表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第一章 最前線だったはずの入門編
7/99

06 逃れえぬ法則に囚われて


大昔に地に落ちた七色の願い星(ウィッシュスター)

それにまつわる英雄たちと怪物の戦いの物語。

そんな内容の観劇を楽しみながらの昼食はゲーム内の通貨でもあった(エッダ)で一人金貨十五枚かかった。

金貨一枚につき100(エッダ)で銀貨、銅貨と十分の一ずつ価値が下がっていく。

1500(エッダ)での昼食は安くはないが、どれほど高いのかはよくわからない。

ノアの倉庫にはその一千倍にもなる資金と、さらに倍以上の価値がある資産が眠っていたからというのが大きな理由だ。

ゲームの時ではこの街の宿一泊500(エッダ)一種類だけだったが、現在ではピンキリであり確認した最低金額は30(エッダ)

一日に一人当たり100(エッダ)もあれば普通の生活は送れると思うが、果たしてそれは高いのか安いのか。

その計算で行くと一食1500(エッダ)はかなりの高額になるのだけれど。


「むぅ・・・」


金銭価値に思考を巡らせていると、隣で静かに食事を楽しんでいたフィルはつまらなそうに唇を尖らせる。


「どうかしたの?」

災厄の星(ディザスター)の話は、嫌い」

「うん?」


何とも厄介そうな言葉を口走る少女の口元に人差し指を押し付けて黙らせた後、会計も早々に街の雑踏へ身を投げる。

流石に観劇が終わり静寂さが顔を覗かせる席でするような話ではないと判断したのだ。


「フィル。災厄の星(ディザスター)って、七つの隕石の事だよね?」

「ん。ずっと昔、どこかで聞いた・・・たぶん、今の『わたし』になる前に」

「・・・」


パートナーNPC『エインヘリヤル』。

設定では太古の英霊の魂に新たな器を与えたことで生まれた者たち。

ならば、彼女の言う『ずっと昔』とは―――。


「今は、止めておこうか。聞いてもすぐに何かできるわけじゃないから」

「ん・・・お姉ちゃん」


小さく頷いたと思うとフィルはまた自らの腕をマフラーか何かの如くノアに巻き付けて背中に陣取る。

別に暑くないがフィルが全く汗を掻かないこともあって不快でもない。重力でも操作しているのか重さも感じないというのもある。

嬉しそうに頬を寄せてくる少女に、ノアも表情を綻ばせながら頭を撫でた。


「当然だけど、知らない話も多い。もっと情報収集の幅を広げた方が良いかも」

「幅?」

「必要だと考えていること以外の事も知っておいた方が良さそうだって話だよ」


フィルが話そうとしたのは冒険者(プレイヤー)の知らないはずの内容だ。

もしかしたら設定資料集か何かに記されていたのかもしれないが。

ノアはゲームを楽しむことはしても、設定の裏側まで調べて世界観を楽しむタイプではなかった。

そのため、大まかな設定は記憶していても、事細かにゲームの裏側に当たる設定は覚えていない。

見落としの可能性は否定できなかったが、ゲームの時に存在しなかった歴史、あるいは真実である可能性もまた否定できなかった。


(今後、どうするにもやっぱり情報は必要だ。停滞と死んだような日々を選ぶのなら別だけど)


あえて避けている事柄も多い。

他の冒険者(プレイヤー)との接触もそのひとつだ。

協力したり情報交換することも可能ではあるのだろうけれど、どうしても躊躇ってしまう側面がある。

社交的とは言い難い性格なのもあるが『今の姿』で他者とコミュニケーションを取るのに気後れしてしまうのだ。

いずれ直面する課題だと理解はしていても。


冒険者互助組織(ラタトスク)にも顔を出す必要があるのだけど」


ゲームによってはこちらを『ギルド』と呼ぶ場合も多い冒険者互助組織(ラタトスク)

