第二十八話
「わかったよ。極力頑張るから。これでいい?」
「うん。よろしく」
「で? ヤーリンちゃんとはどこまで行ってんだよ」
「ただの幼馴染だよ。この一年は会うのも出来なかったしね」
「ふぅん……あの子がヲルカに惚れてんのは気付いてんだろ?」
「やっぱりそうなの? そうなのかな、とは思ってたんだけど」
「…なんじゃそら」
「いや、女の子に好かれた事なんてないからさ。自意識過剰なだけなのかもと思ってたりして」
モテないのは事実その通りだし。もしかして、ひょっとして、実は、なんて妄想に取り憑かれて涙を飲んだ高校、大学時代の経験を無駄にしてはいけない。
それに美人というのは遠くから眺めていると幸せなのだが、身近に居ると緊張の種になるから結構疲れたりする。だから実を言うとこの中立の家は今のところ、完全に安らぎの場となっている訳ではない。
今目の前にいるワドワーレだって、黙って妙なメイクさえ落とせば美麗な顔立ちの持ち主なのだ。男やもめの生活が長く、女性経験も薄い俺には刺激的過ぎる。
ま、それでも好意を向けられるのは嬉しいけれど…。
「何ていうか、お前のことがよくわかんなくなってきた」
「元々お互いによく知らないだろ」
「そうだねえ…マスターがお望みなら隅から隅までオレのことを教えて差し上げますよ?」
「あ、ホント? なら早速『ワドルドーベ家』の事を教えてほしいんだけど」
「今のは天然だな…」
「え?」
だってそのつもりで話をしてるんじゃないの?
◇
「で、何を聞きたい?」
「その前に確認なんだけどさ、ワドルドーベっていうのは『ワドルドーベ家』の直系ってことだよね?」
「今更? 正真正銘『ワドルドーベ家』の首領の娘よ」
マジか。ただでさえ要注意人物に認定してるのに、その上さらに地雷があるのか。っていうか、ギルドマスターの身内って初めて会ったかもしれない。
「…」
「今度はこっちから聞いていい?」
「どうぞ」
「俺と結婚しない?」
「しない」
「ちぇ」
「何を言い出すかと思えば…」
「なら『ワドルドーベ家』に入らない? オレのグループに入ればもっと好きに動けるようになるぜ」
「それも断る」
「ちぇ」
「確かに色々と好きには動けるだろうけど、制約も半端ないだろ」
「まあね。少なくともオレの所に来たら今、中立の家にいる他の奴らには目の敵にされるんじゃないかしら」
「そうでなくとも『ワドルドーベ家』に入るってだけで…」
言いかけて俺は慌てて口をつぐんだ。
ギルド員の前でギルドを悪く言うなんて自殺行為も甚だしい。ましてギルドマスターの娘であるし、ワドワーレ自身もかなりの危険人物だし。
ただ、流石に押し黙るのが遅すぎた。座った目のまま口だけで笑い、ワドワーレは問いかけてくる。
「何?」
「いや…ギルドを貶める様な事を言うのは…」
「へえ。貶めるような事を言うつもりだったって事?」
「う」
「そう言えばギルドの見識を深めるってのが元々の話よね。丁度いいから、ヲルカが『ワドルドーベ家』にどんなイメージを持ってるのか聞かせろよ」
結局こうなるのね。
そして取り繕うのは逆効果という事も経験済み。辛口かもしれないけれど、俺が思っているままの『ワドルドーベ家』のイメージを伝える方が良いかもしれない。
「どうなんだよ」
「犯罪者集団」
以上。
とどのつまりはヤクザやマフィアとカテゴライズされるのが『ワドルドーベ家』だ。そう言えば多少響きが良くなるかもしれないが、実際はもっとひどい。エデンキア上での犯罪と名の付く行為は、紐解いていけば必ず『ワドルドーベ家』に行きつくという都市伝説が生まれる程の悪名を持つ。
上級のギルド員であればある程度の分別は持っている者も多いが、低級や末端のギルド員は始末が悪い。ほとんどが刹那主義、快楽主義の権化で連日連夜どこかで暴走暴行騒ぎを起こしている。ワドワーレと初めて会った店の連中がまさにそれだ。
どんな反論や怒号が返ってくるだろうか。
しかし、当のワドワーレは退屈そうにぐいっと酒を呷るばかりで何も言い返してこなかった。
「あれ?」
「何?」
「こう…怒ったり反論したりとかは」
「反論も何もその通りだしね」
「けど、必要悪って言葉もあるし…実際問題、『ワドルドーベ家』が取り締まっているお蔭で犯罪者にもある程度の分別がついているって聞いたような。それに言い方は悪いけど、社会のはみ出し者の受け皿になってる面だってあるし」
何故か俺が俺の意見に反論している。
そんな慌ててワドワーレの為に弁明しているとさも愉快そうな微笑みの彼女が見えた。足をどけて座り直すと、空いている方の手で俺の頭を撫でてきた。
「かわいい」
「からかうなよ…」
「年上のお姉さんばっかりで緊張しないの?」
「はあ? してないと思う? 敬語使うなとか言ってさ」
「それ言い出したのはオレじゃないし」
「真っ先に乗っかってたじゃん…」
すると突然、ワドワーレは持っていた瓶を乱暴に壁に投げつけた。中身は飲み干し合ったので零れることはなかったが、パリンっという音を立て破片が部屋の中に散らばった。
「何してんの!?」
突拍子がなさ過ぎるだろ、コイツ。
俺は割れた瓶の方を見て気を取られていた。振り返ると同時に頬を両手で押さえられる。次の瞬間、目の前には迫りくるワドワーレの唇があり、抵抗の間もなく自分のそれと重ねていた。
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