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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
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84 紙片の上の三者



ひらりと取り出された一枚の紙。

現代の製紙技術に勝るとも劣らない凹凸もなく綺麗な紙片に描かれるのは『地図』である。

地図というのは、言うまでもなく軍事物資であり、これを簡単に公開するような人物は様々な意味で頭が悪く、即座に大罪人として捕縛されても文句は言えない。

不用意に地理情報を(おおやけ)の下に(さら)せば敵対者たる者たちに利する事の方が多くなってしまうからだ。


例えば、街の生命線となる水源を割り出し、そこに何らかの毒を流し込めばそれだけでひとつの街が手痛い被害を受けてしまう。

それだけで済めばいいが、場合によっては城壁に穴を開け、水路や地下を通る道を開き、魔物を誘き寄せるような真似をされれば―――。

人は一枚岩では決してなく、ましてや悪意は想像を超えるモノであり、だからこそ最重要とされる地形や道、建造物の配置などを記した地図というのは一般に出回ってはいけないものだ。

詳細であれば詳細であるほどに。


しかし、それでは道行く人々があまりにも不便であるために精度を落とした物はそこそこに出回っている。

さらにいえば、この世界においては別の理由で出回っている特殊な地図が存在していた。

魔物や怪物が闊歩(かっぽ)し、冒険者という変則的な存在(イレギュラー)が道なき道を進む、この世界では。

大人数で踏み入れば大氾濫などと呼ばれる|大暴走による大挙する怪物たちのスタンピードが発生する鬼門とも言える地域を周知させざるを得ないという理由もある。


そんなわけで、冒険者用の地図―――主要街道や街内の重要施設のいくつかの記載が抜けて寸尺すらも信用が薄い随分(ずいぶん)曖昧(あいまい)な物―――というものは全員が手に入れることが出来た。

だが、眼前に広げられたのは防水、防火などの十分すぎるほどの保護が成された上で、特殊なインクでなければ書き込みができず、その為に(にじ)んで見辛くなるという事が無い高度な一品。

その上で、自分たちで集めた情報からか街の内外を含めて事細かに記載が成されており、現代におけるGPSを利用した地図と遜色(そんしょく)ないくらいに高い精度の精緻(せいち)な代物となっている。

当然だが下手に見せるような事があれば騎士団などの国の秩序側の人々に目を付けられ、場合によっては投獄すらも視野に入るというモノだ。


「・・・さて」


そんな地図をテーブルの上に広げ、並べられていく『駒』を見てノアは小さく零した。

どうしてそこに拘ったのかは不明だが確認された魔物たちや騎士や兵士を象った美麗な駒が配されていくことに苦笑すら漏れる。

周囲には衝立(ついたて)が設けられて視線を封じ、周囲に声が漏れないように結界すら張られているという状況。

正直、これだったら防音が成されている一室でも借り受けた方が良いのではないか、という疑念が浮かんだが、この場で始まってしまった以上は仕方が無い。


「おおよそ六百の軍勢に、極寒の悪環境。雪はさほど降っているわけでもないけれど、足を取られるくらいには積もっている、と」

「まぁ、そうなるな」


確認のために声を出したノアに苦々し気に頷きを返す冒険者互助組織(ラタトスク)の支部長たるゴルツではあるが、彼女が確認のために視線を向けたのはアルナだ。

自ら偵察に赴いた彼女以上に正確な情報を持っている人物はそうそうに居ないであろう。

フィルと共に駒を並べ終えた彼女は神妙な様子で深く頷きを返した。


(さてさて。意外と厄介な事態になっているようで)


実は、ノアが騎士団砦に赴いてからすでに三日の時間が経過している。

アルナとフィルの偵察の結果を聞くのも実に五回目であり、わざわざ駒を並べるのも推移をわかりやすく認識するためでしかない。

ただ、普段は私室(マイルーム)で行っている報告を普段は食事のために使っている一角で話し合っているのはゴルツが態々(わざわざ)険しい顔で相談してきたからだ。

そんな彼ですら軍事機密もかくやという詳細地図と情報量には頬を引き攣らせてしまうのだが。


(いや、こいつらが提供した迷宮(ダンジョン)地図の出来を考えりゃ当たり前か。『冒険者』が個人で収集した情報にケチつけるのも立場的に難しいしなぁ)


