92 北風吹き込む門の前
「お姉さまっ!」
破壊された北門の周囲で再度の襲撃への警戒と負傷者の治療、戦死者の処置などを行っているとレネアが声を上げつつ駆け寄って来た。
彼女は仲間たちと共に複数の荷車を引き連れており、積まれているのは資材ばかりだ。
箱馬車の方が欲しかったが緊急に集める事は難しいので、そこそこ大型の荷車で我慢するしかない。
医療品を持ってきてもらわなかったのは冒険者には効果が薄く、術理の方が効果的で、雪が降っているため街民の負傷者は屋外治療するわけにもいかず移動してもらう必要があるからだ。
「レネア、すぐに四つ分の資材を降ろして、荷車は門を塞ぐように横付けして」
「わかりました!」
「イリス、魔除けの『陣』を」
「かしこまりました!」
手早く指示を出して、持ってきて貰った資材を使って簡易のバリケードを構築する。
荷車には破壊された壁の瓦礫を詰め込んで重量のある遮蔽物にすることで木の柵などより多少は強固なものとした。
隙間はあるし、空を飛ぶ相手を完全にシャットアウトできるわけではないので、あくまでも応急処置。
野営の時に使っていた魔物避けも併用するが、大きな効果は期待できないだろう。
「これは冒険者の見張りを置く必要があるかな・・・」
街に残っている騎士団の戦力では強化種を足止めするのもままならない。
そもそも、外壁に見張りや防衛用の兵を常駐させていない時点で信用する事も難しい。
可能であれば大本から解決してしまいたいが、詳細が不明である以上はそれもできないだろう。
出陣した騎士団本体が今も無事なのかどうかすら怪しいのだ。
(出来るだけ早く解決を図ろうとして出陣したのだろうけど、後詰や兵站を無視するような動きじゃ傭兵にも劣ると思うんだけどなぁ)
持ち出しの物資だけで事態を解決できると踏んでいたようだ。
けれど、大規模な作戦行動を組織的に行うのなら次善の策はもちろん、予想外に対応するために予備計画を複数準備しておくもの。
緊急時の撤退・連絡方法や補給に関する彼是など、素人でも思いつくことはいくらでもあるのだし。
(魔物との戦いじゃあ略奪はできないし、白銀の山道までの道程に徴発できるような村も町も無い)
今は後退しているはずだが、十日近い距離の遠征を数百人規模で行っているのだ。
武器防具などを運ぶ輜重隊も編成されていたと思うが、水や食料は現地調達できないとやや厳しい。
この世界の保存技術の問題もあって、飲料水はもちろん保存食も一週間ほどしか保たない事も多い。
気温が低いので長持ちしていると考えても、物理的に運べる量には限りがあるのでどちらにせよ補充しなければならない。
「・・・全滅していたらより面倒だな」
どのくらいの期間の戦闘を想定していたのか不明ではあるが―――。
「ノアちゃん、お疲れ様」
「・・・アコルさん」
ノアがぼんやりと考え込んでいると、背後から肩を叩かれた。
彼女は苦笑を浮かべて視線で来客を示す。
「ヒサナさん、早かったね」
「緊急というのはわかっているつもりよ」
「じゃあ、バリケードの強化と見張りをお願い。あとでカデラ婆が金属系の部品とか持ってきてくれると思うから」
「・・・あの金の亡者がそう簡単に協力するようには思えないけど?」
「随分な言い様じゃないか、遊び女め」
苦々しさを隠そうともしない老婆が何時の間にやら路地裏の暗がりから顔を出す。
結構な雪が積もっていたので、ガタイの良い男性たちが今も雪を退けて道を確保している途中だ。
色町組は雪掻きの終わった大通りを使っているが、鍛冶屋街からは遠回りになるため細かい物は裏道を使って先に運んできてくれたらしい。
雪下ろしも含めてフィルが結構な量の積雪を処理していたから、というのもあるだろう。
「はいはい、睨み合うのは後で。街中荒らされて困るのは商売人の君たちでしょうに」
「「チ・・・っ!」」
美女と老婆が同時に顔を背けて舌打ちを放ち合い、ノアは肩を竦めた。
そして、彼女たちが引き連れてきた人々が「よく間に入れるな・・・」と仲裁したことにすら畏怖を覚えていたり。
彼らは特に指示を出さずとも、いそいそと土嚢を積んだり柵を追加したりして門前のバリケードの補強に勤しんでいる。
「それより、壁の修繕はやっぱり無理?」
「無理さね。アレは貴族の領分なんでねぇ」
「使えないババアね」
「ならアンタがやんな!」
睨み合う二人を無視してノアは小さく嘆息ひとつ。
「ノアちゃん? これってマズいのかしら?」
「どちらかというと面倒くさい、ですね。行政預かりの国家事業になるのですぐには動けないって話なので」
