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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
64/99

61 欲するは金



「お金が、ない・・・っ!」


きっかけは、朝食の席でのカザジマのそんな悲痛で切実な一言だった。


「ここまでの道程で得た物を売却したお金はどうしたの? ノアちゃんは分けてくれたけど・・・」


カリフラワー・アコルは戸惑いながら問いかける。

正直に言えば、6分の1であっても足手纏いでしかなかった自分が受け取るのは気が引けた。

帰る事が可能かどうかはわからないが、旅道の間でこの世界で生活していく上で必要な技能を幾つも身につける事も出来たというのもある。

逆にお金を払ってでも同行したいという冒険者(プレイヤー)はきっとかなりの数になるだろうと思うくらいに濃密な内容の日々。


(実際、話を通していたらレオンハルトくんとか青華ちゃんはついて来ようとしていたと思うのよね)


アコルと異世界サバゲ部の面々の付き合いはほぼ無い。

あの襲撃事件の際にホンの少し話をしたくらいなものではあったが、ノアたちとの関係性も推察するしかできない程度だがそれでもわかることはある。というか、共に旅をしている身としてノアたち四人の頼もしさに惹かれる気持ちを理解できる。

アルナたち三姉妹はもちろんだが、優先順位をはっきりとさせて大きな動揺を見せずに行動方針を明示していくノアの姿もまた頼りになる存在だった。

全ての判断が最善だとはさすがに思っていないが、ノアの能力はアコル自身よりも数段上だと感じるくらいには信頼している。何だかんだと仲間全員に無理をさせ過ぎないように気を使ってくれているところなんかも嬉しいと思うところだ。そのせいで周囲に対しての余裕が無く、パーティ外の相手にはあまり気遣いを見せないという弊害が出ているのはアコルもわかっているのだが・・・。


「う~。貰ったお金はあったんだけど・・・」

「もう使い切っちゃったの? まだ三日しか経ってないのだけど・・・?」


不信の色を宿してアコルがカザジマの顔を覗き込む。

分配された資金はゲームの時の金策で得る金額と比較すれば小さいとはいえ、リッシュバルからのルートを一度通っただけで得られる金額としては明らかに多い。物価が上がっているという話だったが、今くらいの金額なら、という前提はあるものの生活するだけなら半年は働かなくてもいいくらいの稼ぎだった。それをわずか三日で使い切るとなると、さすがに厳しい視線を向けざるを得ない。


「だ、だってぇ」

「あのね。どんな豪遊をしたのかわからないけれど、限度というのが―――」

「店売りの品で雪山装備を揃えようと思ったら、あの程度の金額じゃ足りるわけないよ」


もはや母親のような雰囲気でお叱りを続けようとするアコルの言葉を遮って、ノアは苦笑を浮かべつつ口を開いた。

カザジマは申し訳なさそうに身を縮めて、深々と頭を下げると「ごめんなさい・・・」と掠れた声で呟く。

それをさらに咎めることはできず、アコルも小さく溜息を吐いて浮かんでいた腰を下ろした。


「もう。相談も無しにそんな事をして・・・店舗で入手できる装備なんて金額と性能の釣り合いが取れていないのに」

「そうは言っても自分で作れないから買うしかない! って、思ったんだよぅ」

「作るにしても素材から集めないとだからそれなりに苦労するっていうのもあるね。作れても以前と同等の性能が得られているのか確認するのも難しいし」


パートナーNPCとの意思疎通が上手くいっていないアコルやカザジマは簡単な家事を手伝ってもらうくらいならともかく、装備の作成などの複雑な工程を有する作業を任せることが出来ない。

要求する性能や出来上がり予想とされる形や大きさなどの様々な情報を正確に伝えられないからだ。3Dプレビューや性能向上予測が表示された頃が懐かしい。この辺りはノアとアルナやイリス、フィルとの間にも発生しているので多少なりとも理解している。同時に度合いが違うということも。

武器や防具の作成に関しては徐々にではあるが色々と試し始めていることもあってよくわかる話だった。


「大きな買い物をするなら一言欲しかったわね。それで生活も厳しいくらいに使っちゃったの?」

「う・・・ごめんなさい」


深々と嘆息が漏れる。

ゲームなら所持金を限界まで消費することも珍しくないのだが・・・。

現実に日々の生活費を考慮せずに所持金を消費しきってしまうというのは無鉄砲というべきか何というか。


「となると、依頼(クエスト)かな。カザジマの装備で鉱石迷宮(ダンジョン)はちょっと厳しいし」

「狭い通路も多いものね。大振りの攻撃は迷宮内に多数いる蝙蝠(バット)系の敵と相性が悪いし、即座に入れ替わり(スイッチ)して隊列を変えることも難しいとなると・・・」

