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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
67/99

64 切り離されていくのは

誤字報告してくださった方、ありがとうございます。

知識的な問題の誤字は自分ではなかなか発見できないので大変勉強になりました。



「ぷふ、あはは・・・アハハハハハッ☆」

「くそっ! いつまで笑っていやがる!」


抱腹絶倒を体現するかの如く全力で笑い転げる女ピエロの姿に、苦々し気に毒きのこが怒鳴りつける。


「・・・魔物(モンスター)より怪物(モンスター)な見た目だってのはわかってんだよ・・・」

「す、すみません。僕たちがあんなに驚いたから・・・」


ふてくされた様に吐き捨てるワラタケに犬耳の少年―――ケンゴと名乗った―――が申し訳なさを全身で表現するように頭を下げる。耳が垂れたり、尻尾が元気なく下がっているのが傍目にも見て取れたからわかった事ではあるが。


「だから、せめて明かりくらいはちゃんと準備してこいって言ったのに」

「・・・たぶん、そういう問題じゃないと思うんだ」


呆れを込めたノアの言葉に、ミャッツはどこか遠くを見据えて呟く。

きっとこれまでにも色々とあったのだろう。


「ひょふぉぁ~! 前の時も松明は持ってはにょれ~!」

「そもそも、炭鉱で松明ってどうなの? 二酸化炭素中毒とかも怖いし、埃や粉塵で爆発してもおかしくないのに」


もはやカイミン茶の言葉は単語から推察していくことにしたノアである。

とにかく、口にした他にも毒性ガスの発生なども恐ろしいところだが、金糸雀(カナリア)を連れ歩くわけにもいかない。というか、この世界のどこに生息しているのかも知らない。

その代わりに用意したのが、有害な空気や魔法効果を感知すると色の変わるミサンガと毒の花粉なども防ぎ呼吸を確保できるマスク―――というか顔の下半分を隠すような布覆いだ。どちらも現実には存在しなかった装備なのでどれほどに効果があるのかは不明だったが、現状で用意できる対策としてはマシな部類だった。灯りは古代遺跡でも利用した火に依らない角灯(ランタン)で、実際に火を使うよりは安全性が高くかなり硬いので落としたりぶつけたりした程度では消えないという優れモノだ。熱を発しないため腰からぶら下げていても大きな問題にならず、両手が開くので戦闘中も大きな制限がなく明かりが確保できるという点でも優秀だった。

現在判明している欠点としては光を放っているので敵に発見されやすいというのが一番だろうか。


「すみません、お姉さま。全然、考えてなくて・・・」

「悪いって言っているわけじゃないよ。前は必要なかったし、今までに問題が起きなかったのかな、って思って」


黄昏坑道はSSO的には暗視系能力がある程度成長していれば灯りを持ち込む必要すらなく攻略できる場所だった。

しかし、今回ノアが足を踏み入れた感覚で言えば何らかの光源を用意していないと厳しい環境であると感じている。

そんな変化があった以上、他にも何らかの違いが生まれていても不思議ではないと考えたのだ。


冒険者互助組織(ラタトスク)でいくつかのダンジョンの情報は聞いたけど、そういう情報が出てこなかったから」

(だから難易度の低いところにしたんだけど)


冒険者(プレイヤー)間での情報共有が上手く行っていないのか、完全に問題が無いのか。それを判断することがノアにはできなかった。

アルナだけでなく、イリスやフィルも一緒ならもっと難易度が高いと設定されていたダンジョンでも十分に活動できると確信はしていたが、それはあくまでゲームとしての難易度。

