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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
94/99

91 駆ける赤光



赤雷の術理(ルーン)を降らせたことで戦闘に空白の時間が生まれた。

北門での戦闘は激戦と評していい様で、街民の負傷者や死者のみならず冒険者も無傷の者が居ない。

そんな風に戦場を確認しているとシルバーファングたちはゆっくりとだが体を起こし、臨戦態勢へと移っていく。

逆に空を飛んでいたアイス・ファルコンは殆どが撃ち落とされた事で、もう数羽しか居ないので脅威度は随分と下がる。


「街中に散っていた奴らより硬いな・・・威力を上げ過ぎると街を壊しちゃうから大変なんだよね」

「え? ノアさん、手加減してんの!? これで!?」

「拳ひとつで建物くらいなら粉砕できるのが冒険者だよ」


ゼリオに軽く返しながら、飛んでくる白い鞭を淡翠の光を纏った羽衣で叩き落とす。

同時に敵対勢力の攻撃優先度(ヘイト)管理のために強化の術式を開放して、その身に四色の輝きを宿した。

途端、狼たちの警戒度が上がり、唸る魔獣たちの視線が殺到する。


「アルナ、北門の封鎖を。三十秒でいい」

「了解です。マスター」

「っ!? どこから・・・!?」


囮も兼ねた派手な振る舞いとは違い、気配を薄くしたまま路地から顔を出した従者の存在に驚いてアザミが小さく声を上げる。

が、そんなものを無視して発揮される『幻影』が一瞬で実体と質量を持ち、巨大な鉄板が破壊された壁を閉鎖した。

続いて聞こえてくるのは竪琴(ハープ)を爪弾く優しい音色。

気が付くと()()()全員の身体に青と緑の輝きが優しく頬を撫で、傷口が塞がっていく。


「イリスは治療に専念してくれていい。アザミさんを優先で」

「かしこまりました」

「ノア、わたくしは―――」

「とりあえず引っ込んでいて。片腕じゃ足手纏いだし、街中を殲滅したら次は外なんだから」


街壁を破壊し、中にまで入り込まれるような状況だ。

侵入した分を排除すれば状況が終わるという事は無く、むしろ今を乗り切った後の方がやることが多い。

消耗を抑えておく必要があるのは当然なので、不承不承ながらもアザミは小さな舌打ちを一つ落とすだけで引いた。

イリスがそんな様子に苦笑を浮かべて、固まっている他の冒険者たちに合流し、竪琴片手に治癒の術理(ルーン)をさらに発動する。


「ゼリオ、治療中の子たちの護衛をしておいて。すぐに終わらせるから」

「まぁ、いいけどよ・・・かなり強いぜ?」

「古代遺跡のエルアドラスより危険な相手なら考えておくよ」


呑気な調子で返しながら、飛び込んでくる蒼みがかった魔狼を、振るうと共に風鈴のような独特の音色を奏でる薙刀の刃で弾き飛ばす。

毛皮が鋼の鎧のような硬度になっていることに眉を顰めつつも、間合いに入らせずに飛んでくる鞭を羽衣で迎撃。

上空の様子を視界の端で確認し、遠距離から風刃が駆けて一掃したのを確かめてから一歩前へ。


「アルナ、アコルさん。狼から削って」

「はい」「いいわよ~!」


アルナが駆け出すのとほぼ同時に、路地裏から顔を出したアコルが蛇腹剣を振るう。

駆け付けたばかりで殆ど状況もわかっていないはずのアコルが放った刃が煌めき、魔狼たちに斬りかかる。

といっても、一撃で勝負を決めようとするわけではなく、主に足元を狙って機動力を削ぎ牽制するような攻撃だ。

何体かの脚を傷つける事に成功し、他の狼たちが警戒するように後退した。


「ふっ! はっ!」


そうして崩れた隊列へアルナが突撃する。

手にするのは銃剣(バヨネット)。突進突きで怯んだ狼の眼球から脳天を串刺しにし、引き抜いて振るった直後に発砲。

タイミングを合わせてノアの強化術理(バフ)が飛び、炸裂音と共に吐き出された弾丸が傍に居た狼の頭を吹き飛ばす。

そんなアルナの背後を狙う狼に対して、ノアが割って入り薙刀で弾き飛ばし、横合いから伸びる白鞭を羽衣で防ぐ。


「ノアちゃん!」

「了解」


言葉を発するよりもわずかに速く、ノアとアルナが飛び退く。

一呼吸の間を置いて蛇腹剣が地面に付けた傷が輝きを放ち、火炎の旋風をまき散らした。

もっとも、それだけだと周囲の被害が大きすぎるので上空から翠緑の逆巻く風が炎の広がる範囲を限定する。


(普通なら炎の勢いが増して危険極まりない筈なんだけどなぁ。火炎旋風なんて火災におけるもっとも危険な状況の一つだし)


