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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
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93 転がす球は難しく



さて、さっそく外へ ―――などと思っていたノアであったが、慌てて駆け付けた冒険者互助組織(ラタトスク)の支部長様であるゴルツに引き止められてしまった。

と、いうのも現状でのレーロイドは防衛戦力に多大な不安があるからだ。

また、物資の搬送や交通ですら難儀する雪による被害も問題に拍車をかけていた。

さらには貴族―――内政系の政治家たちに決断力が足りず、壁の修復はおろか警備の統率すら決まるのに3日以上の時間がかかるだろう程だ。


仕方が無いのでゴルツを中心に、ヒサナやカデラが協力する事で簡易の防衛体制を構築するということに。

残っていた兵士たち―――素人に近い戦力ではあるが、実は千人近い戦力が街に残っているらしいという彼らも半ば強制で協力させる事になった。

もっとも、吹雪で視界の悪いせいで城壁の上から素人が警戒していても、今回のように城壁に接近される直前まで気づかないことも多いようだ。

これを不甲斐ないと切って捨てることが出来ないのは、この国における兵士というのが半ば民間人だからでしかない。


兵士を統括するために少数の騎士が残っていたようだが、彼らの練度には疑問が残る。

実際に大きな被害が出た直後だという事もあり、一時的とはいえ冒険者を統括するゴルツの方に指揮権を委譲する事は問題にすらならなかった。

これは物資や資材に補助の人員を出すカデラ婆やヒサナの圧が強かっただけなのかもしれないが。

どちらにせよ、後方支援は二名の女傑に委ねるべき事なので、彼女たちの意向は大きな意味を持つ。

軍務やら警邏やら武力を騎士団に任せきりの貴族様については言わずもがな。


「まぁ、結局は全部おまかせなのだけど」


ほぼ丸一日、面倒な話し合いに付き合わされてノアは嘆息交じりに呟く。

ノア自身がやれる事は特になかったのだが、何でもかんでも意見を求められて辟易した。

何故に警備計画から物資の輸送計画に壁や道の補修案やら街民たちへの補填案まで相談されるのか。答えられるはずがないというのに。

局所的なアイディアくらいは持っているが、街の中や周辺環境など全体的に見て無難に収めるように差配することが出来ないのだから。


「いいではありませんか。これも人徳というものですわ」

「ただの雑用でしかないでしょ。素人に話を振られてもね」

「お姉さまの場合、わりと本気なんですよね・・・」


アザミとレネアが呆れを含んだ笑みを浮かべる。

ノアの言い分も間違いではないが、街の有力な組織の大半と顔を繋いでいるのだ。

ある程度仕事を割り振り、人脈を生かして行動方針を決定すればそれで十分に回るくらいには。

独りでやろうとするから無理があり、他人に任せれば自分の仕事とは換算しない。

各組織を繋ぎ、軋轢をほとんど生じさせずに稼働させるだけでも十分すぎる成果なのだが。


「そういうのよりは、よっぽど剣を振るう方が楽だし好きなのだけど」

「気持ちはわかりますわ!」

「ははは・・・私はやっぱり戦うのは苦手です」


などと会話をしながら、三人揃って緑、青、赤の球体を新体操で扱うかのように手の甲から腕、首元などを通して反対側へ。

コロコロと転がしては軽くスナップを効かせるように腕を小さく振るって跳ねさせて、音もなく指先で掬い取り、また転がす。


「う~、難しいです」

「まあ、慣れるしかないかな。そこまで難しくないから」

「む~、わたくしも上手く出来ませんわね」


三人がやっているのは、ノアが編み出した術理(ルーン)の基礎練習である。

やっている事は単純でアウルを固めて反物質化したボールを適当に弄ぶだけだ。

アウルというのはやや特殊で、その特色でもある『色』が付いている間は指定した効果が終了すると同時に雲散霧消する。

見た目的にはそんな感じで、分かりやすいのは水。術理(ルーン)で生み出しても、色が抜けていれば物質としてその場に残り続ける。


また色が濃ければ濃いほど物理現象を凌駕しやすく、逆に色が薄ければ薄いほど物理的な効果が高い。

とはいえ、炎や雷などの現象を操る術理(ルーン)の威力的には関係が無い事も多いが、使いこなせば例えば水中で火を起こすなどの応用も可能だ。

ちなみに色を薄くするのは案外難しくなく、水であれば一定時間保持していれば勝手に色が抜けていくし、火などは濃さに関係なく薪にでも着火してしまえば普通に使える。

やれば世界の理を無視して鉱石やら宝石類すら生み出せる可能性があるが、現状、フィルですら質の悪い水晶くらいがせいぜいだった。


そんな不思議な性質のあるアウルという力だが、一定の色彩を保つと半物質のような不可思議な状態を維持することが出来る。

