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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
68/99

65 巨大なるひとつの小さな障害



ずぅん・・・っ、と重い音を立てて巨体が倒れ込む。

黄昏坑道の最奥に位置する大広間にて、崩れ落ちたのは4メートルほどの巨躯を誇る夕焼け色の鉱石巨人トワイ・ヨトゥル。

巨人系の敵は『ヨトゥル』と名前に付くのだが、黄昏坑道のボスとして配置されているこの敵は火鉱石アルムタイトに全身が覆われた半金属生物とも言うべき相手。火炎や雷撃といったものに対して大きな防御力を持っているが、炎の攻撃を仕掛けてくるでもなく巨体を生かした質量と範囲を兼ね備えた攻撃はそれなりに強力だった。


(まぁ、それなりでしかないんだけど)


大質量攻撃は水の街の港で散々目にした上、速度も威力もエルアドラスに大きく劣る。

どんな原理かは不明だが、人間と大差ない大きさの古代遺跡の大ボスは目の前で倒れ伏した巨躯よりも余程重い攻撃を繰り出してきた。

何せ巨人によるノアの身体を覆い隠すほどの大きさの握り拳による一撃は戦布の防御を抜くことが出来ず、足元を狙えば容易に転倒させられたくらいだ。

どうして見た目の重量に反するような格差が生じたのかには興味が沸いたが、ゲームとして考えれば黄昏坑道の方が、ずいぶんと適正レベルが低いので妥当な結果でもある。


「・・・さて。他の皆は終わったかな?」


巨人との一対一での戦闘を終えたノアはまだまだ余裕を残し、周囲へと視線を回す。

トワイ・ヨトゥルは坑道内とは思えない程に大きなこの広場に3体配置されており、その内の1対をノアが引き受けた形だ。

アルナが援護に来てくれるまでの時間稼ぎに徹するつもりだったのだが、想定外に相手の動きが遅く、隙だらけだったので打破してしまった。

積極的に相手を打倒する攻撃職というわけでもなかったので拍子抜け以外の何物でもない。


「ん~。どっちも終わっていないか」


ノアが足止めをしていた理由は、単純にこの場に居た敵が3体であり、単独で戦えると判断したのがノアとアルナだけだったからだ。

現在のノアの能力構成はメインが仙気鳳型(フェルハーミット)、サブが術命法型(ライブカヴァー)

メインとする仙気鳳型(フェルハーミット)は近接戦闘と共に回復と支援を両立する戦技特型(スタイル)。本来、単品で戦闘しない組み合わせではあるが、時間稼ぎ程度は可能と判断した。今までイリスが使ってきた回復を重視した組み合わせの主戦型(メイン)違い。しかし、ノアの場合はどちらかと言えば支援能力を伸ばして自己強化をしながら自ら戦うといった立ち回りをしている。

理想としては仲間を強化しつつ自身も攻撃に参加するサポートアタッカーなのだが、この場では相手との力量差もあって単品で十分に戦えてしまったようだ。逆に、他の二組はずいぶんと苦戦しているように思う。


「にょ~をっふぁっ!」

「馬鹿野郎っ! もうちょい連携を考えやがれ!」


奇声を上げてカイミン茶が槍―――SSO的には大槍に分類される両手で扱う長柄武器を振り回しながら突撃する。

最も一撃の武器攻撃力が高い近剣突型(ストライカー)が前に出るのは良くあることだが、タイミングが悪い。

巨人が拳を叩きつけた直後を狙い飛び掛かったは良いものの、予想よりも早く相手が体勢を立て直し宙に在るカイミン茶を薙ぎ払うように腕を薙ぎ払う。

怪人へと打ち付けるような攻撃の間に影が―――デフォルメされたキノコの形をした盾が滑り込んだ。

癒遠傀型(コンタクトフォース)が操る浮遊盾は離れている味方を護り、盾を起点に遠距離から支援や回復を行うことが出来る。

しかし、そんな防御を張り巡らせたにも関わらず、カイミン茶は為す術なく吹き飛ばされる。


「にょっふぇ~っ!?」

「カイミン茶さん!」

「あっら~☆ 援護、援護っと☆」


ミャッツが洋弓(アーチェリー)にてトワイ・ヨトゥルの目を狙って矢を放つ。

狙貫射型(ペネトレイター)は遠距離から強力な射撃を行い、火力支援を行う戦技特型(スタイル)だが、その一撃は前衛の攻撃が空振りに終わったことで遠距離攻撃を防ぐ機能である障壁装甲(フォースアーマー)に弾かれてしまう。

