと色々呼ばれている」
「あ~」
てっきり『タールポーネ局』に対してどんなイメージを持っているのかを聞かれる流れだと思っていたのに、先んじて全部言われてしまった。こうなるとあまり遠慮や配慮をしないでもいいかもしれない。
「まあ、正直言っちゃうとそう思ってる、かな?」
「残念だ。しかしそう思われてしまうのも無理はない。それほど金銭の持つ魔力は凄まじいのだから。だが具体的に我らのギルドについて知っている訳ではないのだろう?」
「まあね。だからこそ、こうして教えてもらいたいと思った訳だし」
「『タールポーネ局』はヱデンキアにおいて、こと金銭の一切を取り仕切ることを任されている。造幣、徴税、金融、株価管理、銀行業など枝葉こそ分かれているが、根本は同じだ」
「そこまでは知ってる」
どの学校でも授業でやる内容だろう。
当然、それはタネモネも織り込み済みだったようで、ふふふと含み笑いをしてから続けた。
「ふふ。ならば世界の金銭を管理する上で最も重要なこととは何か分かるか?」
「え、なんだろう。信用、とか?」
「ほう」
意外、というか感心したような顔つきになる。美麗な顔は崩れても魅力的なのだと気が付いた。
「中らずと雖も遠からず、いや場合によっては正解かも知れんが、我の用意していた答えではないな」
「答えは?」
「価値を維持する。これこそが最も留意しなければならぬことだ」
「価値の維持…?」
うむ、とタネモネは小さく頷いた。
「金の重み、金の魔力、金の危うさ、その全てを理解し調整をし続けなければならない。『タールポーネ局』に属する者どもはそれが骨身に染みている。貨幣価値が流動する世界に平和などは絶対に訪れない。だから我らは金絡みの事柄については一切容赦しない。それが傍から見れば守銭奴と思われているようだがな…中には『取り立て』という言葉を聞いただけで失神するような輩もいる」
「そりゃ『タールポーネ局の取り立て』って聞いたら俺だって震えるよ…」
差し押さえや利子と称して彼らはあまねく物に価値を見出して取り立てる。家財や有形物はもちろんのこと、場合によっては肉体の一部も返済に充てられる。髪、爪、血液などはまだましな方だ、そのうち元に戻るし。酷い場合は、指、耳、足、内臓、命そのものを取り立てられ、死後その霊魂ですら『タールポーネ局』に繋ぎ留められ生前の債務を全うする。
こけおどしの都市伝説かと思っていたが、事務所を設立して曲がりなりにも経営者になった時、決してそれは嘘ではない事が肌で分かった。
しかし『タールポーネ局』が行う寄付、寄進によって成立するような福祉施設もまた数が多い。金銭の持つ安怖の二面性を持っているギルドなのだ。
「おや、そういうからには我らに借りがあるのかな?」
「まあね。一応は事務所やってたから融資とかは0じゃない」
「心配せずとも、貴公にはウィアードに対する知識がある。破産しても、それを『タールポーネ局』の為に使うと言えば無慈悲な取り立ては行うまい」
「ははは」
冗談だろうが本気だろうが、俺は乾いた笑いでしか応酬できない。金の絡んだ『タールポーネ局』は『ワドルドーベ家』よりも恐ろしい。ちょっと想像しただけで、背筋がぶるっと震えてしまった。
そんな俺の様子に気付いていないタネモネは何かを思い出したように立ち上がり、真後ろにあった棚の引き出しを開けた。きらりと光るそれはペンダントのようだった。
「これを」
「えっと、これは?」
「先ほど貴殿より血を頂いた。その対価だ」
「いや、でも」
「どうか受け取ってもらいたい」
そうは言っても見るからに高そうなんですが。
俺が返事に困り曖昧な態度をしていると、タネモネは慣れた手つきでペンダントを俺の首にかけてしまった。ここまでされてしまうと、わざわざ外して突き返すのは忍びない…。
「釣り合わないと思うんだけど…なんならもうちょっと飲む? なんて…」
「確かに、もう少し味わいたい」
「え?」
冗談のつもりで言ったのだが、タネモネの牙は既に俺の指先にぷすりと刺さっていた。異物感はあるが、不思議と痛みはない。気を利かせて何かの魔法を施しているのか、それとも吸血鬼が備える特性なのかは分からなかった。
数秒の後に口は離れたが、つうっと口元から垂れた血を指抑えながら舐めとったタネモネの仕草が妙に艶めかしくて俺は理性が止める前に思ったことを口走っていた。
「綺麗…」
「な!?」
タネモネは慌てて唇を手で覆った。
素で照れている。俺はそう思った。
手で覆われていない頬から上の顔色が少し紅潮していたからだ。
「…血を吸ったあとにそんな事を言われたのは初めてだ」
ボソッとくぐもった声でそう言った。
途端に俺も気恥ずかしくなってしまい、取り繕うように今貰ったペンダントをこれ見よがしに見せつけて誤魔化す。
「どう?」
「ああ、よく似合う」
「けどなんか罰が悪いから服の下に入れておくね」
「既に差し上げた物だ、好きにすればいい」
「そう言えばさ、ここにいる間の吸血ってどうするの?」
「心配せずともある程度は持ってきている」
「あ、はい」
そう言ってワインセラーと思しき部屋の戸を開けて中を見せてくれた。言う通り、ある程度の期間は平気なくらいのワインボトルが所狭しと並んでいる。けど、これ全てが血液だと思ってしまうと、流石に少し気味悪かった。
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