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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
98/99

95 白を染める朱



切る。斬る。きる。


純白の絨毯を斑に染める赤が飛び散る。

仕留めた後にどうするか、など考える必要もない。

返り血に汚れ死臭を纏おうとも止まる事をせずに進み続ける。


「ノアちゃん!」

「っ!」


アコルの放った短い警告に従い上空から降り注ぐ氷刃を回避する。

お返しとばかりに火閃が後方から飛ぶのを視界の端で確認しつつ、再度踏み込んでいく。

涼やかな鈴の音を響かせる刃は翠緑の輝きを宿し、振るうと共に斬撃が飛び、あるいは刃が伸びる。

くるくると舞う様な挙動の狭間にどちらが有効なのかを判断して攻撃方法を選択していく。


「フィル!」

「ん!」


敵集団が鹿や熊、狼のような魔獣ばかりだというのを確認して合図を送る。

仲間たちが直接目にすることは無いが妖精の瞳が妖しい輝きを放ち、ビクリと小さく震えたと思えば魔獣たちの身体が硬直した。

麻痺の魔眼による肉体の拘束は、実のところ体に作用するモノではなく精神に対する効果らしい。

故に霊体などにも効果があるのだが蟲や獣のような本能に寄っている相手の方が効きやすく、無機物主体の精神性とは異なる要素で体を動かす相手には効果が出辛い。


(拘束時間は十秒程度・・・!)