古代遺跡よりも坑道という環境の方が注意することは多いだろうと考えてしまったのはすでに通り過ぎて来たからか。

あるいは歴史を学ぶ中で起こった鉱山にまつわる事件の数々が脳裏に残っていたからかもしれない。


「私は聞いたことありません。あ、でも・・・帰ってこれなかった人の中には、そういう人が居たのかも・・・」

「はっ! どうせモンスターにやられただけだろ? 気にする必要ないって」


レネアが不安げに言うのに対して、コウと名乗った竜人(ドラグニア)の少年は鼻で笑う。

どこか強がっているように感じるのは彼が松明を持っているからだろうか。

そんな彼に向って少女は鋭い視線で睨み据える。


「ちょっと―――」

「レネア、目を離さない。刃物持っているんだから」

「―――す、すみません!」


少女の手を優しく握りながら導くように腕を引き、それに従ってレネアが刃を埋めていく。

現在、何をしているのかと言われればクリスタルスパイクという魔物の解体作業としか言いようがない。

黄昏坑道の左ルート八門目と呼ばれるこの場所はかなり大きく立派な木組みで補強された広間となっており、先に進むルートとは別に左右に横道が伸びている。

プレイヤーが『門』と呼んでいる場所は基本的に似たような広間でこれらを細い通路が繋いでいるといった比較的わかりやすい構造になっており、門の向きで主道も容易に把握できるので道に迷うことも少ない。

八門目広間とでも言うべき場所は今なお解体作業を行っているためにそれなりに強い血の香りに満ちていて少年たちやミャッツなどは顔色が悪い様子が伺える。


「ふ~」

「慌てなくていいから、落ち着いて」

「はい!」


そんな中、ノアの指導の下に真剣な眼差しで解体用ナイフを操りレネアが獲物の身体を切り分けていく。

血に対する耐性は女性の方が高いというが、それ以外にもノアの眼から見れば少年少女の三人組ではレネアが最も度胸があるようにも思えた。

何故、ノアが彼女に(つたな)いながらもこんな指導をしているのかと言えば、譲った死体の一匹を彼女たちが解体しようとしてダメにしてしまったからだ。

血抜きもせずに刃を突き入れて血塗れになったり、毛皮を剥ごうとして突き破ってしまったり、歯や爪を取ろうとして砕いてしまったり、飛び出した内臓に驚いた拍子に踏みつぶしてしまったり。

傍から見ても酷い有様であり、放置しておけば余計に敵を誘き寄せてしまうという危険もあって見兼ねて「教えてあげようか?」と声を掛けてしまったのだ。


(多少は教えられるくらいになった、という意味では成長を実感できて良かったのかもしれないけど)


ノア自身も獲物を(さば)く事に関して達人と言えるほどに習熟しているとは口が裂けても言えないが、これまでの道程でかなりの回数をアルナ達に手取り足取り習ってきている。

クリスタルスパイクという魔物の解体は黄昏坑道に入ってから数回の経験しかしていないが、それでも基礎の基礎を他人に教えられるくらいには技量を持ち合わせていた。

アルナに指導を任せなかったのは教え方が感覚派だからというだけでなく、周辺警戒を任せるのに彼女以上の適任者が存在しないがためである。ノアたちが先に解体を終えて手持無沙汰になったというのもあるが。

ちなみに四匹中二匹はノアとアルナがそれぞれに解体して、アルナが手掛けたものをカイミン茶たちへ、ノアが手掛けた物を自分たちで確保している。

その分け方の理由は、売るならできるだけ綺麗に処理したものを持っていく方が良いが、自分達で使うための―――錬金術の素材としてなら多少傷んでいたり処理が甘くとも問題が無いからだ。

カイミン茶たち四人も金銭的な余裕はまだまだ無いのである。


「うぇ・・・」


血臭に吐き気を感じて嘔吐(えず)く声が聞こえてレネアが苛立ちの混じる視線を飛ばす。

これが見ず知らずの相手なら多少不快に思っても無視することもできたのであろうが、同行者たる相手がそんな調子では腹も立つ。

無駄な行為ならともかく、今後冒険者として金を稼いでいこうと思ったら必要なことを情けない男二人の代わりにやっていると考えれば少女の憤りは至極真っ当でもあった。

現状、この世界ではお金を得るための手段が極めて限られており、冒険者をやらないのであれば身を売るくらいしか無いレベル。将来的にはともかく今は肉体労働すら求人が無いくらいだ。

また冒険者互助組織(ラタトスク)に所属する人間の扱いをどうするかという住人や組織側の問題があり、グレーゾーンである歓楽街の仕事くらいしか雇い入れてくれる先が見つからない。


レネアは自分の身体を売るような仕事に就く気はなく、ウェイトレスくらいなら・・・と思っていたのだが、ゲームの時からの知り合いの少年たちに誘われて冒険者をやっているに過ぎなかった。