冒険者は特異な存在だ。

国民と認められずとも、国の中に存在し政策の中にすら彼らに配慮する内容が含まれ、自由が認められている。

なればこそ、国家が秘匿しなければならないレベルの地図であろうと個人で所持している()()であれば違法にはならないし、捕縛する事も難しい。

というか、そんな高品質な物を用意できる技量や能力を所有する個人が居るのなら排斥ではなく、取り込んで利用しなければ損しかない。

そういう思惑が根底にあるからこそ規律で雁字搦(がんじがら)めにされていない自由を保障された『冒険者』という存在が許されているのだ。


「斬っても切ってもキリがない、というのは、未だに『白銀の山道』にかなりの人数が陣取っているから発生し続けている、という考えで良さそうかな?」

「他の奴らの見解もそんなとこだ」


三日。

その期間を経ても敵の数は減らず、だが決して増えているわけではない。

殲滅(せんめつ)速度と発生速度が同等なのか、あるいは上限が存在しているのか。


(いや、それはゲーム脳過ぎるか。精霊みたいな存在ならまだしも、獣に分類される存在は日を跨げば増えるってわけではないはずだし)


最近になって街の周囲にも出現し始めた狼の魔獣などもそうだが、奴らは通常の家畜以上に様々な能力が高く、場合によっては術理(ルーン)すら操るが生態としては既知の獣と大きな差異はない事が多い。

それこそ極稀に見た目とのギャップがあるような―――シルバーファングは雑食で雪山に咲く甘い花を好物としている―――こともあるが、基本的には狼は狼の、熊は熊の、鹿は鹿の生態に近い生活を送っている。

つまり、増えるには日々の営みが必須であり、成長するためには月日と栄養が必要となり、脈絡もなく唐突に出現するということは―――


(いや。それなら迷宮(ダンジョン)の中の存在は? 人の通れない小さな道を通過できる小動物ならともかく、人間以上の体躯を誇る怪物が再度出現する理由と原因は・・・?)