獣には効きやすい、といっても永遠に硬直してくれているなんてことはない。

しかし、十秒もあればノアたちにとっては十分すぎる隙である。


「アルナ、斬り込むよ!」

「はい!」


先行してアコルが放った火球が着弾。

爆炎をまき散らして手傷を与え、熱気が収まるよりも早くノアとアルナが飛び込んでいく。

赤の閃光が視界を覆う中で二人が刃を振るい、術と銃弾を放ち、敵を殲滅する。


「カザジマ! 左!」

「! うん!」


雪の中から青白い何かが湧き出し、すぐに硬質な塊へと変異していく。

氷塊の怪物はあっという間に形を成して、巨人の様相を呈した。


「うぉぉりゃぁぁあああっ!」


這い出る巨体の顔面に戦槌を叩きつける。

重々しい轟音が響き渡り氷塊に罅を刻み込む。


「イリス!」

「かしこまりました」

「もう一発・・・っ!」


再度攻撃の溜めに入るカザジマを赤と黄の輝きが包み込む。

踏み込みと共に一回転、遠心力を存分に乗せた重量武器で横薙ぎに殴り飛ばす。


粉砕。


衝撃で大気が揺れ動き、大きな音を響かせながら氷塊は細やかな破片となって散った。

振り切った体勢の彼へ伸びる雪妖花による純白の殺意を、蛇腹剣の斬撃が迎え撃ち相殺する。

複数の破裂音が巻き起こり、さらには火球が襲撃者へと降り注いで炸裂音が耳を刺激した。


「ふっ!」


そちらを一旦意識から外して、ノアは自己強化による脚力に任せて空へと舞い上がった。

空中を自身の領域とする鳥のような魔物たちの動揺するような雰囲気を感じ取りつつ刃を振るう。

風鈴のような音の波紋と共に斬撃が広がり、敵を撃ち落としていく。

さらに雷光による追撃で全てを消滅させてからゆるりと地面へと降り立った。


「ふぅ・・・」


一息ついて周囲を見渡せば、雪は吹き飛び、地面は抉れ、血で彩られた戦場の様子が視界に映る。

けれど、生き残った敵の姿、気配は確認できないのでとりあえずは良しとした。


「やっぱり楽だなぁ。戦う事だけ考えていればいいというのは」


細かく切った干した果実や砕いたクッキーなどを混ぜてチョコレートで固めた栄養スティックもどきで軽く影響補給。

やはり糖分と多少の栄養、それにちょっとお腹に物を入れる感覚があると疲労度がかなり軽減される。

新陳代謝が随分と少なくなっているはずなのだが、消耗するエネルギーはやはりあるらしい。


「・・・死臭と血の香りの中で食べ物を口にしても、気にしなくなっちゃったなぁ」

「ふふ、そうね。さすがにお肉なんかは少し困るけれど」

「ですね」


同じように軽く補給しているアコルと苦笑を交わす。

すでに半日近く戦い通しだが、ほとんど消耗していない。

多少の甘味と水分だけしか摂取していないし、夜を跨いだのに仮眠も取っていないが調子がいい。

これはノアだけでなくパーティ全員が似たようなモノで、カザジマですら小休止があれば十分と思っているらしい。


「う~ん。なんか全然疲れないね! 別に弱い敵ばっかりって事でもないのに・・・修行の成果が出たかも!」

「古代遺跡の中と比べれば楽だからね。とはいえ、油断はしないように」


どこか気楽な壮年の男性に軽く釘を刺す。

余裕がある理由は、未だ大きな傷を負っていない事や地形的な不利を被っていないことなど複数ある。

メンバー的に一直線の通路や閉所での戦闘の方が辛いということもあり、雪原や林での戦いは気分的に楽で居られた。

心理的重圧が少ない事がこれほどまでに継戦能力を左右する事に今更ながら驚きがある。


「倒すだけで良いというのもありますね。回収も解体も重労働ですから」

「確かにアルナの言う通り倒す事にだけ注力出来ているのもあるか」


疫病やら魔獣や野生の獣を呼び寄せてしまったり、単純に勿体無かったりと色々あるので討伐した相手は可能な限り処理をするようにしている。

が、今回に限ってはともかく数を減らすことを目的に大地を血で染めるという魔王の様な所業を行っていた。

どうせ次から次に敵は湧いて来るのだし処理も追いつかないので無視する事に決めたのだ。

全てを燃やして始末すると大規模な火災になりかねないし。


「数も密集率も上がっていますが、むしろ負担が減っているのは何とも言えませんね」

「まぁ、範囲攻撃を比較的自由に使えるし、密集してくれる分、当てやすいから・・・」


イリスの零した言葉に溜息が漏れる。

戦術も戦略も無く数だけで襲ってくる相手は割と与しやすい。

こちらの処理能力を上回らない限りは、ではあるがフィルを筆頭に敵を一撃で葬れる高火力の広範囲攻撃があれば魔獣の群れの脅威度は高くないのだ。

味方への攻撃(フレンドリーファイア)もこの面子であればあまり考えなくても自発的に回避するのだから。


「それはそれとして、そろそろ騎士団の痕跡くらいは見つかっても不思議はないのだけれど・・・」

「最後に確認した場所はこの辺りで間違いはないのですが」


騎士団が陣地を築いていたのは平時において二日程度の距離。

いくら殲滅に気を取られて足が遅いとはいっても、さすがに四日目ともなれば気配くらいは感じ取ってもいい筈。

全滅していたとしたら陣の跡や骸など重量や体積の問題で埋没しづらい物は隠しようが無いのですぐに発見できる。

逆に消えてから時間の経った焚き火の跡くらいなら雪に埋もれていると一見では確認できないかもしれないが。


「むぅ。もう五百くらいは倒した」

「昨日の夜から数えるとそのくらいにはなるかな」


背中に張り付く妖精の頭を撫でながら微笑む。

MMOに良くある放置狩りと呼ばれる稼ぎ方法みたいな効率で敵を倒し続けてきたのだ。

数だけで言えばフィルの告げた通り、周辺一帯の雪の色を書き換えるほどに始末していた。

しかし、それだけ派手に動いていても人が寄ってくる気配も無ければ、斥候を発見することも無い。


「もう少し傾斜の強い山裾当あたりなら雪崩に飲み込まれたとかも考えられるのだけれど」

「少し、探索の方に重点を置きましょうか。付近の敵はほとんど残っていないようなのだし」

「アコルさんの言う事もわかりますけど、状況がわからないから手分けするのは止めた方が良いかと」


雪原ごと呑み込むような未知の敵が存在する可能性も無いとは言い切れない。

それほどの脅威となる気配を感じ取ることはできないが、下手に戦力を分散するのは危険だった。


「まぁ、もう少し進んでみましょう。白銀の山道までは未だかなり距離があるので」

「道中のどこかで魔物を食い止めようとしている、ということですか」

「理想としては、ね」


実際には多くの魔物が街にまで迫ったのだ。

まともな防衛線を築けている筈もない。

しかし、野生の獣の特性を併せ持つ魔獣たちとゲリラ戦は不利でしかない。

それでも生き残っているとすれば―――。


「次、虫」

「みたいだね、フィル。叩き落す準備を」

「ん」


軽い頷きと共に離れていく妖精の温もりが冷めるのを感じながら、薙刀を持ち直す。

昆虫系特有の翅の音が耳に届く頃には青黒い甲殻虫の群れが視界に映る。


「防御が硬いから、術理(ルーン)とカザジマの打撃を中心に。なんて言う必要もないかな?」

「ふふ、そうね」

「あたしも頑張るよ!」


気合を入れ直した一行が数十匹の群れの害虫駆除を終えるのは数分で済む。

風の刃が翅を切り飛ばし、不意に増した重力の楔に縫い付けられた蟲を叩いて回ればそれで終わりだ。

すでに何十回と繰り返した分散前の集団殲滅は熟練の域に達している。

ただ、掃討した直後に次が訪れれば軽い休息すらも取れずに何度も、何度も戦闘を繰り返していく。


(―――といっても、余裕はあるか。自爆攻撃じみた相打ち戦法とかしてこないし)


