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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第一章 最前線だったはずの入門編
8/99

07 予期せぬ事態は常に


炎と煙、悲鳴と怒号の中一対の男女が交錯する。

男が唾液を撒き散らしつつ妖しげな紫の光を放つ刃で弧を描けば、女性は長い黒髪を翻して華麗に避けたと思うと掌打を放つ。

傍目には女性―――ノアの方が優勢にも見える。が、彼女の表情は苦々しいものだった。


(衝撃は入っているはずなのに、ダメージを受けた様子が見受けられない!)


苛立たし気に放った蹴りが相手の足を薙ぎ地面に転がしても、何の痛痒も感じさせず倒れた状態から力任せに大剣の刃が飛んでくる。

その一撃を大袈裟なほどに距離を取って後退すると、追いかけるように紫の光を宿す蹴りが空を薙いだ。


近剣突型(ストライカー)・・・敵キャラ(エネミー)じゃなくてパートナーNPC(エインヘリヤル)・・・?」


男の使った倒れた状態からの復帰モーションとして優秀な剣と蹴りのコンビネーションには見覚えがあった。

|セブンスターオンライン《SSO》における十二の戦技特型(スタイル)の内のひとつ近剣突型(ストライカー)

両手で扱う近接武器全般を操る近接系スタイルであり、全体でも一、二を争う種類の武器を装備可能な戦技特型(スタイル)である。

豪快なモーションと高威力武器の多さから人気投票でも上位だったと思い出しながらノアは回避に専念する。


(見覚えのある動きだから割と余裕をもって避けられるけど、掠っただけで大怪我しちゃうかな)


無駄なく最小限に―――なんてことをやれるほどの達人ではないと自覚するノアは回避を大きく取った。

合間で石礫を飛ばして牽制しつつ、ともかく注意を惹きながら時間を使うのが目的だからだ。

体感では数時間以上戦っているように思っても、未だ数分程度しか時間は経っていないとノアは正確に理解している。

集中した時にどれほど時間が自分の中でゆっくりと流れるのかを把握できたのは偏に、ゲームキャラとしての特殊な性能のためだが。


(まぁ、適度に待っていればフィルが来てくれるし)


