73 森のお嬢様
「オーホホホ・・・ッ!」
「そのキャラ、楽しそうですね」
うさ耳金髪縦ロールのスパンコールドレスの女性が高笑いを決める。
無駄にキラキラしている彼女は、けれど振り回しているのはトゲ付き鉄球。
じゃらじゃらと鎖の音を響かせて飛ぶ鉄塊が、巨大化したコブラのような怪物の頭を吹き飛ばす。
余った勢いを止めようなんてなどと欠片も考えず、鉄球が周囲の樹木を薙ぎ倒して轟音を響かせた。
「ふん。他愛もないですわ!」
「頭、粉砕しちゃいましたけどね」
「些細な事ですわ」
「いや、牙の採取なんですけど」
「些細な事ですわ!」
そして、高笑い。
本当に彼女は楽しそうなので、溜息を吐く程度で留めておく。
でかい毒蛇―――スピアヴァイパーという蛇の長く発達した牙は武器素材として使われている、らしい。
残念ながら、プレイヤーの扱う武装には牙を使うモノが無かったので知らない類の装備なのだが。
「ふふん! 貴女たちと一緒なのですから蛇ごとき、物の数ではありませんわ!」
「油断は禁物ですよ、アザミさん」
「ふふ、わかっておりますわ!」
常に笑顔。
そんな印象があるお嬢様ロールプレイのアザミさんはレーロイドにおける二大巨頭の一人。
術理を操る隔霊操型なのだが、豪快に鉄球を振り回し、高笑いを上げる姿は人目を惹く。
そして、プレイヤーとしての能力を存分に使ってお金を稼ぎ、わりと自由に生きている。謳歌していると言ってもいい。
特に現実では集めるのに苦労する貴金属類の収集と、それを利用した現実では少々気の引ける煌めく様々な衣装を着こなす事を楽しんでいる。
というか、スカート姿で森を歩くのは現実だったら、足や腕が大変なことになるのだけれど。
「それにしても、高位神官に精神汚染能力ですか。また、宗教に敵意を持ちたくなる状況ですわね!」
「まぁ、教義の内容も方向性もわからないですけど」
「ですわね! もっとも、宗教というのは大切ですわ! 主に、同じ考え方を共有する仲間を作るという意味で!」
「それは極端すぎません?」
オーホホホッ!と、返ってくる高笑いに、どうしても力が抜ける。
宗教色の薄い国に住んでいたこともあって、宗教を必要とする人間に詳しいわけではないが、単一の動機というわけではあるまい。
逆に宗教しかないと考える人は居るかもしれないが、教義を信じる理由となると違うはず・・・たぶん。
「けれど、初対面で使ってくるということは日頃から使っているのでしょうね」
「どうでしょうね。何のリスクも制限もないとは思えませんけど」
「洗脳や思考誘導の場合、解除された後の寄り返しが大きそうですものね!」
能力の詳細がわからないとはいえ、精神に働きかけるモノだということはわかっている。
かといって、無制限に乱発できるようなものだというには、反発している人間の数からしてあまり考えられない。
冒険者はともかく、一般人の反応が好意的なものが少ないという現状を考えれば微妙なところだ。
対象の数を増やすと効果時間が減少するとしても、出合頭に使ってきた事を考えると疑問が残る。
「あるいは特定の条件を満たす相手にしか効果が無いから手当たり次第に使っている、とか考えられますけど・・・」
「ありえますわね。被暗示性の高さで催眠術にかかりやすいという話も聞きますもの!」
「これが正解だとしても、あんまり意味なんてないですけどね」
対策らしい対策を立てられないという意味で、その仮定にはあまり意味が無い。
などと話しながらも薙刀を振るって赤い鹿のような魔物の首を斬り落とす。
空間の限られる森の中で長柄の武器を操るのは良い訓練になっている。隣のお嬢様は障害物ごと獲物を叩き潰しているが。
「ふふ、優美な戦い方ですわね!」
「だいぶ訓練しているからね。羨ましかったら、武器変えてみたりしたらどうです?」
「まさか! 全力粉砕こそわたくしの美学ですわ!」
「今度は必要部位を消し飛ばさないでね」
「保証は致しかねますわ!」
豪快に風を貫く音と共に鉄球が木々を粉砕しながら突き進む。
赤い鹿型モンスター・ライツケルトが三体爆砕し、地面を這っていたスピアヴァイパーの身体に大きな穴を開けた。
「今度は頭が残りましたわね!」
「いや、まぁ・・・アルナ、フィル。お願い」
「わかりました」「うん」
後ろからついて来ていた二人が死骸へと向かっていくのを確認しつつ周辺警戒へ思考を移す。
