96 決めかねる進む先
行動を決定する際に情報が足りなければ確信をもって決断する事は難しい。
特に、周囲の人間が何を目的とし、何を思って指針を決めているのか推測できないとなればなおの事に。
(どうするべき・・・?)
ノアは自問に回答が与えられるとは考えていないが、それでも内心で呟きを漏らすことを止められなかった。
防衛―――街を拠点としたタワーディフェンス的な考え方をするのなら、即座に撤退して門前に陣取るのが正解だろう。
敵といえる襲撃者の攻撃からどのくらいの期間を耐えなければならないかを考慮に入れると気は進まないが、
(戦域全体を把握できる神の視点でもあれば、要衝に陣取るというのも良さそうだけれど)
敵の出現位置や移動経路、必ず通過するような場所が把握できればどれほど楽な事か。
道を外れ、周囲の森や林の中から、雪原と化した周囲を縦横無尽に駆けては奇襲じみて出現する敵の絶対の順路など無いのだから考えるだけ無駄である。
そうやって思考が横道に逸れに外れていく理由は、彼女自身に絶対の指標となる目的が存在していないからだ。
(状況に流される、というのは問題しかないとは思うのだけれど)
結局、思い浮かぶ選択肢は二つ。
進むか、退くか。
街へ戻ることのデメリットは特にない。
ここまで進んできた目的が敵勢力の脅威度を下げる事というならすでに達成していると判断していい。
本当に十分か?と思う部分はあるのだが、下手なところに留まるよりは帰還する方がマシだろう。
ただし、それ以上のメリットというのも特にない。
進む場合の利点は騎士団の人間を確保できる可能性が高い事。
現状で言えば、ともかく人手―――長時間、昼夜問わず真面目に働ける人材―――があまりに足りていない。
単純に力仕事を安定して任せられる人間としても無難な相手だ。ノア自身は思うところがあるが。
前へ向かう欠点としては、慣れていない集団戦に巻き込まれる可能性が高い事と、思惑通りに進まないであろうという事。
正直、脱落者が出た時点で街に戻って体勢を整えると思っていたので、すでにノアには彼らの思考が読めない。
(・・・というか、もう街に大軍や強敵が押し寄せるような事態になっている事を考えると・・・)
色々と考え始めるとネガティブな要素しか思い浮かばなかった。
どうにも思考が纏まらず小さく嘆息を漏らすと、視界に深い影が落ちる。
雲よりも濃い大きな影に釣られて視線を上げれば、もはやすっかりと存在を記憶の彼方に追いやっていた『空飛ぶ城』が映った。
「ノアちゃん、どうする?」
ぼんやりと空を見詰めていると、心配そうな口調でアコルに問いかけられてしまった。
優柔不断な事だとは思うが、どう行動しても利するイメージが湧いてこないのだから仕方が無い。
(結局、何に重きを置くのかというところに行きつくのかな)
街に戻ることは安定の選択ではあると思う。
しかし、今の状況で最も必要とするモノは―――。
「騎士団の後を追う。ともかく情報が足りなさすぎる」
「そうね・・・こんなことが何時まで続くのか予想も立てられないもの」
「うん。せめて大まかな敵勢力の把握と白銀の山道の様子が知りたい」
「騎士団についてはいいの?」
「あんまり期待していない」
何があったのかは判然としないが、一度戦線を下げる選択をした後で無理に突撃を敢行したのだ。
もしも計略だとしても、モンスター相手にそんな軍師必須の特殊な作戦を用いる必要性を感じられない。
思い付くのは、玉砕覚悟の特攻か、守勢に回ることを嫌ったのか、街まで退くのをプライドが許さなかったか。
そうした予想のどれかが正解であったのなら、信頼して判断を預ける、という事を避けたい相手だと認識せざるを得ない。
(彼らの誇りが何処にあるのかにも依るのかも。『剣』か『盾』か)
騎士団と一括りにしているが、指揮官や組織構成によって様々に変わる。
主には敵対勢力を殲滅して安全を確保する『剣』と、相手が諦めるまで、諦めざるを得ない程に防衛に尽力する『盾』の考え方。
前者はノアが自ら動く場合には選択しやすい思考だが、それは組織力と体力に難があるからでもある。
だからこそ、多大な訓練期間と人数、秩序行動を必要とする防衛のための戦い方を騎士団には求めたかったところなのだが。
「そもそも、なんで勇者くんたちが強行したのかもよくわかっていないんだよね・・・」
「ノアちゃん、心から興味無さそうだものね」
「実際に無いけど、大いに迷惑だから叩き潰したくなってきた」
小さく呟いた本音にアコルが苦笑を浮かべる。
目的も行動の意図も把握していないというのに、敵対感情だけが蓄積していくのはどうなのだろうか。
ノアとしては、もはや顔と名前も曖昧になっている程度の存在なので、特別に何かするつもりもさほどないのだが。
「マスター、こちらの処置は終わりましたのでいつでも行けます」
「そうだね。行こうか」
ノアたちが話し込んでいる間に、テントを雪で埋め立てる作業が完了していた。
内側に天幕を仕込んで生活空間を確保し、空気穴を確保しただけの簡易なカモフラージュである。
これでモンスターに襲われないかというと疑問だが、何もしないよりは幾分かマシだろう。
中には負傷者を組み立て式ベッドに寝かせて三日分の水・食糧と湯たんぽ代わりの温石を提供して詰め込んでいる。
自力で回復してくれなかった場合は冥福を祈る事にもなりかねないが、致し方なし。
「じゃあ、行くとしようか」
「はい!」
気合を新たに意気込むアルナを尻目にふわりと舞い降りる妖精が背中に張り付く。
そんな様子を眺めて微笑を浮かべながらイリスもそっと身を寄せる。
その絶妙な距離感に、アコルが苦笑いを浮かべ、スコップ片手に何とも微妙な表情を浮かべていた。
「別にいいけど、ノアさんってわりと楽しそうだよね。別にいいけど!」
「そうだね。アルナとイリスとフィルが一緒に居てくれるから」
それが依存であることを承知の上で、ノアは笑みを浮かべて答える。
呆れたような嘆息が返ってくるのも構わずに、彼女たちは雪に埋もれた道を歩き始めた。
その頭上を漆黒の影が通り過ぎていくのを見落として―――。
今回短い上に大変申し訳ありませんが、またしばらく更新が滞ります。
楽しみにしてくださっている方がいましたら、のんびりと再開をお待ちいただければ幸いです。




