戸惑いの選定理由
「―――とまぁ、仕事の説明に関してはこんな所か。新人にそんな負担がかかる事はさせないから気楽にな」
「はい!」
初日は殆ど説明ばかりで仕事らしい仕事はしなかった。
当たり前と言えば当たり前だが、早く一人前になって認められよう!
「よし。じゃあタイムカード切って仕事は終了だ」
「はい! お疲れ様でした!」
こうしてタイムカードに勤務初日の仕事終了時間が記録された。
ボクは社会人1日目を無事にやり遂げたのだ!
まぁ何もしてはいないけど。
「……じゃあ、QCに行くか」
「……あ、え? あの今朝言ってた奴ですか? 今、タイムカード切ってしまいましたけど……? 取り消す事って出来るんですか?」
「取り消す必要は無い。QCは仕事じゃない。自主的な活動だからな」
「え? は、はぁ……???(仕事じゃない? 自主的?)」
「さ、いくぞ」
こうして初出勤の定時後―――
俺は会議エリアに今思えば連行された―――
決して案内されたのではない―――
【会議室】
職場の先輩達が10人集まり会議が始まった。
「今日はQCのテーマを決めたいと思います」
サークルのリーダーが会議を進める為に場を仕切る。
ボクはとりあえず初参加なので様子見しつつ、勉強させてもらおうかな。
早速先輩方が、積極的に発言を始めた。
「こないだ麻雀で緑一色あがってよー」
「へー。俺は上がった事無いっすよー」
麻雀の緑一色とは、役満と言われる手札の揃え方の一つで、その名の通り緑一色に染められた手札はとても美しいのだ!
……ん?
「時間の掛かる仕事は何かありますか?」
「金曜夜、飲みに行こうぜー」
「あー、いいっすね!」
流石大人の社会人たる者、酒の一杯も飲めないとダメだな!
学生とは大違いだな!
……あれ?
これが会議なのか―――
「何か無駄な作業ないですか?」
リーダーの先輩が、今思えば生気の感じられない眼光で案を催促した。
現実にゾンビがいたらこんな感じだろう。
「……はぁ。じゃあアレにしようぜ。『書類の破棄の簡略化』でいいだろ?」
すると、一際発言力のありそうな貫禄のある先輩がポツリと呟いた。
「じゃあ今回は『書類破棄簡略化』でいきます」
(……え? 終った? あれ?)
ボクはあまりの展開の速さについて行けず戸惑うほか無かった。
流石は社会人。
迅速な決定は学生には真似できないだろう。
しかし驚きはそれだけでは無かった。
「では、それ以外の案を出して下さい」
サークルリーダー言葉にボクは思わず口を挟んでしまった。
「え? それ以外??? 今の案を進めるんですよね? それ以外ってなんですか?」
「たくさんある候補から今の案が選ばれた事実を……捏造する為だ」
「捏ぞ……え……? 採用しない案を出すんですか? な、何の為に?」
「色んな問題がある中、議論の末に案が選ばれた事にしないと見栄えが悪いからだ」
「み、見栄え? 誰に対してのですか?」
「そりゃ上司だ」
「は、はぁ……」
そうして『書類破棄簡略化』以外の案が出された。
新入社員のボクが聞いただけでどうでも良さそうと感じる『加工道具持ち出し時間短縮』。
ぱっと考えても荒唐無稽で破天荒な夢物語の『製造完全オートメーション化』。
書類破棄よりも遥かに重要そうに見える『完成品データ取りバラつきの改善』。
「あの……まだ配属されたばかりで良く分かりませんが、これなら『完成品データ取りバラつきの改善』をやるべきなんじゃないですかね?」
ボクは新入社員なので詳しくは理解できないが、それでもデータのバラつきを抑えるのはとても重要そうに見えた。
新入社員のボク程度でもうっかり理解出来る程に、これが改善されれば大幅な時間短縮が出来そうなのだ。
「……本当ならな。改善時間も予算も無いから出来ないんだよ。書類破棄なら期限と予算内に終るからな」
「期限? 予算は何となく解りますが、自主的に改善するのに時間制限があるんですか?」
「あるんだよ」
この時は『そういうモノか』と納得した―――
しかし後々考えれば―――
どう考えてもおかしいのは―――
書くまでも無かった―――