結局はそういうことだ。

アルナとの模擬戦を含めて現状での三姉妹の実力をノアはかなり詳細に把握している。

彼女たちが目の前の理性の欠片も感じさせない男に負けることなどあり得ない、と断言できる程度には。

その証拠に、未だに一撃も入れられていない。

アルナが相手だったら三秒と持たずに最初の一撃を、その二秒後には次を、といった具合で攻撃を受けていただろう。

その速度を体感していたからこそ、余裕を持って攻撃を避けることに専念することが出来た。

しかし、ノアは一つ勘違いをしている。

彼女―――というかプレイヤーであった彼には精神構造と、とある才能があるために自分で思う以上に強いのだが、それは別の話である。


「―――とぉうっ!!!」


兎にも角にも、もう少し『踊って』いればいいか、と考えていた瞬間、煙を切り裂いて全身に緑の輝きを纏った人物が飛び蹴りを放ってきた。

予想外の奇襲、ではあったが煙の不自然な動きを視界の端に捉えたノアは半ば無意識に身体を動かし、その蹴りを回避する。


「ふっ!」

「はぇっ!?」


しかも、空中でその人物の足首を掴んだ。

勢いを殺さないように片足を軸にして、その場で一回転し振り落とされる大剣にその人物を叩きつける。


「わぅぇっ!? きょわぁぁああっ!?」


奇妙な声の聞こえる『特大の武器』は見事に紫色の光を纏う刃を弾き返した。

そのままの勢いを乗せるようにグルグルと振り回し、容赦なく男の脳天に向かって大上段から振り下ろす。


「グギャァッ!?」

「ぎゃぁああっ!?」


二つの悲鳴が重なったが、ノアは気にせずに勢いに任せて手を放して男共々『武器』を吹き飛ばした。

わりと大きな粉砕音を響かせて何かの建造物の中に消えた二つの影を眺めて小さく嘆息吐く。


「ふぅ。これで一息、っと」

「お姉ちゃん?」


軽く汗を拭うような動作をしていると、銀の髪を揺らしながら幻の翅を僅かに羽ばたかせふわりと空を舞ってフィルが傍に降り立つ。

きょとんとした顔で小首を傾げている辺り、心配していたということも無く純粋にノアの挙動が何を意味するのか不思議だったようだ。


「何かちょうど良く『武器』が飛び込んできたから楽が出来た」

「ふ~ん?」


よくわからない、と言いたげなフィルの頭を撫でつつノアの顔には小さな笑みが浮かぶ。

割と激しく運動したし炎の熱気が頬を撫でるというのに彼女は汗ひとつ掻いていなかった。

新陳代謝が皆無というわけではないが、それを可能にする耐久力と体力を持つのがゲームキャラの肉体ということらしい。

周囲を確認したところ、さすがに人々は避難したようで人気(ひとけ)はない。


「―――ふ、ふぎゃぁぁあああっ!? なんすか!? なんなんすかっ!? きもっ!? キモッ!!! 涎かかったっすぅっ!?」


悲痛な悲鳴、のような何かが響き渡り、粉砕された壁の向こうから粉塵の中を人影が転がり出てくる。

それは埃に(まみ)れて薄汚れた青いチャイナ服の少女だった。

青い髪を頭の左右でお団子にまとめているが、何やらベタつく異臭を放つ粘液がべったりと頭にへばりついている。


「くさい」

「うん、まったく。あんなに臭いんじゃあ、もう武器として使えないな」

「ちょっとぉ!? 人を武器扱いしないで欲しいっす!!」


文句の声を上げる少女をノアは冷めた目で見据えた。

そもそも、奇襲攻撃仕掛けてきた相手に心優しく接するほどに甘い考えを持ち合わせてはいない。

彼女の後ろから獣のように飛び出す男の姿がある。


「フィル、洗い流して」

「ん」


青白い燐光が彼女の手の中で(こご)り光の糸が形を作っていく。

パラパラと紙の音が響き、フィルの手の中に『本』が現れた。


「アークスプラッシュ」


フィルの小さな詠唱と共に空中に輝く魔法陣が現れて鉄砲水が飛び出す。

強烈な水流が弧を描き二人分の人影を水路へと叩き落とした。

彼女のスタイルは撃術破型(ルインテイカー)

