別れ、そしてまた出会う
奴の首が斬れた。頭がごとっと音を立てて地面に落ちた。
「か、勝った……のか?」
「……」
ルアとニーラさんは呆然としている。僕は息をふぅー、と長く息をはき、納刀して背伸びをした。
「ンー……ムアァ。そうだよ、勝ったんだよ」
「いよっしゃあああああっ!」
「はは……か、勝った……」
ルアは大袈裟に喜び、ニーラさんはペタンと座り込んでしまった。ルア、君はまだ余裕そうだね。あとでもっと働いてもらわないと。
「さてと、……気配は消えてる、再生もしない。よし、これで大丈夫なはず」
「よし、さっさと戻るぞ。ホールミンが戦ってる」
「うん。ニーラさんは……動ける?」
「す、すみません……安心したら腰が抜けちゃって……」
「あらら。じゃあルア、君が運んでよ。余裕そうだし」
ルアは了解、と言ってまだ座り込んでいるニーラさんを両手で抱えた。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「ちょっ、ちょっと!それは恥ずかしいですって!」
「急ぎなんでな。文句なら後で聞く」
ニーラさんは顔を真っ赤にして文句を言おうとしているがルアは特に気にしていないみたいだ。
僕はちゃっちゃと行こう、と言ってルアを促し——ッ!!!
瞬時に魔力を使って体を強化、前にいるルアを押し飛ばした。
「うおっ!」
「きゃあ!」
僕が押したことでルアはニーラさんを落としてしまった。ルアが文句を言おうと振り向くけど、その言葉が出ることはなかった。
何故なら、不純物が混じったように黒い魔法陣が死んだはずのオークジェネラルを中心に生成されていて、その魔法陣の中に僕が巻き込まれたからだ。
「ハルト!」
「こっち来ちゃだめだ!嫌な予感がする!」
『……けるな』
どこからか声が聞こえた。
『ふざけるな……!』
だんだん声が大きくなっていった。声は……後ろから?
『ふざけるなふざけるなふざけるなぁ!俺が、この俺様が、人間ごときにぃ!』
声の正体は、死んだはずの黒豚からだった。そんな馬鹿な!さっき生きている気配はなかったはずなのに!
『あの方にもらったこの力で、俺様はこの世界の王になるはずだったのに!この小僧のせいで……ふざけるなふざけるなふざけるなぁ!!!」
うっわぁ……負けた挙句駄々捏ね出したどぞこの豚野郎。なんかお化け屋敷にいる喋る生首みたいで気持ち悪い。馬鹿みたいに叫んでいる隙に逃げようとしたが、なぜか足が動かない。まるで足の裏に強力な粘着剤が貼られてるかのようだ。
『あそこにいるやつらも殺したかったが……俺様の首を斬った小僧は捉えたならいい。一緒に死んでもらうぞ!』
すると魔法陣が光出した。本能的に理解する、これは非常にまずい!
「この魔法陣……自爆の術式が書かれててる……!」
「ハルト!抜け出せないのか!?」
「無理!足が地面にくっついて全く動かない!」
『がーっはっはっは!一緒に来てもらうぞ小僧!』
魔法陣はさらに黒く、不気味に輝いた。まずいまずいまずい!このままだと僕も死ぬ!
「ニーラ、なんとかならないのか!?」
「術式を書き換えようとしているのですが、相手の魔力量が高くて何もできません!」
外部からなんかするのは無理ってことは脱出するなら僕自身がなんとかしないとか。でもどうやって……あれ待てよ?ニーラさんさっき術式を書き換えるって言ったよな……?
この時、僕はとある記憶を思い出した。長い黒髪の女性が本を読んでいる僕に隣で小さな魔法陣を書きながら説明している記憶だ。
夕夏さん、ありがとう。あなたが教えてくれたものが役に立ちそうです。
「……術式書き換え、やってみるか」
僕は黒豚に対抗すべく、ありったけ魔力を魔法陣に流し込んだ。
『無駄だ、あの方の力は強大だ!貴様みたいな小僧に何が──ッ!?』
「……ただの子供だと思っていると痛い目見るよ?」
夕夏さんは藤花魔法師団の団長であり、僕に魔法を教えてくれた人だ。藤花専校の後、よく通っていた場所の一つだ。毎日毎日、常に魔力を体に循環させることを意識しなさい、って言わ大量に増えた。僕の魔力を舐めてもらっては困る。
書き換えるのは、まず最優先で爆発する部分。その後はどうにか魔法陣そのものを無効化する!