戦うのは怖いし、殺されるのは当然嫌だし、まともに戦いができるなんて考えていなかったのだが、押し切られるようにしてこんな場所まで来てしまっている。その上で自分たちが必要になる技能を身に着けるために身を汚しながらも作業している横でそんな態度を取られれば怒りは湧いてくるし、それ以上に冷たい感情が淀むのは仕方のないことだった。

もちろん、出会い方のせいで好感度がとてつもなく高い『お姉さま』が必要な道具を貸し出した上で手を取って教えてくれるという事で舞い上がってしまった部分もあるのだが。


「気にしない方が良い。血が駄目な人は多いから」

「でも・・・いえ、そうですよね!」


不満そうだった表情は一瞬で改まる。

その時の目の笑っていない満面の笑みを見れば何となく少女が何を考えたのか理解できた。


(・・・まぁ、能力的にも先は長くなさそうだったし別にいいか)


三人の関係性がもっと深いものであれば少女の瞳にはもっと優しい色が宿っていたかもしれない。

しかし、聞いたところによればゲームの上で何度かパーティを組んだだけの付き合いで、こんな状況になってしまったから一緒に行動しているだけのようだ。数か月とはいえ一緒に過ごしてその程度しか関係性が発展していない時点で多少なりとも不信の芽はあったようにも思うのだが。

それに黄昏炭鉱に出現する敵から逃げる程度の能力で、金に困ったとはいえ危険度外視で八門目という結構な深さまで進んできた事にも無思慮が見て取れる。誰が言い出した事なのかを問い詰める必要性は感じていないが、全員が同意して行動していたのだろうし、そうであれば近いうちに全滅していただろうことは容易に想像ができた。


「―――こんなところかな。獲物によっては内臓とかも高額で売れるらしいけど」

「クリスタルスパイクはあんまり需要が無いんですね」

「保存するにしてもガラス瓶とか密封できる革袋が必要になるから」


せめて素材か食用として価値があれば多少保管に難があっても持ち帰る意味もある。

しかし、クリスタルスパイクは背の針を含めて毛皮、爪や歯と背骨の一部が素材として有用だ。

鉱石を主食としているらしく、肉は硬めで食用にはあまり向かないとのことだが、それでも食べられないことはなく人によっては独特の歯ごたえが好きという者も居るらしい。

もっとも、それらの情報は冒険者互助組織(ラタトスク)にあった解体図鑑なる書物から得た情報であってノアが詳しいというわけではないのだが。


「鉱石を粉砕したり食べたりできるんだから、武器の素材になってもおかしくないと思うんだけどね」

「無理、なんですか?」

「SSOには無かったレシピだし『錬金術』では難しいかも。砕いて粉末にして混ぜ込むとかは効果があるかもしれないけど・・・あとは大きさ的に(やじり)とかにか使えないかもね」


多少ならゲームとは違う使用方法も考えられるが、金属素材と違って生物素材は加工の自由度は高くない。

あり得ないような結果をもたらす物資精製の手法たる錬金術がどこまで万能なのかによっては利用価値が高まる可能性もあるのだが。

全ての素材に対して研究をしているほど暇をしているわけではないので、ノアが労力を割くかと問われれば否と答える事になる。


「じゃあ、後始末をしちゃおうか」


そう言うとノアの眼前に淡く青に輝く水球が浮かび上がった。

そんな光景に近場に居た少女だけでなく、その場のほぼ全員が息を呑んで見つめる中で、ノアは手袋に包まれた手を水の中に突き入れる。

ハッとしてレネアがそれに続くように手袋を洗い、余分に汚れが着かないようになったのを確認してから二人で剥ぎ取った骨や爪といった素材の血を落としていく。

水球が濁ってきたら、隅の方に撒き、水を新しくして―――と数度繰り返し、先に掘っておいたゴミ捨て穴へ不要な内臓や割れてしまった骨などを放り込めば大体の処理が終了する。

もちろん、血に汚れた道具の類―――解体用のナイフや滑り止めの意味もある手袋、骨などで傷を負わないための厚めの革エプロンといった物を使い捨ての布で拭う必要はあったが。