仲介者としての設定が為されており、冒険者(プレイヤー)の受ける仕事(クエスト)やギルド関連の雑務などを統括している。

当然、冒険者の最も集まる場所であり知り合いに出会う確率も高いということだ。


「他の人、嫌?」

「嫌というか、ちょっとね」


少し疲れた様に言って胸元に手を置くノアの頭をフィルがぽんぽんと軽く叩く。

気遣ってくれているのだろうけれど、子ども扱いのように思えて、これはこれで気恥ずかしい。

しかし、彼女は気が付いていなかった。

見目麗しい妖精を背に張り付けた黒髪の美女の姿がそもそも奇異であったということを。

好色の視線というよりは、じゃれ合う姉妹への微笑ましさすら含む好奇の視線が大半であったが注目を集めていたのは間違いない。

私室(マイルーム)を出たすぐ後からその視線が在ったことにノアとフィルは無頓着であった。

あんまりに数が多かったせいで警戒する機能が麻痺してしまっていたのかもしれないが。

半日も経っていない現在、すでに美少女妖精を従える美人冒険者(プレイヤー)の噂は方々に拡散されていた、と後々に知るのは別の話である。


「まぁ、『魔法の鍵』と『神装の腕輪』については調べないといけないか」

「鍵は、いつも使っているよ?」

「そうなのだけど、大事なモノだからできるだけ詳細に知っておきたいんだよ」


ゲームにおいて消費することのない『大事なモノ』というアイテムはいくつか存在する。

雑に、極端に大分するならおよそ四種類だろうか。


通行手形や許可証のように移動できる範囲やマップの数を増やす活動範囲系

ストーリーやクエストといったシナリオを進めるためのシナリオ系。

キャラクターのモーションや能力を解放するアビリティ系。

地図や図鑑といった世界の情報を記録したり読み出すことのできる情報系。


SSOセブンスターオンラインにおいてもそれは同じ。

魔法の鍵、はゲーム開始直後のストーリークエスト中に入手する別エリアへの通行証的なアイテム。

要は私室(マイルーム)へ入るための重要アイテムである。

食料調達のために出入りしている三姉妹は、当然ながらこんな状況になった後も普段からこのアイテムを使用していた。

しかし、『使用している』というのもノアにとっては大きな問題点だ。


(ゲームの時には自動的に使用されていたアイテムを任意で使用しなければならないということは、他の物も同様の可能性がある)


もっと言えば重要アイテムは冒険者(プレイヤー)が持っているだけだった。

それをパートナーとはいえ複製(コピー)して三姉妹が使えているだから、知らない相手に複製される危険性もある。

逆にアビリティ系の重要アイテムを複製して利用すれば戦力増強も考えられるだろう。

そう上手くいかないのが現状ではあるのだけれど。


(鍵はともかく、腕輪は倉庫に置いてなかったからな)


重要アイテムはいくつかはマイルームの倉庫で発見できた。

魔法の鍵の本物(オリジナル)などが見つかったもので、アビリティ系のアイテムは殆んどが見つかっていない。

SSOのゲームとしての戦闘の基盤システムに関するものが多いので早い段階で把握しておきたいとはノアも思う。

その為に―――ゲームの時の機能との差異に関する情報を得るのに効率が良いのは冒険者(プレイヤー)との交流だというのも理解はしているのだが。


「ん~、気は進まないけど、仕方がな―――」


―――ドォォンっ!


冗談みたいに人や物が吹き飛ぶ大爆発が視線の先で巻き起こった。

赤黒い炎が立ち上り、肌を刺す熱気が離れているはずのノアたちの場所まで駆け抜けてくる。


「っ! フィル!」

「ん」


呆然としたのはホンの数秒。

ノアが出した指示に応えて七色の光が周囲に広がった。

美しいオーロラは即座に緑から青のグラデーションを描いて熱気と瓦礫の破片を烈風が水路へと放り込む。


「水の流れを堰き止めないようにね」

「大丈夫。加減、できるよ?」

「・・・任せるよ」


通行人を一切傷つけることなく、炎と瓦礫を排除する。

そんなコントロールはゲームでは不可能な『力』の使い方。

もっとも、ゲームではそんな細かな挙動を画面の向こうに伝える手段がそもそも存在しなかった。

ボタンを押せば画一的に動くのが術技(アーツ)であり術理(ルーン)

