第二十話
するとハヴァは頷き、テーブルをすり抜けて壁側へ移動すると、全員を一望できる位置に立った。
「では、お答えします。あなた方の提案する、カウォン・ケイキシスとヲルカ様との交際関係を妨害、ないし破綻させるという行動に価値がないと判断したからです」
「どういう事だ?」
「オレ達の考えは至極真っ当だと思うけど? 少なくとも選抜された四人は坊やが唾をつけておきたいと思った女だろうからね」
タネモネとワドワーレは目に見えて反応し、根拠を求めた。彼女たちが結束するために要となる因子に関わるからだ。少々熱くなる二人をよそに、ハヴァは自らと同じく血の通わない程に冷たい声で二人の疑問を打ち消す。
「いえ。今回の選抜はそのような色欲からくるものではないと思われます」
「理由は?」
「ございません。先ほど申し上げたようにまだ推測の域を出ておりません」
「しかし、推測にしても貴方がそのように結論付けた根拠があるはずではないか?」
二人の熱意は部屋中に漂い、いつの間にかその場の全員がハヴァの言葉に耳を傾けていた。その事に気が付いているのはハヴァだけだった。
「まず第一にタネモネ様もご同行していた『カマイタチ』というウィアードの対処の際に感じた真摯な対応と私達についての応対のご様子が最初の違和感でした」
「詳しく聞かせてもらおうか」
タネモネは本腰を入れて聞くために椅子に座ると腕組みをしてハヴァを見た。
「皆さまはすでに経験則として予想済みかと思いますが、私達十人は各ギルドからヲルカ様を篭絡、懐柔する…とは言葉が悪いかもしれませんが、少なくともそれに似た様な命令を受けてこの場におります。然るに十代の人間の男性を魅了しやすい容姿や能力を持っている、もしくは別件で既にヲルカ様と繋がりを持ち友好な関係性を築きやすい人物が派遣されています。しかし、最初の接触があった際、つまりはこのギルドの設立案を提案した時ですが、ヲルカ様はそのような情欲を判断基準にされる様子は一切ございませんでした」
「・・・もしかして、男色って事?」
「いいえ、その可能性は極めて低いかと思います。私達今申したことはウィアードが関係している場合においてのみ有効です。それ以外の日常の場面では、性別と年齢に相応しい反応をなさいますし、統計上、奥手や初心、シャイなどとカテゴライズされる様な方です」
そういうと肩透かしをしながら、ワドワーレが声を発した。
「いやいや、初心だからこそこの状況はマズイって言ってるんだろ」
「ですがウィアードが絡んでいる以上、ヲルカ様は色欲で人選したとは考えにくいです。その様に考えているのは私達だけではないはずです。サーシャ様とラトネッカリ様の反応も判断基準とさせて頂きました」
急に名前を呼ばれた二人はハッとして、互いに心当たりを探るために顔を見合わせる。しかし、お互いに疑問が解決されることはなく再び会話の主導権をハヴァへと返した。
「ボクらが何か妙な事をしてたかな?」
「そうではありません。ラトネッカリ様は言わずもがな、サーシャ様も一年前にヲルカ様と共同でウィアード討伐に関与したという情報があります」
「それが?」
「恐らくですが、お二人はその際にヲルカ様に信頼を寄せることのできる何かしらを感じ取ったのではないでしょうか? でなければ今のお二人から焦燥や焦慮の念が一切出ていない事の説明が思い付きません」
「…」
二人は大きく息を吸いこんだ。別に意図して隠していた訳ではない。むしろ自分たちでさえも自らの心の動きに言い知れぬわだかまりを持っていたのだ。それがハヴァの分析によって自分でも得心の行く回答を得ることができたので、つい言葉に詰まってしまった。
そう。二人は顕在させることがとても難しい感情をヲルカに対して抱いていた。無理矢理に言語化するのであれば今指摘されたように、信頼の一言に尽きる。まるで確証はないのだが、ヲルカ・ヲセットという人間はことウィアードに対しての情熱を他のことでぶれさせることはないだろうと感じていた。
「それと…これも確信のない推論でしかないのですが、ヲルカ様は私達の意図に気が付いていると思われる可能性がございます」
「何だと?」
声を上げたのはワドワーレだったが、その場の全員が心に小さなとげを刺された様な感覚を味わっていた。ハヴァの言葉の真意を確かめるのは誰でも良かったのに、この中で最も好奇心を尊重するラトネッカリが真っ先に口を開いていた。
「それはつまり、少年がボクらにかどわかされそうだと予見しているって事かい?」
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