62 黄昏の入り口
「ひょをふぉ~! ノアちゃん様のダンジョン攻略しょぁ~!」
「とりあえず煩い」
槍を掲げて奇声を発する怪人カイミン茶に嘆息交じりに苦情をひとつ。
別に周囲に人が多いというわけでもないのだが、皆無ではない以上は相応に注意を集めてしまっている。
それはカイミン茶のせいでもあるし、奇人怪人四人組と共にあることでノアとアルナの美貌が際立ってしまったという結果でもあった。
物珍しそうな、好奇心を多分に含む他人の目はそれなりにうっとおしい。
「あの、本当に一緒に行っていいんですか? ボクたち、足手纏いだと思いますけど・・・」
「それは気にしなくていいよ、安全と収益は保証しかねるけどね」
「まっ、クエストなんてそんなモンだな!」
恐縮そうに身を縮め小さく頷くミャッツの背を軽く叩きながらワラタケが笑い飛ばす。
今回の目的は金属系素材を複数種類入手できる周回用迷宮のひとつである『黄昏坑道』。
ゲーム的に何度も訪れることを前提とした迷宮であり、出現する敵や入手できる素材の数は完全にランダム。素材の最低保証は無く、全ての素材入手数の下限は0なため欲しいモノが入手できないことすらある。
もっとも、これはSSOというゲームでは一般的な仕様であり素材を確定入手できる場所の方が少ない。そんな場所であるため、入手できた素材の量によっては収支が赤字になることもあるし、戦闘もあるので安全が保障されるはずもない。
レーロイド付近のダンジョンとしては中堅どころなので過酷すぎるとは言えないものの、だからこそ得られる物も最上級というわけではない辺りが確実な黒字と言い切れない由縁でもあった。
「けどよぉ、黄昏坑道の素材なんか今更要らねぇんじゃねぇか? リッシュバルまで辿り着いてんなら、もっと上のランクの素材使うのが普通だろ」
「そっちも後で補充するつもりではあるけど、武器防具以外の物に使う予定の使い勝手がいい金属が欲しい。ステンレスとかアルミとかが優先度高めかな?」
「いや、ステンレスは合金だろ? クロムの含有率がうんたらかんたらっつー話だ」
「そうなんだけど『錬金術』にかかれば似たような性能の魔法金属的な奴も手に入ると思うんだよね」
そもそもステンレス自体は少量とはいえ手に入っているので、錬金術での作成のための触媒となる魔法金属が黄昏坑道で入手できればそれでいい。
アルミニウムやその他諸々といった複数種類の金属が一つの場所で入手できるのはゲームだったから、としか言いようがない。
「アルムタイトとかも欲しいと言えば欲しいんだよね。山越えのための防寒装備とかコンロの改良にも欲しい」
「雪山行くんなら炎鉱石は便利なのは確か―――って、生活用品用かよ・・・ステンレスやアルミって調理器具か? まぁ、わからんでもねぇが」
「アルミの鍋やフライパンはあるんだけど、料理が下手だから焦げつかせることも多くてね。予備とかも含めて素材がちょっと足りないんだ」
呆れと羨望の視線が向けられるが、ノアは肩を竦めるだけに留める。
ちなみに鉄製の調理用具も色々と揃えたが、スティレットと鉄板、中華鍋くらいしか使っていない。身体能力的にはある程度は重量を無視できるが、かといって6人分を作れるサイズの鍋など一度使えば面倒さに気が付く。
結局、一般的に使いやすいとされている素材で作った方が調理は簡単だという結論に至った。焚き火で熱を通しやすいアルミ製調理器具を扱うのには料理の熟練度が足りないのだが。
「さっすがノアちゃん様~☆ ふっつうじゃな~い☆」
「武器や防具を新しく作っても性能が確認できないからね。何が作れるのかを確かめるのも兼ねて色々作って貰っているんだよ」
「あ・・・てぃわちゃん、全然考えてなかった~☆」
一瞬だけ真顔になったてぃわバルーンであったが、誤魔化す様に笑みを浮かべる。
画面越しの時と同じようにやれば装備を作れると思って―――作ることを試していないというのは明白だった。
しかし、そういったことに思考が回るのは生活に余裕があればこそであるし、ノアにしても十全にコミュニケーションが取れるアルナ達が居たからこその話。それを理解しているからこそ責めるような気にはなれない。
「ちなみにてぃわは料理については?」
「あ~☆ 女の子なら料理ができるはずなんて男女差別だぞ~☆」
「男女差別というか、四人の中でまともに料理ができそうなのがてぃわだけだと思ったんだけど」