狙撃銃や弓に分類される攻撃は連射性能を犠牲にして一撃の威力を上げるという武装でありそれを促すような能力構成であり、特化していれば貫くことも可能だが、ミャッツの一撃では火力不足だったようだ。

その一矢を追うように投げ放たれるのは無数のトランプ。金属製なのか独特の輝きを放つそれは札型の手裏剣と言ってもいい。カード自体は障壁装甲(フォースアーマー)によって全てが弾き飛ばされるが―――


「どっか~ん☆」


てぃわバルーンが言うと宙を舞ったカード同士が赤い光で繋がり、宙に魔方陣を描いたと思えば中空で爆炎が舞い上がる。

攪投術型(トリックミーティア)が扱う投擲武器は直接攻撃の為のモノというよりは術理(ルーン)の強化や遠距離発動のための媒体としての側面が大きい。宙に描き出された魔方陣により拡大化された紅蓮の一撃に巨人が絶叫を上げる。


「グヴォォァアアアアッ!!!」


けれど、それは悲鳴というよりは怒号に近いモノだった。

苛立たし気に腕で炎を振り払えば、火炎のベールの奥から現れるのは殺気に満ち満ちた憤怒の形相。


「あ、ヤバ☆」

「危ねぇっ!」


トワイ・ヨトゥルは炎や雷に対しての耐性がある事をてぃわバルーンはすっかり忘れていた。

大して痛痒(つうよう)にならずとも最大の攻撃を行ったのは道化師の女性であり、巨躯の睨み据える先に居るのはやはり彼女だった。

振りかぶる拳は大振りではあるが、体格の差もあってその速度はかなりのモノで、自分を圧し潰そうとする鉄拳を前に恐怖で身が竦む。

それこそ大型トラックが自分目掛けて真っ直ぐに突っ込んでくるような光景に思考が漂白されて立ち尽くし―――


「ふっ!」


―――放った戦布がピエロに巻き付き、雑草でも引っこ抜くかのように手元へと引き寄せる。

彼女を掠めていく剛腕が地面を削り取り、轟音を立て風圧で瓦礫が周囲を舞い、僅かに遅れてキノコ型盾が腕にぶつかった。

優秀な遠隔防御も判断や反応の速度がついていかなければ使い勝手がいいとは言えず、大して速度の出ない板は、武器としては棍棒にすら劣る威力しか出ない。

今回は先にカイミン茶の防御に使ってしまったため、引き戻しててぃわバルーンを護るために再度放つ―――という一連の流れが間に合わなかった形だ。

技量不足と言ってしまえばそれまでだが、あっさり吹き飛ばされた怪人や威力不足で歯牙にも掛けられなかった化け猫、効果が期待できないのに大技を使って注意を惹いた道化師の判断ミスと言ってもいい。

