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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
93/99

90 白き華が揺れて



破壊された北門周辺での戦闘は圧倒的に―――劣勢だった。


「前衛! 止めろっ!」

「術で落せ!」

「こんな吹雪じゃ矢が・・・!」

「怪我人はこっちへ! 急げ!」


爆音と轟音が響き、怒声と悲鳴が飛び交う。

戦闘能力の無い街民こそなんとか避難させることができた。

しかし、怪我人は多く致命傷を負ってしまった者も少なくない。

すでに息を引き取った人も居るのは戦っている彼らとて理解していた。


「ぬぅぅおぉぉぉりゃぁぁぁあああっ!!!」

「それ、俺の知ってる女の子の出していい声じゃねぇ!」


戦場となった城門前広場の中心で雄叫びを上げつつ、鉄球を鎖で操って振り回すお嬢様。

そんな勇猛な姿に、女の子はお淑やか、などと幻想を抱くゼリオが半泣きになりながら声を荒げる。

片腕のままのアザミは、それでも鉄球を自在に操って戦い続けているが―――


「―――ぐぅっ! 痛・・・っ!!」


景気よく暴れる壮絶な表情のウサミミお嬢様は、けれど上空から幾重もの白い斬撃が襲い掛かり苦痛に声を漏らす。

軽く舌打ちしつつ上空に目をやれば、芸術的な彫刻にすら見紛う氷の隼(アイス・ファルコン)が飛び交い、氷羽は刃となって降り注ぐ。

僅かに白く染まる透明感のある氷刃を、頭上で高速に鉄球を振り回すことで一時的な鎖の傘を形成しほとんどを弾き飛ばした。


「あぶっ、あぶなっ!? ちょっとは回りにも気を配―――」

「しゃらくせぇっ! ですわ!」

「アザミさん、ぜってー中身男だろ!?」


近場に居たゼリオに弾き飛ばした氷片が飛ぼうが気にすることは無く、落とし損ねた物が自身に浅く傷を作っていくことも無視して一瞬の隙を見切って上空へと鉄塊を投げつける。

重量物が空気を切り裂く音を響かせながら突進するが、空を自在に舞う白氷の隼はひらりと身を翻し悠々と回避してみせた。

遅れて煌めく攻撃性の術理(ルーン)が中空を狙うが、避けられるか、当たっても痛痒を与えることが出来ないで数が減らない。


「ち・・・っ!」

「すげえ形相になってんぞ、アザミさん」


思わずそんな言葉を零しつつも、ゼリオは”つるはし”を投擲。

まるでブーメランのように弧を描く武器―――武器?は空中の氷鳥を一匹砕いて消し去る。

アイス・ファルコンは猛禽型の敵対存在(エネミー)だが、どちらかと言えば精霊やらスライムなどと同じ不定形、あるいはゴーレムのように特定の形状に固執しない存在だ。

身体の中心に(コア)があり羽根を飛ばして攻撃したりもするが、すぐに再形成し、場合によっては基本の隼の形から逸脱した姿にすら変容する。

だからこそ一撃で(コア)を粉砕するのが攻略法としては正しいのだが、今のところ実戦できたのはゼリオだけだ。


「チ・・・ッ!」

「なんでさっきより顔怖ぇの!?」


戻って来た鶴嘴(つるはし)を握り、血走った瞳で睨みつけてくるお嬢様に戦々恐々としながら身構える。

そんなやり取りをしてはいるが、二人の周囲には他の者たちが寄ってくることは無い。

なぜならアザミの振り回す鉄球を掻い潜って戦闘を行えるのがゼリオしか居なかったから。

彼女が単独行動多めな理由でもあり、仲間たちが中・遠距離攻撃の援護を得意としている理由でもある。

暴れん坊お嬢様の支援者たちはそんな娘たちなのであった。


「どぅぉぉぉりゃぁぁぁあああ!!!」

「うぉぉぉあぁぁぁっ!? ちょっとは気を遣えぇ~!!!」


振り回される鈍器。

情けない叫び声を上げはするものの、ゼリオは両手で構えた鶴嘴(つるはし)を持って鉄鎖を避けつつ雪上を駆けた。

隙の無い立ち振る舞いに危険に飛び込む度胸、そして何より憐れにも思う叫び声が思わず笑いを呼び絶望を退ける。

惨めにも思う彼が元気に叫んでいられる内はまだ行ける、と思わせる類のムードメーカー。


「うっしゃ!!」


彼が上空からの氷刃を、仲間の筈のお嬢様のせいで荒ぶる鉄鎖を、飛び跳ね、避け、転がりながらも振るった一撃が蒼銀狼の額に突き刺さる。

が、それは表面の毛皮を削るに留まり、相手を吹き飛ばす戦果だけを得た。

ゼリオの攻撃力が低かったというわけでも、技量が足りないというわけでもない。

また、"つるはし"は本来の用途とは異なるが高い火力を誇る強力な装備。


この世界は頭のおかしい事にアルミやマグネシウムといった合金素材、ジュラルミンなどの合金そのもの、チタンや白金(プラチナ)のような希少金属(レアメタル)、ダイヤやルビーの様な宝石類に、魔法金属や幻想素材などと呼ばれる実在しないものまで『鉱石』として埋まっている。

