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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
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87 転がりゆく思惑に



エルジェニド侯爵家は正直に言って落ち目だ。

次期当主とされるメリエラ自身をして、そう感じている。

侯爵家とは名ばかりで元々裕福な方ではなかった中級の上の方の貴族だったのだが、先日の醜態(しゅうたい)―――他貴族の不正や横領などの内部調査書という重大な書類を盗まれるという大事―――のせいで没落必至とも思うほどの危機に(ひん)している。

殆どの仕事から外され、出費ばかりの(かさ)む仕事を改めて割り振られ、その補填は自費で行うように、などという地獄のような有様。


元から多くなかった貯蓄や資材のほとんどを処分してもなお赤字であり、好転する見込みはない。

街の中の環境が一変したというのに衣類はおろか、燃料―――高価な魔素材はもちろん街の周囲にいくらでもあるような木材ですら―――も購入できないのだ。

爵位による最低限の保証のために屋敷こそ手放してはいないが、使用人も八割は解雇してしまって帰宅すれば寂しさを味わう事になる。

そんなエルジェニド侯爵家に回された主な仕事は福祉事業に関するモノだ。

孤児院の管理や運営もそのうちの一つであり、状況を確認しようと出向いた先で初めて『彼女』に出会った・・・―――。


「―――メリエラ様?」

「ひゃっ!? す、すみません!?」

「いえ、終わりましたよ」

「ありがとうござい―――っ!?」


孤児院の一室、姿見に映し出される自分の姿に思わず息を呑む。

見違えるほどに綺麗だったから―――などではなく、着せられた衣装があまりにも高価な一品だったからだ。

淡い乳白色のコートや厚手の上衣に、同色のタイトスカートと最近になって販売されたという保温効果の高い黒のストッキング。落ち着いたブラウンのブーツ。

布地が厚めなのに着膨れしないように、かつスカートであっても身体が冷えないように工夫の凝らされた一式は店頭に並ぶような品物ではない。

下手すると王族が特注で作らせるような―――地位の高い人々が着飾る様な華美さではないが―――落ち着いた優雅さがあり機能美を兼ね備えた特注品。


「こっ、こんな高価なものを貸していただくわけには―――」

「いいえ、差し上げる物です。ノア様がメリエラ様に似合いそうだ、と」

「で、ですが・・・」

「もうサイズ合わせも終えてしまいましたので」


手を伸ばすが、すでに撤収作業に入ったノアという冒険者の従者である竜人(ドラグニア)の女性は取り合う様子もない。

細身なメリエラからすると羨ましくも思う女性的な起伏に富んだ彼女は優し気な微笑みと共にそそくさと部屋を後にしてしまう。

唖然としたままそれを見送ってしまい、自身の身に着けるとても高価な衣装に視線を落として途方に暮れる。


(こんな大層なモノを頂いても、買い取るお金はもちろん、お返しできるものが何も―――)


そんな思考が過るが、小さく頭を振って嘆息を吐く。

けれど、顔に浮かぶのは隠しきれない喜色の笑み。


「・・・まったく。あの人は、もう・・・」


そう口にしながらもなお、微笑が引くことはない。

そもそも、ノアという冒険者は異常なのだ。

出会った初日に孤児院を見て「このボロボロの廃墟、建て直しても?」なんて言い放つ人物なのだから。

この衣類にしたところで、自分達で作ったのだから無料のようなモノ―――事実、ノアのお洒落用に従者たちが作ったのに、当人が頑なにスカートを拒否したせいで使う予定が無くなった一品―――なんて言い出すに違いない。

それにこれで三着目ともなれば予想は容易いというものだろう。


二週間にも満たない時間だというのに、彼女の事はそれなりにわかってきた。

まず規格外の資金力を持つ『個人』だという事。そして、自分の意志を押し通す『冒険者』である事。

騎士団との関係についての噂を耳にしていたせいで堅物や難物の印象を抱いていたが、それはある意味では正しく、ある意味で間違っていた。

彼女は彼女の理論に従って公平であり、平等なだけ。そのルールは傍からでは理解しがたい面も多い。


例えば、今回の除雪作業。

ノアは配下の三人を率い惜しげも無く絶技にも類する技法を用いて手を貸してくれたが、街の全域を、というわけではない。

それこそ孤児院や貧民街といった人手の足りていない場所や自身の生活範囲を積極的に、けれどかなりの報酬を提示して頼み込む貴族や商人の申し入れは完全に断っているような状況。