長杖や魔導書を扱う所謂(いわゆる)魔法使いを模したスタイルである。

武器攻撃力が他より圧倒的に劣る代わりに術理(ルーン)による火力が最も高く、広範囲攻撃において最も優秀と言っていいだろう。

三姉妹の中でも最も術理(ルーン)に優れるという評価はこのスタイルを中心に育てたからに他ならない。

イリスを支援型、フィルを後衛火力型に育てた理由は万能型のはずのアルナや自分(ノア)が前衛寄りなのも大きな要因ではあるけれども。

それはともかく。


「・・・倒さなくて、良かった?」


フィルが小首を傾げてノアの顔を覗いた。

本来の彼女の能力であるなら、一撃必殺とはいかなかったとしても相応の痛手を与えることが出来た。

炎や雷のような自然現象を操った場合を想像すれば結果がわかりやすいかもしれない。

かまいたちを使えば首を落とすことだってやってやれないことも無かっただろう。

それでも―――


「―――いずれ、必要になるとしても、今はまだ・・・フィルたちに()()()()()()をして欲しくない」


思わず、ノアはフィルを抱き寄せて自嘲するように微笑む。

人を殺すということ。

ノアとしてもこの世界がゲームだと思えなくなってから考えてはみたのだ。

けれども、未だに結論という名の覚悟ができていない。

それでも敵キャラクターに盗賊や山賊が居るので腹を括る必要はあるとわかっている。

だが今はノア自身だけでなく、家族とも思っている三姉妹が手を下すことですら躊躇いを感じているのだ。


「ごめん、フィル。まだ決意が足らなくて」

「ん? ん~・・・お姉ちゃんがいい匂いだからどうでもいい・・・」

「・・・」


この娘、段々と変態になっていっているのでは・・・、とノアは苦笑しながらも胸に顔を埋める少女の頭を優しく撫でる。

そうしているだけでも落ち着いてくるし、笑みを浮かべる余裕まで出てくるのだからフィルも狙ってやっているのかもしれない。

しかし、彼女たちは大いに忘れている。

人を吹き飛ばすほどの勢いの水流というのは、いわばトラックで跳ね飛ばしたのと同じ。

つまり、常人であれば確実に重傷の上で水に沈めたのだから高確率で仕留める行動であったということに。

二人が抱き合ってほのぼのしていると―――


「―――・・・うう゛ぁ~・・・ひ、っどい目に・・・遭った、っすぅ・・・」


べちゃ、べちゃ。と水音と飛沫を周囲にばら撒きながら少女が水路から顔を出す。

都市部の水路なのに何故か海藻(かいそう)のような何かが頭にへばり着いている。


「む・・・」


不機嫌そうに眉根を寄せて魔導書を宙に浮かべ、臨戦態勢を整えるフィルをノアは抱きしめて押し止めた。

息も絶え絶えの相手に追撃をする必要性をあまり感じなかったというのもある。

が、これ以上やってしまうと仕留めて(・・・・)しまいそうだという危惧があった。

フィルにそれをやらせるくらいなら、とノアが覚悟を以て少女を見据える。


「首を絞めれば、さすがに()れるかな?」

「ちょちょちょ! ちょっと待って欲しいっす!」


抱き締めていたフィルを降ろすノアに向かって少女は慌てて大きく身振り手振りで戦意が無いことを伝えようとした。

そのせいで水が飛び散ってフィルが嫌そうな顔をしながら距離を取る。

街を巡る水路の水は川を直接流し込んでいるようなモノなので割と生臭い。

もっとも、この世界には現実では不可能で不条理なアレコレあるため、清水を得る方法は複数あり近代社会に劣らぬ上下水道が完備されているようだが。


「先に攻撃してきたのに、命乞い?」

「え、えぇっ!? ちが、違うっす! 誤解っす!」

「ふ~ん」


ノアは興味なさそうに相槌を打ちながら少女を見据える。

思ったよりも消耗の少ない彼女を正面から仕留められるかは疑問だ。

前言撤回でフィルに手伝ってもらわないと厳しい、とノアが考えていると―――


「―――あれ? 『ノア』のアバター? も、もしかして先輩っすか!?」

「え?」


顔を上げたずぶ濡れの少女がノアの顔を見た瞬間、声を上げた。

名前を呼ばれたのだから当然だが、大きく目を開いてマジマジと少女を観察する。

どこかで見たことがある―――と思ったものの、残念なことに思い出すことはできない。

知り合いであるかどうかを判断することが出来ずノアは眉根を寄せた。


「も、もしかして、あたしのことわからないっすか? 記憶喪失っすか!?」

「いや、記憶の欠落は確認できないけど、君の事はまったく覚えていない。きっと、どうでもいい人間だったのだろうね」

「酷いっす!? でも、その言い回しが先輩っぽいっす!!」


彼女が先輩と呼ぶということは、ノアにとっての後輩にあたる人物なのだろう。

けれど、こんなにうるさい後輩に心当たりがなかった。

記憶の彼方に抹消した可能性は否定できないが。


「知り合い、ということなら考えなければいけないな」

「そ、そうっす! あたしは敵じゃないっすよ!!」


必死に無罪アピールする少女に、満面の笑みを返す。


「不意打ちで頭蓋骨を粉砕しようとしたのだから、顔見知りの分重く処断しないとだね」


握り拳を片手で包みつつ、ポキポキと骨を鳴らしてみる。

ノアの背後に般若だか羅刹だかの影を幻視()て少女は顔を蒼褪(あおざ)めさせた。

ゆっくりと一歩一歩距離を詰めていくと、少女が怯えからじりじりと後退する。

しかし、すぐ後ろが水路。

退路は途絶え、小石が水辺に落ちる音と指先が空を切る感覚に彼女は後が無いことを知る。

満面の笑みを浮かべ怒気を纏うノアから逃れる術は、無い。


「ご、ごっ、ごめ―――」


結果的に少女の謝罪のタイミングは失われた。

水柱を上げて水中から飛び出してきた紫の剣閃が弧を描く。


「お姉ちゃんっ!!」


咄嗟にノアを突き飛ばしたフィルの左腕が宙を舞った。





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