この時、僕はなぜか頭が急速に冷え何も感じなくなっていた。たけ続けにでかい出来事が起こりすぎて頭が一周回って冷静に慣れたからだと思う。僕の魔力が魔法陣の術式を変えていった。とりあえず爆発する部分は書き換え無効化することはできた。
『調子に、乗るなぁっ!』
クソ豚がさっきよりも多い魔力で僕の術式を書き換え……じゃない、なんだこの術式!?黒豚は新しい術式を書いていた。文献にも夕夏にも教わってない術式、動揺してしまったことによって新しい術式が変わってしまいより一層魔法陣も光が強くなった。
『へっ!これで貴様も道連れだぁ!』
「やってくれたな……この豚野郎!!」
僕は腰に刺してあった短刀をオークジェネラルの頭に投げた。短刀は無事刺さり、オークジェネラルはジュボアッ!と変な声を出して何も喋らなくなった。
だが、魔法陣は光ったまま出し僕の足も動かない。
「あの黒豚野郎……!」
こいつにトドメをさせば消えると思ったがダメだった!ふと前を見るとニーラさんがルアを抑えていた。
「離せ!俺は助けるんだよ!俺が行かなきゃいけねえんだ!」
「ダメです!あなたまで行ったら……!」
「いいから離せ!」
僕は悟った。これ無理だ、おそらく僕の身に何かが起こる。もし僕を助けようとしたら自分だって巻き込まれる。それをわかった上で助けようとしてくれるルアに泣きそうになった。
本当に優しい人だ、出会ってから一日もたってないよ?それなのに見ず知らずの子供にこうして助けようとしてくれる。それが本当にすごく嬉しい。
だからこそ、巻き込むわけにはいかない。
「よく聞けルアァ!」
「!」
ルアも動きを止めて僕の言葉に耳を傾けた。
「言ってたよね!ホールミンと二人でガーディアンズに入隊するんだって!助けようとしてくれるのはすごく嬉しい!でも向こうで戦ってるホールミンはどうなる?そこのニーナさんはどうなる?この魔法陣がどうなるかわからないけど、僕はきっと大丈夫だから!だから絶対ガーディアンズに入れよ!」
最後まで言い終わるとルアは泣くのをこらえてるような表情をしていた。
「……ああ、約束だ!だから……だからお前も生きてくれハルト!」
よかった、とりあえずこれでルアを巻き込むのは防げた。
僕は懐から小さい麻袋にさっき渡した回復薬を入れて短刀に結んで二人の近くにある木に投げた。
魔法陣が勢いよく光始める。さあ、僕はどうなるんだろう。
ああそうだった、最後にこれを伝えないと。
「ホールミンにも、よろしく伝えて」
そして光が視界に溢れ出し、ルアとニーラさんの姿は見えなくなった。
※
〈ルア視点〉
魔法陣の光が収まる。そこにはオークジェネラルの死体とハルトの姿はなかった。
「「……」」
俺とニーラはしばらく黙ってハルトがいた場所を見ていた。光が春翔を飲み込む前、ハルトは笑ってた。クソッ、俺があいつの変化にすぐ気づいていれば……!
俺は悔しくてギュッと手を握り締める。少し生温かい何かが手をつたるが今の俺にはそんな余裕はなかった。
すると手がさっきの生温かさとは別に、優しい暖かさに包まれた。それにハッとなって見るとニーナが両手で俺の手を優しく包みながら治癒魔法を俺の手にかけていた。
「……悪い、恩に着る」
「いえ、せっかくハルトくんが私達を助けてくれたんですから。自分の体は大切に、ですよ?」
「……そうだな」
そいや、ハルトのやつなんか投げてたな。
俺は近くにある木に刺さっているナイフ、ではなくハルトが持っていた……これはカタナか?それにしては短いけど。とにかくそれを抜いた。袋の中には親指サイズの筒が入っていた。さっきもらった回復薬か。俺はそれを持ってニーナに向き合う。
「……行くぞ。あいつの為にも」
「ええ。……ところで、もう一度運んでくれませんか?さっき落とされた時にまた少し痛めてしまって……」
「はぁ……ちょっと待ってろ」
この女、絶対動けるだろ。というかさっき普通に歩いたよな。だがさっき落としたのは事実だだし仕方なく両手で抱えようと手を伸ばす。
「せ、せめておんぶで運んでくれると……」
この女……すごく図太くないか?顔に出てたんだろうな、ニーナの顔がちょっと申し訳なさを感じた。しょうがないから背負っていくことにした。
「……ありがとうございます」
「先に言っておくが乗りごごちの文句は受け付けないからな」
背中全体が人の体温で温かくなる。2つの柔らかいものを感じたが、今はそれどころじゃない。急いでホールミンのところに向かわないと。
──うおおおおおおおおおおおおおおお!!!