今、ノアたちが弄んでいる物がそういう技能によって生み出された風、水、火の球だ。

やっているのは力に属性を込めて球体の形状を維持しつつ、触れられるように物質としての特性を与え、霧散しないように力を維持する、という要素を含む訓練。

慣れない内は綺麗な球体を維持するのはもちろん、ボールのように遊べるくらいの強度を持たせるのも長時間維持するのも難しい。

が、失敗しても大きな―――地面がめくれあがったり、腕が吹き飛ぶような―――被害はないので、日々の練習としてはちょうどいいのだ。


「とはいえ、コレばっかりやっていても問題があるのだけど」

「そうなんで―――ひゃうっ!?」

「わっ!?」


球体が(いびつ)になってしまったせいで変な跳ね方をした水の球が顔にぶつかってレネアをビショビショに濡らす。

その際に飛沫が掛かってしまったのか、隣のアザミが力を込めすぎて風の球が弾け飛んで周囲に突風が撒き散らされた。

それを尻目に、ノアは簡易の障壁で風の影響を受け流しながら相も変わらす火の球を弄んでいる。


「うぅ~・・・」

「風邪ひく前にちゃんと拭きなよ?」

「簡単にはいきませんわね。それで、問題というのはなんですの?」


乱れた髪を手櫛で整えながらの問いかけ。

濡れてしまったレネアにタオルを渡しながらノアは苦笑を浮かべた。


「この訓練は術技(アーツ)と相性が悪い。ちょっと術理(ルーン)に寄りすぎているというか」

「え? そんなに違いがあるものですか?」

「頭脳労働と肉体労働みたいな違いかな」


術理(ルーン)は頭の中で描いたことを現実に顕現させる能力、というと近いかもしれない。

当然、何でもできるというほど万能ではなく、制限も対価も必要で、思考や制御の能力を超過すれば暴走したり掻き消えてしまったりもする。

術技(アーツ)は武器攻撃に付随させる特殊な効果攻撃なのだが、これが思い描いたモノを具現する力とは相性が悪い。

極論ではあるが、頭の中にある挙動と自分自身の肉体の動きを完全に一致させないと発動しないというモノすらあるのだ。


「攻撃力上昇とか射程拡張くらいならまだしも、連撃系とか挙動を含む術技(アーツ)は使うのが難しくて」

「確かに()()と比較すると使える人自体が少ない印象ですわ」

「移動から攻撃に繋ぐ術技(アーツ)ですらまともに発動できないからね。ゲームの弊害というか・・・」

「ゲームの、ですか?」


タオルを被ったレネアの疑問に、ノアは頷きを返す。

術技(アーツ)を扱う上で最大の問題は、ゲーム時と完璧に同じ挙動、同じ動作を再現しなければ効果が半減どころか発動しない場合がほとんどだということ。

また思考能力が向上すればするほどに戦闘中の挙動に幅が出て、より術技(アーツ)の発動を難しくするという不具合がある。

ボタン一つで発動し、全てのモーションをどんな状態からでも同じように技を繰り出す事が出来た頃とは根本的に違うのだ。


「初動だけ再現すればそこそこ使える場合もあるけど、術理(ルーン)と比較すると威力と応用力に差があり過ぎる。接近戦でも術理(ルーン)で良いと思うくらいに」

「そう、なんですか・・・?」

「対人だと特に酷い。見れば次にどんな動きをするか、完全に見切れてしまう」

「そう都合よくいくとは思えませんわ」


アザミは疑問を呈するが、ノアは三姉妹やカザジマのパートナーNPC(エインヘリヤル)であるヒミカとの模擬戦で確信を持っている。

術技(アーツ)を十全に扱うことはノアにとっても大きな課題であるが、今のところ解決策は見つかっていない。

解決方法のひとつと思って現在試しているのは技の分解と、部分的な発動と適応である。

ただ、それ以外にも扱い切れていない技能があるので分析や修練が遅々として進んでいないのだが。


「ノア様、そろそろ」

「了解。交代しようか」


雪の上を足跡すら軽やかに歩いて近づいてきたイリスに軽く返す。

現在、彼女たちが居るのは街の北門から、平時であれば半日ほど進んだ場所である。

しかし、豪雪の上にかなりの数の魔物が周囲に存在するせいで、この位置まで進むのに一昼夜かかった。

周辺の敵を殲滅しつつ進んだこともあって進みはあまり速くない。


「レネア、行くよ」

「はい!」


髪を拭き終わったレネアを連れて、ノアはイリスと入れ替わりで天幕の外へと出た。

現在、この一団は主に三つの集団から成っている。ノア一行にアザミとその取り巻き、そして黒百合の絆の女性たち。

アザミたちは街の中より周辺被害をあまり考慮しなくていい外の方が動きやすいという理由で打って出る事になった。

どうしても付いて来ると言ってきかなかったレネア達は街との連絡要員兼、輜重隊の代わり、兵站担当だ。


溢れた魔獣を狩るのであれば、ただ単に仕留めるだけというのはもったいない。

氷の隼(アイス・ファルコン)のようにほとんど痕跡も残さず消滅するモノはともかく、敵勢力の六割は獣型であり解体すれば食料や様々な素材になる。