全員の行動が噛み合わなかったと考えれば、総じて連携能力が足りなかったと判断してもいいだろう。


「・・・あ、ありがと。ノアちゃん様・・・」


腕の中で呆然とした様子のてぃわバルーンが絞り出すように呟く。小さく震えたのは死を間近に感じたからか。

そんな彼女の頭を軽くポンポンと叩いて少しだけ落ち着かせてから、地面へ立たせる。


「こっちで惹き付けるから援護をお願い。『赤』以外でね」

「は、はい・・・ノアちゃん様・・・」


どこか惚けたまま返事をする道化師の態度には疑問を抱くものが在ったが、ノアは深く考えずに巨人と向かい合う。

二体目ということもあるが、今までの死にかけた経験を踏まえればトワイ・ヨトゥルが放つ怒気程度では委縮(いしゅく)することも無い。

だからこそ自然体のままにノアの身体を輝きが包み込んでいく。赤、青、緑、黄の四色が重なり合うように、けれど交じり合うことなく。


「・・・四色強化・・・」


ミャッツの呟きに苦笑が漏れる。

実はSSOというゲームには『属性』というのが四つ―――4色しか存在しない。無属性も含めれば五つと考えることもできるが。


赤は炎や雷、増幅と破壊力を主とする。

青は水と氷、停滞と循環力を主とする。

緑は風と樹、速度と生命力を主とする。

黄は地と重、空間と集束力を主とする。


と、ゲーム内では説明がなされている。

この説明は間違っているというわけではなかったが、かといって全てを説明しているなんてことはまるでない。

例えば回復の術理(ルーン)は赤以外の3色に存在する。要するに効果だけ見れば一色だけの絶対的な特徴というのはほぼ存在していないのだ。

発生する現象としては特色があるのだが、それもあくまでゲームであった頃の話であり、現状では絶対の法則たり得ない。

例えば熱風は赤だけでも発生させられるし、水を凍らせるだけなら緑による風で熱を取り去ってしまっても可能だ。

応用力が大幅に向上した現状だからこその差異であり、それによって何ができるのかはまだまだ検証中だが。


―――ぱんっ!


柏手ひとつ。

その音の波紋に従うかのように四色の輝きが周囲に広がっていき、奇人怪人たちの身体が輝きを宿す。

術理(ルーン)というのは使えば使うほど敵の攻撃優先度(ヘイト)を上げる効果がある。

それは威力や範囲によって多少の上下が存在するのだが、強化や弱体化といった補助効果のモノであっても上昇してしまう。

故に味方の支援ひとつ取っても適切な術を選ぶ他にタイミングや後衛に攻撃を向けないようなヘイト管理が必要となってくる。

が、それはイリスのような純粋な後衛に関しての話。


「じゃあ、おいで?」


不敵な微笑み。

攻撃力、防御力、速度、時間回復を自分と周囲の四人を含めた五人分。

それは明確な誘いではあったが、急速に上昇したヘイトによって巨人が敵対者へと威嚇の咆哮を向ける。

すでに一体を単独(ソロ)で仕留めているノアは怯むようなことは無く、むしろ軽い足取りで前に進み出た。

手っ取り早く標的にされていたピエロから目標を変更させるための行為ではあるが、決してそれだけではない。


(少し時間を稼げばカイミン茶が回復するし、火力を上げればミャッツの攻撃も通るっと)


四色強化というのは多重強化。使われ辛い理由はヘイト管理の難しさからだ。

支援と前線で戦い続ける盾役(タンク)を両立させることは難しく、後衛で狙われれば無用な被害が広がりかねない。

その他にもいくつか理由はあるのだが、総じて使える方が珍しいといった物なのだが、現状においては利点しか無いくらいだった。

そんな挑発に応じるかのように巨人が腕を振り被る。


「・・・煽ったのはこっちだけどね?」


勢いは強いが、激昂によって振り下ろされる一撃は単調で単純だ。

威力に関しても水の街周辺の敵にも劣るとなれば、今更ノアが恐れるようなことも無い。

今までの経験によって恐怖心がどれほど擦り減ったのかは神のみぞ知るといったところか。

ゆるりとした足取りで羽衣が舞えば、拳は軌道を逸らされて誰も居ない地面を穿つ。


「てぃわ」

「行っくよ~☆」


軽く呼べば声と共に放たれる金属製トランプの数々。

しかし、強化が効いているのか先ほどとは違い数枚ではあるがカードが皮膚へと刺さる。


「凍りついちゃえ☆」

「ゴガァァァアアア!?」


輝く青の魔方陣が巨人を中心に浮かび上がり、その巨体を氷が浸蝕していく。

霜が降ったような有様ではあるが、だからこそトワイ・ヨトゥルにとってはうっとおしいとでも言うように身体に付いた氷を払おうとする。


「ミャッツ、右肩」

「う、うん!」


敬語も忘れて声を返した化け猫が指示された位置を狙い撃つ。が、関節を狙った一矢は身を(よじ)るだけで弾かれた。

鉱石の皮膚を持っているだけあって角度が悪ければ点での攻撃が通り辛いのは理解できたが、氷を振り払うための動きで無力化されるとは考えていなかった。振り落とせない氷に苛立ったのか地団駄を踏むせいで地面が抉れ、周囲へと石礫が舞う。


