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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
73/99

70 関わりは広がりゆく



議論は、紛糾した。


「やっぱり『ノアちゃん様と愉快な仲間たち』がいいよ☆」

「いやいや! 『黒髪女王様と下僕たち』で!」

「『ブラッククイーン』とかどうかな!?」

「いや~、『ワルキューレエンブレス』とかどうだ?」

「ここは『甘味の誘惑』がいいね!」

「駄目よ! 前面に優しさを押し出さなきゃ! 『女神の慈愛』とか!」


どれも完全にネタでしかなかったが、あまりの盛り上がり様にノアは額に手を当てて深々と嘆息吐く。

色々と。それはもう色々と言いたいことが込み上げてきたのだが、一旦呑み込めただけ彼女の精神は強いと言っても良かったかもしれない。

否。共に馬鹿騒ぎに興じることができない辺りはむしろ弱かったのだろう。


「もう、面倒くさいからレネアの案で決定。名付け親ってことだし同好派閥(ギルド)マスターもやってもらうことにします」

「えぇーっ!?」『おー!!!』


一人の悲鳴にも似た叫びと、残りの面子の楽しそうで感心したような声音が重なる。


「それと。とりあえず、全員一発ぶん殴るから。アルナが」

「お任せください」

『!?』


全員が石像のように固まる。

アルナはノアと違って冗談が通じない。

そして、彼女は主人の命令であれば必ず成し遂げる。

身命賭して必ず、だ。手を抜くなど考えられない。

それを知っている面々が恐怖に身を震わせた。


「の、ノアちゃん様☆ 冗談、冗談だよ☆」


引き攣った道化師の言葉に、ノアは冷めた視線でひとつ頷きを返す。

許された、と安堵を胸に抱いた彼女たちに言葉を落とす。


「アルナ。拳骨で許して欲しいそうだから、頭蓋骨が砕けない程度でいいよ」

「かしこまりました」


瞬間、彼ら彼女らが絶望の感情を抱くのと同時に、疾風が駆け抜け重く鈍い打撃音が響く。

半分以上が素手ではなく『幻影』によって生み出された、物理的な意味での鉄拳だったのは、まぁ・・・ご愛敬というところだろう。


「レネア。書類にちゃんと記入しておいて」

「あうぅ・・・お姉さまぁ・・・」


頭頂部を押さえて呻く少女に書類を丸めた棒で軽く追撃してから開いているテーブルの上に投げ落とす。

施設内に店舗を構えるための許可証発行書類や商品取引のための書類など、いくつかの紙が重なっているので意外と重いからかレネアはさらに呻き声を上げる。

ともかく、この書類の処理が正式に通れば同好派閥(ギルド)拠点(ホーム)が使えるようになる。

そうなれば彼女たちにとっても便利になるし、ノアも多少の恩恵を得られるのは間違いない


「それじゃあ、頑張ってね」

「お? また迷宮(ダンジョン)か?」


一人、アルナの猛威から逃れた、というか関係なかったので見逃されたゴルツが青椒肉絲の旨味の余韻に浸りながら、席を立ったノアに問いかける。

粛清を終えたアルナ、給仕を済ませたイリス、ふわりと飛んで背中に張り付くフィルを引き連れればそんな感想も出てくるというものだろう。

しかし、彼女は小さく頭を振る。


「今日は騎士団の方に呼ばれていてね」

「・・・念のため言っておくが、直接依頼(クエスト)を受けるような真似はすんなよ?」

「大丈夫。冒険者互助組織(ラタトスク)がどうして存在しているのかはこっちも向こうも承知しているから」


もっとも、冒険者互助組織(ラタトスク)で管理する依頼(クエスト)は命に係わるモノばかりだ。

素材の採取はともかく完成品の納品などは商人の領域―――つまり直接やり取りする事が可能な範囲。

グレーゾーンではあるため仲介を必要としない範囲については注意が必要ではあるが、基本的に街の中だけで完結するような内容なら問題が無い。


これが単純な討伐依頼や薬草などの街の外での採取依頼になると問題がある。というのも、依頼における冒険者の危険度を調整するのが冒険者互助組織(ラタトスク)の役目の一つだからだ。