その一方で食料や衣類に毛布や燃料といった物を幅広い人間にほぼ無償で提供し、どう考えても大赤字なのにむしろ平然と更なる支援を次々に打ち出す。


(私などよりも、よほど高貴な行いをする方ですよね)


本人には本人の思惑がある。

それはわかるのだけれど、傍から見ればノアという冒険者の行動は崇高にして清廉な聖女の如きもの。

率直に、貴族よりも貴族らしい人物と感じるほどに優れた人物で、礼節も十分に―――使うかどうかは別として―――備えている。

欠点としては強制されることを嫌う冒険者らしい一面だろうか。

そんな風に考えていると、部屋の扉が軽い調子でノックされる。


「―――メリエラさん? そろそろ行きますよ?」

「え? あ、はい! すぐに・・・!」


座っていた椅子を蹴飛ばして立ち上がり、慌てて倒してしまった椅子を起き上がらせて部屋を出る。

そこには幼い少女に「お姉ちゃ~ん」なんて言われて纏わりつかれたり、はにかむ少し年上の子の頭を撫でて、背中にはいつも通り妖精が―――


「ね~ね~! 一緒に行こ~?」

「え~? 僕と一緒に行こうよ~」


―――居なかった。

件の小柄な妖精が少年と少女に引っ張り合いされていて無の表情を浮かべている。

ふわふわと自由に空を飛び絶技を操る術に()けた可愛らしい妖精(フェアリー)も無邪気な子供の前では玩具も同然のようだ。

それに対してノアは手慣れた様子で子供たちを宥めつつ、適度に相手をしている。


「慣れていらっしゃるのですね」

「そうでもないですけど、下が居ますから。それにしてもやっぱりメリエラさんに似合いますね」

「え? あ、ありがとうございます・・・」


ノアに続いて子供たちも「きれ~」とか「おにんぎょうさんみたい」とか感想を口にする。

メリエラとて容姿を褒められたことは幾度かあるが、子供たちの純粋な言葉は心地よい。

それでも困った笑みを浮かべて瞳をキラキラと輝かせる子たちの頭をそっと撫でる。


「じゃあ、準備で来たみたいだし皆、行くよ~」

『は~い』


子供たちの元気な声が響き、住み込みで子供たちの面倒を見ている職員の女性が苦笑いを浮かべていた。

孤児院の職員は、孤児院の出身者を中心に採用され貧民層に当たるのだが、本日は彼女も子供たちも未だ新しい防寒衣を着込んでいる。

こういう所に惜しげも無く資金やら自身の労力を注ぎ込むのだから、職員たちからすれば救世主もかくや。

資金援助を直接することはないのだけれど、衣類に限らず物資や食料はかなり提供している。


(何か思惑がおありなのでしょうけれど、本当に聖者の振る舞いなのですよね・・・)


