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第十七話

 明くる朝のこと。


 朝食の時間まで惰眠を貪ってしまった俺は、顔を洗う程度に身嗜みを整えてから部屋を出た。目指すはアルルが作ってくれているであろう朝食用の弁当だ。調理室に近づくにつれて、廊下には朝っぱらから食欲を誘うような香りが強くなっていった。


 その途中で、蛇の身体を使ってするすると進む女の子の背中を見た。二本足のそれよりも、俺にとっては大分見慣れて一つの安心感を覚える後ろ姿だ。つい駆け足になって近付くと、俺は彼女に声をかける。


「お早う、ヤーリン」

「あ、ヲルカ。お早う」


 ヤーリンは屈託のない笑顔で挨拶を返してきてくれた。


 やっぱり可愛いな、この子。本人の器量も良いこともあるのだが、その上愛嬌もあるのだから鬼に金棒のような状態だ。異性の幼馴染ってかなりポイント高いなあ、などと不純な事を考えていると、素湖モジモジとした様子でヤーリンが一つ、提案をしてきた。可愛い。


「ね、また一緒に食べない?」


 俺としては、勿論断る理由はないのだが、それについて一つ考えがあった。いつ言おうかと機会を伺うつもりだったのだが、偶然に助けられたようだ。俺は話の流れに乗ってヤーリンに提案をし返したのだ。


「それなんだけどさ…」

「え…なにかあった?」


 断られると思ったのだろうか、ヤーリンの顔が目に見えて落ち込んだ。彼女の不安を打ち消すように、俺は慌てて本意を告げる。


「一緒に食べたいのは俺も同じなんだけど、場所変えていいかな」

「もちろん。ヲルカの部屋?」

「いや、食堂」

「食堂って…いつもみんなで集まるところ?」

「そうそう」

「別にいいけど……何で?」


 こちらの意図が何一つ理解できていない様子のヤーリンは、これまた可愛らしく首を傾げた。


「少し考えがあってさ」


 などと仰々しい物言いになってしまったが、別段大したことをする訳ではない。二人揃ってアルルから折詰の弁当を貰うと、すぐ隣にある食堂へと足を運ぶとテーブルの隅っこに腰を掛けて食べ始めた。十数人が使う事を想定している食堂を二人だけで使うのは、寂しさに似た罪悪感のようなものがある。


 俺は自分の単純で浅はかな考えが、その内にうまく行ってくれることを期待しつつ、朝食を堪能した。


 ◇


「やっぱり美味しいよね」

「うん、私も料理するけど全然違うもん。こんなに美味しいのにレストランっぽくないのが余計凄いと思う」


 アルルの作ってくれた弁当は、弁当と呼ぶのが憚られる程のクオリティがある。それでいてヤーリンの言う通り、格式ばった料理という訳でなく素朴で暖かみのある味わいなのが絶妙な安心感を与えてくれる。


 談笑しながらお互いに半分程度食べたところで、不意に食堂の扉が開いた。



「あれ? 何でここで食べてるの?」


 入ってきたのはアルルだった。オレ達と同じ弁当箱を抱えていたので、きっと一仕事を終えて自分の食事をするためにきたのだろう。まさか人がいるとは思っていなかったアルルは目を丸くしつつ、俺達の事を見てきた。


「アルルこそ、何で?」


 大方の予想はしているくせにわざと分からないふりをして、そんな事を尋ねてみた。


「ウチは片付けとかあるから、ここでパパッと食べちゃうことにしてるの。ヲルカ君と…ヤーリンちゃんは何で?」

「私はヲルカに誘われたのでここに来てました」

「…そっか。ならウチはお邪魔かな」


 驚きと物悲しさと気まずさを混ぜた様な表情になると、頬を掻いて食堂を出て行こうとした。


 扉のノブにアルルの手が掛かるのとほぼ同時に、俺は彼女を呼び止めるために声を出す。


「ちょっと待った」

「え? 何?」


 折角、うまい具合に俺のぐだぐだな計画がスタートしそうだというのに、ここで出て行かれては困るのだ。俺は立ち上がり、急いで歩み寄って言った。


「アルルもここで一緒に食べよう」

「え? い、いいの?」


 何故、驚く?


「むしろ何でダメなのさ。ここは食堂だし、ご飯は大勢で食べた方がおいしいでしょ?」

「大勢で食べた方が美味しいっていうのは賛成だけど…」

「なら、一緒に食べよう。ね?」

「・・・じゃあお言葉に甘えて」


 いそいそとアルルは俺達の対面の席に腰を掛けた。弁当を食べ始めるが、アルルもヤーリンもニコニコの俺とは対照的にどこかぎこちない。


 一緒に食事をすれば仲良くなる作戦だったが、一筋縄ではいかないようだ。けど他の曲者揃いの面子を想像すれば、この二人なら比較的簡単に仲良くなれそうな気がする。何かきっかけさえあれば…


「一人で十人前近く作るのって大変じゃない?」


 そう聞くと、アルルはまず大きな笑い声で返事をしてきた。


「十人分そこらなんて作ったうちにも入らないよ。ギルドじゃ、毎日数百人分を三食とか普通に作ってたしね」

「うわぁ…やっぱギルドの構成員の数が多いと凄いね」


 流石はヱデンキアで最大のギルドと呼ばれるだけはある。横のつながりを滅茶苦茶大事にするギルドだし、見た事はないが容易に想像することは出来た。


 するとその時、ヤーリンからアルルに話しかけた。俺は会話しようと出掛った言葉を飲み込んで、二人の成り行きを見守る。


「というか、アルルさんが作ってるんですか? ギルドでの食事は」

「うん。もちろんウチだけじゃなくて他にもいるけどね」

「でもアルルさんは『アネルマ連』じゃ、そこそこの地位にいらっしゃるのに…」

「『アネルマ連』だからこそよ。一応の役職や地位は存在してるけど、基本的にウチらは平等と共同で成り立ってるからね。私は魔法の才能を高く評価してもらって高位生命術師なんて呼ばれてるけど、踏ん反り返れるほど偉くはないし、偉くなりたくもないし。それに…」

「それに?」

「美味しいご飯と美味しいお酒があれば、ウチは幸せだからね」


 そう言って一体どこから取り出したのか、ワインの瓶をドカッとテーブルの上へ置いた。何の躊躇いもなくグラスに注ぐと、幸せそうにそれを呷った。


「…」


 至福の表情過ぎてツッコミができないのか、それとも朝っぱらから酒を飲むという行為に呆れてしまったのか、俺とヤーリンは顔を見合わせた後、ただただ幸せそうなアルルの顔を眺めていた。


更新遅くてすみません。なるたけ早めに完結させます。


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