ゲームとしてはランダム挙動にされた方が問題があると思うが。

ともかく、当事者たるノアたちにとっての現実になった今、術理(ルーン)という魔法の力はかなりの応用力を有している。


「フィルはそのまま周辺警戒していて」

「お姉ちゃんは?」

「怪我人を運ぶくらいはできるよ」


幻のような妖精の翅をはためかせるフィルを降ろして駆け出す。

軽く呼気を漏らして空を跳び、軽やかな音を響かせて壁を走る。


(身体、軽っ!? 鬼教官アルナの特訓を受けてなかったら速度に意識が付いてこなかったかも)


ノアの今の肉体と精神は思考速度や動体視力まで強化することが出来ると気が付いたのは肌の感覚に慣れた頃だった。

ゲームのキャラというのは得てして現実離れした身体能力を標準装備しているものだ。

常人の意識が高すぎる肉体能力について行けるかは不安だったが、精神の方が肉体に引っ張られているのか杞憂のようである。

ローブを翻し黒煙を切り裂いて悲鳴を上げて逃げ惑う人々を飛び越えて瓦礫の隙間に降り立つ。

爆発の中心に近い位置のために倒れた人が数多く見受けられ、呆然として膝をついている人も少なくない。


「早く逃げろ! 倒れている人には手を貸して!」


倒れていた男の子を押し付けるようにしながら声を上げると、青年がハッと我に返ったように頷いて駆けていく。

それに促されて何人かが動き始め、泣き叫んでいた少女に手を刺し伸ばす人が現れ、瓦礫の下に倒れている人を引っ張り出す人が現れ、と状況が動き出す。


(なんか、人の動きが遅い? いや、それは―――)


現実の火災現場で人々がどう動くのか、ノアは体感として知っているわけではない。

泣き喚いてその場に留まる人が多いのか、どこともなく這って逃げようとするのか、状況を把握しようと周囲へ視線と思慮を巡らせるのか。

ともかく、ノアが見る限りでは人々の動き出しや行動が遅いように感じられた。

倒れた少女を抱え、傍らで膝をついていた母親と思われる女性の手を取って熱気から距離を取る様に背を向ける。

と、その時―――


―――ドォォンっ!!


二度目の爆発が背後で巻き起こり、咄嗟にローブで包むようにして女性の頭を庇いつつ地面に転がり込む。

熱風が頭上を通り過ぎていき、腕の中で女性が甲高い悲鳴を上げるが、想像以上にノアは自分自身が冷静なことに気が付いた。

見た目は割と軽装だが現実ではありえない強度と性能の衣装の影響もあるのかもしれないが―――。


「グギャァッ!!」


聞きようによっては悲鳴のようにも感じる声を響かせて煙の中から人影が飛び出てきた。

シルエットだけならただの人間(ヒューマン)の男だが、肌が青紫で緑の光を放つ眼をしている。

手にしているのは身の丈を越える巨大な刃の、妖しげな紫の輝きを放つ大剣。

好戦的で野蛮性を宿した表情に、猛獣を思わせるかの如く涎を垂らしていて決して理性があるようには見えない。


「は、発狂者・・・!」

「え? あれが?」


腕の中で女性が引き攣った声を上げるが、ノアとしては疑問が過った。

武器を手にしているとはいえ、見た目が完全に別ゲーで見た妙なウィルスの感染者にしか見えないのだ。

下手するとハンドガンの弾を節約するために無視される存在みたいで頬が引き攣る。

意識を失っている少女を女性に押し付けて背に庇うように男を見据えた。


「逃げて。時間稼ぎくらいはするから」

「で、でも・・・!」


ひらひらと手を振って行くように促す。

しばらく躊躇ったようだが、女性が駆け出した足音が聞こえて小さく嘆息が漏れた。


(一般人を伴っていたら全力移動できないもんなぁ)


自分の肉体がいかに頑強となったのかは鬼教官(アルナ)との特訓で十分理解している。

一般的なNPCの耐久力がどれほどかはわからないが、現実の一般人だったら抱えて全力疾走したら肉塊に変わってしまうだろう。

純粋な逃走なら、確実に一人の方が楽だというのは深く考えなくとも理解できることだった。

そんなことを考えつつ、瓦礫の欠片を手に取る。


「ふっ!」


投石。

石礫を投げつけるだけの攻撃は原始時代から存在する簡素で効率的な攻撃方法だがSSOには存在しなかった攻撃手段。

人気のない方へ走り込みつつ投げた石礫は、ゾンビのような男の表面で青紫の光の幕に遮られて消えた。


「っ!」

障壁装甲(フォースアーマー)か)


