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桜の妖精

作者: 圓華伊織

 俺は日本の四季が好きだ。

 特に春。桜が満開になる春が好きだ。

 理由はいくつかあるが、その中でもきっかけと言っていい話がある。



 今から5年前のことだ。

 俺は友人に誘われて花見をすることになっていたのだが、急なドタキャンで1人で花見をしていた。

 あまり人が来ない場所に男子大学生が1人。大して不思議ではないか。

 とにかく、人気のない場所を探して花見をしていた。そこは昔から『出る』と噂の場所だった。

 そういう噂は信じていないから、その日は特に何も考えずにその場所に行った。

 20分くらい桜を見ていた。この桜は長い間見ていても飽きない。こんな感覚は初めてだ。


 ふと気がつくと、俺が見ていた桜のすぐそばに男がいた。男も俺と同じで、じっと桜を見ている。ゴリゴリマッチョの体育会系の人だ。頭はつるつるでタンクトップを着ている。こんな人でも花見をするのか、と思った。

 が、あることに気がついた。


 俺はずっとその桜を見ていたわけだ。何故、男に気がつかなかったのか。もしや、あの人が噂の。


 そう思った瞬間、男がこちらを向いた。

 心臓が一回大きく脈打った。これが蛇に睨まれた蛙というものか。睨まれたわけではないのだが。

 男はにっこり笑って手を振った。誰か知り合いでもいるのかと辺りを見渡したが誰もいない。一応、手を振り返しておいた。

 すると、今度は来い来い、と手招きを始めた。正直行きたくなかったが、これで行かなければ何をされるかわからない。俺は渋々重い腰を上げて男のところへ行った。

 近くで見るとわかったが、男は俺と同い年くらいの見た目だった。


「兄ちゃん、ここにはよく来るのか。」

 見かけによらず人懐っこそうな人だ。

「いや、ここら辺には住んでるけど、ここに来たのは初めてだ。」

 タメ口でも男は何も言わない。やはり同い年くらいか。

「この桜はな、ずっとここで咲いてるんだが、毎年1人か2人くらいしか見に来ないんだ。だから、兄ちゃんが来てくれて、しかも話ができるっつーのはかなり嬉しいんだ。ありがとよっ。」