「盾役を前に出して後ろから遠距離攻撃で、っていうパターンも今のパーティではちょっとね」


アルナが半ば回避盾だということもあるが、銃や弓といった常に(コンスタント)に遠距離攻撃できる装備を得意としているメンバーが居ないことも大きい。

術理(ルーン)での攻撃はどうしても頻度を落として火力を上げるという方向性になりがちで、狭い通路で使用すると味方を巻き込む可能性の方が高いのだ。

その筆頭は大火力砲台妖精フィル。彼女の強力な範囲攻撃と坑道をいう環境は相性がとても悪い。


「まぁ、簡単な依頼(クエスト)も増えてきているみたいだし、いくつかやれば生活費くらいにはなるだろうね」

「あの交渉の結果で増えたみたいだから、価値はあったのでしょうね」

「交渉っていうか・・・食事の席での雑談でしかなかったんだけど」

「それでもノアちゃんの言葉で改善されたのだから良い事じゃない。即日対応だったのは驚きだけど」


ゴルツと少し遅い昼食を共にしたその日の夜には依頼(クエスト)の報酬が見直され、次の日の朝には非常に難易度の低い採取や調査といった仕事も張り出された。

その次の日には剥ぎ取り専用要員の概要が発表され、今朝はあくまで試験的ではあるものの解体作業員が同行するパーティが出始め、荷車などの貸与が始まっている。

驚くべきフットワークの軽さだとは思うのだが、割と過酷な旅道を歩んできたためノアたちはこの3日間を完全な休養日として怠惰に過ごしていた。

もちろん、ノアは水の街・リッシュバルに居た頃から保留していたいくつかの要素の検証などを少しだけとは進めていたが、自由行動の範囲でしかない。

だからというべきか、休息・観光と調査に時間を費やしていたために冒険者互助組織(ラタトスク)の変化が具体的にどのようなものなのかは把握していないのだが。


「これで娼館落ちした娘たちが戻ってこられればいいけど・・・」

「そんな簡単にはいかないと思うな。精神的な面もあるし。仕方が無いという面もあるから」


アコルが(うれい)いを帯びた吐息を漏らし、ノアは軽く肩を竦めた。

レーロイドという街に来て驚いたことの一つにSSOというゲームの中では存在しなかった歓楽街エリアというものがある。

炭鉱夫や鍛冶師といった過酷だったり精神的負担の激しい職業の人間が多いこの街ではストレス解消の手段として娯楽が必要ということらしい。

その結果の歓楽街———酒場やカジノ、そして色町を内包した夜の街という区画が存在しているということだ。


リッシュバルにも歓楽街や娼館は存在していたのだが、それはあくまで街の中の機能、住人たちの間でだけ―――プレイヤーは進んで関係する必要のない場所という認識だった。しかし、レーロイドでは必ずしもそういうわけにはいかない。すでに多くのプレイヤーがそこで働いているのだから。理由はいくつかあるが、その中でも大きな割合を占めているのが依頼による報酬だけで生計を立てられないといった事情を、戦うこと自体に心がついていかないという事情だ。

水の街とは違い周辺環境が厳しく戦うこと自体が簡単ではないというのもあるのだろうが、魔物や怪物相手でも命を奪うという忌避感に堪えられない、殺されるかもしれないという恐怖を乗り越えられないといった事情から冒険者という職業を全うできない人が少なからず出てきていた。

その最も大きな受け皿となっているのが娼館であり、プレイヤーの大半が男女ともに見目麗しいということもあって稼ぎ自体はかなり良いらしく、その噂が広がったこともあって多くの人がそちらに流れたようだ。


「他に働ける場所があんまりないっていうのも大きいか」

「・・・そうかも。あたしもこんなじゃなかったら考えちゃったと思うし」


カザジマが嘆息交じりに口にする。

もちろん、全員が全員身体を許すような仕事をしているわけではなく、ホストやホステスと言われる一緒にお酒を呑みながら会話をするだけだとか、ウェイトレスといった身体的な接触の一切ないレベルの仕事をしている人も多い。

そもそも、そういった職業が一概に悪い事であるとはノアたちも思っておらず、他に選択肢が無くて嫌々働かされている人が居るという現状に胸を痛めているというだけの話だ。本人たちが楽しんでいたりプライドを持って職業として胸を張って生きているのなら口を出すこと自体が無粋というモノだろう。顔見知りだったりすると気まずい思いは抱くかもしれないが。


「お金が無いって、大変だよね・・・」

「水商売なら簡単に稼げると思うのは色々と問題だと思うけど」


資金を消費しきったような状況のカザジマに、呆れ交じりにノアが返す。

口では簡単ではないと言ったが、多くのプレイヤーの見た目は絶世と言っていいくらいのモノで、街の住人であるNPCたちにとっても同じように感じるらしいという事を考えればウェイトレスをしているだけでも十分に人気が出る。