呆れを抱きながらも術理(ルーン)が時に自然現象や物理法則を超える事は承知している。

どうやら術理(ルーン)というのは、術者が『そうあるべし』と設定した現象を引き起こすモノらしい。

ただし、設定した事象を逸脱して周囲に影響を与えるという事も珍しくなく、むしろ完全に制御できる方が稀だ。

ふわりと舞う小柄な妖精はノアが知る限り、今のところ唯一の完全制御能力者である。


「フィル! 後退して炎の大技を準備。アルナ! 護ってあげて!」

「ん!」「了解です!」


フィルが緩やかに地面へと降り立ち、彼女の眼前にアルナが陣取る。

すでに狼はほぼ居ないので問題は無さそうだというのを視界の端で捉え、アコルへと視線を送った。

小さな頷きが返ると共にノアは炎の中へと突入する。


「ふっ!」


一閃。

薙刀から刀へ武器を持ち換えたノアの斬撃は炎ごと切り裂くかのような鋭さで振るわれ、炎渦に囚われていた狼たちの首を斬り落とす。

火炎が散って視界が開けた時には、すでに八匹の首が刎ねられて、宙を舞った。

合間を縫うように飛んできた触手を抜刀の瞬間すら見えない程の瞬撃で斬り飛ばし、お返しとばかりに中空に生成した凍える四つの蒼い剣刃を放つ。


『!?』


そんな光景を眺めた幾人かが息を呑む。

なぜなら、そんな術理(ルーン)はゲームの時には存在しなかったからだ。

いや、多少類似の術はあるのだが、もっと大規模だったり、相手の頭上から複数落としたりするようなモノ。

単純な四つの射撃攻撃というのは存在していなかった。


が、ノアからするとこれはもっとも簡単なアレンジ術式である。

というのも、元は手のひらから氷塊を放つだけの簡単な攻撃術理(ルーン)の形状を変更し、四つ同時に放てるように発動点をズラしただけ。

彼女からすると形の変更、複製、同時発動という三要素を加えただけでただ唯一の(オリジナル)術式とは決して言えない代物だ。

しかし、傍から見ればノア自身の感想とは話が違う。


「カザジマ、打ち上げて!」

「うんっ!」


周囲の動揺など完全に無視して、ようやく追いついてきたカザジマへ指示を飛ばす。

彼はパーティの中では最も足が遅く、また防御的な反応が苦手なので生かすには援護が要る。

なので、ノアが並走しつつ狼を斬り捨て、氷剣を飛ばして雪白妖花の動きを牽制していく。

炎や雷を主体とした『赤』の術は破壊力こそ抜群だが、実体を持つ氷や水晶などの攻撃は別の利点が存在する。


「そこっ!」


スカートの様な見た目の花弁の上から氷剣が突き刺さり、地面へと縫い付けた。

人間を模した形状の雪花の魔物・スノウホワイト。

それ故に関節などを物理的な物で貫き、貼り付けにすると一時的に行動を阻害することが出来る。

もっとも、自分で自らの一部を切り離して再生するという方法が思い付かないらしいから、ではあるが。


―――ア~ア~―――


嘆いているような、怒っているような、不思議な音色が妖花から漏れる。

口から、ではなく全身から発せられたような音に不思議な感覚を覚えつつ、カザジマより僅かに先行し、飛んでくる鞭を斬り落として、肩口から両腕部分を切断。

さらにアコルから援護の術理(ルーン)が飛んできて、黄色の輝きを放つ円輪が浮かび上がり、次の瞬間には収縮して豊満な胸部を強調するかのようにX字状に妖花の令嬢の身体を締め上げた。

