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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
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74 あの日の貴女に



その同好派閥(ギルド)の噂を耳にした時、自分の耳を疑った。

別に商売を行おうとしたのは、決して彼女たちが初めてというわけではない。

むしろ、現実世界で商売に携わっていた人々は積極的に販路を築こうとしたのだ。

命を賭けることなく、日々の糧を得るための方法として。


「――― 正気ですの?」


本人でもなければ、関係がある相手でもない自分の仲間へと思わず問いかけてしまったのは、それ以前の失敗談を数多く耳にしてきたからだ。

冒険者というのは市民権を持っていない。扱いとしては旅行者などと同じ、一時滞在者でしかないため商売に関わるにも制限が多かった。

何より、どこの誰とどのように交渉して許可を得るべきなのか、という所で(つまづ)く人も少なくない。商売に携わっていたと言っても、自分で会社を興したような人物が居なかったのが問題だったのだろう。

錬金術を使えば街で売っている商品よりも良い物を大量生産して販売する事は難しくなく、だからこそ同系統の商品を売ろうとして―――失敗する。


実際に売買されているのだから、それを売ることくらいなら簡単だ。などと考えてしまったのは短慮だったのかどうか。

それ以前に、現代の知識を持ち込んでいるプレイヤーが大量生産品で優位を作ろうとする考えを持つのはあり得るし、現代の品を新たに作り出すには彼らの錬金術の能力が足りていなかった。

料理くらいなら、と思わなくもないが、勝手に屋台を出して捕まった人間がいれば、飲食店と契約しようとして門前払いになった人間も居る。店舗用に建物を買おうとして、その権利が冒険者には無いと知らされる。

武器や防具、あるいは薬を卸そうと考えても、相手が取引に応じないか、場合によっては鍛冶師などを怒らせて様々な場所から抗議の話が上がったりもした。


商売のタネは色々とある。

けれど、花を咲かせるどころか植える場所もわからない。

それがレーロイドにおけるプレイヤーたちの認識だった。

結果として身体を売る以外の選択肢が出て来なかったのは、旅人という扱いのせいもあったのだろう。

旅行者を就労させることに問題が生じるのは、むしろ現代に生きた人間の方が詳しいくらいなのだし。

だから―――


「―――本当に、冒険者(プレイヤー)が商売を始めますの?」


あまりにも多かった失敗から、この国の、この世界のルールが『冒険者』以外の生きる方法を用意されていないのだと判断していた。

ゲームに用意されていない生き方なのだから、プレイヤーが選ぶことなどできはしない、と。

なれば、強くなって戦いに励み、敵を倒して生きていく事こそが冒険者(プレイヤー)の在り方なのだと。

けれど、その思い込みこそがまやかしであったと知る機会はすぐに訪れた。


「―――こ、これ・・・は・・・!」


思わず何度も仲間たちに確認した次の日。見つけてしまったのだ。

街の一角、布地などの衣装を作成するための素材を売っている店で、現代にも負けないほどの緻密で繊細な仕様の下着類に!