落ち着いて損害無く戦闘を乗り切れば消耗など皆無に等しい。

必要以上に回復への意識を残す必要も無いので援護がしやすく、それによりさらに安定が増していく。

この連携の最終確認を今の段階で、思う存分に実戦で出来るという事は幸運でしかなかった。


「ん?」

「気配は薄いですが・・・」


十を超えるほどの群れを処理したあたりで人の気配を感じ取る。

僅かな呼気と微妙な熱などから察するに雪の中で息を潜めているらしい。


「というか、単に虫の息なだけでは?」

「え・・・え!?」


カザジマは一瞬言葉の意味を捉えそこなったのか、明確な反応を示すまで少し間があった。

直後に慌てふためく彼を半ば放置するように、フィルが発生させた突風が周囲に積もる白い冷気の塊をめくり上げる。

何となく布団を剥ぎ取るような光景に思えて、ノアは脳内で頭を振った。

そういう平和的な一幕ではない、と。


「あ、いた」


抑揚の欠ける無感情な言葉が妖精の口から漏れる。

彼女にとって、倒れている人々の生死など気にするようなものではない。

それはフィルだけでなく他の二人にしても同じであり、人命救助に対する熱というものがまるで見えない。

主の心を映す鏡として従者としては完璧である。彼女たち自身も思うところはあるのだろうが。


「3人だけ、か。伝令か、逃亡者か」

「ともかく治療した方が良いわね」


アコルが白の中に倒れ伏した騎士と兵士たちへと駆け寄っていくのを眺め、ノアは小さく嘆息を漏らした。

兵士を助ける、ということは、足を止めるという事でもある。

見捨てるよりは情報くらい聞き出してから、とも思うがどうする事が最善か迷ってしまう。

応急処置だけをしても、街まで送り届ける事はできないというのも判断を下すことを躊躇う要因だった。


(自分が慈悲深く善良だ、なんて欠片も思っていないけれど・・・)


ノアは、自分が非情な決断を行えるものだと信じている。

優先的に行動に移すつもりもないが、逡巡するつもりもない。

だから、頭の中でどちらが得か―――どうすれば多少は彼らを助けるのが得だと判断できるのか、思考を回す。


「・・・それほど深く考える事も無いと思うのですが」

「でも、面倒なのは確かだよ。イリス」


小さ目の天幕と魔物避けの設置を指示し、焚き火台で火を起こす。

血と死臭はあるが、移動よりも早さを優先したのは治療のためでもある。

ノアは医療の専門家ではないので詳細は不明だが、凍傷や斬りつけられた外傷などは流石にわかる。

肌が変色するほどの重傷に術理(ルーン)がどこまで効果を発揮するのかという問題はあったが、治療はアコルとイリスに一任する。


残りの四人で周辺警護と共に死骸を多少処理した。

それでも匂いがキツいので食事を用意するのは躊躇われ、お湯を沸かしてココアで温まる程度に抑えておく。

コーヒーでないのはカザジマが苦手だからだ。身体が別物になっても趣向は完全には変化しないらしい。

ついでにお湯は治療にも、湯たんぽのような暖房器具にも使うので大量に用意した。


「また足止めかぁ」

「致し方のない事だとは思いますが・・・」


ふと思うのは、この時間で何が起こっているのか、ということ。

幸運の加護があるという勇者が白銀の山道に入って3週間近くになる。

もしも、この足止めが彼らにとっての『幸運』だとすれば、どのような理由になるのか。


(・・・考えすぎ、か。どちらにしても情報不足で理由なんてわかるわけがない)


疲れているから変な考えに至ると、ノアはこの場での休息を決断する。

仮眠用の天幕をもうひとつ設営して交代で睡眠を取りながら治療の経過を見守る。

そして、日も沈み月が真上に到達する頃に、助けた一人が目を覚ます。


「―――・・・なんだって?」


未だに顔色の悪い騎士の口から零れた言葉に、ノアは思わず問い返してしまった。


「です、から・・・騎士団長、旗下、騎士団は―――」


―――白銀の山道へと進軍しました・・・っ!






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― 新着の感想 ―
[一言] 勇者の幸運の加護の影響で街や騎士団が無謀な行動に駆り立てられ、止められそうな人間には足止め?そうだとしたら滅茶苦茶はた迷惑な加護だな。
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