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第十八話

 ◇


 それからはアルルのアルコール講釈が始まった。


 『アネルマ連』の畑で取れる果実や穀物で作る様々な醸造酒、蒸留酒、カクテルの話からそれぞれにあった肴の事まで事細かに教えてくれた。俺も前世では嗜む程度には酒が好きだったこともあり、ついつい生唾を飲んでしまうようなエピソードもあった。


 残念ながら前世ではいざ知らず、ヲルカ・ヲセットはヱデンキアでは歴と未成年者だ。21歳になるまで飲酒はご法度なので、この時間は只の行き地獄でしかない。


「ご馳走さま」


 やがて会話もそこそこに食べ終わる。嬉しかったのはヤーリンとアルルが思った以上に打ち解けてくれたという点だ。


「お粗末様でした。食器とかは置いたままでいいよ、まとめて片付けるから」

「あ、ありがとうございます」


 そう言われてもヤーリンは片付けを手伝う事にした様だった。俺もここで立ち去っては具合が悪いのでテーブルを拭くくらいの雑用はする。そして頃合いを見計らって二人に話しかけた。


「ねえ、ヤーリン。それとアルル」

「え?」

「何?」

「また一緒にご飯食べたいんだけど、いいかな?」


 すると何の迷いもなく、二人の明るい声が耳に届いた。


「うん。勿論」

「私も。今度からここで食べるよ」

「なら、ウチらの分は最初からここに持ってこようか?」

「あ、そうだね。そうしてもらえると助かるな」

「まっかせといて」


 アルルは笑顔で言った。長めのスカートの裾から先っぽだけ顔を覗かせる狼の尻尾が揺れている。


昨日、部屋で変に緊張したり無理に大人びて見せようとしていた彼女とは打って変わって、リアルな魅力が映えていた。有体に言えばアレだ、ちょっとときめいてしまった。


 ◇


 そして食堂を出て自室に戻ろうとしていた俺はふと足を止めた。


「そう言えば、召集ってどうやってかければいいんだ?」


アルルにも聞いた『パック・オブ・ウルブズ』事件を引き起こしている可能性の高いウィアード退治の為に今日は調査隊を派遣しようと考えていたのだ。すでに誰を連れていくかも決めているのだが、それをどうやって全員に伝えようか。待機させるメンバーにも別件の調査などお願いしたいけど、一々全部の部屋を回るのは手間がかかり過ぎる。


「…」


 その時妙案というか、気配のようなものを察知した。


 頭で考えるよりも物は試しと思い、俺は空中に向かって呼びかけた。


「ハヴァ、いるか?」


 その声が廊下の壁の中に吸い込まれると、なんだか気温が一気に低くなったような気がした。そしてどこからともなくその冷たくなった空気よりも更に冷えたハヴァの声が聞こえたかと思うと、真隣の壁から正しく幽霊の如く彼女が現れた。


「お呼びでしょうか? ヲルカ様」


 情報収集を生業としている彼女なら、反対に拡散するのも得意だろうと思って読んでみたのだが、本当に現れると湧き出た疑問を聞かずにはいられなかった。


「もしかしてと思うけど、ずっとオレについて周ってたりする?」

「私達はどこにもいませんが、代わりにどこにでもおります」

「あ、そう」


 いつかどこかで聞いたようなセリフだ。ともかく俺は気を取り直してハヴァに言った。


「命令と相談があるんだけど」

「…ではご命令からお聞きします」

「今から三十分後に全員を食堂…いや、会議室に集まるよう伝えてくれる?」

「承知しました。それとご相談とは?」

「ずっと見てたんなら分かると思うけど、ハヴァも一緒に食堂でご飯食べない?」

「…」

「あれ? そもそもレイスって何か食べるの?」

「はい。私達も食材などから魂魄や生体エネルギーを取り込みます。これが生物で言うところの食事当たると思って頂いて差し支えありません」

「なら尚更だ。一緒に食べない?」


 ハヴァのポーカーフェイスは相変わらずだったが、それでも少し考えているような微妙な表情の変化に気が付いた。それも一瞬だったので、ひょっとしたら俺の勘違いかも知れないが。


