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第十話

何となく迷走…?

 興味に引かれるまま、俺は食堂に入ってみた。すると中には昼食の支度をしているアルルと、何故かラトネッカリを除いた全員が立ったり、椅子に座ったり浮かんだりしながら何かを話し合っていた。


 一瞬だけ喧嘩か、とも思ったが、そこまで険悪なムードではない。かと言って和気藹々と女子会をしている雰囲気でもなかった。まあ、アレだ。無理矢理に形容するなら会議というのが一番しっくりくるような気がする。


 俺が中に入ると、入口の一番近くにいたワドワーレが「丁度良かった」と言った。その言葉に反応して、全員がやってきた俺の事に気が付いたのだった。


 何をしていたのかは勿論興味が沸いたが、それ以上に首が落ちんばかりに俯いて負のオーラを出しているヤーリンが気になって仕方がない。学校時代に、ペーパーテストで全問正解をしておいて名前を書き忘れて0点を取った時の事を思い出す。


「ヤーリン? どうしたの?」

「その子が落ち込んでんのはこれ」


 そう言ってワドワーレは一枚のメモを渡したきた。


 手に取って見てみると、上からここにいるメンバーのギルドの名前が番号と共に記されている。そして『ヤウェンチカ大学校』の名前は一番最後になっていた。


「これは?」

「ヲルカはオレ達全員からギルドの事を聞きたいんだろ? その順番が決まってないなら、それの上から順に当たって頂戴。文句がないようにくじ引きで決めといたから。勿論、必要とあれば順番なんかは気にしないでくれていいけどね」


 なるほど。だからヤーリンは落ち込んでる訳ね。


 パッと見る限り順番に問題はない。一番気になっていた「パック・オブ・ウルブズ」については確認済みだ。その上、他に優先して聞きたい事件はない。ヤーリンには悪いけど、くじまでして決めたのなら、理由なく変更するのは忍びない。


「いや、とりあえずはこの順番で」

「なら次は、アタシら『マドゴン院』についてだよね?」


 窓際にいたマルカが晴れ晴れとした笑顔と共に溌剌と手を上げた。若葉色の肌が差し込む日の光に煌めいている。


「ああ。マルカの方はもう話は出来るの?」

「勿論だよ。いつでもヲル君を迎え入れられる準備は整っているからね」

「なら夕飯前だし、今からでも」

「オッケー!」


 マルカは俺の腕を取るとギュッと強めに抱きしめてきた。途端に腕に二つのスポンジが押し当てられたような感触が走る。すると、そのまま強引に連れ出されて部屋に行くことになってしまった。


 去り際にチラリとヤーリンに目をやった。鬱屈した気配を醸し出しながら、やはり俯いていたのだけれど怒っているのは分かった。ヤーリンの尻尾の先が左右に細かく揺れているからだ。アレはヤーリンの癖のの一つだった。


 ◇


「はい、どうぞ~」

「お邪魔します…」


 と、ホステスと同伴出勤するような雰囲気で部屋へと通された。いや、キャバクラなんか行った事ないんだけどさ。


 そして腕を引かれるがままにしていると、どういう訳か寝室に連れてこられた。寝室と言ってもパッと想像するような部屋ではない。マルカのアウラウネという種族らしく、床は板やタイルなどではなく、土が敷き詰められていた。正直マルカに寝室だと説明されなければ、植物園と勘違いしていただろう。ようなそんな感じの部屋だったのだ。


「…何で寝室?」


 俺が思った疑問をそのまま口にすると、返事の代わりに微かな笑い声が返ってきた。


「ふふふ」

「何ですか…?」


 思わず約束を破って敬語を使ってしまう。そうするとマルカはさらに目を潤ませ、によによと笑いを堪えた様な顔になる。


「ふふふ。喋り方が慣れてないのが可愛いなぁ、って思ってね」

「・・・」

「不機嫌になるのも可愛いね」


 これはアレだ。お姉さんにからかわれているんだ。


 何だか深みにはまりかけそうな不穏な何かを感じてしまったので、反射的に防御行動に出てしまった。俺は全てをなかったことにして、強引に話題を変えた。


「ここ座って良い?」

「どうぞ~」


 そして何故か部屋にある切り株に腰を掛けようとした時、壁を伝う蔦にとても美しい花がかかっている事に気が付いた。蔦から咲いているのではなくて、別から摘んできたものを生けているようだった。