 ニカっと笑う顔はとても爽やかだった。

 だが何故、礼を言われるのだろう。俺は何か特別なことでもしたのか。

「おぅ。」

 なんだかよくわからないが、返事だけはしておいた。


「兄ちゃん、桜には詳しいのか。」

「ソメイヨシノすらもわからん。」

「あははっ。俺もわからん。人間が勝手につけた名前なんぞ、こっちは知らんっ。」

「あ、でも、これはわかる。しだれ桜っていう種類だ。枝が垂れているからな。」

「おぉ! 兄ちゃん、すげぇぜ!」

 俺は褒められるのに弱い。


 それからはかなり話し込んだ。ほとんどは俺に関する話だった。

「大学ってーのは、どんなことをするんだ?」

「専門的なことを学ぶんだ。あんたは大学行ってないのか?」

「あぁ。俺はここから動けねぇからな。学校ってのも行ったことねぇな。」

「動けないって。」


「俺は桜の妖精なんだ。」

 あ、そういう系の人だったのか。

 今さらながら、危ない人に出会ってしまった、しかもかなり話し込んでしまったと後悔した。


「信じてねぇな。本当だぜ。試しに俺に触ってみろよ。」

 男が手を出した。半信半疑で手を握ってみる。が、握ろうとすると空を切って男の手に触れない。まるでそこには誰もいないかのように。

「まさか、幽霊。」

「妖精だっつってんだろ。ほら。」

 男が手をピストルの形にしてばん、と撃った真似をした。すると、その桜の花びらが大量に俺に降りかかってきた。

「うわっ。」

 あっという間に俺の体は桜まみれになった。

「あははっ。信じてくれたか。」

 信じるまでにはいかないが、風もないのに俺だけに花びらが落ちてくるのは不思議だった。


「勝手だけど、桜の妖精って女の子だと思ってた。」

 花びらを取りながら話すが、全部は取れそうにない。量が多すぎる。

「男で悪かったな。」

「悪いことないだろ。先入観があっただけ。あんたみたいにごつくても桜の妖精って言うんなら、まぁ、理解できなくもないこともないかもしれないけれども。」

「理解できねーんじゃん。」

「普通はそうだろ。ゴリゴリマッチョな男が私は桜の妖精ですって。笑いのネタくらいにしか思えない。それに、妖精って小ちゃくて羽生えてるイメージ。」

「そうなってもいいぜ。」

「いや、やめてくれ。」


 男はあははと豪快に笑った。そして、幹に手を当てて懐かしそうに語り出した。

「ここに来てから今年で100年なんだ。でも、俺のことを知ってる奴はほとんどいない。だから、誰かに知ってほしくて10年くらい前からこうして人の形になってみたんだ。そしたら、余計に人が寄り付かなくなった。」

『出る』と噂になったのはこのせいだったのかもな。

「だから、兄ちゃんが来てくれて本当に嬉しいんだ。ありがとよ。」

 男はまた笑った。


 俺は急いで近くのコンビニまで走った。また急いで戻ってくると、男は変わらず桜を見ていた。

「おいおい兄ちゃん、ビビったぜ。何しに行ってたんだ。」

 コンビニの袋を掲げて見せた。

「記念の年なんだろ。100年のお祝いだ。」

 男は驚いた顔をしていたが、意味がわかると泣き笑いの顔をした。

「ゴリゴリマッチョがそんなに泣くなよ。」

「いや、俺にここまでしてくれる人間は初めてだから。うぉぉぉおお!」

 どんな泣き方だよ、と心の中でツッコミをした。


 袋から酒、ジュース、水など、買える範囲で買ってきたものを取り出した。

「桜って酒いいのかわからなかったからいろいろ買ってきたんだけど。」

 男は触れないから興味深そうに見ている。

「そうだな。俺も何がいいのかわかんねぇ。でも、飲んでみてぇな。ちょっとだけかけてくれねぇか?」

 かける。あぁ、桜にか。

 缶ビールを開けて少しだけ垂らしてみた。

「あー。これはちょっとでいいやつだ。」

「ダメだったか。」

「そういうわけじゃねーんだが、根が腐る。」

「そうか。」

 こんな美味しいものが飲めないとは、なんて残酷。


 それからもいろいろと試してみたが、結局水で落ち着いた。

「悪いな、兄ちゃん。俺は水が好きらしい。」

「他の植物もそう言うと思うよ。」

 それからの話は男の話になった。

 ここに来た経緯だったり、どんな人が来てくれたり、他の桜はどんななのかだったり。

 気づけば日は傾いていた。

 まだ寒さの残る四月の上旬。体はだいぶ冷えていた。

「そろそろ帰るか。」

「そうだな。でも、綺麗だよな。」

 この桜はいつまで見てても飽きない、綺麗だと思う。

「ありがとよ。俺もまだまだ頑張るからよ、来年も来てくれるか?」

「あぁ、もちろん。」

 散らかっていたものを袋に片付けて帰る準備をした。

「じゃあ、またな。」

 手を振って別れを告げた。

「あぁ。話し相手になってくれてありがとな。楽しかったぜ。心の友よ。」

 男は花びらになって舞い散った。

 ほろ酔い気分になっていた俺はその日の出来事を夢だと思っていた。が、翌朝、花びらまみれになった服を見て、あの出来事は本当に起こったことなのだと思うようになった。


 あの出来事があってから、俺は春が好きになった。春がこんなに楽しいと思ったことは初めてだったからだ。

 社会人になった今でも、毎年春になるとあのしだれ桜を見に行く。妖精とは思えないゴリゴリマッチョの男は豪快に笑うだろう。

「また来たのか、兄ちゃん。嬉しいぜ。」

 と言いながら。

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