なのだが、『勝手に素材を取って来る』というのと『街の中で調合・作成する』というのはそれぞれ個人の裁量で自由に行うことが出来る。

また、それで大量の作成品を売り買いするというのは商人の分野になるので冒険者互助組織(ラタトスク)が管理するものではないため、黙認するという形になるのだ。ただし、この行いを本当に自分勝手にやると商人組合やその他組織から目を付けられるクレームが入ったりするので体面を整える必要がある。


「お前なら問題ねぇだろうが・・・特に今は例の奴らのせいでピリピリしてる。厄介事を増やさねぇようにな」

「気を付けはするけど、勝手に巻き起こるから厄介事なんじゃないの?」

「そうかもしれねぇがな」


運が良かったとはいえ、わずか一週間で新たな商売の仕組みの下地を整えた人物だ。

調整がそれなりに上手いというのはゴルツも理解しているが、急速に動いた分の反動がいつ出てきてもおかしくない。

それがどんな形で噴出するかわからないということに嫌な予感というのを感じるなというのは無理がある。

軽く手を振って去っていく彼女たちの背に、小さく嘆息を零す。


「・・・あ。お代わり貰うの忘れた・・・」


誰かが呟いた悲嘆に暮れる言葉に、思わず小さく噴き出してしまったが。





「―――この街は、色々と大変そうだな」


施設を外に出て少し歩いたノアが呟く。

レーロイドの街は綺麗なもので、路地にゴミが散乱していたり吐瀉物(としゃぶつ)がこびり付いていたりはしない。

それだけでも治安の良さが感じ取れるのだが、だからといって問題が欠片も無いというわけでもなさそうだ。

寒空の下、裏路地で膝を抱えている数人の子供たちの姿を目にすればそういう感想も出てくる。


「かもしれません。しかし、浮浪者やあからさまな裏の人間が目につかないことを考えれば、まだ問題はかなり少ないのかと」

「色々と一時的なものであれば別だけど、物価の高騰の影響がかなり早く出始めているみたいだし続くと厄介かもね」


冷害とも取れる天災の影響を受けてから未だたった数か月。

その期間ですでに市場に影響が出ているというのは、どうにも腑に落ちない部分がある。

通信技術が発展した現代社会ですらこれほど迅速に人々の生活に支障を来たすものなのかがわからないからだ。

特に、この世界では一定以上の地位に居る人間でもなければ手紙のやり取りにもかなりの時間が掛かるというのに。


「あんまり深く考えるモノでもないか。交易や流通に詳しいというわけでもないんだし」


思考を切り替えながら、歩いて目指す先は街の中心部。

冒険者互助組織(ラタトスク)の施設はゲームの影響もあるのか前の街から訪れた際の入り口付近に存在している。

が、この世界の騎士団というのは権力者の私兵―――ではなく、職業軍人兼治安維持組織であるため街のどこにでも駆け付けられるように中央付近に駐屯場が建てられているらしい。

もっとも、ほとんどの実働部隊は半民である『兵士』のようだ。2年間隔で持ち回り、民間人から徴兵される兵士は騎士ほど個人の力は無いが治安維持には大きく貢献している。


(本当は、あんまり政治とかに治世に寄っている勢力とは関わりたくはないんだけど)


最終的にこの世界とどう向き合うのかは今のところ保留しているが、だからこそ最低限の知識が必要だった。

冒険者というのが特殊な立場であるとしても、法律関係の常識くらいは把握しておいて損は無い。

そんな事を考えていれば、さほど時間を掛けることなく騎士団の駐在施設―――通称、騎士団砦へと辿り着く。


「あ! ノアさん! ご苦労様です!」

「お疲れ様。サーキス団長に呼ばれているのだけど・・・」

「伺っております。すぐに案内役を呼んで参りますので、少々お待ちください」


優しい口調で話しかければ、門番をしている男性兵士の二人は頬に赤みを宿しながら嬉しそうに対応する。

ノアが騎士団砦に足を運んだのは今回で3度目なのだが、すでに顔見知りも少なくない。

冒険者としては珍しくないとはいえ、目を瞠る美人であるため男性たちが多少騒ぐのは仕方のない事だった。

もっとも、騎士団はともかく兵士の男女比率は6対4程度なのでそこまで男所帯というわけでもなく、美人に見惚れる男たちを見て女性陣の冷たい反応を促したりもしているが。


「お待たせ、ノア」

「早かったね、エリサ」


案内役として現れたのはスマートグラスを掛ける女性騎士。団長の副官を預かるエリサという女性だった。

副団長ではなく、団長の副官という立場で、本人は指揮権などを持っていないが、レーロイドに常駐する騎士の中で彼女に頭が上がらないという人物は少ない。外部交渉などの過半を引き受けており、兵士たちの給与査定にも口を出せるというのもあって間接的な支配者とでもいうべきポジションを維持している。戦闘力は高くないが文官としての能力の高い縁の下の力持ちと言ったタイプで、普段は怜悧にも見える鋭い瞳の持ち主で美貌ではあるが滅多に笑わないと言われていた。

