転移後、遅咲きの桜
〈春翔視点〉
光が晴れると、巨大な木があった。いや、僕は巨大樹に囲まれている森に転移していた。
周りはほとんど巨大樹によって埋め尽くされている。そして今は昼間のはずなのに薄暗い。
「……っとそうだ、あの豚は」
後ろを見ると全く動かず喋らずのオークジェネラル——面倒だから豚でいいや、の死体があった。頭には僕が投げた短刀があった。僕は糞豚の頭から短刀を抜き、布で拭いて鞘に納刀した。
「よかった、一緒にこの豚が転移してくれて。この短刀も大切なものだからね」
さっきルアの近くに投げた短刀は兵士団の人達が武術学校の卒業祝いでくれたものでものすごく大切なものだ。まあそれを投げてしまったわけだけど。今度会ったらルアに返してもらお。
黒豚に刺さってた短刀は家族が卒業祝いでくれたもので兵士団と家族からの贈り物が被ってしまったのだけど……それはまた別の機会で。
「さて、とりあえず動くか。まずはこの近くにある気配を——ッ!」
この近くにある気配を探ろうと気配感知の範囲を軽く広げると、十体……いや、二十体……いやそれ以上だ。あの豚が可愛く見えるくらい異様でやばい気配をかんじた。
ま、まずい!急いでこの場から離れないと!僕は冷や汗をかきながら気配を消しながら走り出す。
が、僕の目の前にズシンと音を立てて何かが着地した。とてつもなくでかく赤い。僕は無意識に上を向いた。
そこにはさっき感じた魔物達よりもさらにやばい気配を持ち、とてつもない威圧を放つ魔物がいた。体には翼が生えていて四足歩行の魔物。文献でしか読んだことはないけど全ての魔物の頂点と言われている存在。
「ド、ドラゴン……!」
瞬間、ドラゴンの口に赤い光が溜まり始めた。
そして、赤い炎がドラゴンの口から出た。炎は真っ直ぐにさっきまで僕がいた場所に行き着き爆発した。その衝撃で周りの木々は勿論、僕も吹き飛ばされた。
ドラゴンはオオォオオォォォォ!!!と雄叫びをあげた。まるで俺が最強だ!と言っているみたいに。
爆発が起こった場所は大きな穴ができていて、黒く焦げていた。穴が空いた、ということは黒豚の死体が消えていた。文字通り、灰も残らないほどの強い炎で。
とにかく逃げよう。僕は気配を消しながら逃げた。
※
「はぁ、はぁ、はぁ」
僕は今、 逃げていた。あれからどれくらいたったのかわからない。肺が苦しい、足が痛い、腕も痛い。しかもあいつら硬すぎるし速い!なんで気配消してんのに場所がわかるの!?今も付いてきているよちくしょう!おまけに足元が暗いからへたにはやく走ると転ぶ!
「ガルッ!」
「っ!やばっ!」
今僕を追ってきているのは茶色の、大体僕と同じぐらいの背丈の大きさの狼だ。刀でも斬れないくらい毛皮が硬い。まるで岩を切っているかのような感覚だ。
でも逃げてばかりだとこっちの体力を消耗するだけでこのままじゃイタチごっこだ。僕は振り返って巨大狼と対立した。
お互いに睨み合う。僕は刀を両手に構えて集中の呼吸をし、狙いを定めた。狙うのは首――ではなく足を狙う。
「平賀流剣術……」
「グルァ!」
僕と巨大狼は同時に飛び出した。巨大狼は僕の頭を噛みちぎろうとしている。
僕は巨大狼の歯が当たる寸前に左にぐいっと傾いて噛みつきを回避した。
「閃光一閃!」
一回転してから巨大狼の前足を斬った。かすり傷程度だったが、巨大狼の後ろ側に回ることができた。
「ガルゥ!?」
流石に巨大狼も動揺したのか体制を立て直そうとするが後ろ足に鞘で叩いて転ばせた。
さっきのやつをもう一回再現したい、こわい、だから落ち着け、こわい心を、しずめこわい、こわ………だああああい加減にしろ僕!
僕は振り返って即座に足に魔力を纏わせて飛んだ。足を使ってで体を回転させて確実に首を斬るために深く集中の呼吸を行った。
キラッ
「よい、しょぉ!」
そして巨大狼の首に向けて刃を振った。
まただ。また光が見えた。さっき斬った時は刃は通らなかったのに急に通った。
だがそのお陰で巨大狼の首はザシュッと音を立てて真っ二つに別れた。
「っはぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
僕はその場に膝をついて座り込んだ。
「や、やった。なんとか倒せた。とりあえず一いk」
ガサガサガサッという音に僕の発言は遮られた。同時に僕の気配感知にたくさんのさっき討伐した巨大狼と同じ気配を感知した。とゆうか出てきた。
相当疲れているのか気配感知が大雑把な数でしかわからなくなってきた。そして目の前には茶色い巨大狼がこれでもかってぐらいいる。
「は……はは……」
僕はつい乾いた笑いが出てしまった。そういえば、さっきから戦闘音大きかったなぁ……と思いながら弥彦さんからもらった薬の筒を取り出した。
「……逃げろっ!」
僕が走り出すと同時に後ろの巨大狼達も「ガルルルルル!!!」と言いながらまるで仲間の仇を討つよう追いかけてきた。
僕は足に残り少ない魔力を纏わせながら回復薬を飲んだ。
すると体疲労や肺の痛さが全て無くなり、消費した魔力、体力もろもろ全て戦闘前の状態になった。
「えっ?」
そのことに驚いたせいで魔力の加減を間違えてしまい、僕は地面が割れるくらい高く飛んでしまった。流石にこれも巨大狼達も驚いたのかぽかんとした表情になった。
弥彦さん。僕、鳥になったよ。羽ないけど。
「……ってやってる場合じゃない!」
現実逃避をしている場合じゃなかった。どうにかしてこの場を乗り越えないと!落ちたら弾けたトマトになりかねない!