今日にしたって、これから出向くのは貧民街の復興支援だ。

貧民、といってもレーロイドにおいては住む家の無いような極貧層はおらず、飢えて命を失うほどに追い詰められている人はほぼ居ない。

それでも粗末な作りの家に住み、日に一食しか口にできないような民も居る。

凍える風が吹き抜け、白い侵略者が街を染め上げる今の状態では蹂躙されるしかない人々が。


「はいはい、調子がいいんだから。行くよ~」


しょうがないなぁ、なんて風に微笑みながら子供たちの手を引いてノアが踏み出す。

その他の面々も―――情操教育に悪影響です、と言って放逐された三角帽子の女性だけは微妙な表情で距離を開けつつ―――歩き出す。

孤児院の外に出て、先に除雪を済ませたために随分と歩きやすくなった路地を子供たちが楽しそうに進み、ふらふらとしているところをお目付け役が誘導している。

メリエラ自身も、横道が雪に封鎖されていることもあって逸れるような事態は無いと思いつつも子供の手を引いて歩いている。


今は完全な晴れ模様ではなく、雪が降っているが小降りなので地面を薄っすらと白く染める程度。

当然のように凍って滑るようなことはなく、排水用の横溝も一度温めたのか水の中れる様子が見て取れる。

あまりにも範囲が広すぎて、何をどうしたのかはわからないが、同じことを常人の手でやるのは不可能な所業だろう。

これが冒険者という、特別な存在の力なのだという想いと、女の子たちと楽しそうに雑談しながら歩く華奢にも見える背中に違和感すら覚える。


「メリエラ様、どうかなされましたか?」

「い、いえ! 何でもありませんよ」


職員の女性が不思議そうに問いかけてくるのに慌てて返す。

同性の後ろ姿に見惚れていたなんて、恥ずかしくて口に出せるものではない。

遠足気分で楽しそうな幼い子たちが羨ましくも思えて、曖昧な笑みで内心を押し隠す。

あの子たちは一通りのお手伝いが終わった後に振舞われるお菓子が目的なのかもしれないけれど。


小さな子たちはそんな様子であるが、数え年で十を超えるような子たちは別の意味で気合が入っている。

こんな風にわざわざ連れ出すことの意味を彼らはよく理解しているからこそ、単なる手伝いでも真剣なのだ。

貧民街は鍛冶屋街に隣接する形で広がり、商業組合の管理する区画にまで届くほどに広がっている。


これはレーロイドが鍛冶の街であるにも関わらず、実際には鍛冶仕事の需要が規模と釣り合っていない程に小さいからだ。

武具を作れる職人は一握りで、包丁や鍋といった調理器具ですら打たせてもらえないという者たちも多いというのに、『鍛冶と鉱石の街レーロイド』という名によって職人を目指す者たちは後を絶たず集まってくる。

人が集まれば需要が生まれ、その為に商業組合が定食屋やら雑貨屋やらを建てては雑多で判然とした『貧民街』が生まれたのだ。

ちなみに、色町は鍛冶屋とは生活様式や音の関係で相性が悪いのでかなり離れた位置に存在している。


ともかく、これから手伝いに行くのは鍛冶師や商人が多く住んでいる地域という事になる。

大成功している人は多くないが、それでも様々な繋がり―――伝手を持っている人々の巣窟なのだ。

要するに今回の『手伝い』も顔繫ぎの一環で、状況が落ち着いてくれば雇い入れてくれるかもしれない相手を多く作れる。

いつまでも孤児院に居るわけにはいかないという事情を知る子供たちにとってはまたと無い絶好の機会。


(・・・本当に、色々と考えて下さる方なのですよね)


実はこの手伝いのための遠足も、メリエラがノアに孤児院の子供たちの将来について愚痴気味に零した事がきっかけだった。

孤児院を出た子供の行く末は人足や雑用、良くて木こりか土木工事のための力仕事くらい―――これらは必須ではあるがこの街の中ではかなり下級の苦しい生活を余儀なくされる―――にしか就くことが出来ない。

これは教養を与える余裕も無く、人手が足りず、後ろ盾のない人間に回せる職業が多くないという事情からだ。

ノアによるこれの解決策が「後ろ盾が無いってだけなら早い段階から交流を持たせて人柄や能力を伝えておけばいい」という何ともあっさりとしたもの。


それが出来れば苦労は無い、とメリエラ言い返してしまった翌日には商業組合の長や鍛冶屋街の重役を引き連れて()()()()が成された。

ノア以外の三人が巻き込まれたとしか思っていなかった会議は、最初から終着点を定められたかのように話が進み、毎日の『お手伝い遠足』に繋がることに。

元々、商業組合とは懇意にしており、鍛冶屋街にも新たな需要をもたらした上で豪雪災害に対してかなりの支援をしているのでそれぞれ断り辛い立場だったというのもある。

一旦は雪の降り続く間だけという話で落ち着いたとはいえ、現在の関係は良好。状況が落ち着いても何だか続きそうな予感しかしない。


「・・・違いますね」

(私が、続けさせるのです。仮にも貴族として福祉の担当を任されたのですから)