見た目や色合いが良いのはもちろん、型崩れを防ぐ仕掛けの施された上に、吸収率の高い素材と染みが外側に浸蝕せず優しくフィットする作りの下。

明らかに現代の知識を持っている人間が何らかの方法で販売ルートを作り出したことはある程度この世界で生活していれば推測できた。


そして、地味に皆を喜ばせたのはストッキング。

デニールは30、40、60程度の物の3種類が白、黒、ベージュの3色と種類がそれほど多かったわけではない。

けれど、この世界特有の金属を使った金属糸を織り込んでいるらしく、少し肌寒いレーロイドの寒気をかなり防いでくれる。

強度というか強固さも強いらしく伝染しづらく破れにくいという、冒険者の防寒着として考えられたのがわかるようなモノだった。

見た目だけなら同じ物はいくらでも作れるのだけれど、装備ではなく普段着用の一品として耐久度と性能を両立させたこのような物は簡単には作れない。


「―――こういう物であれば、わたくしたちでも売れるのかしら?」


店員にも話を聞いてみたのだけれど、そう簡単な話ではないらしい。

そもそも、購入した『本物』を模倣して作ってもらおうと思ったのに、それが出来なかったのだ。

複数種類の質の違う布地、形状記憶ワイヤーやホック用の金属は肌に直接触れても問題が無いように特殊な加工がなされているらしい。

実は男物の下着も売りに出されていてゴム素材などに特殊な加工が求められているらしいというのは後になって知った話だ。

これらの加工技術が判明しない限り、模倣するのも難しいらしい。


それ以外にも、販売経路や売買許可などといった諸々ができないというのは少し話を聞いただけでもわかった。

失敗した先人たちとの違いを調べれば割って入ることも可能だったのかもしれないけれど、それを見つけ出すだけの能力の持ち合わせはない。

頭の良し悪しというよりは、向き不向きだろう。性根的に商売が向いておらず、そういう立ち振る舞い(プレイング)をしているからこそ、認められているのだと自覚があった。

けれど、武力しか持たぬ身では、戦う力と心を持たない人々に手を差し伸べる事はできない。無理に連れ出さば傷つけるだけだとわかっていたから。

だから―――


「―――貴女が『ノア』ですわね!」


彼女に接触したのは当然の話だった。

ただ、予想と違う人物像であったのだけれども。

どんな金の亡者が、細い抜け穴か卑劣な裏技を駆使して金の流れに手を入れたのかと思っていたのだ。

彼女はむしろ情報のほとんどを公開して利益をバラ撒くような真似をしていたのだから、どんな裏があるのかと最初は疑っていた。

もっとも、彼女には裏など無い。否、迷宮(ダンジョン)攻略の邪魔になる戦闘能力不足の冒険者を遠ざけるためという理由はあったようだけど。


話を聞けば聞くほど不思議な相手だった。

パートナーNPC(エインヘリヤル)を連れ歩いていることも、一見、自分の利益を放棄しているような行動も。

傍目から見ると自己犠牲で他者を救っているようにも思える行動の数々が、彼女を慕う理由としている人は多い。

けれど、直接言葉を交わせば善意だけの人間ではないと感じさせられる。善人ではあるのだろうけれど。

もっとも批評できる立場でもない。レモンチーズケーキのレシピで買収されてしまった身なのだから。


「――― で。その話を今更聞かせて、どんな反応をしろと?」

「わたくしがノアを愛する理由なのですのに、その反応はありませんわ!」

「いや、話が繋がってないでしょ」


未だ森の中。

切り株のテーブルで午後のティータイムを楽しんでいるところである。

シフォンケーキに紅茶を用意してもらったのだが、ノアは紅茶に詳しくなく味わい方も良くわかっていない。

美味しいというより、口の中をリセットする為だけに飲んでいると思うと少し勿体無くも感じる。


「チーズケーキのレシピで愛を覚えるお嬢様ってチョロ過ぎない?」

「結果として貴女が弱者救済をしているのですから問題ありませんわ!」

「そういうつもりはないのだけど」

「認めないのは承知ですけれど、傍から見るとそうなりますわ!」


もちろん、誰にでも手を差し伸べているというわけではない。

ただしノアが公開した情報の数々は珠玉のモノだ。独占していたのなら、この世界で、と前置きは付くが億万長者には簡単になれていただろうくらいに。

当然ではあるが秘匿するべき内容までは公開されていない。商品詳細や販売取引の詳細などがそれに当たる。

文句を垂れる人間は多数居るのだけれど、アザミともう一人のプレイヤー集団を率いる人間がノアの姿勢を肯定したことで表面的には反発が抑えられている。

あくまで、一時的に、ではあるが。


「本職の商売人たちを出し抜くのはソレはソレで楽しいけど。彼らはゲーマーとしての視点が足りない」

「そういう問題ではありませんわ! もっとも、気が付いたからと実行できるとは限りませんけれど!」

「普通に商品を売ろうなんて考えるから失敗するんだろうけどね。まぁ、パートナーNPC(エインヘリヤル)について詳しく知っている人間はレーロイドには殆ど居ないからだろうけど」


