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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
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68 取りどりの華と商いの誘い



黄昏坑道を一周し終えて、一週間が過ぎた。

最奥で色々とあったのだが、それ以外には特筆するべき出来事は無かったと言っていい。

もちろん、巨人の解体に多少苦労したり、帰り道には一人増えた同道者と共に鉱石を掘ったりと完全に何もなかったというわけではないが。

ちなみに、アルナへとセクハラを働いた―――ノアの眼にはそう映った―――少年と、おまけの少年は最奥の広間に放置したままだった。

レネアを放置して勝手な行動をしたのだから、同じように放置されても仕方のない事だろう。とはノアの言。


「―――あ! ノア~!」


ここのところ毎日のように訪れている冒険者互助組織(ラタトスク)の休憩所。

そこに顔を出したノアは、嬉しそうにはしゃぐ女性陣に満面の笑みで迎え入れられた。


「モテモテね~」

「・・・こういう人気は嬉しくない。こうなる前だったら別だったかもしれないけど」


百花繚乱。より取り見取り。

種族も髪の色も身長も肌の色も胸の大きさや体格も年齢、顔の造形の傾向や性格も違う女性たち十数名。

全体的な傾向としてはノアや三姉妹、アコルと比較すると肉付きが薄めといったところか。

この辺りはおそらく男性が理想とする女性の体型と、女性が魅力的と感じる体型の違いだろうと思われる。


「ノアちゃん様~☆ 今日は何か持っているかな~☆」

「餌付けに来ているわけじゃないんだけど」


そんな女性の集団から出て来た道化師に呆れた視線を投げた。

もっとも、そう言いつつも小さなバスケットに小分けにした生クリームたっぷりの木苺クレープを取り出して並べていくのだから説得力に欠ける。

この街の中では手の込んだ甘味に、彼女たちが瞳を輝かせたのは仕方のない事だろう。生クリームやチョコレートですら、今は入手が難しい。

形が悪かったり、クリームが少々飛び出しているのは御愛嬌といったところか。


「わ~! これってお姉さまの手作りですか?」

「習作で悪いけど」


翼をパタパタ。

感激した様子のレネアに苦笑を向ければ、別の少女がカラリと笑う。


「ぜーんぜん! 味()美味しいし!」

「・・・それ、微妙に嬉しくない」


ムッとした様子で半眼を向ければ、幼げな緑髪の少女は慌ててクレープを確保する。

この世界で入手できる甘味は色々な事情から種類が少ないので、取り上げられる前に食べておこうというアピール。

もっとも、この程度のやり取りで腹を立てて取り上げてしまうほどノアは狭量ではないと少女の方も知っているので、あくまでじゃれ合いの範囲だ。

嘆息吐きつつも空いている席に腰を降ろせば、フィルが膝の上に滑り込み、対面にアルナが陣取り、苦笑を浮かべたイリスが隣に座る。


「それにしても、ノアちゃん親衛隊も数が増えたわね」

「親衛隊って・・・」


斜め対面に座ったアコルが揶揄(からか)うように口にするが、疲れた様に溜息を漏らすことくらいしかできない。

実際のところ、甘味を振舞った女性陣はこの一週間以内に出会っただけでそれほど深い付き合いがあるというわけではない。

最も長い付き合いなのが黄昏坑道で出会ったレネアなのだから。


そして、てぃわバルーンを除いて彼女たちの事情は似たり寄ったり―――半数はどこぞの迷宮で立ち往生していたり、孤立していたりしていたところを助けた―――娘たちだ。もう半数は、一度は歓楽街の店舗で働いていたが、そちらの仕事が肌に合わず依頼(クエスト)改定によって冒険者に戻って来た娘たち。

そんな女性陣に慕われている理由はやはり甘味の力が強いのだが、それ以外の理由もまた存在する。


「カザジマは来てないけど・・・先にお昼にしよう」

「あ~☆ ノアちゃん様、てぃわちゃんも食べた~い☆」

「いや、クレープ食べていたでしょ」

「別腹、別腹☆」


デザートを先に食べるのは、特に生クリームの甘さが口の中に残った状態で食事にするのはノアとしては信じられない感覚ではあるがそういう人が居てもおかしくは無い。それに、現在は食事を提供するのも有料―――無料だと(たか)る相手が多すぎて対処が面倒になった―――にしているので徹底的に拒否するようなものでもない。

聖人のような無償奉仕に至上の喜びを感じているわけではないので当然ではある。ちなみに、アコルとカザジマも日々の収益から多少は食事代を徴収している。ともかく、てぃわバルーンだけでなく甘味を先にしても問題が無く食事をしたいと思う数人がノアに代金を支払い、イリスがテーブルの上に食事を並べていく。