小さく呟き、内心で決意を新たにしていると、指定された、いつもの区画に辿り着いた。

連れ出された初日は殆どの子供たちが怯え竦んだ威勢のいい声でのあいさつが飛び交う中、子供たちも元気な返事を口にする。

すでに五日目ともなればお互いに慣れるというもので、年長の子たちが挨拶しつつ我先にと雑用の手伝いに駆けていく。

それを苦笑気味に見送って、残った一行は軽く周囲を見回した。


ここは、雑多に開発された建築物の狭間に生まれたそれなりの広さの空き地。

こういった空白地帯が幾つもある事すらメリエラは知らなかったのだが、ノア達は雪の被害を予想した段階で、こういう場所がある事を事前に知っていたかのように似たような空き地を早々に複数確保していた。

事実、知っていた。街中の詳細地図を作る過程でどこに何があるか、誰が管理しているのかもある程度は調べたのだから。

ともかく、そうやって確保した空間に、騎士団にも納品する物と同じ十人以上向けの天幕を提供、設置して貸し出している。


豪雪の被害はすさまじい。

それも寒さや移動の困難さなどの多少の雪を経験しただけではわからない、レーロイドの住人が誰も想定しなかった形でのものが、だ。

遠巻きに見たり、稀に北の方へ足を延ばして多少触れる事がある軽い雪がどうして家屋を圧し潰す程の脅威となるのだろうか。

しかも、それを予見して雪にすら耐えうる天幕を十分な数用意して設置場所から何から手配を済ませている人物が居るとはメリエラの想像の遥か彼方だ。


そもそも布と細い金属の棒の組み合わせなのに木造住宅よりも強固なのは―――実際には中で暖を取り続ける事で雪が積もるのを防いでいるだけ―――どういうことなのか。

また、潰れた家の中に取り残された人々を救出し、無事な家財を運び出すのを手伝い、炊き出しまで行っているのだ。

口さがない人は「全てあいつの仕組んだことなんじゃあ・・・」などと言っていたりするが、今の状況を作る要因の一端でもあるエルジェニド侯爵家の人間としてメリエラは「とんでもない!」と口調を強く否定しなければならない。