さらには結構な時間、立ち入りが危険とされた街の北側エリアに踏み入ることになったので、こちらに群生地のある薬草などの採取も同時に行えば効率がいい。

もちろん、そういった雑事を行うという事は移動速度が低下するという事でもあるのだが、ノア達の主要な目的は街の安全や支援である。


騎士団や未だに共に戦っている冒険者たちを助けるというのは優先度が高くない。

正式な援軍要請も来ていなければ、状況的に全滅している可能性もあるので焦って進軍しても意味があるのかも不明だ。

また、強行軍で消耗しては上手く合流できたとしても共倒れの危険もあるし、街側の魔物を念入りに排除しておかなければ挟撃される事もあり得るだろう。

そんなわけで、この三十人ばかりの集団は念入りに周囲の敵を潰しながら、ノア達が索敵している間に食料、素材、薬草を手に入れて処理をしつつゆっくりと先に進んでいる。


「さて、と。交代・・・って言ってもなぁ。適当に解体でもしようか」

「あはは・・・お料理するのはちょっと待った方が良いですよね」

「どうせ昼食の準備があるからね」


今の時刻は午前十時前後といったところ。

丸々一日、昨日の朝から本日の早朝まで探索と戦闘をして進んできたので、現在は陣地を構築して休息中である。

それくらいやらなければ壁が破壊された街が危険だと判断したのだが、これがほとんどの面子には厳しかったらしい。

ノア達は何だかんだと野営を含めた『旅』を経験しているが、街に拠点を置いて生活している面々には夜にまたがって戦闘を繰り返すのが精神的に辛かったようだ。


当初の予定ではもう半日分くらいは進む予定だったのだが、皆の疲弊具合が酷かったので掃討が終わった位置まで引いて休息している。

数時間前に周辺から魔物を一掃したので、周囲への警戒は比較的気楽にしていられるし、三姉妹も陣地内に居るので数が多ければすぐに気が付く。

数が少なければノアは当然として、アコルやカザジマ、アザミの仲間達でも十分に対処ができる。

また、ノア達の周辺警戒は視覚に頼る類のモノではないということで、作業しながらでも問題が無い。

それでも、暇つぶしに解体しようなんて言い出したノアにレネアは乾いた笑いを漏らしてしまうが。


「じゃあ、ベーコンとか他の燻製とかも一緒に作りましょう! 結構、時間かかりますから」

「そうだね。いっその事、香りで敵が寄って来てくれれば楽だし」

「・・・そういう意味ではないです、お姉さま・・・」


今の目的は安全な旅路ではなく、周辺の敵の掃討なので(おび)き出せるのなら魅力がある。

また、冒険者(プレイヤー)は入れておけば劣化しない霊倉の腰鞄(アイテムバック)があるので保存期間を気にする必要もあまりない。

ベーコンやジャーキーといった保存食を用意するのは販売用の加工か舌を楽しませるための趣味でしかないのだ。

ちなみに割と簡単にできる温燻での作成品は冒険者同士の取引品として冒険者互助組織(ラタトスク)での売買が可能だが、比較的作成難度の高い生ハムやスモークサーモンなどの冷燻製品は一般には出回っておらず最高級品扱いである。


ともかくノアは陣地の一角、血の匂いをまき散らす作業のために端の方の雪の積もったそこに手にしていた赤い球を放り投げると地面に接触した瞬間に柔らかい熱気をまき散らして円形の広場を作った。

街中とは違い雪解け水は地面を泥濘(ぬかるみ)させなければ十分であり、草原なのでやり過ぎて火事にならなければスペースの確保はノアにとって難しいものでもない。

それでも地面には水気があるので焚き火台を組み立て、ついでに簡易な燻製窯を設置し、解体用にシートを広げ、廃棄する部位を埋める為にも穴を掘る。

その頃にもなれば他にも手の空いている者たちが集まりだして娯楽的な意味で結構な騒ぎにもなっていた。

ある意味、この世界に染まってきたという傾向なのかもしれない。


「まぁ、この先はあまり余裕がないかもしれないし、少し奮発しておこうかな」


解体したばかりの肉は食用に適さない場合もあるし、ベーコンなどに加工するなら塩漬けなり燻製液に漬けるなりして下準備をしておくのが普通だ。

普通に焼くにも多少は熟成させた方が美味しいということもあるので、ノアは自前の食肉を提供して解体し終わったモノから肉を貰っていく。

さらには、昼食の準備には近辺で入手が出来ない魚介や、制作の難しい甘味用の材料も取り出した。


(これが最後の晩餐みたいにならなければいいのだけれど)


昼食なのに晩餐というのもアレだが、この先で同じようにまとまった休息を取れるのかはわからない。

魔物の数は山へ ――― 白銀の山道へ近づくほどに数を増し、質も上がっていくと考えていいだろう。

今のところ余裕をもって討伐しているが、悠長に拠点を構築して体と精神を休める事ができるのは最後とノアは考えている。

それが焦りから来る思考だと、彼女自身は気が付いていなかった―――。






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