が、未だに上昇中なのでおちるのは先のようだ。
「まぶしっ」
あまりにも力を込めすぎたのか、僕は巨大樹よりも高く飛んでいた。それによって太陽とご対面。結構長い時間暗い場所にいたからすごく眩しく感じる。周りを見ると何かが飛んでくるのが見えた。なんかこっちに向かってきているような……。
と思っているとドラゴンみたいな影がだんだん大きくなってきた。
「って本当に来てんじゃん!」
よく見ると最初に遭遇した赤いドラゴンだった。改めて見ると図体がすごくでかい。横幅が藤花の屋敷の訓練場よりもでかい。
ドラゴンは僕を食べようとしれるのか口を開けてこっちに向かってきた。
僕は空中に魔力の塊を作り、それを足場にして蹴ることでなんとか噛み付き攻撃を回避し、ドラゴンの翼を掴んだ。
「グルゥ!」
「うおあっ!」
しかしドラゴンは翼を勢いよく下に下げて僕を地面に落とした。
僕は短刀に魔力を流して木に刺して勢いを殺すが、それでも止まりそうにない。だから木を蹴ってなんとか上から潰れることなく地面を転がる。し、死ぬ価と思った……。
僕が怯んでいる間にドラゴンが急降下してきた。思ったよりも速い!無理やり体を動かしてドラゴンの攻撃を避ける。そしてドラゴンと対峙する。
改めて見るとやっぱりでかい。プライドが高くて「俺は最強だ!」と言わんばかりの威圧感がある。
何より違うのは感じる気配、そして溢れ出てる魔力だ。本当にあの豚野郎が可愛い可愛い赤ん坊に見えるくらいだ。
ここで逃げたとしてもまたさっきの炎で焦げ死ぬだけだし、戦うしかない。 今いるのは公園の広場のように木や岩などの無駄な障害物がない場所、どのみち逃げようがない。
そんな状況なのに、何故か笑いが出てきた。
「ははは……本当に、理不尽が続いているね。勘当されて、王都に行こうと思ったら魔物の集団に襲われて、転移して、クソ硬い巨大狼と戦って逃げて、その先で明らかにやばいドラゴンと戦うって……本当に……本当に……!」
渇いた笑いから、そしてだんだん怒りの表情に変わっていく。僕は刀を鞘にしまい居合切りのの構え、思いっきり深く集中の呼吸。
「ふざけてるよなぁっ!」
このドラゴンをぶっ殺すために閃光のごとく突っ込んだ。
まずは前足を斬ろうと閃光一閃を繰り出した。
ガキン!
「は?」
斬りかかったさっきの巨大狼よりも硬い。どころか刃が通らない!?ドラゴンは鬱陶しそうに右前足で僕を蹴った。
しかも前動作無しで蹴られたため防御が間に合わず蹴りをモロに受けてしまった。
「がっ……!」
勢いよくぶっ飛ばされて大樹を何本か貫いて止まった。ギリギリで背中に魔力の鎧を生成したので体がバラバラになることはなかった。
「がはっ……ごぽっ」
全身が痛い、骨も折れた、口から生暖かい何かを吐いた。後頭部から背中からか温かいものを感じた。
血だった。初めて感じる血の感覚に、これが僕の血なんだ、と呑気なことを思った。
ふと吹き飛ばされた方を見ると、ドラゴンがこっちに向いて口を開け、その口の中に赤い光が溜まるのが見えた。
「ごほっぐ……」
あはは。このまま死ぬのかな、僕。逃げようにも体が動かない。
あんまり悪い人生じゃ……いや、これは報いなのかも。と思っていると頭の中に今までの記憶みたいなものが見えた。
父さんと座禅したり、母さんに宿題を手伝ってもらったり、姉さんと町へ買い物に行ったり、あいつと刀交えたり、弥彦さんや夕夏さん、そして兵士団と魔術研究師団のみんなと訓練したり、ルアとホールミンといろんな話をしたり、とたくさんの記憶が頭に流れ込んできた。
これが走馬灯ってやつか……。
みんな、今頃何してるんだろうな。
ごめんね、先に上に行ってるよ。
僕は体の力を抜いて目を閉じ——
『——よく聞けルアァ!』
——る寸前で声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声だ。
『言ってたよね!ホールミンと二人でガーディアンズに入隊するんだって!助けようとしてくれるのはすごく嬉しい!でも向こうで戦ってるホールミンはどうなる?そこのニーナさんはどうなる?この魔法陣がどうなるかわからないけど、僕はきっと大丈夫だから!だから絶対ガーディアンズに入れよ!』
ああ……思い出した、これは僕の声だ。そうだ僕はルアに前に進めって言ったんだっけ。
……ふざけるな。
僕は自分の考えたことに怒りを覚えた。
ルアが助けよとしてくれたこの命を簡単に捨てるのか?それこそ馬鹿げてるだろ。さっきも、2年前も同じことを誓ったんだ。
どんな事があっても前に進もうって。
何があっても前に進もうって。
とにかく足掻いて足掻いて足掻きまくる、悪あがきしまくって前に進む!