いたのだが、ノアを迎える彼女の表情は柔らかく、微笑からは親愛の情が垣間見える。


「貴女が昼過ぎに来るのは聞いていたから、詰め所で待っていたのよ」

「そんなに暇な立場ってわけでもないでしょうに」

「いいのよ。急ぎの仕事はないか、ら―――」


楽しそうな笑みを浮かべるエリサの姿に、思わずポカンと口を開けて見入った二人の兵士の姿に気が付いて、彼女は小さく咳払い。

完全に友人同士のノリで会話していたのが気恥ずかしかったのか、耳まで赤くなって表情を取り繕う表情を眺めてノアは苦笑を零す。


「で、では行きましょうか! 団長も待っているから」

「りょーかい」


やや足早に歩いていくエリサを追ってノアが歩き出せば、アルナとイリスは門番へ一礼して追いかけていく。


「・・・その様子だと、効果があったの?」

「それはもう。私だけでなく皆感謝しているわ」

「あはは、それなら良かったよ」


誰が聞いているのかわからないから、ではなく、単に口に出すのが恥ずかしいから二人は具体的な物の話はしない。

というのも、エリサを窓口に女性の騎士や兵士へと引き渡した品々というのは所謂、女性用品の類だ。

戦いに身を置く者として、街を拠点にしていても野営をすることはあるし、訓練も男女の別は無い。

だが、だからこその苦労があるというのはノアも自分の身で経験してきた。したかったわけではないが。

そういった苦難を緩和するためのアレコレを試供品として手渡したことが、エリサとの仲を急速に深める要因になったのはノアとしても少々思うところがあったり、なかったり。


「正式に取引って話になりそうなら、今度は責任者を連れてくるよ」

「ノアが直接扱うってわけじゃないのね?」

「そうだね。けど、ちゃんと女性だから安心して」


その言葉に大きな頷きが返ってくる。

動きを妨げなかったり不要に擦れない下着であったり、月一の神秘に対する備えであったり、お通じの関連薬品だとか。

これらの商品に関して異性を間に挟むことはエリサにしても避けたい話だ。

騎士や兵士の身分は外聞を気にする必要があるため、色町の関係者たちよりもシビアに考える必要がある。

逆に、あちらでは大っぴらな話題に出したり、場合によっては色仕掛けで値引きを迫ったりもするので異性の方が良いと考えたりもするらしいが。


「そうだ。今日も差し入れ持ってきているけど、どうする?」

「後でいいかしら? 団長を放っておくというのも問題があるから」

「大丈夫。それと、今回は甘味多めだから」

「それは嬉しいわね」


できるだけ素っ気無く言ったつもりでも嬉しさが滲んでしまう。

女性だから、というよりは、値段が上がったことにより騎士団内で嗜好品の規制が入った影響だろう。

対象は色々だが、酒や砂糖、香辛料の類の節制の話はノアも聞いているので差し入れとして持ち込むものはある程度考慮して手作り品だけにしている。

むしろノアは抑えている方で、騎士団に新たな取引を持ち込む人間の場合はあからさまに酒などを樽単位で収めようとしていたりするらしいのだが。

やろうと思えば砂糖を大袋単位で渡すことも可能だが、そんな差し入れのレベルを超える真似をするわけにはいかない。


「エリサなら、露骨な人気取りって非難するかと思ったのだけど?」

「貴女がただの商人なら、そう思う所なのだけれどね」


お互いに顔を合わせて小さく笑みを交わす。

エリサの眼は結構に厳しく、騎士団と直接取引をしようとするなら彼女の審査を通る必要がある。何十、何百の商人を切って捨ててきたエリサは当然のように袖の下にも厳しい。だから、ノアが「差し入れを」と言い出した時には渋い顔をしていたが、内容が軽食やデザートとなればそれなりには寛容にもなる。