SSOはファンタジーを主題にしているが武器種に『銃器』がある。

普通に考えれば主要な武装というのは歴史に従って変化していったように銃器が主流となるところだ。

しかし、多くのゲーム内に置いてバランスを取るために遠距離攻撃武器というのは得てして近距離攻撃武器よりも威力が低く設定されている。

この点でいうとSSOは独特のバランス調整の方法を取っており、それが敵味方両者が使う障壁装甲(フォースアーマー)障壁盾(シールド)という基本技能。

自動発動の障壁装甲(フォースアーマー)は手元を離れた攻撃を一定ダメージ無効化し、障壁盾(シールド)は任意で発動できる物理攻撃を一定回数防ぐ盾を展開できる。

この二つの能力によって遠距離攻撃に対しての防御能力を上げることで近接武器の価値を高めているのだ。

特に障壁装甲(フォースアーマー)は近接攻撃を無効化できないことに加えて展開中に近接攻撃を受けると一撃で破壊できる。

一定時間で再構築されるとはいえ、遠距離攻撃で牽制しつつ近接組が一撃当てる連携はSSOにおける基本とも言われるものだ。

それができないとまともにダメージを与えられないか、危険な近接攻撃を連続し続ける必要がある。


(問題は、投擲武器で障壁装甲(フォースアーマー)を抜くには特殊な技能が必要だということ)


十二種の戦技特型(スタイル)の中には投擲系の武器を扱うモノもあるが、扱いは術理(ルーン)を主体とする術師系。

物を投げて攻撃するというより、術の媒体となるものを投げて効果を発揮させているような感じだろうか。

術に分類される攻撃は障壁盾(シールド)で防ぐことが出来ず、ダメージも大きいので障壁装甲(フォースアーマー)を破壊することも可能だ。

可能なのだが、残念なことに小石はまともな武器にもカウントされないらしい。


「まぁ、いいか」


深く考えず、次々に石を手にとっては投げつける。

筋力の増強率は素晴らしく、メジャーのピッチャーすら裸足で逃げ出す時速換算で400を超えるだろう速度で石が飛ぶ。

しかし、その全ては青紫に輝く光の障壁に防がれるが、注意を惹くという目的は達成した。


「ギギャァアッ!!」

「こっちこっち! 鬼さんおいで、と」


わざわざ拾わなくても蹴飛ばしても十分に狙えることを悟ると容赦なく石を蹴りつける。

炎の熱と光に晒されながらステップを踏む様に位置取りを変えつつ次々に。

傍から見ればダンスを踊っているようにも見えるほどに華麗な姿に、美しい容姿も相まって一瞬目を奪われる人々も多かった。


「ふっ! はっ! っ!」


徐々に慣れてきてノアの手数は増えていくが、それでも一方的な時間はすぐに終わる。

多少の目晦ましにはなっても、怪物のような男に対して石礫は何ら手傷を与えられないのだ。

強引に距離を詰め大剣を振るえばノアの黒髪が僅かに断ち切られて宙を舞う。


「ギャっ!」

「気持ち悪い!」


大振りの相手の懐に飛び込んで蹴り飛ばす。

鬼教官さまの特訓を受けた身からすれば乱雑な剣は遅すぎるし、動体視力は現実の時の何倍も優れている。

特定の武術なんてやっていなくても相手が素人ならカウンターするくらいはまるで問題ない。

鳩尾を強かに打ち付けた一撃に男は砂埃を上げつつ滑るように後退した。


「・・・そういえば、素手も攻撃判定にならないんだっけ」


まるでゴム人形でも蹴りつけたかのような感触にノアは苦い表情を浮かべる。

格闘家に近い能力の戦技特型(スタイル)はあるが、正式には素手での攻撃に分類されない。

本当の意味で『素手での攻撃』というのはSSOには存在しないのだ。


「システム上に存在しなかった攻撃は、障壁装甲(フォースアーマー)に防がれるってことかな」

(それ、現状では攻撃手段皆無ってことなんじゃないかな・・・?)


ノアは苦々しく思いながらも笑みを浮かべて男を見据え身構えるのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