第三十話
◇
しかし、腕には何の衝撃もなく、代わりに甲高い金属音が耳を裂かんばかりに鳴り響いた。
ハッと腕を避けて前を見ると、サーシャとナグワーの二人が自前の剣を持って俺を剣撃から守ってくれていた。
「ヲルカ君、無事ですか?」
「サーシャさんとナグワーさん…?」
つい、さん付けで呼んでしまう。慣れていないし緊急事態だし仕方がない。
そして呆然とする俺の後ろからは怒気を孕んだ低い脅し文句が聞こえてきた。
「どういうつもりだ、ワドワーレ・ワドルドーベッ!」
「何が?」
「嘲るな。ヲルカ殿がどのような御仁かは十二分に理解しているだろう」
見れば牙と紅い眼を鈍く光らせながらワドワーレにナイフを突きつけているタネモネと、真後ろから両手を突き出して牽制をかけているハヴァの姿があった。しかし鬼気迫る勢いのタネモネとは対照的にどこ吹く風でワドワーレは返事をする。
「いやだから、なんで今のがオレの仕業だと思う訳?」
「貴様以外に誰が考えられるというか」
「状況証拠だけでモノを言うなって。オレも今さっきヲルカとの話が終わって何事かと思って出てきたんだよ」
「ならあの下僕たちはどう説明する?」
「どうもこうもあるか。そりゃスケルトンもゾンビもグールも『ワドルドーベ家』の魔術師は確かに使う。けどそれはお前ら『タールポーネ局』も同じだろ。『ハバッカス社』も『マドゴン院』だってそうさ。反対にお前らの使役じゃなかったと言い切れるのか?」
「貴様! 我ら『タールポーネ局』をも陥れるつもりか!?」
「やめろ!」
自分でも驚くほどの大声が出た。近くにいたサーシャとナグワーが少し気圧されたのが伝わった。そして俺の制止に振り向いたタネモネの気迫にビビったのは内緒の話だ。
それとこの場の雰囲気を何とか解きほぐしたい一心で、俺は不自然なまでにおどけて見せた。
「ワドワーレの言う通りだよ。証拠はない。多分、どっかのならず者の悪戯だったんじゃないかな。ほら、俺ってイレブンだし」
「ヲルカ殿…」
物言いたげな表情を浮かべつつタネモネはナイフを収め、ワドワーレから距離を置いた。
「ただ一応、調べてはみるよ。ハヴァ、お願いしてもいい?」
「勿論でございます」
そう言ってハヴァは恭しく頭を下げた。
次いで俺はサーシャとナグワーの二人にも改めてお礼を言った。
「助けに来てくれてありがとう」
「いえ。自分は当然のことをしたまでです」
全員がワドワーレが首謀者であると確信している。それでも俺の意図を汲んで事を荒立てないようにしてくれた。確かに相当な厄介者ではあるが、『ワドルドーベ家』を蔑ろにすることは避けたい。まかりなりにもヱデンキアに存在を許されている由緒あるギルドの一つ。それにウィアードが妖怪であるならば、人の心の闇や鬱屈とした感情の受け皿になっている『ワドルドーベ家』の力を借りなければならない事態は必ず訪れる。
それにこの中立の家に入った時から感じている妙な雰囲気…。
それのせいで俺は十のギルドの対立を前にも増して恐れるようになっている。この中から一個でもギルドが欠けるような事があれば、大惨事が起こるような不明確でそれでいて確信に近い感覚が渦巻いているのだ。
ともかく、この場の状況が収まってくれたのならそれでいい。そして今、一番感情が高ぶってそうな彼女を鎮める意味でも、俺はタネモネに近寄って告げた。
「それからタネモネ」
「…何か」
「今から『タールポーネ局』のことを聞きたいんだけど、いいかな?」
「承知した。我に断る由などはない」
「良かった」
それだけで少し憤懣が和らいだ気がした。俺はもう一度みんなにお礼を言うと、タネモネと共に去って行った。
◇
俺達が庭からいなくなったのを見届けてから、ハヴァはワドワーレに向かって呟いた。
「…私どもの言葉をお試しになりましたね?」
「妙な事を言いやがるからな」
「それで、どうお感じになられましたか?」
「アンタのいう事の方が正しいみたいだな。少なくともオレは少々やり方を変えた方がいいみたいだ」
そしてワドワーレは、その様子をただジッと立ち尽くしてみていた。サーシャとナグワーに向かって挑発的に言う。
「そういや逮捕しないのかい? 恐喝、いや殺人未遂かな?」
「…ヲルカ君の言う通り、証拠がありませんので」
「自分も同じであります」
「…」
律法を曲げるなら死を選ぶと言われている『サモン議会』と、秩序と治安の為に剣を抜く『ナゴルデム団』がいとも簡単に見て見ぬふりをしていることに、ワドワーレは表情こそ変えなかったが非常に驚いていた。
これはハヴァの言葉に唆されているわけではない。それは分かっている。
他ならぬワドワーレ本人が、自分たちを必死で纏めようとするヲルカの形容できぬ感情に触発されたからだ。しかし、彼女はそれに気がつかないふりをした。
十のギルドの確執を取り払えるとは思えない。けれども彼女はひょっとしたら、という淡い期待を抱いている。それには自分でも本当に気が付いていなかった。
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