「お姉さま、凄いですね・・・術理(ルーン)ってあんなこともできるんですか?」

「そうだね。正直、教えてくれる人が居なかったら考えなかったかもしれないけど」


術理(ルーン)はゲームとしての戦闘技能でしかないと判断し、応用や生活技法としての使用は考慮しなかったかもしれない。

が、幸いというべきか、ノアが考えるよりも先にそういった使い方をする娘たちが傍にいたので考えるよりも早く可能だと知ってしまった。

できると知っているのなら、後は訓練するだけ・・・と言葉にするのは簡単だが、これにも相応の技量を持つ指導者が居たからこそ短期間に習熟が進んでいったのだ。戦闘での使用はともかく、応用能力に関してこれほど高い練度を誇っている冒険者(プレイヤー)はそう多いものではないだろう。


「さっすが、ノアちゃん様~☆ 人脈も意味不明~☆」

「いや、うちのパートナーNPC(エインヘリヤル)が優秀だっただけなんだけど」

「それもそれで凄ぇ話ではあるんだがな」


ピエロがカラカラと笑い、毒キノコが唸る様に言葉を漏らす。

アルナを含めた三姉妹がどれほど優秀なのかは彼らも理解をしていた。

主に、お裾分けとして提供される食事の質によって。


「・・・お姉さま、えと・・・ありがとうございました」


そういって血を拭った手袋と鞘に納めた解体用ナイフを少女が差し出してくるが、ノアは彼女の頭に手を乗せた。

戸惑ったように上目遣いに見上げてくる彼女にノアは微笑みかける。


「あげるよ。君のところの子だと未だしばらくは作れないだろうから」

「え? でも―――」


レネアが手に持っている品に視線を落とす。

ナイフは包丁などと違い皮や牙、爪などを剥ぎ取るために特殊な形状となっており、波打っていたり缶切りのようになっていたりして、引っかけるように使うことも出来る。これは通常の解体とは違い、必要な素材を剥ぎ取るための時間を短縮するための工夫であり、通常の動物とは違う魔獣や怪物と呼ばれる獲物の張り付いたような部位を剥がすためにも利用できるものだ。

その使い勝手の良さは今経験したばかりのレネアも十分に理解でき、こういった特殊な道具を自分のパートナーNPC(エインヘリヤル)が作り出せるかというと疑問だった。手袋にしても汗で蒸れないようになっており、その上で外側はゴム手袋のように滑り止めの効果もある。革エプロンも動き難さを感じないというのに怪我をしないように手が施されている。使う人がより使いやすいように試行錯誤されたであろう品々は現状では金で買えるような物ではないし、売っている場所を見たことも無かった。


「予備もそれなりに持っているから、遠慮しなくていいよ。しばらくは大変だと思うし」

「―――・・・そう、ですね。ありがとうございます」


小さく、けれど深々と頷いた彼女は血を拭ったナイフと手袋、折りたたんだ革エプロンを仕舞い込む。

ついでとして渡された角灯(ランタン)についても驚きながらも喜びを露わに、深々と頭を下げてお礼を言いながら腰元にぶら下げる。

この光源も買うことはできない―――どころか、レネアでは材料すら用意できないと理解していたので、胸に抱く驚愕と感謝も大きい。

実際、古代迷宮や水の街周辺で入手できる素材ばかりが使用されているので、レーロイドで足を止めている冒険者(プレイヤー)が作成することは不可能である。


「・・・俺たちには無いのかよ」


不満を零す竜人(ドラグニア)の少年の様子には気が付いたが、ノアは何も言わない。

これは初めて獲物を捌くという行いを成し遂げた少女に対しての報酬であり応援(エール)でもある。

ノア自身が最初に生き物を解体した時はもっと酷かったというのもあって、不快感や恐怖を呑み込んで健気にも教えを乞う姿に思うところがあった。

だからこそ、何故か慕ってくれているこの少女()()に多少の肩入れをするくらいは何の問題も感じていない。

そして、ノアが何も言わないのなら、同道者たちが口を挟むつもりもないので気にした様子もなくそれぞれに腰を上げる。


「・・・さて。じゃあ、先に進むとしますか」






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