「職人を抱き込んで先に作業させるのはできないの?」
「無理ですね。建築関連がそもそも貴族の直営専門職という扱いですし、素材の問題があるので」
街を囲う壁の建材は特殊な物で一般には流通していない。
事情を正確に把握すればそれなりに早く修復作業は開始されるだろうが、そもそも修復に必要な量の素材が足りない可能性がある。
壁が破壊されることを想定しておらず、あくまで保全と修繕のための分量しか保持しておらず、とても高価で生産量が少ない希少品だからだ。
「まぁ、どうせ修復中は職人を護らなきゃいけないから、バリケードは無駄にならないと思いますけど」
「それはそうかもしれないけれど、街の安全は保障されないわよね?」
「それこそ保安を約束できるような立場じゃないですよ」
何のかんの言っても個人だし、公的な身分がある訳でもない。
数時間単位ならともかく、素人の冒険者たちだけでは夜間哨戒など不備が発生するに決まっている。
近場に待機するだけならまだしも、雪降る中で延々と防御態勢を続けるのは相応に訓練していないと厳しい。
中身の大半が一般的な学生では技能も忍耐も長期的な防衛任務は不可能と判断していいだろう。
「アコルさんがどうしてもやりたいなら止めませんけど、専門外の事をやるつもりはないですよ」
「そういうものかしら?」
「昼夜問わずに警戒するのも、他の場所が破壊されないか哨戒するのも冒険者には難しいと思います」
少なくともノアにはできない。
三姉妹の協力があってようやく成立するかどうかというもので、長くて3日もすれば体力的に限界が訪れるだろう。
どうせ無理なら最初から手を出さないというのは一つの処世術でもある。
「なら、どうするの? 何もしないというのは流石に心が痛むわ」
「一番楽なのは騎士団の首根っこ引っ掴んで連れ帰ってくることですかね」
「本職に任せる、というわけね・・・けど・・・」
「そうなんですよね」
状況的に全滅か、それに近い損害を受けている事が想定される。
仮に損耗が二割としても、帰還してすぐに防衛任務に就けるかどうかは疑問だ。
予備戦力をほとんど残していかなかった彼らを信頼するという事にも抵抗感があるが。
「とりあえず、カデラとヒサナさんに人出してもらう事になりますかね」
「なんだい、あんたらがやれば十分だろう?」
「人数的な問題で厳しい。時間稼ぎ程度でも戦えるって人が少なすぎて3交代制でも厳しすぎるし、さっきも言ったけど能力的にも難しい」
「・・・仕方が無いわねぇ」
ふぅ~、と吐き出される紫煙を横目に、ノアも軽く嘆息。
現状だと北から敵が襲撃してくる可能性が高いので危険な話だが、かといって今いる兵士だけでは不安が過ぎる。
今回は門前でほぼ食い止められ、侵入分はノア達が迅速に処理した―――そのせいで北門に到着するのが遅れた―――ので被害は最小限だったが、次が起こって困るのは街中で稼いでいるカデラやヒサナだ。
ひいては、ここで生活する彼女たちの部下やその家族という庇護の対象なので優先的に動かざるを得ない。
「そっちの事は任せるよ」
すでに分担で言い争いながら話し合う二人の事は放っておく事にする。
彼女たちの部下の人員配置に口出しするのはさすがに問題があることだし。
「ノア」
「アザミさん、傷はもう大丈夫?」
「問題ありませんわ」
失っていた腕が生えているのは一目で確認できるが、その他についてはノアの眼では確認できない。
そもそも医療に関してはゲーム的なスキルとしては実装されていないので、完全に初心者であり体調不良を見抜くような能力は無い。
冒険者が頑強だとしても外傷はともかく、失血や内臓へのダメージなどどの程度の影響が出るのかは判断できなかった。
自分の身体なら、あるいは普段一緒に居る娘たちなら多少は察する事も出来るのだが。
「・・・それで、この後はどうするつもりかしら?」
「ひと先ず間引きます。物量で押されると面倒なので」
「確かに、そうですわね・・・」
少数であれば対処は可能であるという判断は彼女も同じらしい。
否定するべきところでもないので、特に言及することなく、上空から舞い降りる妖精を、両腕を広げて迎え入れる。
軽く周囲の様子を確認してくれていた、人形のように可愛らしい少女を抱き締めると甘い香りが鼻腔を満たす。
「お疲れ、フィル」
「ん。しばらくは大丈夫そう」
「ありがとう」
甘える猫のように頬擦りする彼女の頭を撫でながら、今後の予定を頭の中で思い描く。