場所によってある程度は傾向があるが、硬度も採掘難易度も、本来ならそれで入手できないものも冒険者はそれら全てを"つるはし"一本で採掘し入手するのだ。

しかし、武器と採掘用具を別途で持ち歩く事は―――面倒くさい。

少なくともゼリオ達はそう思った。


そして、彼らが目を付けたのが武器の『見た目』変更だ。

この世界の基となっていると考えられているSSOというゲームはキャラクター、衣装・防具はもちろん、武器に関してもかなり自由な見た目を反映させることが出来る。

ネタキャラが居るのだから、ネタ武器も当然存在し、魚やら猫の手やらは持っている人が多かった。その中の一種が"つるはし"である。

こうして、武器であり採掘道具である装備を扱うことになったが、この世界ではゲームの時とは違う要素が存在した。


ゲームの時は見た目がどんなものであれ、()となった武器に準じた性能を有する。

例えばゼリオは大剣―――両手持ちの重量斬撃武器を鶴嘴(つるはし)としており、ゲームなら普通に斬撃攻撃判定を繰り出す。

が、()はそんな事は決してなく、鋭角部では刺突、鍬部分で斬撃、棒の辺りに当たると打撃というある意味で現実に即したものとなる。

これは木刀だと打撃武器扱いになるのと似ているが、冒険者(プレイヤー)の装備は耐久力が高く、破損しても再展開すれば復活するという、武器であり採掘道具が完成した。

そして同時に、見た目は同じ"つるはし"であっても冒険者(プレイヤー)にとっての武器種は異なるという状況にもなっている。


「っくそ! 硬ってぇ~!」

「慌てんな! とりあえず後衛のお嬢さん方に近づけんな!」

「ぶっ飛ばして時間稼げ!」


鶴嘴(つるはし)を持った男たちが、槍として、槌として、戦斧として構え振るいながら少女たちを護る。

彼らを盾に術理(ルーン)や矢が飛び、なんとか敵の進攻を防ぐような形となっているのは全員が必死だからだろうか。

ちなみに銃弾が飛び交わないのは銃器を扱うのが想像以上に難しく、特に閉所の多いレーロイドでは活躍が難しいので使っている人が少ないから。

弓矢を使っているのは支援系能力を上げている娘たちの補助武器なので威力はあまり高くない。あくまで牽制だ。


「数が全然・・・!」

「うぅ・・・当たらないよ~」

「くっ! 少しでも!」


赤い閃光が乱れ舞う。

最も多いのは大小様々な火球。

これはゲーム内の術理(ルーン)の挙動が似たようなモノが多い事と、シルバーファングも氷の隼(アイス・ファルコン)も赤の属性が弱点の為。

見た目的に氷の鳥は特に炎が効きやすそうという心理的な動きも影響しているのかもしれない。

一斉射による面での攻撃に上空の鳥が一気に数を減らし、蒼銀狼を穿った。


「よっし! このまま―――」

「ふんっ!」

「―――うぇあっ!?」


追撃の号令を出そうとしたゼリオの顔面にアザミが鉄球を投げつける。

慌てて避けた青年の眼前で白い斬撃が、鉄の塊に粉砕されて弾け飛んだ。


「あ、危なっ!? てか、助けるならもうちょっと優しく―――」

「どぅぉおおりゃぁぁあああ!!!」

「―――聞いてねえ!?」


勇壮な叫び声を放ちながら鎖を操り、新たな襲撃者へと重量武器を叩きつける。

先ほどと同様に『白』が破砕し青白い液体と共に周囲に飛び散った。


「ちっ!」

「マジかよ・・・」


アザミが苛立たし気に舌打ちを落とし、ゼリオは引き()った表情を浮かべて呆然と呟く。

彼女らの、そして多くの冒険者(プレイヤー)の見ている前で、身体の半分を抉り飛ばされた『美女』が微笑みを浮かべている。

思わず息を呑むのは、上から下まで真っ白な彼女が喪った肉体に白い触手を走らせたと思えば、次の瞬間には何事も無かったかのように傷が消え去ったからだ。


―――クスクス―――


それは決して人の声ではなかった。

小梢の(さえず)りのように、自然のもたらすような音であるにも関わらず『嘲笑』という感情が乗っているせいで人の笑い声のように感じる。

艶やかな白い髪、豊満でいて下品ではない魅力的な女性の体つき、優し気で清楚な雰囲気の顔立ち、柔らかく揺れる花のような白いドレス。

貴族の令嬢、あるいはどこかの王族の姫君かとも思う美女が口元に手を当てて楚々とした雰囲気すら漂わせて笑みを零している。


「スノウホワイトって、再生能力とかあったかぁ?」

「強化種ということですわね!」


雪麗妖花・スノウホワイト。

美しき雪の中の令嬢―――という設定の魔物であり、いわゆる魔妖花(アルラウネ)に分類される怪物だ。