特殊な空間だから、で片づけるのなら、白銀の山道という屋外迷宮(フィールドダンジョン)もまた特殊な環境である。

ならば、世の理を無視して―――或いはこの世界の理に従って―――突如怪物たちが発生したとしても不思議はないのかもしれない。

それはそれで理不尽な話ではあるのだが、元々を考えるに深く思慮を回したところで意味はあるまい。


「んで、この状況を打破するためにもって騎士団からお前ぇらに―――いや、お前に要請が来てんだが・・・」

「この状況でどうしろと? 多少数を減らしたところで、結局は持久戦になるだけでしょうに」

「だよなぁ・・・そもそも、ウチだって十分すぎるほど動いてるってのによ」

「・・・」


喧嘩別れの様な流れにはなったが、ノアとて今の事態を前に無視を決め込んだというわけではない。

付き合いのある商会や職人を渡り歩き、個人資産を多少は切り崩して"お願い"を通し、レネアたちにも指示を出して物資を整えさせた。

それは前線たる騎士団たちへ―――などではなく、避難や門の閉鎖などに伴って普段の生活が送れなくなる街民のための非常措置への支援が主。

それこそノアに至っては商業組合と色町に話を通して宿を丸々3つ貸し切りにして避難民を受け入れさせ、食料や衣類を含めた日用品を十全に備えさせたりもした。

結果として、住民どころか避難民の扱いに苦慮した貴族―――この街の行政官たち―――にも感謝を捧げられて女神扱いされるなど色々とあったが。

当然、後々になれば人気取りだったなどという陰口も聞こえてくるのだろうが現在は事の最中であるためかノアの耳には入ってこない。


また、冒険者互助組織(ラタトスク)としても傍観しているという事実はない。

特別討伐依頼として今回の大規模戦闘に参加するだけで報酬を払うと明言し、討伐数などに応じて追加の褒章も約束している。

これに応じてアザミやゼリオといった大きな勢力となっている面々や個人で動いている実力者たちも戦場には出ている。

しかしながら、彼らの戦果は芳しくないものだ。


その理由はノアが予想していた通り、連携が全く上手くいかない事が大きな原因である。

また騎士たちが主導権を握り、冒険者たちを指揮しようと強気な態度を取れば、自由主義の冒険者たちは反発し、場合によっては戦線を離脱してしまう。

これは騎士たちには街の守護に対して誇りがあり矜持を以て身命を賭して日々を過ごしているからこその強硬な気質。

そして、また冒険者(プレイヤー)たちは()()()()()時に助けてもくれなかったくせに自分たちの身を守るために命令して上手く使おうとする騎士たちが気に喰わない。