本日のメニューは中華。選択式ではなく一択なのは、あくまでノアたちの昼食にご相伴を預かっているという形だからだ。他人の家の食事内容に口出しするべからず。


「・・・ごくっ」


並べられた料理の香りに誰かが喉を鳴らす。

色取り取りの具材が彩る炒飯、ふんわりと蒸された焼売、見ただけでも辛味と旨味を感じそうな麻婆豆腐、肉と野菜が絡み合うように炒められた青椒肉絲、口当たりが良さそうでいて存在感もある卵のスープ。

並んだ料理は本格中華というわけでなく、海を渡った家庭料理風にアレンジが加えられているのは完全に同一の食材が入手できなかった物があるからかもしれない。それでも独特の香りが食欲を誘うのだから、元のレシピがいかに優秀なのかというのが理解させられるところであろう。


「わ、わたしも!」

「あたしもあたしも!」

「じゃあ、私も!」


香りの魔力とでも言うべきか、並んだ料理に次々と陥落していき、結局は過半数が食事を要求する。

美味しそうというのもあるが、ニンニクのような香りの強い食材がこの世界特有のものに置き換えられていることで食べた後に尾を引かないのもあるのだろう。

また、それ以外にも消臭用の様々な物―――水薬(ポーション)錠剤(タブレット)、香水、室内用アロマなどが存在するのもあって匂いを気にする必要性は薄い。さらに言えば冒険者の身体は多少のカロリーで体型がどうなるわけでもないというのも女性としては嬉しいところなのだろう。

結果、テータイムの体勢に入っていた数人以外は遠慮なく食事に舌鼓を打つことになる。


『いただきますっ!』

「―――おやまぁ、これは美味しそうだねぇ」


まるで小・中学校の給食のように声を揃えての一言。それに続いたのはからかう様な声。

(しゃが)れた声の主に視線を向ければニヤリと笑みを浮かべる灰髪の老婆の姿。

御伽話の悪い魔女、といった印象を受ける彼女の登場に周囲が水を打ったように静まり返る。

そんな様子を確認しながら、ノアは軽く嘆息吐いてフィルをその場に降ろしイリスに断りを入れつつ外側の席に座り直す。


「この街のお偉いさんは食事時に突撃してくるのがルールなの?」

「ヒッヒ、そんなわけがなかろうに。単に噂の極上料理を味わってみたいと思ってねぇ」

「五千」

「おや、あたしから金を取ろうっていうのかい?」

「七千。譲歩する理由もないからね」


ピクリ、と老婆の頬が引き攣る。

対等の取引相手のはずなのだが、侮られるというわけにもいかない。

そんな思いが透けて出てしまったのは、ノアの前に改めて配膳された料理の数々に何割か意識を奪われたせいか。


「カデラ。言っておくけど、食事の時間を邪魔するのなら相応の対応をさせてもらう。食べ物の恨みは恐ろしいって言うしね?」

「そんなことを言っていいのかい? 商業組合を敵に回すことになるよ?」

「それなら仕方が無い。冒険者互助組織(ラタトスク)や騎士団の方の取引を優先していかざるを得ないね」


物理的な圧力を伴うかと思う様な視線に周囲が息を呑むが、ノアはまったく気にせずに食事へ箸を伸ばす。

ここで譲歩してくるのならともかく、全く無視されるというのは面白くない。面白くは無いが―――


(―――すでに話はついているってことかい)


老婆は苦々しく思いながら軽く鼻を鳴らす。

たかが一食。されど一食。

相応の立場に居るカデラは侮られるわけにはいかないが、ここで引き下がるというのもまた難しい。


「・・・まったく。商業組合の長にこんな扱いをする奴なんざ、そうそういないよ?」

「多少は居るなら問題なし。カデラが取引に応じないならヒサナの方に持っていくだけだし」

「あの小娘まで(たぶら)かしているのかい」


顔では呆れの表情を浮かべつつ、内心では驚愕と畏れを抱きながら黒髪の美女を見据える。

カデラ・プレハグマはレーロイドにおける商業組合の代表として様々な経験をしてきた人物である。

だからこそ、今、目の前にいる『ノア』という人物が行った事に対して心の底から驚いているのだが・・・。


(一週間。たった一週間でどこまで手を広げたのかねぇ・・・?)