レーロイドの街中から一時間ほどの距離の位置にある特に名前もない森の中にはノアを含め、この場の5人が危険に陥るような相手は居ない。
もちろん、生息地の変化などによって想定外の敵が現れればその限りではないので決して油断はしないが。
「ノアのところの子たちと一緒だと、とても楽ですわね!」
「うちの子たちは優秀なので」
「作る料理も絶品ですものね! わたくしの所に迎えたいくらいですわ!」
「あげませんよ?」
フィルは剥ぎ取りに勤しんでいるので、近場に居たイリスを抱き寄せる。
そんなノアの下に歩み寄り、アザミはソッと細い顎に手を当てて僅かに顔を上げさせた。
「貰うのなら、ノアに決まっていますわ。わたくしの下僕になりませんこと?」
「あげませんっ!」
至近距離で覗き込んでくるアザミから引きはがす様にノアをイリスが引っ張った。
半眼で威嚇するように唸り声を上げる彼女は、おもちゃを取り上げられたくない子供のようにも思える。
「あら。愛されていますわね」
「どっちかというと、愛している、ですかね。こうなって余計にそう感じているだけかもしれませんけど」
依存している。それを感じているからこそ、胸中の不安は決して消える事が無い。
いつの日にか自分の下を去っていく―――巣立っていくのかもしれない、と思えば抱き締める腕に力も篭る。
頬を撫で、髪を梳く様に指を通せば擽ったそうに笑みを浮かべる姿も愛おしい。
「む~! お姉ちゃん、わたしも!」
「マスター。こちらは終わりました」
飛びついてくる妖精に、ジト目で見据えてくる戦乙女。
じゃれ合っている間にも周辺警戒はきちんとしていたのだが、そういう問題ではないらしい。
「ふふ、帰ったらね」
「一緒にお風呂!」
「いや、まぁ、いいけど・・・ちょっと心が痛いんだよね・・・」
無邪気な様子には罪悪感があるが、全裸介護をそれなりの期間、経験したので拒絶するのも難しい。
心はともかく、女同士だからこその距離感というか、触れ合いだとは思うのだが。
(いや、割と違うって話も聞くんだよね。パートナーNPCを押し倒したって人は男女ともにそれなりに聞くし)
水の街ではほとんど見られなかったエインヘリヤルとの繋がりだが、レーロイドでは意外と話には聞く。
戦闘能力がほぼ無いので連れ歩くことはしていないようだが、鉱石の街だけあって『錬金術』による装備作成のために意思疎通を図る機会が多いようだ。
そして、多少の反応の悪さは、それでも従順で真剣に話を聞いてくれる美男美女の彼ら、彼女らに対して様々な欲望を浮かべてしまうのは必然だったのかもしれない。
大半がマグロだとか聞くのだが、それはともかくとして、アルナ達も性別に関わらず主人に対しての対応はあまり変わらなかったのだろうか。
「・・・環境に恵まれたなぁ。本当に」
「今思うことですの?」
クスクスと笑われるが、致し方なし。
欲望のままに可愛いうちの娘たちに襲い掛かっていたらと思うと、どうあってもロクな事にならなそうなのだから。
実際に逃げられたというか、見捨てられたプレイヤーも居るのだから、あり得た話でしかない。
大切に、大切に。見捨てられないようにしていかなければ。
「羨ましい限りですわね。わたくしも、一人くらい妹を作っておけば良かったですわ!」
「コンテンツを進めるだけなら一人居れば十分だったしなぁ・・・こっちは3人とも可愛くて、とても満足しています」
新しくパートナーNPCを迎え入れようとしたら、始まりの街・ブラディニアに出向く必要がある。
メニューから飛べた頃ならさしたる手間ではなかったのだが、現状では長すぎる道程でしかない。
今の世界で新生したエインヘリヤルがどういう状態で生まれてくるのかもわからないけれど。
「それに、納品系依頼も簡単になりそうですもの! 爺にも頑張って貰おうかしら」
「止めておいた方が良いと思いますよ。戦闘能力や知識は以前の戦闘回数に依存するみたいですし」
「それは困りましたわ!」
困ったと言いつつ高笑い。
これもまた、連れ出して護り切れずに亡くなったエインヘリヤルも出てきている。
ある意味でレベルやステータスを確認できなくなった弊害というか、明らかに実力差がある場所に引き連れていくという事象もあるのだ。
それこそ、アザミの率いている集団でも何人かがやらかしているので知らないはずはないのだが。