思わず、といった具合にピエロは仲間たちを見回す。
奇声を上げる怪人は無理そう。毒々しい色をしているキノコは調理される側。猫を纏い過ぎて化け物みたいになっている少年は肉球と体毛が邪魔そう。
思わず納得してしまい、誤魔化すためにもいつもの道化師スマイルを浮かべた。
「人並ね~☆」
「鉄製のフライパンとかは余分にあるから後であげるよ。焼くだけのモノとか自分で作った方が安上がりだし」
「を~☆ お助かり~☆ ノアちゃん様、女神様☆」
「はいはい」
何だか距離感の近い二人にどことなく気まずくて男三人が視線を逸らす。
秘め事というわけでもないのだから見てはならないというわけではないのだが、無言で眺めていて良いのかというと・・・。
「マスター、そろそろ参りましょう。ここで時間を掛けても良いことはありません」
「そうだね。聞いた話だと早ければ5時間。かかると10時間くらい必要みたいだし」
古代遺跡と比較すればかなり短い道筋ではあるが、短時間と言い切れる程でもない。
命の危険もある場所で数時間も活動しなければならないと考えれば精神疲労は大きいだろうことは予想できる。
「んで、どこまで行く気なんだ? 六門目くれぇなら問題ないだろうが」
「え? 一周してくるつもりだけど?」
沈黙が落ちる。
そんな雰囲気を不審に思いノアは小首を傾げた。
「あれ? 黄昏坑道って中で一周できるような円環ダンジョンでしょ?」
周回をさせるためのダンジョンというのはいくつかの構造があるのだが、黄昏坑道は入ってすぐに左右への分かれ道があり、主道をどちらかへ振り向かずに進み続ければ反対側から入り口に戻ってくる。
真上から見れば歪ではあるが円形の通路で構築された迷宮であると言えるだろう。もちろん脇道はあるので迷うこともあれば、一周できずに力尽きるなんてこともあるのだが。
「ノアちゃん様~☆ 黄昏坑道は左ルートの九門目までしか攻略されてないんだよ~☆」
「なんで? 右ルートは?」
黄昏坑道に限らず、坑道ダンジョンは通路の補強のために組まれた大きな木組みが複数設置されており、プレイヤー間では大きな門のようにも見えるそれを場所の目印としている。
入り口側から数えて一門目、二門目と数えているわけだが、黄昏坑道の場合は左右に十門ずつ大きな補強木組みが存在し、最奥には一応のボスキャラが居る。周回前提ということもあってさほど強くは無いのだが。
もちろん、現実となった今も同じだとは思っていないし、崩落などがあれば通れなくなる可能性は考慮していた。そのために事前に情報収集もしていたが、そんな話は聞き及んでいなかった。
「落盤、毒ガス、生態系変化により変異種のような特殊なモンスターの出現とか、そういう話?」
「いいや。単に誰もそれ以上は進んでねぇってだけだ。元々、黄昏坑道は人気が高いってほどじゃねぇし、な」
「けどけど~☆ 誰も行っていないってことは情報が無いって事なんだよ~☆」
「それはそうだろうね」
要するに、情報が無いので危険かどうかも判断できない場所の上に、利益も大きくないはずなので探索する気が起きないといったところか。
黄昏坑道で入手できる素材はレーロイド近辺だけで造れる最上級の装備には必要が無いのでさもありなん、とは思う。
だが、ノアがその流れに従う理由は欠片も無い。目的の物が明確に存在しているというのもある。
「まぁ、他の人がどうとかはあんまり関係ないか。本来、二人で行くつもりだったし」
「問題ありません。マスター」
元々はソロでも周回していた場所だ。
大事を取って独りというのは止めておいたが、最高難易度というわけでもなし、アルナと共に居れば十分走破できる算段だった。
ただ、5時間から10時間という所要時間が一周ではなく九門目までの往復だとすると少々情報収集が甘かったと反省せざるを得ない。
それは理解しているようだが、アルナは胸を張って自信満々の様子で断言する。
「黄昏坑道程度であれば私たちが苦戦する要因はありませんので」
「油断は禁物だけどね」
ノアが呆れを含む笑みを浮かべるも、アルナは顔色一つ変えない。
それは実力的なものもあるが古代遺跡で分断されてしまったのを思い、今度こそは、という想いがあるからだろう。
実力も決意も十分とあれば、残るは慢心を抑えて警戒をきちんとしておけば攻略は不可能ではない。もちろん、それでも想定外によって失敗することもあり得るのだが。