想像以上の広範囲破壊攻撃によって押し寄せていた魔物の大半は命を散らし、残った少数は逃げ出してしまったようだ。
もちろん、一時的な撤退にしかなっていない可能性が高いので、安全確保のために追撃は必要となる。
魔物との戦いは生存競争の一面があるので下手に手を抜くことが出来ないのも問題だったりする。
「ところでノア? 先ほどの術理は何らかの奥義のようなものですの?」
「おうぎ? いや、ただの術理式の水蒸気爆発だよ。普通の水でもやってやれないことは無いのだけど、水の方も―――」
「いえ、そっちではなく」
「?」
どうもアザミたちは術理に対する研究があまり進んでいないらしい。
形状変更すら出来ていないらしいので、、今後の為にも訓練の方法くらいは知りたいようだ。
軽く話しているだけなのに、多くの冒険者が詳しく聞きたそうにチラチラと視線を投げてくる。
「特殊な方法で、話せない内容なら口にする必要はありませんわ」
「ん~・・・別にそういうわけじゃないけど、説明が難しいというか、個人差があるというか」
「個人差ですの?」
「軽く説明すると―――」
例えば、アルナの場合。
彼女は『形』を優先的に考える。
発生する現象や術の構築する形状、軌道を先に思い描いて発動に必要な分のアウルを注ぎ込む。
先に導線を作ってから必要分のエネルギーを充填するというのは比較的わかりやすい。
例えば、イリスの場合。
彼女は『楽譜』として基本の術理を捉えている。
アウルを込めて演奏することで望む現象を発生させ、状況に応じて演奏にアレンジを加える事で必要な変化を生じさせる。
その応用力と華麗な変遷は芸術的であり、考え方や扱い方も特殊と思っていい。
例えばノアの場合。
ある意味で最も特殊なのがノア自身。
彼女の場合、術に関しては2段階の工程を考えている。
1段階目としてはプログラミング。
もっと簡単に考えれば、現象を言語化して登録する作業、と言った所か。
例えば『氷の塊を剣の形状に変化』『自身の前方1メートル地点に生成』『視界内の指定した位置へ射出』というような具合に登録する。
詳細にしようと思えばいくらでも設定は長々としたものになるのだが、基本的にはそんな感じ。
2段階目。
思考能力の中にスイッチ、あるいはショートカットのようなものを設けて瞬時に発動できるように覚えておく。
ノアの個人的な感覚としては格闘ゲームのコマンドやコンボを覚える感覚に近いという印象。
また変化させた術理は武器毎に紐付けしているので、持っている武器によって扱えるものが異なる。
「―――という感じ」
「それで個人差なのですわね。ノアが2段階に分けているのにも意味があるの?」
「処理能力の問題ですかね。戦闘中に一から術理を組むのは思考能力をかなり割かないと難しいので」
戦闘中にはノアが考える事があまりにも多い。
チームのリーダー的な立ち位置であることもあって、自身の戦闘だけに思考を割いているわけにはいかないからだ。
環境や地形、敵と味方の動きや周辺警戒に射線管理やら撤退する場合の経路や方法等々・・・。
こうなる以前よりも思考能力は上昇しているが、省略できる事はできるだけ削減しておく方が良い。
逆に言えば、自身の戦闘にのみ集中していれば、即興で術理を構築する事も可能だ。
古代遺跡で咄嗟に水の鞭を作って手数を増やした時のように、数が増えるほど難しくなっていくが。
有利なものでは特に遠距離攻撃は障害物を避けるように射線を引けたりするので、先んじて構築しておいた術よりは戦術面で優位になる。
ある程度の誘導性能くらいは事前に付与しておけるが、直角に曲がって必ず敵に当たるほどではないのだ。
「逆に、フィルは常に1から術理を作っているみたい。正直、能力が高すぎて理解できない領域なんだよね」
「ん・・・?」
「フィルはすごいね、って話」
「ん」
満足そうに胸に顔を埋める妖精に苦笑を浮かべる。
術理をその場で作成するというのは結構に難易度が高い。
無地のキャンパスに数秒から十数秒で綺麗な絵画に仕上げるくらいの難しさと考えれば大体あっている。
場合によっては周辺環境なども考慮しないといけないし、同時発動などは別途思考を割く必要があるのでより難易度は高いのかもしれない。
「つまり、わたくしたちも訓練すれば扱えるという事ですわね!」
「そりゃあ、まぁ・・・特殊な能力ってわけではないようですし?」
「なるほどですわ!」
納得しつつも、どこか楽しそうに笑みを浮かべたアザミに、ノアはどこか不安を抱いたのだった。