もちろん、詳細は口にできないし、仲良くさせていただいている以上は『手先』扱いされて心無い言葉を投げられることもあるが、それはそれ。


「メリエラお嬢様~? そろそろ手伝ってくれると嬉しいのですけれども?」

「え? あっ、すみません!」


茶化す様にノアに声を掛けられて慌てて駆け寄った。

あまり、ぼ~っとしていると作業をしている人たちの邪魔になるし、場合によっては火事に巻き込まれたりするのだ。

そう、火事である。雪は深々と降り積もるというのに、毎日のように炎の脅威がこの近辺では立ち上る。

場所が鍛冶屋街と隣接しているということで燃料や熱を発する道具も数多く保管されており、倉庫などが倒壊したりすると爆発したり大きな火種になったり。


ノアたちが居る間に巻き起こったのなら割と簡単に鎮火させてしまうので、そこでも人気が上がり彼女たちが連れてくる子供たちもその恩恵にあやかっている。

男の子たちが除雪や崩れた建物の残骸を運び出す手伝いをして、女の子たちは毛布や防寒衣の縫物に従事したり、炊き出しの手伝いをして輪の中に入っていく。

時には商人である人たちが読み書きや計算を教える場を設けてくれる時もあり、そういう時間は子供たちだけでなく他の住民も集まって大きな勉強会になることもある。

そんな中で貴族のご令嬢たるメリエラが何をしているのかと言えば、料理である。


「・・・ふぅ」

「なんだい、疲れたのかい?」

「い、いえ! そういうわけでは―――」

「そりゃそうだ!」


一緒に鍋の様子を見ている快活に笑う恰幅の良い奥様に背を叩かれながら、メリエラは苦笑を浮かべた。

料理と言ってもやることは実に少ない。皮を剥いたり切ったりといった事前準備を終わらせた食材を鍋に放り込んで焦げつかないように様子を見続けるくらいだ。

ノア達が術理(ルーン)を使って一度に準備した物を持ち込むために寒空の下、冷水を使って野菜を洗う必要も、刃物を使う必要も基本的に無い。

注意するべきは火の扱いと、焦がしたりして食材を無駄にしないようにするくらいのモノなので、将来のためにも子供たちにも手伝いを頼んでいる。

好奇心で火に手を伸ばすほど幼い子は居ないが、調理の手間が少ない分、手伝いを買って出てくれた奥様方に子供たちの様子を見てもらえるように頼めたので負担は随分と少ない。


可愛く着飾った女の子たちや、孤児という生い立ちのためかあまり我儘を言わない素直な男の子たちは特に受け入れられるのも早く、すでに馴染んで様々な作業を手伝っている。

自暴自棄であったり反抗的な態度を取ってしまう子も居るには居るが、大人たちは彼らの事情を大まかに知っているため豪快に笑い飛ばして寛容な態度を示す。

そんな明るい雰囲気を作っているのは昼夕の二食を提供しているノア達であり、供される物に結構な量の『肉』が入っていることが大きいようだ。

高級肉ではなく様々な種類を混ぜた合い挽き肉を加工したもので「質より量!」と用意した本人たちは言うのだが―――


(この腸詰め(ウインナー)はどうやって用意しているのでしょう?)


合い挽き肉にパン粉や春雨、物によってはジャガイモを茹でた物などを混ぜて嵩増ししているのはメリエラにも理解できた。

しかし、近代的な低温調理や科学知識を用いた下拵えなど知る由も無く、加工食材の品質と味はこの世界で一般的に出回っている物を遥かに凌駕する。

ステーキなどの食材の味を大きく生かすのならともかく、ハンバーグや肉団子にしてしまえば肉の種類も大きな問題にはならない。

むしろ、そういった少し手間のかかる特別な味と触感は下町然とした貧民街では受けた。

レシピが出回ればあっという間に人気料理となって浸透する事だろう。


「簡単なモノはともかく、大半は商業組合預かりでお金が掛かるよ」

「ひゃぅっ!? の、ノア様! 耳元で囁かないでください!」

「いやぁ、茹で上がる腸詰め(ソーセージ)をじっと見据えているから欲求不満なのかと」

「違いますっ!」


悲鳴じみた否定の言葉に、周囲で笑い声が響く。

中には下卑た野次もあってメリエラは顔を真っ赤にして、誤魔化す様にポトフを混ぜる手を早める。

投入された食材も、手間のかかるコンソメのスープも貧民街では珍しいもので興味を惹かれた人々がまだ出来ていないというのにチラチラと視線を投げてきていた。

もっとも、半数は食事ではなく着飾ったお嬢様への視線だったりもするのだが。


「ま、そんなわけで多少の赤字は返ってくるのですよ。子供たちも食堂の手伝いとかやらせてくれるらしいし」

「え? あ、そ、そうなんですか!?」

「炊き出しは宣伝にもなりますからね。それにお金が無いと孤児院もこの街の人も生活できないわけだし」


何処か感心したような声を上げるのは商売に直接関わっている人々だろうか。

今回の災害すら商機に結びつける機転に、賞賛した雰囲気だ。

反感を覚えている人がほとんど居ないのは、これがノア自身の利益には丸でならないと感じているからだろう。

話を聞く限り儲けを出すのは商業組合であって、彼女ではなく、雇用については関係ないし、むしろレシピの分、損をしているようにしか感じられない。

また商売人以外の周囲の人々は『こんな料理が店で食べられるようになるのかぁ』と期待感すら抱いているようだ。


「ふふ。これは慈善事業ではなくて嫌がらせだよ」


クスクスと楽しそうな呟きを耳にしてメリエラは苦笑を浮かべた。






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