第二十四話
◇
「いらっしゃいませ」
アルルと別れて四人になった俺達は素直に喫茶店のドアを開けた。幸いなことに客は誰一人としておらず、焼きたてのクッキーのような香りが出迎えてくれた。店員に促されるままに窓際のテーブル席を案内された。
メニューを開き全員が思い思いの飲み物と軽食を注文する。そこまで終わったところでようやく一息つくことができた。
「道すがら花たちに聞いてきたけど、やっぱり狼の群れが出るみたいだね」
「アルルさんの感じた気配もあながち気のせいじゃないかも知れませんね」
「なら夜まで待つとするかのう」
「うん。ごめんね、みんな。もっと入念に調べておけば無駄な時間を過ごさずに済んだのに」
ぽっかりと時間が空いた事で、気付かないふりをしていた罪悪感がどっと込み上げてきてしまった。俺はその心情を素直にみんなに吐露する。
いざウィアードが出てきてからの対処はある程度の計画は立てられるのに、事前事後の準備や処理はどうにもうまく行かない。これまでずっと一人でやってきたものだから、いきなりリーダーに仕立て上げられても人の動かし方がまるで分からない。
「いや、儂は知っての通り多忙の身だったからの。本分を忘れた訳ではないが、こんなにものんびりできるのは久しぶりじゃ。感謝しておるよ」
「アタシも。『マドゴン院』での暮らしは基本的に地下だったから、お日様の光を浴びられて、お姉ちゃんはすごい嬉しいよ」
「私はヲルカと一緒にいれれば…」
優しい返事が返ってきて少しだけ安心した。
すると斜め前に座っていたマルカがテーブル越しに俺の手を握ってきた。
「それに無駄な時間にはならないと思うよ」
「え?」
「お姉ちゃん、ヲル君ともっと仲良くなりたいしね」
「うん。俺もみんなとは早く打ち解けたいな」
これは屈託のない本心だった。
さっきの移動手段を考えていなかったようなマヌケな話は別にして、俺が上手く指示を出せないのは今いるメンバーの事をよく知っていないという点が非常に大きい。
各々が所属しているギルドが異なると言うのに始まり、扱える魔法の色と熟練度、種族の持っている特技や体質、本人たちの性格と嗜好などなど枚挙に暇がない。幼馴染のヤーリンでさえ会わない間に『ヤウェンチカ大学校』で研鑽を積んでいたんだ。誰に何をどうまかせるべきなのか、俺自身がもっと歩み寄らないといけない。
それに。せめて中立の家にいる間は皆にギルド同士の確執は忘れてもらいたいしね。
「くっくっく」
カウォンの噛み殺したような笑いが響く。
マルカは別の意図があってそんな事を言ったのだろうけど。ただ、心底しょんぼりした顔にさせてしまったのは何だか申し訳なかった。
やがてお茶が届くと、本当に他愛のないはなしをして親睦を図った。こうしてお茶を飲むくらいなら誰しもがリラックスして時間を過ごす事ができるようだ。特にここにいるのは俺を含めて緑の魔法に精通しているという共通点がある。その事がきっかけとなって思いの外、話が弾んだ。
話の流れで俺は二人にも食堂で一緒に食べないかと誘ってみる。二人からの返事は曖昧なモノだったが、別に劇的に変化がなくても徐々に打ち解けてくれればと思うばかりだった。そうして食堂の話題が出たところで、俺はアルルの事が急に気になった。
「それにしてもアルル、遅いな」
「確かに妙じゃな。物見程度の時間はとうに過ぎておるし」
「様子を見に行った方がいいんじゃない…」
「そうだな、ちょっと店は出てみようか」
◇
店を出た俺達は当てもなかったのでアルルの向かった方面を目指して歩き始める。
道らしい道はなく、枝葉や伸びた雑草が歩みを邪魔して思うように歩けないでいる。けれどもこの場で四苦八苦しているのは俺だけだ。
それもそのはずで、今の道連れはエルフにアウラウネにラミアと、森林での過ごし方を本能的に知っている種族だ。仮に天然の樹海であったとしてもまるで苦にはしないだろう。人工的に管理されている雑木林など我が家の廊下くらいにしか思っていない。
そのくらいに順調に進んで行っていた三人だったのが、ヤーリンが何故だか次第によろめくようになり、ついには木にもたれるようにして蹲ってしまった。
「ヤーリン、どうしたの?」
「分からない。けど、なんだか動悸が…」
「え?」
「あ…あれ? なんで…?」
ヤーリンが魔法にて施していた変身術は意図せずして解かれ、元の蛇の半身に戻ってしまった。息づかいは乱れ、目に見えて体調が悪い。
助けを求めようとして前を向く。だがマルカとカウォンを呼ぶ声は口から出ず、代わりに唖然とした息が漏れた。先を二人もいつの間にかヤーリンと同じように息荒く、気怠そうに蹲っていたのだ。
「ちょっと、三人ともどうしたの!?」
「分からん。なぜか体に力が入らん…」
「それに魔力もダメみたい」
原因は分からないが、どう考えても緊急事態だ。アルルの事や、『パック・オブ・ウルブズ』など気掛かりは多いが今はそれどころじゃない。俺はせめて介抱しやすくするために、三人を同じ場所に集めることにした。
すぐに青の魔法を駆使して水筒に水を満たす。三人とも命に係わるような様子でないことにひとまず胸を撫でおろした。
「幸いにもここは森の中じゃ。エルフの儂を含め、ラミアもアウラウネも木々から魔力を調達できる種族。少し休めば回復するじゃろう…」
「なら、いいんだけどさ」
けれど…。
なんだ、この妙な違和感は…?
先ほどから胸騒ぎがしてならない。まさか俺も三人のように原因不明の疲労が来ているのか…? けれども図らずもヤーリンが俺の感じていた違和感の一端を見出し、教えてくれた。
「ねえ、ヲルカ…」
「どうかした?」
「日が落ちるのが早い気がするんだけど…」
「!」
確かに、日没にはまだまだ時間があるはず。それなのにも関わらず、当たりは黄昏のようになっている。その上、森の奥からは地を這うように黒い影のような何かが蠢いてはこちらに近づいてきているのが見て取れた。
近づくにつれ蠢く影は黒々とした毛並みの狼の群れだと分かった。
間違いなく『千疋狼』だ。
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