「アザミさんたちは討伐ばかりやっているみたいですし、問題ないのでは? 必要なら解体要員だけ借りてくればいいんですし」
「ええ。冒険者互助組織・・・いえ、あの件は貴女が持ち掛けた話ということでしたわね!」
「たまたまなんですけどね」
「けれど! わたくしには不要ですわ! 素材など残らないのですもの!」
そして、高笑い。
アザミはレーロイドどころか水の街・リッシュバルで出会った人々と比較しても高い戦闘能力を有している。
これが時間経過したことで慣れてきたから―――というのではなく、彼女の適応能力が高いからだというのだから、さすがとしか言いようがない。
もっとも、彼女の戦闘スタイルを見ればわかる通り、戦う事について以外については微妙なところだ。粉砕してしまうので。
「内緒話のために街の外に出たのは良いですけど、素材納品の依頼なんて受けなくても・・・」
「せっかくのノアとのデートなのですもの! 普段と違うこともしてみたいのですわ!」
「うちの子たちも居るんですけど」
「ハーレムですわね!」
楽しそうなお嬢様に嘆息を返し、フィルの頭を撫でる。
胸に顔を埋めて幸せそうな妖精を見ているだけで温かな気持ちになるのは何故だろうか。
寄り添ってくるイリスや、羨ましそうにしながらも澄まし顔を浮かべて傍に立つアルナの甘い香りに顔が綻ぶ。
「うちの子たちは本当に皆いい香りで・・・」
「匂いフェチですの?」
「否定できないかも」
「では、わたくしも参りますわ!」
「え?」
とう!と地を蹴ったアザミが飛びついてきた。
そこまでは別に良いのだが、彼女はトゲ付き鉄球を鎖で繋いだモーニングスターを手に持っているのである。
「あ、え、ちょっと!?」
「オーホホホホ! ですわ!」
「それは使い方が違う!」
右手にフィルを、左腕にイリスを抱えたままに間でアザミを受け止めて肩に立てかけるようにして保持していた薙刀を操る。
地面に刺さっている石突を蹴り、肩を起点に縦に回し、飛んできた鉄球を弾き返し、イリスの腰から腕を引いて刃を指で挟んで受け止めた。
指先で弄ぶように上下で入れ替えるように持ち直した時、イリスとアザミの足がそれぞれに左右の脚を絡め捕り、流石にバランスを崩して―――
「―――マスター!」
薙刀を杖代わりにしようと思ったのだが、飛び込んできたアルナの足が柄に引っかかり手元を離れてしまう。
崩れ落ちる身体を立て直すことが出来ず、五人揃って地面へと倒れ込んだ。
ごんっ!と後頭部に響く鈍い音にノアはホンの少しだけ瞳に涙を浮かべる。
「うぐぅ・・・この体で痛みを感じるなんて結構な威力なのだけれど」
「大丈夫ですか、マスター?」
後頭部に痛撃を与えたのはアルナの胸当て。
防御力を実感できたのは良かったのかもしれないが、何時だったかのフィルの感覚を味わったのは嬉しくない。
互いの武器が、お互いを傷つけなかっただけマシではあるか。
「うふふ! 押し倒してしまいましたわ!」
「それは間違いないですけど、色気もへったくれも無いですね」
「ノアが部屋へ招待してくれないからですわ!」
「それはお互い様でしょう。こっちもアザミさんの私室に入れませんし」
アザミとはこの世界になって初めて出会った相手だ。
フレンド限定の設定がある彼女の部屋にノアが訪れることはできない。
様々な設定の制約が呪いのように残っている内容は多いが、フレンドリストの更新もまたその一つだ。
どんなに友好を育もうとも、決してフレンドリストに名前が追加されることは無いのだ。
「それで、わたくしの香りはいかがですか?」
「薔薇の香りですか。徹底していますね」
「もう! それだけですの?」
「残念ですが、女体の誘惑には慣れてしまいましたので」
後ろから抱き締めてくれるアルナに身を預け、フィルとイリスを抱き締める。
どことなく満足そうな三姉妹の様子を見て、ホンの少しだけアザミは拗ねた様に口を尖らせた。
「本当に羨ましいこと。貴女は貴女で好きに生きているというわけですのね!」
「それは間違いないですね。嫌なことはやらないようにしていますから」
「そこはわたくしと一緒ですわね!」
チュッ!と小さく音がした。
見上げれば満面の笑み。
「「「あーっ!」」」
「親愛の証ですわ!」
「そんなに関係を深めた記憶が無いのだけれど」
「愛に時間は関係ありませんわ!」
「あ、そうですか」
やれやれ、と思いながら、ノアは額に口づけを落としたお嬢様を見上げるのだった。