そんな相手に一夜の相手を頼むことが出来るとなれば結構な金額を落としていくだろうことは想像に難くない。この世界において、とはなるが水商売で金銭を得るのは比較的容易な部類だ。何より命を懸ける必要が無い。


(まぁ、男性向けだけじゃなくて女性向けもあると考えればカザジマだってやろうと思えばやれるかもしれないけど)


中身が女子中学生だと知っていることもあって、口にすることは無い。

だが、実際に男性プレイヤーが結構な人気を持ってそういう職業をしていることを考えれば、見た目は筋肉質な壮年の男性というカザジマも一定の需要がありそうとは思った。

他にもパートナーNPC(エインヘリヤル)を働かせるという手段もあるとは考えたが、それをすれば関係に(ひび)が入ることは確実だし、どんな悪影響が発生するのかは想像もつかない。本人たちが望むのなら話は違うだろうが。


「それで、どうしましょうか。ノアちゃんたちが居れば討伐も採取も納品も難しくはないと思うけれど」

「ん~、それなんだけど。ちょっと乗り気じゃないというか」


その言葉に、カザジマが絶望を浮かべ、アコルが驚愕の視線を向ける。

最大の協力者になるはずの相手が非協力的だということでカザジマの思いはわかったが、アコルとしても驚きを禁じ得ない。

何だかんだと面倒見のいいノアがこの申し出を断るとは考えていなかった。


「採掘に行こうかと思ってね。金属系素材や足りなくなりそうだから」

「あら? それなら一緒に行けばいいじゃないの」

「いや、カザジマもだけどアコルさんだって相性が悪い場所でしょ。それに、自分達で使う分ばかりを採る予定だから、一緒に行っても金策にならないと思うんだよね」


鉱石を掘ってお金を得るには、やはり入手した鉱石を売却する必要がある。

当然、迷宮(ダンジョン)に潜れば目的のモノとは別に副次的に手に入る物もあるのだろうが、お金を稼ぐ方法としては微妙と判断された。

依頼(クエスト)の内容や報酬が見直されたこともあって資金を得るという目的なら採取や討伐の話を複数引き受けて街周辺の林にでも繰り出した方が良い。

戦力的な意味でも、アコルとカザジマにとって不利にしかならない坑道の迷宮という場所は厳しいだけだろう。


「言いたいことはわかるのだけど・・・それほど優先するべきことなの?」

「雪山でも使えるテントのために金属シャフトが必要だったり、ホットサンドメーカー作りたかったり、簡易コンロとか焚き火台にも」

「・・・それは、確かに必要でしょうね」


失敗や試作を考えればどれほどの分量の金属が必要になるかがわからない。

鉄などの現実にもある金属にしてもそうだし、この世界特有の素材を使い始めれば合金の種類から比率といったものまで試行錯誤が必要になる。

雪山もそうだが、今後の旅路を考えれば優先的に準備がしたいというノアの考えにも同意するところだ。


「そうなると、ちょっと困ったわね」

「ん~・・・そうだ。イリスとフィルに頑張ってもらうっていうのはどうかな?」

「「え!?」」


同時に声を上げた二人に苦笑が零れる。フィルに至っては手にしていた箸を取り落としてしまった。

ちなみに、今朝のメニューは目玉焼きにウインナー、焼き鮭と漬物、豆腐の味噌汁に白米という朝ごはんとしては珍しくない手間が少ない物。それでも懐かしいメニューに今彼女たちが食事をしている休憩所をたまたま覗いた何人かに羨ましそうな視線が向けられたりもしている。

周囲の視線を無視するようにノアは表情に険しさを乗せた。


「古代遺跡の迷宮で、分断された時の立ち回りが怪しいって事が分かった。明確な反省点だし、別行動の訓練はしておくべきだと思う」

「・・・うぐぅ・・・お姉ちゃん・・・」


甘えん坊だなぁ、と思いながら豊満な胸元に顔を埋める妖精を優しく抱きしめる。

そんな姿に一部の男性が羨ましそうに、一部の女性を中心とした何人かは微笑ましそうな視線を向けてくるがノアは気にした様子もなく苦笑を浮かべた。


「こらこら。まだ食事中でしょ」

「・・・だって・・・」

「常に一緒に居られるわけじゃないんだから、こういうことも経験しておかないと。ね?」


頭を優しく撫でながら諭すように言い聞かせる様子は母性すら感じさせる。

それはアコルにとっては羨ましくも思う姿で、けれどノアの事情も多少は承知しており、嫉妬の感情は浮かんで来ずにやれやれと笑みを漏らす。


「私たちとしてはありがたいけれど、本当にいいの? ノアちゃんやアルナさんの腕は承知しているけれど、二人だけなんて危ないと思うのだけれど?」

「まぁ、それは―――」

「それなら、てぃわちゃんたちと一緒に行こ~☆」


唐突に首元に腕を回すように抱き着いてきた道化師は朝から楽しそうに(のたま)うのだった。






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