僕……いや、オレは──
「……こんなとこで」
この時、鍵のようなものが頭の中にガチャン、と鍵が外れたような感覚がした。
「——死ぬわけにはいかねえんだよ!!!」
「グルアアァァアアァアアァ!」
ドラゴンが紅蓮の炎を吐き、着弾し爆発した。
そしてドラゴンは勝ち誇ったように雄叫びをあげた。
「うわ……やっぱり近くで見るとやっぱりすげー威力だな」
「!?」
声が聞こえた。ドラゴンは驚いて目をキョロキョロさせただが見つからない。
なぜなら、オレがドラゴンの頭に立っているからだ。
「さっきは随分とオレを見下してくれたな。今からそのお礼をしてやる。ありがたく——」
とん、と足に魔力を纏わせて飛び、右足を思いっきり振り上げた。今頃気づいたようだけどもう遅い。
「おもえよなあっ!」
そのまま一回転させてドラゴンの頭にかかと落としをくらわせた。今まで以上に体が軽いから全力で回転できる。
「グボッ!?」
ドラゴンは変な声を出してズドン!と大きな音を立てて倒れた。オレはドラゴンの前に立ち、刀を抜いてニヤッと笑った。
「オレをさんっざん可愛がってくれたんだから、覚悟しておけよ?」
この時、オレの眼には淡紅色の五弁花の花模様が写し出されていた。
※
〈三人称視点〉
時は少し遡り、森の中で1人の女性がいた。その女性は赤い袴を見に纏い、買い物袋を持ちながら森の木を忍者のように飛び移りながら移動していた。
「思っていたよりも帰るのが遅くなっちゃった。あまりに友達と話すのが楽しくてついつい長話をしちゃった♪」
彼女の家はこの森の中にあり、その近くにある街まで買い物に行ってたのだが……偶然会った友達と話しているうちに少し時間が経ってしまった。故に予想以上に時間がかかってしまい帰るのが予定よりも少し遅くなってしまった。
彼女は急いで家に戻ろうとスピードを上ようとすると、彼女は近くに竜の魔力と子供の気配を感じた。
(赤災竜の魔力。荷物がある状態での戦闘は避けたいって待って?今子供の気配が……)
その時だった。
「——ふざけてるよなあっ!」
声が聞こえた。子供の声だ。
「ッ!こ、この魔力量……!」
それと同時に、子供のもつ魔力量ではないレベルの魔力を感じ取った。自身の子を除いてこんな森の深い所に子供がいること自体かなりおかしい。この森に住む者として無視するわけにはいかない、女性はそう思いながらそこに急いだ。
が、すぐに子供の魔力が霧散し、気配が移動し、小さくなった。
気配が移動したのは、おそらく竜に吹き飛ばされた気配が小さくなる、それは死が近づいてくる事を示している。それから竜——赤災竜から魔力反応を感じた。おそらくブレスを放つのだろうと彼女は推測した。
子供の方は瀕死でまともに動ける状態ではない。
「まずい!ここのままだと死んじゃう!」
女性は焦って更に速度を上げた。
その瞬間、ドラゴンの魔力が放たれると同時に女性に熱風が来た。
「くっ!」
女性が着いた時には既にドラゴンのブレスは放たれていてドラゴンが雄叫びをあげていた。
(そんな……あの子供は、既に)
「うわ……やっぱり近くで見るとやっぱりすげー威力だな」
「!?」
「え?」
声が聞こえて、ドラゴンがキョロキョロと頭を動かしていた。女性も呆けた声を出し、そして目を見開いた。
「さっきは随分とオレを見下してくれたな。今からそのお礼をしてやる。ありがたく——」
女性が気配感知で感じた子供はとん、と軽い音で飛び右足を思いっきり振り上げた。
「おもえよなあっ!」
そのまま一回転させてドラゴンの頭にかかと落としをした。
それを見た女性は絶句し、思わず買い物袋から手を離してしまい座り込んでしまった。いきなり子供がかかと落としをしたからでも、子供の雰囲気が変わったからではない。
その子供——少年の目にある桜の花の目に絶句したのだ。
「な、なんで……こんなところに、藤花の人間が……」
そう、この女性──藤花冬香もとい冬香・クライレントは元藤花家の人間だった。冬香はショックを受けて座り込んでしまった。