「ワラタケ、二人を」

「おうよっ!」


石礫といっても、それは巨人サイズだ。

一つひとつが巨岩のようなもので押し潰されれば被害が出る。

それを理解しているからこそ、毒キノコは自分たちの眼前にきのこ盾を展開する。


「《我求むるは強固な護り! ワイドウォール!》」


詠唱と共に黄金とも見紛う黄色い輝きの障壁がキノコ盾を中心に展開される。

岩石の弾丸とでも言うべき礫の乱舞を防ぎきった。


「船の砲弾の方が絶望感あったなぁ」


後ろで岩が爆ぜる音を聞きながらも、軽口を零しつつ前へ。


くるり、くるり。と


刀を手にした剣舞よりもなお優美に、緩やかに、舞い踊りながら。

それは舞踊としか言いようのないほどに美しい所作を、青と緑の輝きを纏う薄布が彩る。羽衣が煌めけば、まるで自然に避けていくかのように瓦礫が逸れていく。不可視の結界でも張られているのではないかと疑うほどに華麗に岩を叩き落としながら、ノアは緩々とした、けれど素早い舞踊特有の独特な歩法で間合いを詰める。

クリスタルスパイクにやったように正面から受けるというのは望むところではなく、受け流し軌道を逸らして安全な空間を作り出して潜り込むように。

四つの色を身に纏うその存在を巨人は苛立ち交じりに踏みつぶそうと足を上げ―――


「そんな簡単に体勢を崩すと危ないよ?」


―――ひゅるり。

旋風(つむじかぜ)の一撃とでもいうべき、弧を描く一閃は瞬き一つの間に軸足に絡みついた。

それこそ傍からは風が吹き抜けただけのようにも見える攻撃に巨人はあっさりと足を取られて後へと背中から倒れる。

まるで凍った地面に足を滑らせたような豪快な転倒に地響きのような轟音が周囲に撒き散らされた。


「ちょふぇらひょ~・・・っ!!!」


その大きな隙を見逃すことなく、奇声を発しながらカイミン茶が飛び掛かる。

言動と姿形はふざけていても数か月間、冒険者として生活してきただけに中途半端な攻撃をすることはない。

大きく跳び上がった怪人は赤い輝きを纏う身の丈ほどもある大槍を、全身の力を込めて右目に突き立てる。


「ガグオォォオオオ・・・ッ・・・!」


頭蓋を貫く一撃に絶命の悲鳴が木霊する。

巨躯が幾度かの痙攣を繰り返し、動くことが無くなったと感じて静寂が周囲を包み込む。


「・・・をぉひゃはぁ~っ!」


完全に仕留めた。その実感を得てカイミン茶が勝利の雄叫びを上げる。

そんな様子を見てワラタケやてぃわバルーンが胸を撫で下ろすように微笑み、ミャッツは精神疲労からかその場にへたり込んだ。


(勝ったのは別にいいんだけど・・・)


しかし、ノアは内心で小首を傾げる。

巨人は鎧袖一触というほど圧倒できたわけでなく、一対一で戦っていたことも含めると結構な時間、戦闘していたことになるはずだった。

ノアが関わっただけでも2体倒すだけの時間があったというのに、未だにアルナの戦闘が終わった様子がない事に疑問を抱く。

それでも彼女が危機に陥っているとは―――何か想定外があったのなら声を上げるなりして報告すると信頼しているので―――まるで思えず、軽く呼吸を整えながら戦闘音響く広間の一角へ視線を向け―――


「うをぉぁっ! 来るな! 来るなぁ・・・っ!」

「うわぁーっ!? うわぁーっ!? やだっ、やだぁー・・・っ!」


―――そこには左右それぞれに持った剣を術も技もなく振り回す竜人(ドラグニア)の少年と、錯乱したのか喚き声を上げ涙と鼻水で顔を酷い状態にした犬耳の獣人(ライカンスロープ)の少年がアルナのお腹にタックルしている姿があった。






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