「え?」
「……なんだこの歓声は」
向かっている途中で歓声が聞こえたのでさらに急いで馬車に向かう。
※
「重症者はミューレさんがいるあちらのテントへ!治癒魔法が使える方はこっちテントに!手が空いてる方は怪我人を運ぶのを手伝ってください!」
「おいしっかりしろ!……まだ息はある。重症患者だ!急いでテントに運ぶぞ!」
戻ると既に戦闘は終わっていて、後から来たであろう冒険者や騎士達が怪我人を運んでいるところだった。明らかにお前いなかっただろってやつが多いな、多分援軍だと思う。
「さっきの歓声は戦闘が終わったから出たのか」
「みたいですね。ところで、そろそろ降ろしてもらっても……」
「……」
俺は無言でニーナを降ろす。それよりホールミンだ。どこにいるんだ?
「おいあんた!そこの金髪のあんただ!こいつ運ぶの手伝ってくれ!」
1人の冒険者が怪我人を運ぼうとしているのが見えたのでニーナと別れる。ついでにホールミンのことを聞くことにした。
「ところでハンマーを持ったスキンヘッドの男を見なかったか?」
「あ?そいつは確かあそこのテントに運ばれたぞ。すごくひどい状態だったからな、真っ先に医療用テントに運ばれたから今頃ちりょうされてるんじゃないか?ちょうどこいつもそこに運ぶから探してみな」
「ありがとう、急いで運ぶぞ!」
重症患者用と書かれたテントの中に入ると、そこにはぼろぼろの状態のホールミンと赤い髪の女がホールミンに包帯を巻いていた。
「ホールミン!」
俺は怪我人を置いてからホールミンの元へ駆け寄った。
遠くから見てもひどい状態だったのが近づいてみるとさらにひどかった。腕の骨は折れていて、顔や体、至る所に傷がある。そして包帯の上からでもわかるくらい血の跡が腹にあった。
「あなた、この人の友達かしら?」
思っていたよりも近くから声が聞こえた。そこには赤い髪の女が俺に声をかけたようだ。
手には包帯がある。ホールミンに包帯を巻いていたのか?
「はい、俺のパーティーメンバーです。ムーランド支部所属Bランク、ルア・メルケルです。
「そう。この子すごいわね。私達が来た頃には既にこの子は瀕死だったのに膝をつかないで一人でずっと戦っていたのよ?」
瀕死だって!?ホールミン、お前、なんでそんな無茶したんだよ。俺は少し泣きそうになって、同時に悔しくなった。
試合に勝って勝負に負けた気分だ。
「そうですか……。ホールミン、ありがとう、頑張ってくれて」
でも今はそれどころじゃない。俺はホールミンが目を覚ましたら何か奢ろうと決めた。今回は世話になったからな。
「……終わったか、ミューレ」
今度は愛想の悪そうな青い髪の男が来た。
「ええ。とりあえず応急処置は終わって治癒魔法もかけたからあとは回復薬か何かを飲ませて回復させればいいかな」
「……そうか」
「……あの、失礼ですが、あなた方のお名前は?」
「あら、自己紹介が遅れてしまったわね。私はガーディアンズ所属序列8位、ミューレ・ユンケルよそして彼が」
「……ガーディアンズ所属序列6位、ギール・ルニアだ」
「ガーディアンズ……!?」
ガーディアンズ──この人たちは俺とホールミンが目指しているクラン所属だった。
この出会いが今後の俺たちの目標に一気に近づくことになった。
※
ジェネラル系の魔物は、群れを成す魔物に存在する、いわゆる軍隊の軍隊長のようなもの。ジェネラルの名前の通り群の中でも上位の実力を持っていて、危険度はAランクとかなり高い。知性もあり、指揮能力が高く、多数の軍勢を引き連れてくると危険度はSランクの中でも上の上になるレベルで跳ね上がるため、見かけ次第速攻で討伐隊を組むことが推奨される。
そのことから、今回フレイド王国王都定期便にて現れたゴブリンジェネラル及びオークジェネラルについては普通の魔物よりも実力はかなり高かったが、ジェネラル系特有のリーダーシップのようなものは見られず、急に現れたとの証言があった。冒険者ギルドが調査した結果、この2体はジェネラルではなく、薬などの外部の影響で肌が黒くなり能力が強化された可能性があるということがわかった。また、当事者達の事情聴取から得た情報から、このような事例の魔物はSランクに指定された。
冒険者ギルド公式記録、フレイド王国王都定期便襲撃事件報告書より抜粋