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第三十一話


 ◇


「うわぁ…」


 タネモネに連れられて彼女の部屋に入った俺は、思わずそんな息を漏らしてしまった。

 

 部屋の中は漆黒を基調とした造りとなっており、そこには見るからに高そうな調度品や装飾品がこれでもかと自己主張してくる。うっかり傷の一つでもつけようものなら、よく分からない地下施設に連れてかれて借金の形に不法労働させられそう。


 タネモネは俺をこれまた高級そうなソファに座らせると、対面に椅子を用意して腰かけた。傍らのテーブルには如何にも貴重そうなワインボトルを用意した。


 話を始める前にさっきのお礼だけはキチンとしておこう。


「さっきはありがとう。色々思う事はあるだろうけど…」

「貴殿に仲裁された上で何か遺恨を残そうとは思っておらぬさ」


 そう言ってタネモネはグラスにワインを注ぐ。その時、俺はそれがワインではなく血液だと理解した。血の匂いって分かるモノなんだなぁ。


 吸血鬼がワイングラスに血を注いで飲む。それだけのことだが、何故か見入ってしまうほどの魅力があった。


「如何した?」

「吸血鬼っぽいなあ、ってね」

「お嫌いかな? 確かに我の同胞の中には人間を襲う者もいるからな」

「いやどちらかというと吸血鬼は好きな部類だよ」

「え?」

「何ていうか、かっこいいからね。個人的に嫌いな奴はいるんだけど…」

「そ、そうか」

「うん。吸血鬼用の献血にも行った事あるし」


 俺は基本的には日本の伝承や妖怪が好きだけれど、西洋の怪物譚や魔法使いの伝説のようなものだって他人よりは見聞きしていた。それに特にファンタジーが好きでない奴でも吸血鬼という存在には、何となく魅力を感じることだろう。吸血鬼を取り上げた二次創作など数えきれないほど出ていたのが何よりの証だ。


 それにヱデンキアの吸血鬼はかなり理知的だ。タネモネのいうような無理矢理に誰かを襲って血を吸う奴など少数だし、犯罪者っていうのはどこのコミュニティにもいる。


 俺が吸血鬼に抵抗感を抱いていない事を知ると、何故かタネモネはもじもじというか、何か言いにくそうな態度を取った。


「吸血鬼をよく思ってくれるのなら、一つ頼みがあるのだが…」

「頼み?」

「うむ。先ほどから気になって仕方がないのだ」


 タネモネは立ち上がり、つかつかと俺に歩み寄ってくる。目測で175㎝はあるだろうという身長に加え、ヒールを履いていることで余計に高く見える。そんな彼女が俺の前に跪き、金色の髪をなびかせる。


 さっきは慄いた紅い眼も潤んでおり、正に宝石のようだ。蠱惑的とはこういう事を言うのだろう。


 そんな美女に跪かせて自分だけはソファに座っていると、何とも嗜虐的な気分にさせられた。


「…貴公のその首筋の傷が」

「え?」


 傷、と言われて俺は初めて首の痛みを自覚した。多分さっきのいざこざでどこかに引っ搔けでもしたのだろう。流血というよりも滲んでいる程度の傷だ。


 するとタネモネは有無を言わさず、俺の首の傷を舐めた。しかも俺の両腕を何故かホールドして。


 首筋には生暖かい感触が走り、耳元には濡れる様な水音が届く。


 これは…まずいですよ。


 そして数間あけた後、ふうっという息づかいと共に全ての感触が俺から離れていった。


「失礼した」

「いや…」

「稀有な味だ。やはり一傑であるな」

「そんなもんかな? 鉄の味しかしないからよくわかんないけど」


 タネモネは過度な装飾がされた水差しを使って水を注ぐと、博物館においてあるような杯を俺に差し出してきた。


「では本題へと移るとしようか」

「そうだね。けど『タールポーネ局』について聞く前に、タネモネの事を少し聞きたいな」

「我の?」

「うん。嫌じゃなければ」

「何を言うか、願ってもない。何を尋ねたいのだろうか?」

「この前の鎌鼬を追いかける時にも見せてもらってたけど、タネモネって特技が多そうだからどんなことができるのかなってさ」


 これまでギルドの事を聞きだすことに意識を持って行きすぎていた。『千疋狼』の時の反省を活かすためにギルドの事は元より、一体どんな人物が選抜されているのかを見定めなければ。というか、むしろ普通はそっちが優先だろうに…。


「そうだな…一般的な吸血鬼にできることなら大抵はこなせると自負してはいるが」

「例えば?」

「身体の一部や全身を蝙蝠に変化させる程度の事は訳なくできる。他には煙になったり、空を飛んだり、壁を歩いたり…このあたりは魔法が使えれば別に吸血鬼でなくともできるだろうがな」

「素朴な疑問なんだけど血を吸うのって食事の為なの?」

「いや、確かに栄養を摂取する意味もあるが魔力の為でもある」

「?」


 魔力の為? どういう事だ?


「我ら吸血鬼は自分で魔力を生成できない。だから他者から吸血という形で摂取する必要があるのだ」

「知らなかった…あれ? けどそんな弱点を教えちゃっていいの?」

「構わないだろう。一般常識かと聞かれれば分からぬが、広く知られている話だ」

「そっか」


 そのタイミングでタネモネは足を組み替えた。短いスカートを履いている訳ではないのだが、スリットが入っているのでどの道目のやり場には困った。


「ちなみにはっきりさせておきたいんだけど、タネモネってすごいお金持ちなの?」

「我が、というよりも我が家がと言った方が正しい。『タールポーネ局』でも名うての金貸しであり、徴税職の家だ。タラブネーカという名に聞き覚えはないかな?」

「タラブネーカ?」


 …あれ。


どこかで聞き覚えがある。しかし記憶に靄が掛かっていて、喉の奥に骨が刺さったように心地が悪い。


「我はそのタラブネーカ家の次女として生まれた」

「あ、それならお姉さんがいるんだ」

「うむ。姉一人、妹が二人。そして弟が一人いる。丁度家族で撮った写真もあるぞ」

「いっ!?」


 部屋の隅にある棚の上にあった写真立てを指差したので、自然と顔がそっちを向いた。タネモネの言う通り家族写真がある。やはり品の良さそうな美男美女が高級そうな衣装に身を包みんで並んでいる。


 恐らくタネモネの両親、兄弟姉妹と顔を順繰りに見ていく。そして前列の右端に写っているそいつを見て、俺は仰天した。


読んで頂きありがとうございます。


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