「そんなわけで、一周を考えているけど・・・どうする? 不安なら止めておいてもいいし、途中まで一緒に行ってそっちだけ帰って貰ってもいい」
「まっさか~☆ せっかくの機会だし、てぃわちゃんは最後まで一緒だよ~☆」
「ひょしょ~! ワレちょもにょほろ~!」
その問いかけに迷う素振りもなく即答できただけ度胸は認めるところ。
怪人の言葉は完全に理解できるものではなかったが、様子を見るに同行するつもりなのは明白だった。
ミャッツは不安そうに表情を曇らせたが、仕方が無いとでも言うように肩を竦めたワラタケの姿を見て表情を改める。
置いていかれるのは嫌だ、というような決然とした表情は彼の立ち位置がどういうものなのかを示しているようだった。
「方針は決まったみたいだし、行くとしようか」
言ってノアとアルナは武装を展開する。
しかし、その姿は奇人怪人が林で出会った時とは大きく異なる。
ノアはカンフー衣装で黒地に金竜の刺繍が入った半袖のような上着に白いズボンという中華風の出で立ち。その上、淡い水色の羽衣がリボンのように腰帯の上に巻き付いている。
アルナの方は青いブレザーに紺のプリーツスカートと女学生風ではあるが、腰元を彩るガンベルトには銃剣。
どちらも過剰な露出をしているわけでもないのに、どこか艶を感じさせるのは造形の優秀さ故か。
「はっれ~☆ ノアちゃん様ってメインは双刃疾型じゃなかったっけ~☆」
「そうなんだけど、ちょっと思うところがあってね」
刀 ——— 日本刀を含めた刀術の扱いはかなり上達したのだが、絶対の信頼を寄せる武装かというと疑問が残る。
何よりSSOであった頃は状況に応じて武装を切り替えていくことで戦闘を優位進めていくゲーム性をしていた。
そして、古代遺跡での経験から刀だけで対処するのが難しい状況も多いという考えから別の装備や技能も習熟する必要があると判断している。
その際に真っ先に浮かんだのは射撃武器———ではなく術理だった。
「マスターであれば何の心配もありません」
「いや、練習中だからそんなに信頼されても困るけど」
微笑み合うノアとアルナだが、ワラタケなどは正気か?と問うような視線を向けた。
確かに武器を切り替えるのはSSOでは一般的だったが、かといってせいぜいが主武装・副武装合わせて4・5種類程度を用意していればいい方といったところ。それも自分一人ならともかく、ノアの場合はパートナーNPCの三人分も用意していると聞かされている。
つまり、4組8種類はすでに用意している筈なのに手慣れた武器ではなく別の物を使うというのには驚愕しかない。
(いや、装備自体はパートナーNPCと交換すりゃぁ用意できるだろうが・・・)
武器を使い熟すというのは簡単ではない。
ワラタケたちにしたところで、ある程度は戦える―――戦闘になるようになったのはつい最近のことだった。
今ですら大半の怪物や魔物を前に正面から戦いを挑めるというわけではないのだ。四人で連携し、誰かが注意を引きながら隙を窺い有利な地形へ誘導して協力して仕留める、という狩りが精いっぱい。
だからこそ遭遇戦になりやすい迷宮での稼ぎを半ば諦めるほどに追い詰められてしまった。並んで歩くのも難しい通路を移動しなければならない坑道迷宮は数の有利を生かすことができず、広間に出ればその数で負けることも多いからだ。
1、2人であれば入り口付近の浅い場所で敵から逃げ回りつつ鉱石を入手して売るだけでも黒字になるので冒険者が入ることも多々あるが六人編成となると話が違ってくる。
「あの、本当に大丈夫? ・・・ですか?」
「あんまり怖いなら来ない方が良いよ? 冒険者は自己責任」
「・・・あう・・・」
ミャッツは困り顔でてぃわバルーンへ視線を向けるが、彼女は笑顔のままに肩を竦める。
「そだね~☆ 今日はノアちゃん様についていくだけの日だし☆」
「まぁ、純粋な儲け話じゃねぇってのは聞いてたからな」
6人では浅い場所では儲けが無く、奥へ進めば危険が大きくなる。
また、ここで帰らずに危険も承知でついて行こうというのだから、自己責任と言われれば仕方が無いだろう。
絶対に護ってやるから一緒に行こう、と誘われて死地に赴くようなことにならないだけマシというものだ。
「でひゃはっ! 参りましょりを~!」
カイワレ茶の奇声を号令にそれぞれが歩き出し、ミャッツは少しの間躊躇ってはいたものの駆け足で仲間たちの後を追いかけていった。