本来なら植物なんて育つはずもない極寒の雪の中で生活する白い花は白銀の山道において出現する魔物でもある。

ゲーム的には耐久力が高く、氷の刃を纏わせることできる触手での中距離攻撃を主体に、周囲の魔物たちの強化支援(バフ)を行う厄介な性質を持つ。

特に『白銀の山道』は吹雪の影響という名目で視界低下と継続ダメージが発生するので、自身のみならず他の(エネミー)の耐久力を向上させて長引かせようとするこの魔物は通過のための壁でもある。


―――フフフ―――


白妖花の嗤いの質が変わる。

同時にドレスの裾から取り出したのかのように白い鞭―――触手を伸ばしピシャリと雪に覆われた地面を叩く。

踏み固められたわけでもない白い絨毯を打ったとは思えない鋭い響きを合図に蒼銀狼たちが令嬢を中心に隊列を整え、上空では氷の隼が緩やかに舞う。

(さえず)るような嘲笑の響きを漏らしながら鞭を片手に佇む姿は女王様を幻視させられる。


「・・・指揮官、というわけですわね・・・」

「くっそ! アコルさんみたいな態度しやがってっ!」

「・・・後で、言いつけておきますわ」

「え!? いや、まっ、冗談! 冗談だから!」


カリフラワー・アコルは元々のレベルのせいでこの街でも屈指の実力者。

その露出度と妖艶な雰囲気に手を出そうとした相手を、嗜虐(しぎゃく)的な笑みを浮かべて蛇腹剣や鞭を使ってボロボロにすることも珍しくない。

場合によっては男性の急所を容赦なく打ち据えて返り討ちに合うのでそれなりに有名だ。

酔った勢いで迫った結果、再起不能やら性癖を歪められてしまった仲間がいるせいでゼリオとしても恐怖の対象である。


「頭から潰しますわよ!」

「しゃーねーなっ!」


鉄球が白い令嬢の頭を一撃で吹き飛ばすが、まばたき一つの間に生え代わるように再生してしまう。

それでも一瞬の間を作ることに成功し、その隙にゼリオが飛び込み―――


―――クスクス―――


パンパンっ!と鞭が何かを叩く音が駆け、魔獣たちの身体から青い闘気(オーラ)を迸らせる。

次の瞬間には魔狼が今まで以上に素早くゼリオに襲い掛かり、援護の火閃は氷隼が身を盾にして散らす。

それでも矢や火球が少しばかり抜けてスノウホワイトへと襲い掛かり、その身を貫くがすぐに再生してしまう。

対し、周囲の魔獣は耐久力と素早さが向上し、連携能力が上がったのか攻撃を集中させることが無く互いに庇い合って(まと)を分散する動きがある。


「くっ、そ!」


最も個人で突破力があるゼリオは3体の狼たちに行く手を遮られた。

時間差で飛び掛かって来たと思えば、死角を突いて噛み砕こうと襲われ、首を掻っ切ろうと凶爪が空を裂く。

取り囲むような動きや巧みな連携攻撃を掻い潜り、鶴嘴(つるはし)で殴り掛かるも身のこなしの速度が向上したためか当たりもしない。

支援で飛んでくる攻撃は彼を巻き込まないためにも散発的で小規模なモノの為か、蒼銀狼は多少の被弾を意にも介さず攻撃を継続する。


「このっ! うぉぁっ!? あぶ!?」

五月蠅(うるさ)いですわ!」

「しょうがねぇだろ!」


アザミには空中戦力からの中距離攻撃が降り注いでいた。

真上から、ではなく斜め方向から同時に複数方向の攻撃が襲い、隙を見せれば待機していた狼が残りの腕を喰い千切ろうと伏せている。

視線ででも牽制を入れなければ、即座に攻撃に移ってしまうであろうから、眼力をとして行動を遮る。


(・・・これは・・・保ちませんわね・・・)


問題は目の前の敵だけではない。

すでに路地の狭間を抜けた魔狼たち、空を自在に行く氷隼たちが街中へ散っている。

街壁は半球型の特殊な結界を構築しているため、直接上空から侵入して来ないのが少ない安心ポイント。

それでも、破壊された街の囲壁から、さらに追加で怪物たちが入場してきていた。

圧倒的な物量というわけではないが、数を減らすことが出来ていないので増える一方だ。


「くっ! 撤退を―――」


―――赤い雷光が(ほとばし)った。

退避を口にしようとしていたアザミが唖然として空を見上げる。

と、落下してきた”彼女”はゆるりと薙刀を構え直して、周囲を睥睨(へいげい)する。


「意外と苦戦していたかな?」


砕けた氷片が舞い、恐るべき狼たちが雷鳴に貫かれて倒れ伏す中でノアは苦笑した。






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