一瞬だけ微妙な気持ちになりつつもノアは場所を開けて、もう3匹しか残っていない魔狼を牽制する。


「たぁぁぁあああっ!」


掛け声としては可愛らしい部類だが、野太い声で叫ばれるとどうにも不思議な気分である。

そんなカザジマが戦槌を下から掬い上げるような軌道で、野球でもするかのようにフルスイング。

訓練自体はかなりしているのだが、彼はどうにも戦うための身の(こな)しが覚束(おぼつか)ない。

この理由はイメージ力だとノアは判断している。


冒険者(プレイヤー)が戦闘時に置き換わる戦闘義体(アウルボディ)はアウル―――魔力にも似た特殊な力の産物だ。

これがどういう事かと言えば、普通の肉体と違って『肉』も『骨』も無い、人の見た目の袋に力が満ちた風船のようなモノだということ。

この特殊な力は、主に使用者の意志によって自在に動くので自分の中のイメージ以上の挙動が出来ないし、元となる身体から逸脱し過ぎる事が出来ない。

例えば腕や足を変形したり、伸ばしたりという事が出来ないのは、無意識で拒否感があるのか、基である(かたち)に水を入れているような物だからか。


ちなみに、この世界において『魔力』というのはアウルとは別に存在している。

冒険者(プレイヤー)以外に騎士団や傭兵、在野の占術師、それに魔物や怪物などが扱う物に魔術があるからだ。

ノアは知らなかったのだがアウルというのはゲームの設定的には『輝く力』という意味があり、オーロラを(もじ)った物らしい。

それを語ってくれたレネアも、それ以上は知らない様なので詳細を知るなら、始まりの街の大神殿(ヴァルハラ)ででも資料を漁る必要があるだろう。

ただし、実際には何がどう違うのかよくわかっていない。


ともかく、人を(かたど)った鎧人形にアウルを注ぎ込んだような身体が冒険者(プレイヤー)の戦闘モード。

そして、訓練を重ねるほどに『反射』で身体が動く事がどんどん減っていくという事にいつだったかノアは気が付いた。

そうなってからは割と話は簡単で、頭の中でイメージすれば常人を上回る速度や筋力で身体を自在に動ける。

また、思考がとてつもなく早くなり一瞬の内に処理できる情報が増えている事が『人間』から『冒険者(プレイヤー)』という存在に移ろっていくようにも感じられた。

正直、今の時点で肉体に染み込ませた反射の動きよりも素早く思考を回せる時点で常人ではあり得ないのだが。


(まぁ、今はいいか。とりあえず追撃っと)


余分な考えを漏らしつつも、戦槌で浮かび上がった白い魔物の肢体へさらに上空へと飛ばすために下方から蹴りを叩きこむ。

ドゴッ!と重い音が響き、石畳ごと根が引っこ抜かれて白妖花が中へと浮かび上がった。


「ね、根っこごと!?」


誰かが驚愕の声を上げたが、この対策は当然だ。

すでに白銀の山道への事前調査でスノウホワイトが地中から力を吸い上げているのは判明している。

再生能力を持つ強化種のようだが、元から断てば処理する事は十分に可能だという判断だ。

雑草よろしく根元から引き抜かれた白い花に、アコルが斬撃と共に火閃を走らせ、一瞬で劫火の檻に閉じ込めて焼き尽くす。


(これでおよそ三十秒)


視線で合図をすれば即座に門を封じていた幻影の鉄板が掻き消える。

その向こうに結構な数の蒼銀狼や雪白妖花、氷隼に―――と色々と見えていたが、構わず中空に結構な大きさの水球を術理(ルーン)で生み出す。

攻撃でもなく複雑な挙動も必要が無い水の塊を生み出すだけなら、相応の消耗を覚悟すれば生成は一瞬だ。


「フィル!」

「ん・・・ん?」


僅かな戸惑いがあったが、ノアとカザジマが左右にバラけて退避する事で空いた射線に強力な熱線が撃ち出される。

石畳すら融解し灼熱の熱波をまき散らす真紅の光線があっという間に門を通過し―――


―――轟音と共に衝撃波が炸裂した。


覚悟していたノアですら思わず一瞬、聴覚が麻痺して衝撃から顔を腕で庇う。

何秒間経ったのかもわからない程に混乱したが、耳鳴りが認識できるようになってからようやく巻き起こった惨状を直視する。

北門の前に雪どころか地面すら抉り取って、数十メートル級のクレーターが出来ている状況が。


「・・・よし。殲滅完了!」

「よし、じゃないわよ! よし、じゃあ!」


思わずといった様子で怒声を上げるアコルの声が聞こえるので鼓膜は無事である。

やったことは単純明快で、生み出した大量の水に大熱量を叩きつけてもらって一気に気化、爆発させただけ。

いわゆる水蒸気爆発だが、術で『蒸発しやすくあれ』と意志を乗せて作った水であったためか火力は十分だった。

また、熱源と水の両方を術理(ルーン)で作成する事で衝撃波も、物理的なダメージをほぼ無効化する障壁装甲(フォースアーマー)の効果を一部貫通できるようだ。

ノアの体感で威力に対して六割程度、といったところ。


「独りで試した時はこんな威力にならなかったんだよね。やっぱりフィルがやってくれた方が強いなぁ」

「お任せ」


胸元に飛び込んできた妖精が腕の中で胸を張る。

彼女にとっては、大規模な破壊攻撃はむしろ誇らしい事らしい。

とはいえ、広範囲の無差別殲滅は使い辛いので実質、封印することになるだろう。

街中ではもちろん、乱戦でも使えないし、雪山でやらかしたら衝撃と轟音で雪崩が起きそうだ。


「まったく。アナタは・・・せめて先に言っておいて欲しかったわね」

「こっちとしても予想外だったので」


呆れたように苦笑するアコルへ、ノアは肩を竦めて答えた。






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