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第十六話


「今、坊が言ったように少々説教臭くなったり恩着せがましい言い方でヱデンキア人に呼びかけるのも『カカラスマ座』の歴史を思えば仕方のないことよ。あの事務所にギルド史なんぞ置いておったくらいじゃ、多少の事は知っておろう?」

「神楽から始まったってこと?」

「その通りじゃ」


 カウォンは満足そうに頷く。


 何の因果かヱデンキアは日本と同じく八百万の神々を敬う土着の信仰がある。巨大な神宮から道端の社や道祖神などなど、各地に点在する施設や祠の数を正式に把握するのは不可能だろう。その上、現代日本とは違い、ヱデンキア人のほとんどが多少の差異はあれども信仰心を持って生活をしている。


 俺は道行く人たちが祠や社にお供え物をしたり、手を合わせているを見ると、知りもしない癖にかつての日本の姿と重ねたりすることがあった。妖怪がいるという事実もそうだが、こういうところがヱデンキアに馴染んでこれた理由の一つかもしれない。


 そしてカウォンは続ける。


「道徳的な講話の語り部や神主やシャーマンが多く集うし、坊の言う通り長寿な種族が多いことも手伝ってそう言った印象を持たれるのも致し方ない。ただし他にも人前で芸を披露するという伝統があるせいで、今のように文化芸術の伝承者としての側面も多く持っている。尤も、顔のいい若いのを使って煽るのは殆ど客寄せじゃがな。かつての儂もそうじゃった」

「いや、カウォンは今でもトップスターの一角でしょ」

「ふふふ。ここぞとばかりに気持ちのいい事を言ってくれる。さてはお主、天然ものじゃな?」

「え?」


 どういうこと?


 俺が首を傾げていると、カウォンはあしらうように言った。


「いや、良い良い。ともかく儂ら『カカラスマ座』の前身は、そう言った神格を相手取るシャーマニズムから始まっておる。儂の野生魔術というのは、その太古の昔から続いておる呪術形式を借りて扱う魔法。意思や感情のない精霊に呼びかけて力を借りるから、厳密には儂の魔法ではない。故に儂の意識で操作ができんのじゃ」

「分からない事が最大の特徴ってそういう・・・」


 意思の疎通のできない精霊や神格的な何かに干渉をするように働きかける…ようするにアレか、パルプンテ的な魔法という事なのだろう。


「けど、いざ使うとなったら大変じゃない?」

「そうさな。扱いが難しいせいで今となっては野生魔術を扱える者は数える程しかおらんくなってしもうた。だが別に野生魔術しか使えぬという訳ではないぞ。アレはいわば奥の手じゃ。普段は歌舞魔法を駆使してギルド活動を熟しておる。少しでも早く坊の為に儂の力を使える時が来るように祈っておるよ」


 カウォンはそう結んだ。その時見た彼女の横顔はやたらと神秘的というか、神々しいというか、とにかく心地よく圧倒される様なオーラを放っていた。それは種族とか彼女の職業とか、カウォン自身の培ってきた経験とかの累積した魅力がほんの一瞬滲み出たのかも知れない。


 だから俺は素直に思っていた事を伝えた。


「皆の前でじゃ角が立つかなと思って言ってないけど、このギルドの一番の…ベテランだからさ。結構頼りにしてる」


 頭に思い浮かんだ、年寄りみたいな単語をベテランと慌てて言い換えた。


「それは嬉しい。早速じゃが何か力になれることはあるか?」

「いや、あるっちゃあるけど。もう少し自分で考えてみる」

「左様か。こうして話してみて思ったが、人間の十代にしてみては色々とませておるな、ヲルカは」


 その発言には苦笑いでしか返せない。


 なぜなら仰る通りなのだから。


 俺のそんな反応をどう受け取ったのかは分からないが、カウォンは妙に納得したような顔つきに変わった。


「まあ、そうでなくてはウィアードを一人で相手取るなどはできぬか・・・そう言えば話は変わるがの」「何?」

「このギルドの名前は考えてはおらんのか?」

「名前?」

「うむ。外部に儂らの事を伝えたり、宣伝する時に名前がないと何かと不便じゃろ?」

「あー、考えてもみなかった」


 言われてみれば。


 即席とは言えヱデンキアに在する十のギルドに認められた公式のギルドなのだ。いつまでも十一番目のギルドなどと言っていては締まりが悪いのも頷ける。


「まあ、出来て日が浅いとすらいえぬ程に時間が経っておらぬのじゃ。急がずとも早々に決めておいて損はないじゃろう」

「俺が決めちゃっていいのかな?」

「当然じゃ。お主は儂らのギルドマスター。意見を求められたら考えもしようが、最終的にはギルドマスターの意思が全てじゃ」


 ギルドマスター、か。面と向かって言われれるとくすぐったいというか、かゆくなるような気がしていたけれど、こうして真面目な話の中で改めて言われると重厚感のある響きに思えてくる。仮とは言え、十人の命や名誉を預かっているのだから無理もない。


「・・・わかった。考えておくよ」

「うむ」


 そう言うとカウォンは母親が子供をなでるような、ごくごく自然な流れで俺の頭に手を置いた。


「え?」

「気を張るのは結構じゃが、それに潰されては元も子もないからの。まずは他人の動かし方や頼り方の勉強から始めるのが良いぞ」

「・・・」


 俺は何とも言えない暖かさに包まれていた。


 これがいわゆるバブみってやつか…? カウォンの放っている包容力がもの凄い心地よかった。


 そんな事を考えていると、カウォンは右手の人差し指と中指を立ててその指先に軽く口づけをした。『チュッ』という艶めかしい音が静かな部屋にエコーするかのように聞こえ、俺の耳の中に入る。カウォンは口づけをした指を俺の唇にそっと当ててきた。そして蠱惑的に微笑んだのだった。


 一体何がしたいのか、その意図を読み取れないでいる俺を尻目に、カウォンはケタケタとした笑いになった。


「これはエルフ式の挨拶じゃ。分からなければ、後で調べてみるがよいぞ」


「ああ…うん」


 俺は気の抜けた様な返事しかできなかった。


 そして可愛らしく手を振るカウォンに見送られながら、俺は自室へと向かって歩き出した。部屋に戻ると、すぐにエルフの所作について書かれた本を探し、手当たり次第にさっきの好意の意味を調べてみる。


やがて。


 先ほどのジェスチャーの意味が分かった俺は変な声を出して、椅子から転げ落ちそうになってしまった。童貞にはかなり刺激的過ぎることが書いてあったからだ。


 これは誘われてたのとからかわれていたのと、一体どちらなんだ…?


 まさか戻って確かめる訳にも行かず、俺は悶々とした感情を何とか押し殺しながらベットへ横になったのだった。


読んでいただきありがとうございます。


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