少し情報を集めれば、リッシュバルから訪れたパーティの中心人物が何時街に入ったのかくらいはわかる。

その人物が本格的に動き始めた時期もわかるのだが、そこからがカデラには理解できない。


「ほんと、冒険者ってのは理解しがたいねぇ」

「ノアちゃんが特別だというのは忘れないで欲しいわね~」


零すカデラに、思わずと言った具合でアコルが口にする。

この一週間で何が変わったのか、といえば経済と言うべきか。実際に取引は始まっていないが。

ノアはこの短期間のうちにレーロイドという街を支える基盤とも言える組織のほぼ全てに接触している。

そして、そのほぼ全てと取引を行える下地を築き、街全体に変化を齎そうとしているのだ。

これを危険視する声ももちろんあるが、それ以上に商機を見ているのはカデラだけではあるまい。


それこそ先に名が挙がったヒサナ―――色町を取り仕切る女傑ヒサナ・オーセニアなどはその筆頭だろう。


もっとも、やろうとしていることは極端に珍しい内容というわけではない。

様々な商品を万屋のように取引するだけ、なのだが、取引相手を広げる速度と行動力が高すぎて目を(みは)るものがあるのだ。

そもそも、今まで冒険者が直接に商取引を持ちかけて来なかった、ということもあって彼女の行動は様々な方面から注目を浴びていたりする。

一介の個人と交渉するはずのない騎士団とすら窓口を繋いでいるというのだから、その影響力はどこまで広がったのかもわからない。


「・・・ノアって言うのは理解しがたいねぇ」

「それはどうも」


深々と嘆息を吐いて言い直したカデラが金貨を並べていくのを見て、ノアは肩を竦めて応える。

色々と商談を持ち掛けてはいるが、彼女がやったことと言えば強気に、引くことなく堂々と話を持ち掛けただけだ。

駆け引きも何もあった物ではない強硬姿勢を貫いたのは面倒だったからというのもあるが、あくまで交渉自体がおまけだったからに過ぎない。

カデラが商売について興味と脅威を感じているのは承知ではあるが、この一週間で彼女が最も比重を置いていたのは迷宮(ダンジョン)攻略。

それこそ、7日間で9つの迷宮(ダンジョン)を踏破し、手書きの内部地図を公開するくらいには。


「で? アポ無く冒険者互助組織(ラタトスク)に来たんだから、食事しに来ただけじゃないでしょ?」

「まぁ、商談があったのは確かさね」


護衛も連れていない、というわけではない。

冒険者互助組織(ラタトスク)はあくまで中立の別組織なために商業組合の重要人物とはいえ簡単には入って来られない場所なのだ。

下手に戦力を持ち込むと諍いにもなりかねないため、護衛の類は監視の行き届くロビーで待たされているというのは最近になってノアが知った新しい事実だった。

ついでに言えばノアに面会を求める相手は基本的に食事時にやってくる。というか、それ以外の時間では遭遇する事が難しいくらいにあっちこっちに動いている。

下手に先触れを出した騎士団長が面会するのに三日かかったという話をカデラは耳にしていた為に自ら足を運んだのだ。


「商談って言っても、こっちが提供できるものは大体が売り払った後だけど」

「そうかい? 何でも、特殊な香辛料やら調理器具なんかも取り扱っているって聞いたんだけどねぇ?」

「んー? どれの事かわからないけど」


本気で何について言っているのかわからない、と小首を傾げるノアに、カデラは穏やかな笑みを浮かべつつも内心で舌打ちをする。

実際、恍けているのではなく、理解していないだけなのだ。基本的に鉄製のフライパンや鍋しか無いこの世界でステンレス製品を使っているのが異端だという事に。正確には、知ってはいるがカデラが欲していると気が付いていないだけなのだが。

幾つかのダンジョンで金属素材を大量に入手し、イリスたちの協力により高いレベルの錬金術を駆使すれば現代製品を上回る器具を手に入れるのも不可能ではない。


同時に、錬金術の可能性の追求などと言いながら様々な香辛料を再現しており、様々な料理に挑戦し始めて最近はクッキーやケーキなどの甘味を女性たちに振舞ったりもしている。

これを特別と考えなかったのはクッキーくらいなら街の店舗で購入できるからなのだが、これは思考の中にコストの面が入っていない。

要するに砂糖や蜂蜜といったものが高価だということ。小麦などが値上がりしているという事をノアが軽視している結果だった。

もっとも自分で採取した素材で『錬金術』を使用すれば―――『もどき』と付くような本物と遜色ない偽物ではあっても―――作り放題のノアが深く考えないというのはある意味では仕方が無いのかもしれない。

積極的に市場に流さなかったのは、経済効果を考えれば正解なのかもしれないが。


「ま、あんたが扱っているのはどれも特別なのかもしれないがねぇ」

「そこまでじゃないよ。市場調査は多少してみたけど、似たような商品はそれなりにあったし」

「どうでもいい商品(もの)なら誰も興味を抱きやしないよ」

「だろうね」


本当に取るに足らない品物なら見向きもされないのが当たり前。

それは承知しているので、ノアは軽く返す。


「で、他にはあたしのとこに卸す気のある物はないかい?」

「今のところ考えてないよ。この街に来てまだ十日だよ? 考えるべきことも処理することもまだまだ沢山あるさ」


何を今更なことを、と思いはしてもカデラは口にしない。

代わりに、会話の間に配膳された食事へと手を着けることにする。


「美味いね。どうだい? これもあたしのとこで出してみるってのは?」

「面倒だから遠慮するよ」


何の執着も逡巡も見せない様子に、カデラは内心で嘆息を吐きつつ味わったことの無い美味に舌を楽しませるのだった。






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