「綺麗な花」

「花?」

「うん、ここに飾ってある奴」

「あ」


 マルカは心底慌てた様子でその花を隠すように片付けてしまう。その時の顔が意外であった。


「え? 何でしまうの?」

「ごめん。これアタシの下着・・・」


 声が本気で恥ずかしがっていた。なので俺も


「…あ、はい」


 と、バカみたいな返事しかできなかった。


 マルカは誤魔化すように視線を泳がすと愛想笑いをしながら無理矢理喋ろうと話題を振ってきた。


「アルラウネは花で着飾るからさ。下着もそうなんだよね」

「へえ。ちなみになんだけど、ベットがないのは何で?」


 俺も恥ずかしさに堪えかねて、頭に浮かんだことを何のフィルターにも通さず吐き出した。


「ああ、それはね。こうやって作ってるの」


 そう言ってマルカはワッシュという和服に似た装束の袖から種を一粒取り出して土に放り投げた。するとトトロのワンシーンのように瞬く間に芽が生えてきて、見た事もない程大きな一輪の花が咲いたのである。


「おもしろ。ちょっと触ってみていい?」

「いいよ」

「花なのに羽毛みたい。あ、花弁を上にかけられるんだ」

「そうそう。花びらがいい具合に気温を調節してくれてね、寝心地いいんだよ。ちょっと横になってみて」


 確かに寝心地は良さそうだ。が、不意に冷静さを取り戻すと「年上のお姉さんの部屋のベットに横になっている自分」というモノを客観視してしまって、緊張と焦りと恥ずかしさが混ざったような感情が押し寄せてきた。


 ところが、起き上がろうとすると何かに張り付いたように身体の自由が利かなくなってしまった。


「…花粉と蜜もあるのか」

「ごめんごめん。布を噛ませるのを忘れちゃった」


 見ればベットの花から出ている蜜が服にべっとりとからみつき、例えは悪いがごきぶりホイホイのように捕まってしまっていた。


「服洗うから、ちょっと脱いでくれる?」

「いや大丈夫。そのタオル貸して」

「・・・はーい」


 俺がそう言うと、何故か非常に残念そうな返事が返ってきた。


 蜜は半分諦めて、タオルを当てながら切り株に座り直す。そこでようやく真面目な話ができるようになった。


「じゃあどうする? 『マドゴン院』についてお話しようか?」

「その前にアルラウネについて聞いてもいい?」

「へ? 別にいいけど…」

「実は、俺アルラウネって初めて見たんだよね」

「あ~、珍しい種族とは言えばそうだからね。どうしても土が必要な種族だから、隅から隅まで整備されたヱデンキアだと生きづらくって」

「やっぱり体の仕組みは植物に近いんだ?」

「そうだね。多少は口から摂取する食べ物の栄養でもいいだけど、やっぱり土の養分があると全然違うんだ。だからこそ、アタシは『マドゴン院』ってギルドに感謝していているの」

「感謝?」

「そうだよ。『マドゴン院』はアタシらみたいな行く宛てのない希少な種族とか、行き場をなくした人たちの受け皿になっているんだから。そもそもヲル君は、『マドゴン院』にどんなイメージ持ってる?」


 例によってマルカからもギルドについて持っている印象を聞かれてしまった。


 だから俺も例によって普段から感じている『マドゴン院』に対してのイメージをそのまま言った。


「臭い、汚い、泥、埃、苔。不衛生なのに病院やってる。それから、」

「もういいよ。お姉ちゃん、泣きそう」

「あ、ごめん」


 本当に目の端をウルウルとさせてしまった。けれどもマルカは、それを払拭するかのような眩しい笑顔を見せる。


「ううん。むしろここでヲル君の偏見を解消できるんだからラッキーだよ」


 そしてわざわざ俺の前にやってきて前かがみになると、如何にも色気の出る様なポーズを決めてから言った。


「お姉さんがキチンと『マドゴン院』について教えてあ・げ・る」


 …。


 アルルと違って慣れているというか、照れがない。


 絵に描いたようなお姉ちゃんらしいお姉ちゃんオーラに感動すら覚えてしまった。


「本物だ」

「え? どういう事?」

「いや、こっちの話」


 そんなお姉ちゃんのお姉ちゃんによるお姉ちゃんのための、『マドゴン院』ギルド講座はこうして始まったのだった。


読んでいただきありがとうございます。


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