安くより良いものを、というのは現代における商業傾向のひとつ。

オンリーワンの最高級品を、というのは職人たちが手掛ける手製品の極致のひとつ。

しかし、この世界ではその間を縫う様な商品選択が必要になり、その鍵を握るのは『錬金術』―――ひいてはパートナーNPC(エインヘリヤル)だ。

間に彼ら、彼女らの技術と意志を挟むことを必要とするという考えに至ることは、やり手であればあるほどに盲点となり得る。

能力の高い人間こそ、自分で動きたがるものであるし、計画の中に自分以外の人の意志の介入を拒む傾向があるからだ。


「自分の適性だけでは先に進まない取引、というのはさぞ歯痒いのだろうね」

「ノアには関係がありませんものね!」

「先に確認しているからね。というか、うちの子たちはあんまりに従順すぎるけど」


美味しそうにケーキを頬張る膝の上の妖精の頭を撫でつつ苦笑が漏れた。

彼女たちは『個』の存在だ。一個人であり、感情や能力も異なっている。

当たり前の話ではあるが、その意志や思考を無視して行動を強要する事は好ましい事ではない。

ましてや()()()()のような扱いをすればどうなるかなど、深く考えずともわかろうものだ。

何より、パートナーNPC(エインヘリヤル)は同一品の大量生産には向いていない。


「理屈がわかれば商売に手を出す人はいくらでも出てくるだろうけどね」


この世界で()()()()商品を売る規則はいくつかある。

そのうちの一つが素材そのままの物か、錬金術によって生み出され、持ち主の手を離れても消えない品物であること。

プレイヤーの手製品が許されない理由は実のところよくわからないので、レーロイドという街限定のルールかもしれない。

この二つの制限が商品を縛るのだが、もうひとつ。装備制限のある武具などは冒険者互助組織(ラタトスク)以外で売買ができないのだ。


これらのルールが商売をややこしくしているが、気が付けば抜け道は色々とある。

しかし、それでも弾かれていくのが大量生産品。そして、現行の商品市場を壊すような物、だ。

この辺りは商業組合の立場や行動方針から来るものなので、そういった組織を無視するか知らずに手を出すと酷い目に合う。

店舗などの拠点や生産所を借りる事も出来ないというのも地味に厭らしい。


「・・・まぁ、あまり商売を本気でやるつもりはないんだけど」

「貴女ならこの世界一の女社長になれますわ!」

「無理に決まっているでしょう。レーロイドやブレベルナはともかく、王都や始まりの街ならとっくに気が付いたプレイヤーが色々とやっているだろうし」


この世界で商売をしようとするためにパートナーNPC(エインヘリヤル)の力が必要。

それに気が付くためには普段からの交流がベターだが、まともな交友が成立するプレイヤー自体が少ない。

会話が成立し、詳細な意思疎通が可能で、かつ商売について積極的に考えているという人間の数はだいぶ絞られてしまう。

これは先の街に行けばより顕著で、攻略に重点を置いていたプレイヤー程エインヘリヤルを使用人扱いしがちだからでもある。

SSOというゲームのコンテンツを攻略するのに戦闘補助のNPCは必要ないどころか邪魔になるくらいなのだから、当然の傾向ではあるのだが。


「確かに。ゲームの攻略よりも着せ替え人形を楽しむ方々ならば気が付きそうですわね」

「ていうか、人口に差があり過ぎる。第一、第二の街を拠点にしている同好派閥(ギルド)はレーロイドやリッシュバルの百倍近い数になるはずだし」

「それはありますわね!」


この世界に居るプレイヤーの総数など把握できるはずもない。

だが、分母が増えれば思考と試行の量が増えるので、ノアが知っているようなことは知れ渡っているだろうと思われる。

レーロイドで先んじることができたのは、あくまで同じ方向へ進む人物が居なかったが故の幸運でしかない。

ゴルツのような人物と顔繫ぎをできたというのもあるが。


「もっとも、わたくしには欠片も関係がありませんわ!」

「アザミさんは戦闘特化ですからねぇ・・・」


全力粉砕を掲げるお嬢様は良くも悪くも戦闘能力に重きを置いている。

パートナーNPC(エインヘリヤル)である爺―――リチャードという名を与えられた老執事は錬金術の能力は高いが戦闘能力は無い。

大量にドレスを作成した関係で意思疎通の方はかなりスムーズらしいのだが、ノアは実際に会ったことはなかった。

それはともかく、アザミや普段、彼女と行動を共にする人々は魔物や怪物の討伐こそ難なく熟す戦闘技能の持ち主だが、剥ぎ取り解体などの技量が拙い。

また、採取系の技能や発見スキルも育っていない者が多く、自由に過ごしているといってもやれる事には結構な制限がある。

それでも、レーロイドのプレイヤー集団の中では2番目に資金を持っているのだが。


「ふふん。頼ってくださっても良いですわ!」

「集団戦闘とか大規模戦闘では頼りにするかもしれませんけど・・・」


アザミは強い。

しかし、それはレーロイドの街に居るプレイヤーの中では、だ。

単騎の戦闘力も、集団能力も高い。高いが、ゲームの時に確認できたレベルや装備、そして現状における技量と能力が圧倒的に上である三姉妹には及ばない。

それこそアルナ一人居ればアザミ50人分くらいの戦闘力を持つくらいには能力差があるのだから。


「とりあえずは、フベルタ教へのネガティブキャンペーンを任されますわ!」

「いや、そういう類のものではないし、大事にするべきか迷っているんですけど」

「オーホホホホッ!」


聞いているのか、いないのか。

何故だか楽しそうなお嬢様とのティータイムを終え、残りの依頼を消化していたら街に戻ったのは日も落ちてかなりの時間が経った後になってしまったが。






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