さらには兵科に捉われない冒険者たちは良くも悪くも現実的な動きをする騎士たちとは違い、常識からあまりにも外れた行動や戦術を得意とする。

そのため、そもそもが噛み合わずに戦力を持て余し、場合によっては同士討ちにまで発展して互いに不信を募らせているのだからたちが悪い。

今のところ、同士討ちによって()()()死者は出ていないものの、時間が経つほどに軋轢(あつれき)が強まっている。

要するにノアに来た依頼の内容を鑑みて要求されているのは、そんな両者の緩衝役になることだが―――。


「とぉっても、面倒なお話ねぇ」


隣に座っているアコルが妙に色っぽい溜息と共に言葉を落とせば、膝の上に陣取る妖精も深々と頷く。

さらにはカザジマがゲンナリとした表情を浮かべて、レネアが呆れたような雰囲気を放つ。

今現在、このテーブルに着いているのはこの面子ではあるが、左右の座席にもレネアと同じ同好派閥(ギルド)の面々が陣取っている。

結界があるため聞き耳の意味はさほどないし、角度的に地図にも視線を落とすことはできないが、様子を気にしつつも割って入るような真似はしない。


「どちらにしても、受ける気は無いけど。どうせ白銀の山道から人が居なくなるまで続くのなら、その面倒な役を受ける意味も薄いし」

「早急に解決を(はか)るのはやはり難しいですね」

(ボス)でも居て、それを討伐すれば終わり、っていうならやっても良かったんだけどね」


深刻な表情で呟くアルナに、ノアは苦笑を浮かべつつ返す。

少数で動き大駒を落とすという戦術は実に冒険者向けだが、それは大将の居ない怪物どもの群れには不可能な話。

彼らの侵攻を見る限り知性や理性があるようにも思えないものだ。そして、大きく外れてもいないだろう。

()()()()()()()()()()()戦術や戦略を伴う軍事的な行動ではなく、魔物たちの本能とも言うべき破壊衝動の発露のような物と感じている。


もっとも、冒険者の得意とする遊撃的な動きができない理由は敵の陣容のせいだけではない。

軍人としての矜持か何か知らないが、ともかく騎士たちが冒険者たちの動きを制御しようと干渉してくるのだ。

例えば、森の中に散ろうとする冒険者のパーティーに狩人の経験がある兵士を付けようとする、とか。

これだけ聞くと大したことが無いようにも思うが、騎士団からの不信や頭ごなしの命令という内容が含まれればいかに厄介か想像もできるだろう。

それは騎士に逆らうことが出来ない『兵士』を頭に付けようとするという点にも表れている。


また、冒険者(プレイヤー)側からしてみても彼らの存在は目の上のたん(こぶ)とも言うべき状況だ。

まず、単純に兵士どころか平均的な騎士も『冒険者』の行動にはまともについて来る事すらできない。

それは身体能力や理不尽を押し通せるだけの力量、傍から見れば異常にも思う判断速度や連携など色々とある。

そんな自分達よりも圧倒的に格下である奴らから偉そうに命令されるということに不満を覚えているというのは無理もない。

中身が社会経験の無い学生が多いというのもその傾向に拍車をかけているという面もあるのだが。


「やっぱり、騎士の人たちとは仲良くできないのかなぁ?」

「無理だな。彼らには冒険者を使うだけの器量に欠けている」

「器量、ですか」


カザジマの零した質問に、ノアはきっぱりと答え、地図に視線を落としたままのアルナが小さく呟く。

冒険者というのは戦術兵器と同じくらいには危険で、好き勝手されれば甚大な被害が発生するというのはノアも理解している。

それを騎士たちが怖れ、なんとか自分たちの理解の可能な―――制御できる範囲で主導権を握ろうとする気持ちもわからないわけではない。

だが、それで行動を制限しているのでは全くもって意味が無い。


(それこそ、アザミさんなんかは突撃させてあげた方が、話が楽なのに)


粉砕、突撃を掲げるようなお嬢様風な人物の顔を思い浮かべ(かぶり)を振る。

あのお嬢様に森の中の遊撃なんかさせたところで樹木ごと破砕して破壊と轟音をまき散らしていくに違いないのだ。

また、冒険者(プレイヤー)は戦力としては十分すぎるが、様々な分野の技量については素人同然という者も多い。

隠密や奇襲が可能な人材は限られ、地形を利用して敵の数を減らしていくような事もだし、周囲に気を遣って連携する事もあまり慣れていない。

圧倒的に脆く弱い兵士や騎士を庇いながら戦うことが出来る人物は全体の1割も居ないであろう。


「協調性を高める何かが必要かしらねぇ・・・?」

「そんな不可能な話を考える暇があるなら、敵を一網打尽にする戦略にでも思考を裂いた方がマシだよ」

「そいつも難しいだろうがな。次から次に湧いてきやがるってんだからよ」


敵が減らないのも問題だが、広範囲殲滅が可能な術理(ルーン)などを使えない理由は地形にある。

白銀の山道という迷宮(ダンジョン)とこのレーロイドの街を繋ぐルートは針葉樹林生い茂る森の中にあるのだ。

ホンの数時間の道のりを歩くだけで気温が急激に下がり、雪化粧を纏うという雪山への入り口であり、出口である場所周辺が主戦場。

当然だが視界や足場が悪く、まず騎士たちの最大の攻撃力を持つとも言える戦法の騎兵による突撃が使えない。


さらには、大氾濫の影響か山に近い森の木々は外部からの術理(ルーン)の影響を無効化する結界のようなモノを構築しているようで攻撃系術式が弾かれてしまうらしい。

それを抜くほどの大火力を使用するのは山火事が怖いというのは騎士団も冒険者も共通意識に出来たようで、燃やし尽くすという選択はできていない。

炎や雷といった術理(ルーン)での攻撃手段を封じられると、氷や風によるモノが主流になるのだが場所が場所だけにこれらの攻撃が通りにくかったりもする。

もっとも、フィルほど強力な使い手が他に居ないので中・遠距離の広域殲滅という選択肢は取りたくても取れないのだが。


(最大限に甘く見積もって、一度に五十。範囲も威力も限られるし、それをしたところで有効かというと微妙なところか)


小さく可愛らしい妖精を象った駒を弄びつつ、地図の上に視線を滑らせるが結局は配する事が無く、そっと下げる。

六百の適性戦力を一度全滅させるくらいなら、ノア自身と三姉妹の能力を使えば十分に可能だ。

しかし、それで減らしたところで一息つける時間を稼げるだけ、というなら余裕のある今は札を切るべきタイミングではないだろう。

騎士団と冒険者の溝が深かろうと、客観的に評価して今は体力の浪費に付き合う気になれない。


「あ~、つまり、騎士団からの要請は却下っつーことだな?」

「十分に後方支援として仕事をしているのだから、文句を言われる所以は無いね」

「ま、奴らに冒険者への命令権なんぞそもそもねぇんだけどな」


どこか苦々しい口調のゴルツに軽く手を振って返す。

その視線は戦場付近を表す地図を鋭く見据えたままに。






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