日々身体と頭を使うため食事の類はいくらあってもいいし、日持ちしないものは賄賂としては弱い。まして、特定の誰かではなく『皆さんでどうぞ』という対応をされればなおの事に。

もちろん、毒物や中毒性の高い品であれば話が変わるけれども、その程度の対策は騎士団側も十分にしている。

そうなればノアのやっていることは住民からの差し入れと大差なく、だからこそ拒否することが出来ない類のモノでもある。


「これで裏があれば、交渉も有利になるのだけどね」

「心証を良くしたいとは思っているよ。それに騎士団には色々と迷惑かけている冒険者も多いみたいだし、少しでも挽回しておかないとね」

「コストとリターンが釣り合っていないわよ。そもそも、ノアは最初から嫌われていたわけじゃないもの」


ゴルツからの紹介状を持っていたのだからそう無碍にするわけにもいかなかった、という事情もある。

しかし、それ以上にノアがもたらしたいくつかの変化は騎士団にして好ましいものであったため、最初から割と好意的な騎士や兵士も多かった。

最大の理由は黄昏坑道を含めた複数の坑道迷宮の中の情報を公開した事。それによって鉱山に人が入る数が増え、武器や防具の作成、修理、修繕のための素材の値が下がったのだ。

それによってどこが最も恩恵を得られたのかと考えれば、基本的に冒険者と折り合いが悪いとされる騎士団の面々がノアに対して一定の好感を持っているのは不思議ではない。


「冒険者も、皆がノアくらい友好的なら楽なのだけれどね」

「すぐにとは言わないけど、今後は一定の理解を得られると思うよ。とはいっても、規律側の騎士や兵士と、自由な冒険者じゃあ対立する事も多いかもね」

「わかっているわ。貴女にしても強制することが出来ないのが冒険者という存在だもの」


冒険者は自由だ。

これは街の中で無法の振る舞いをしていいというわけではなく、徴兵などの義務が発生しないという意味である。

細かな内容を上げればいくらでも出てくるのだが、最も大きいのは魔物や怪物からの防衛戦などの戦闘へ参加したり支援する事が任意だというものがある。

個人で騎士よりも優れた戦闘能力を持っていることも多い冒険者へと街を護る戦いへ強制させることが出来ないというのが騎士や兵士と冒険者の間の大きな溝だ。

力を持ちながら自分たちを守ってくれない、ということに命懸けで戦っている兵士や騎士はどうしても不満を抱いてしまうのだ。それが一方的な感情であると理解していても。


対し、個人で行動して利益をもたらす結果を見せたノアに対しての感情は反転して良好ですらある。

これは、力を持った人間だからこそ出来る事を還元してくれている、と実感ができたからという面が大きい。

依頼の形で仕事を振らないと動かない、あるいは依頼しても動かない、という冒険者への印象が強いからこそ、無償で情報を開示し支援にも積極的な姿を見せた事で『あいつは違う』と思わせる事に成功していた。

特に狙ったわけでもないし、ノアが美人であるのも影響しているのは間違いないが、結果的にノア個人に反感を持つ騎士や兵士は少ない。

そんな会話をしつつ歩いていると、行く先が上階ではなく外に向かっていることに気が付く。


「あれ? 執務室か応接室じゃないの?」

「訓練場よ。持ってきてもらった商品を室内で広げるわけにいかないでしょう?」

「それは、まぁ。天幕だし」


多人数用の大きなテントを中心とした野営装備が騎士団との取引商品である。

一度目で個人用の物をプレゼンし、二度目は呼び出されてもっと大きな物をと要求され、今回は試作品を持ち込むと指定した日だった。

この世界ではまだ一般的な天幕は持ち運びの際の重量の関係で骨組みが木材だったり、組み立てに時間が掛かったり、とても燃えやすかったりと問題も多い。眠るにしても地面に薄手の布を敷いて、毛布一枚を身体に巻いて寝るというのが常識の様な状態だ。

しかし、コンパクトに折り畳むことのできるマットや寝袋を開発していたノア達が野営についての話を持ち出すのは容易(たやす)いことだった。

レーロイド近辺で素材が揃う品でなければならないために愛用しているランタンなどは商品ラインナップに並べていないが。


「―――うぉぉぉおおおっ!!!」


エリサに連れられた先で、大気を震わせるほどの気迫の声が耳に響いた。






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