「…命令ではなく相談という事ですので、少々検討させて頂きたく存じます」

「わかった。無理強いはしないから。とりあえず召集の件だけよろしく」

「かしこまりました」


 そうして煙のように消えるハヴァを見送ると、俺も支度の為に足早に部屋に戻ったのだった。


 ◇


 三十分後。


 ハヴァの伝令はきちんと伝わったようで全員がキチンと会議室に集まってくれていた。意外だったのはワドワーレが一番乗りに会議室にいた事とサーシャが一番最後に会議室に来たことだった。ワドワーレは自分の琴線が働いたことに対してはかなりの積極性を見せるようで、サーシャは俺の伝達した命令通り、きっかり三十分経つまで会議室に入らなかったそうだ。


 こうして集まるだけでも個性が見え隠れする。そう言う楽しみ方を見つけられれば、もう少しみんなと仲良くできるかも知れないと思った。


「じゃ、全員集まったから始めようか」


 とは言ったものの、こうして司会というか仕切る立場に立った経験が圧倒的に少ないので、どうしていいのかよく分からない。


「勝手が分からなくて変なこと言うかも知れないけど、話したい事は二つ。一つはこれから『パック・オブ・ウルブズ』事件について実地調査に行くことにした。だからラトネッカリの時の失敗を反省して全員に情報を共有しておく」

「ふむ。失敗を反省するのは実に素晴らしいことだね、少年」


 どの目線で物を言っているのか分からないラトネッカリの言葉を無視して、俺は話を続ける。


「で、それに当たって一緒に来てもらいたいメンバーがいるんだけど…」


 そう言った時、目に見えて全員の顔に緊張が走ったのが分かった。ま、そりゃそうか。俺と一緒にいる時間が多い程、ウィアードについての見分が深まる。今回のようにウィアードと接触できる可能性が高くなればなるほど如実になるのだろう。


 俺は波風が強くならない事を願いながら、四人の名前を言った。


「アルル、ヤーリン、カウォン、それとマルカの四人は俺と一緒に調査に来て」


 名前を呼ばれたメンバーとそうでないメンバーとに明らかな温度差が出た。


 そしてすぐにナグワーが情報整理のために進言してくる。


「では、今名前を呼ばれなかった者たちは待機という事でしょうか?」

「いや、残りの六人には別件の調査をお願いしたいんだよね」

「別件?」


 俺は現段階で不確定要素の多いウィアードに関する事件をまとめた資料を他の6人に配った。


「とりあえず俺が知ってるウィアードと思しき事件があるんだけど、これが本当にウィアードの仕業なのかを確かめてもらいたいのと、これに載っていない事件が起きていないかをチェックしてほしいんだ。誰が何をするかは得手不得手があるから適当に決めてほしいんだけど」

「承知しました。これだけまとまった資料があればそこそこの情報を得られると思います」

「ありがとう」


 サーシャの頼もしい返事に俺も素直な感謝で答える。すると、期待感と好奇に目を輝かせた四人が、その視線を俺に向けてきていた事に気が付く。


「ところで儂らはいつ出発する?」

「用意ができ次第だけど、どのくらいかかる? 一時間くらい?」

「阿呆。そんなに時間がかかるか、すぐにでも行けるわい」


 カウォンの脇にいた他の三人の顔を見る。誰一人として反論することなく、むしろカウォンの発言を後押しするかのように力強い頷きをもって答えてくれた。


「なら5分後に玄関に」

「うむ。承知した」


 張り切るヤーリン、アルル、カウォン、マルカの四人が部屋を出て行くと、俺ももう一度六人に留守中の情報収集についてお願いしてから部屋を出た。


 そこで俺の意識はこれから調査に向かうウィアードに集中してしまい、気付くことができなかった。


 残された六人が佇む会議室には不穏なオーラが蔓延している事に。


読んで頂きありがとうございます。


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